『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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たまには三人称で。


【光の集団】

不知火群島国は北に浮かぶ大島――『北大路』と名付けられた島。

 

島の中心から東の山間部に村があった。人口千人程度で特筆する産業のない、ひなびた村だ。

故に村外れに建つお堂もまた、寂れきっていた。

 

 

『マサオ様』が祀られしお堂。北大路の至る所に作られた神聖な地の一つ。

内部の広さは人二人が入れる程度で、本部の豪奢な寺院と比較すればささやかなモノだ。

 

お堂は歴史から忘れられたかの如く木々の狭間にひっそりと佇み、昨今は村人であっても極一部を除いて参らなくなっていた。だが、柱や床に腐食はあれどホコリはなく、風で運ばれてきた砂や枯葉で汚れてもいない。

 

一人の村人が雨の日も風の日も変わらず参拝し、マサオ様と世の男性ためにと掃除に励んでいるからだ。

 

彼女はマサオ教の信徒であり、手がかじかむ雪の日だろうと雑巾がけをサボらない信仰心の厚い人物だった。

 

しかし、運命の日。

 

彼女は日課の清掃を行わなかった。

それどころか『マサオ様』に拝みすらしなかった。

 

お堂の前まで進む彼女の足取りは重く――

 

「マサオ様……今日は私の誕生日です。世間で言われる結婚のリミットを超えた日です。第一夫人はもちろんのこと第五夫人すら絶望的です」

 

(こうべ)を垂れて独白する。

 

「なぜですか……マサオ様っ。ううっ、私は男性のために尽くしてきました。給金の半分は寄付に回して赤貧に甘んじても、男の人たちが安心して暮らしていけるならと耐えてきました。休みの日はチャリティイベントにボランティアで参加しました、何度も何度も。放置気味だった地元のお堂を誰に頼まれる事なく、誰に感謝される事もなく、こうして保ってきました!」

 

滅私奉マサ。

自分がどれだけ頑張って来たのか、どれだけ勤しんできたのか、彼女は語る。

涙声はやがて怒りを帯び――

 

「分かってます! 分かってますよ! 見返りを求めない善意からの行動じゃない。そんなのちゃんと理解してますよ! 婚活で『私は熱心のマサオ教徒なので男性の幸せを一番に考えています。襲ったりもしません』ってアピールするためにやってました! こんな古臭いお堂なんて本当は触れるのも嫌だった! でもでも! 動機が不純だろうと私は実行したんです! 途中で止めずに何年も継続したんです! 限りある人生を費やして! その結果がコレですか!? なんの成果も得られませんでしたーですか!?」

 

いつしか彼女の言葉は、ままならぬ世の中への恨み節へと歪んでいく。

 

「何がマサオ様ですか!? 男性を守護し、男女の仲を取り持つ神様? 神なら私一人くらい救いなさいよ、ドケチ! こんな……こんなもの……!」

 

お堂の扉を開け放って土足で進入。奥の祭壇に祀られし高さ30センチほどの『顔のないマサオ像』を彼女は鷲掴みにした。後は感情のままに像を床に叩きつける――そうなるはずだった。

 

「お止めなさい!」

 

静止の声が届かなければ。

 

「あっ、えっ、だ、だれっ!?」

 

振り向くと、お堂の外に人影が。

まさか自分以外の人が居るなんて……突如として『他人の目』に晒され、彼女は急速に落ち着きを取り戻す。

 

見られてしまった……マサオ教の自分が犯してはならぬ凶行に走った現場を。

それどころか聞かれてしまった……どこまでも自分本位で情けない内心を。

 

羞恥心に苛まれて二進(にっち)三進(さっち)も行かなくなっていると、目撃者の方からお堂の中へ入ってきた。

 

 

彼女より頭一つ高い背丈、たくましい体躯。

コンパクトショートヘアーがアクティブな雰囲気を助長してくる。

若い。十は年齢に差があるだろう。なのに、迸るカリスマ性が彼女を怯ませる。

 

なんなんだ、この人は?

人物の迫力に後ずさると。

 

「そう警戒しないでください。あなたを(とが)めたりはしません」

 

意外にも、目撃者は柔らかな声で友好的な態度を示してきた。

威圧感のある外見に物怖じしていたが、よくよく見ると垂れ目で人の良さそうな顔つきだ。

 

「私も信仰に生きる身……よろしければ、あなたのお悩みを聞かせてはくれませんか?」

 

信仰に生きる身……この人もマサオ教の信徒? そうなのだろう、信徒でなければわざわざお堂を訪れるはずがない。

しかし、見覚えのない顔だ。村の誰かの知り合いか、それとも親戚か?

 

不自然な点はあるが、発狂した現場を見られた手前、彼女は半ば自棄になっていた。

もしかしたらマサオ教の本部に密告されるかもしれない。でも、それがどうした。悩みを聴いてくれるなら、ストレス解消に付き合ってもらおう。

 

 

お堂の軒下に並んで腰を下ろし、彼女は我が身の不幸を客観ガン無視で喋りまくる。

聴くのも嫌な愚痴だろうに、相手は口を挟まず穏やかに相づちを打つ。

その対応が潤滑剤となり、彼女の舌をよく回らせた。マサオ教への不平不満を残さず語らせるほどに。

 

全てを聴き終わった後で、相手はニコやかに言った。

 

「あなたのほどの献身的な方が報われないのは間違っています。あなたには光の当たる場所が相応しい」

 

「は……はぁ、ありがとうございます?」

 

「ですので、まずは間違った場所から脱しましょう。そう、マサオ教から」

 

「えっ! マサオ教をっ! で、でもぉ」

 

さんざんマサオ教の悪口を吐いたが、物心ついた頃から身を置いてきた拠り所だ。

はい、マサオ教やめます――と軽く言えるわけがない。

それよりこの人物は何を考えている? マサオ教徒だろうに棄教を勧めるなんて……はっ!? まさか!

 

遅ればせながら、彼女は己の勘違いに気付いた。

相手は「信仰に生きる身」と口にしただけで、マサオ教徒だとは言っていない。

もしや、最近マサオ教の会報やメルマガで「注意せよ」と警告されている()()()()の一員?

 

急いで立ち上がり、相手と距離を取る。

 

「おや、どうしました?」

 

変わらぬニコやかな表情。だが、受ける印象は先ほどと真逆だ。

相手はゆっくりと腰を上げて、彼女の方へと足を向ける。

 

「こ、来ないで!」

 

「なぜ逃げるのです? マサオ教には愛想が尽きたのでしょう? でしたら我々と共に幸せになりませんか? 救われるための道筋はきちんと用意しておりますよ」

 

「イヤよ! あなたたちのような過激な集団に誰が入るもんですか!」

 

「過激とは酷い。どんな流言を聞いたかは知りませんが、我々は他所様に迷惑をかけず平和的に教えを広めています。あなたも『あのお方』の光の下で幸せになりましょう」

 

「だから来ないで! 他人に思想を押し付けられるなんてもう十分! 私の心は私のものよ!」

 

「可哀そうに……自分の殻に閉じこもってしまったのですね。ですが、我々はあなたを見捨てません。その証拠に、今この場で私の手を取るのなら……」

 

相手は懐から一枚のカードを取り出した。

 

「北大路領ではまだ出回っていないタクマのトレーディングカードです。今なら無償でお渡ししますよ」

 

 

 

「棄教します。いえ、改宗します」

 

怯えた様子から一転。超速で彼女は相手の手をガシッと掴み、力強く言い切った。

 

こうしてまた一人、迷える女性が幸せな光に包まれるのであった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

スキップしながら村の方へ帰っていく女性を見送ると。

 

 

「導師!」

 

ガサガサと草葉の陰から数人の女性が姿を現した。

 

「救いを求める声がする――と、おっしゃって走り出した時はどういう事か分かりませんでしたが……いやはや、導師の耳は神掛かっていますね」

 

「恐ろしく早い改宗。隠れて見ていた我々でなければ見逃してしまうところでした」

 

「タクマ様の光を万人に降り注げるのは導師、あなたしかいない!」

 

賞賛と拍手を惜しみなく捧げる女性たち。

彼女らに向かって、導師と呼ばれた人物は何でもなさそうに言う。

 

「私の力ではありません。全てはタクマ様のお導きです」

 

 

「さす導(さすがです、導師)!」「さす導!」「さす導!」

 

謙虚な導師に信者たちの信仰心上昇はとどまる所を知らない。

 

盛り上がっている――と。

 

『おーい、電話ですよ、電話』

 

ファンクラブ特典のタクマ着信ボイスが鳴った。

簡素な内容のボイスに、やり過ぎると着信の度に女性たちが失神するからこれくらいで――とタクマたちが腐心した跡が垣間見える。

 

導師は自分の携帯電話を取り出して。

 

「もしもし……ほう、動きましたか……なるほど……」

 

短く通話を終わらせ、何の電話か聞きたそうな信徒たちに知らせる。

 

「【性弱】からの連絡です。北大路まくるが南無瀬領に赴き、タクマ様と接触したそうです」

 

「なんと! 導師の予想通りですね!」

「そ、それでタクマ様の反応は如何に!」

「こちらにお越しになられるので!?」

 

導師はゆったりと首肯した。

 

「慈悲深きあの御方のこと。直接我々に光をもたらしにいらっしゃるでしょう」

 

「「「おおおおおおぉぉおぉ!!」」」

 

嬉しさを爆発させる信者たちを、

 

「いけません、人気(ひとけ)のない所とは言え、我々は人目を忍んで布教に来ています。お静かに」

 

導師は強めの語気でたしなめる。

 

「こ、これは失礼しました。申し訳ありません」

 

「時と場所を選べば、どう喜ぼうが構いません。さあ、皆さん。マサオ教の地に長居は無用です。撤収しましょう」

 

「「「はいっ」」」

 

そうして、謎の集団は導師を先頭にお堂から離れていった。

 

 

 

村へと戻る道すがら、信者の一人が導師にこんな言葉を送った。

 

 

「それにしても丁寧な口調の導師には、違和感がありますね。布教は終わってここには我々しかいません。そろそろ口調を戻しては? 普通の導師は調子が狂いますよ」

 

「…………普通の私はそんなにおかしいですか?」

 

導師が仏頂面で信者の方を見る。大柄の彼女が不機嫌になると、半端ないプレッシャーが発生してしまう。

 

「す、すみません! 出過ぎた物言いでした! 許してください、何でもしますから!」

 

ペコペコと頭を下げ続ける信者の肩に、導師は手を置き。

 

「――――やっぱりそう思うで()()()か? いやぁ、()()も堅苦しくて時々イヤになるでござる」

 

ニヘラと破顔し、言葉遣いをガラリと変えた。

否、元に戻した。

 

「さて皆の者、忙しくなるでござるよ! 我らが光・タクマ殿を出迎える超特級の祭事! 粗相のないよう丁寧かつ迅速にやるでござる!」

 

真っ青になっていた信者を安心させるように導師は――『南無瀬(みななせ)陽南子(ひなこ)』は元気よく宣言するのであった。


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