『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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中毒者からは逃げられない

「三池君――」

 

北大路へと向かう、その日の朝。

玄関まで見送りに来たおっさんが、こんな事を言った。

 

「いよいよ北大路に進出するのだね。マサオ教の仕事の片手間でもいい、余裕があればヒナたんを頼むのだよ……三池君にとって酷な願いとは思うが」

 

……ヒナたん?

あ、ああ、陽南子(ひなこ)さんのことか。いかんいかん、世話になっている家の娘さんなのに思い出すのに時間がかかった。

言い訳すると、陽南子さんって俺の精神衛生上ちょっと避けたい人だからね、仕方ないね。

 

陽南子さんは東山院での一件でお見合い指定校を退学し、南無瀬領から最も遠い北大路領で心を入れ換え再スタートを切った――それからもう半年が経つ。

そろそろ生活基盤が安定して、真面目に暮らしているだろうか。

 

「不肖の娘ではあるけど、僕にとっては掛け替えのない宝物なのだよ。先日送られてきたメールでは、東山院で男子たちを扇動したこと、三池君を襲ったことは深く反省していると言っていた。もし、ヒナたんと会うことがあってもやんわりと対応してくれると助かるのだよ」

 

陽南子さんが深く反省……?

最後に会った時、彼女の目には妖しい光が灯っていた。あれは過去の自分を省みる者の目じゃない。あれは、愚民どもに英知を授けるべくテロへ走る目だ。

自分でも何を言っているのか分からないが、陽南子さんが要注意人物枠から外れないのは確かである。

 

それはそうと、子を想う親へ「いやぁ、陽南子さんは危険なので会ったとしてもセメント対応ですよ」と返せるわけがないので。

 

「分かりました。顔を合わせる機会があれば、過去のイザコザには触れず話しますよ」

 

俺は無難に答えるのだった。

 

 

 

北大路まではいつものプライベートジェットでひとっ飛びだ。

襲われる心配がなく他領へ行ける魅力の移動法。難点があるとすれば、密閉、密集、密接の機内故に「はぁはぁはぁはひぃぃ……」と同乗する南無瀬組の呼吸が荒くなるくらいか。

 

ダンゴたちが「充満して質量を獲得したタクマニウムに脳をなぐられる感が最高」とサイコな感想を漏らすように、この現象を放置すれば三密に加えて密着や密通(意味深)が仲間入りするかもしれない。早急に問題解決に取り組まねば――と危機感を抱いて動いた結果。

現在では、三分間で機内の空気が循環する高性能な換気システムが設けられ、「過ごしやすくなった」と俺だけに評判となっている。他の同乗者の反応は苦虫を3ダースほど噛み潰したものだが、そこは気にしない方向で。

 

 

ともかく優秀な換気性のおかげで、いつもより長いフライトでも貞操満足だ。

 

「おっ、見えてきましたね!」

 

空から見下ろした北大路領で目に入るのは、高い断崖が続く岩石海岸だった。あれだけ連なっていたらサスペンスドラマの解決シーンに困ることはなさそうだ。崖から内陸へと視線をスライドすれば、短い草の生えたパノラマが広がっている。あそこを風を切って走ったらさぞ爽快だろう。

 

他にも大小さまざまな形の山々が並び、都会の喧噪を忘れて登山に耽るにはもってこいの環境に思えた。

 

と、まあポジティブに捉えるのはこのくらいにして。

 

 

「あんまり人の営みを感じませんね」

 

「北大路は寒冷地やし、高低差の激しい地形さかい建国当時から移住者が少ないねん」

 

マサオ教の仕事を受けると決めてから、北大路について軽く勉強しておいた。北大路の人口は国内五つの領の中で圧倒的に少ない。理由は真矢さんの言うように地理や環境に依るものが大きい……が、他にも。

 

「言葉を選べば、地味」

「マサオ教以外に特徴がありませんもんね」

 

全然言葉を選ばないダンゴたちが言及するように、北大路には自慢出来る要素が乏しいのだ。

 

国の中心である中御門は言わずもがな。

南無瀬領は過ごしやすい気候であり、周辺に豊富な漁場を抱えているところから不知火群島国の食料庫と言えるし。

東山院はお見合い指定校を筆頭に様々な学校や研究所が置かれ、学術都市として機能している。

西日野は大陸に一番近く、ブレイクチェリー女王国に睨みを利かせるべく『不知火群島国の盾』として防衛力に富んでいる。

 

それらに比べ、北大路には『マサオ教の総本山』という看板があるだけだ。しかもマサオ教は衰退中という。

 

「拓馬はんを呼んだんはマサオ教だけやなく、北大路領全体を活性化させたいからかもしれへんなぁ」

 

「責任重大ですね」

 

やる気とプレッシャーを膨らませる俺を乗せ、プライベートジェットは北大路空港へと下降を始めた。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「ようこそ北大路へ! 職員一同、生唾を呑み込んでお待ちしていました! さあさあ! まずは身体検査をしましょう! タクマさんに限って違法なモノを隠しているとは夢にも思っていませんが、これルールですから! ちなみにパンツの中まで見るのもルールなので仕方ないのです! ほら、タクマさんのタクマくんが法に触れてないか、わたしが触れて確かめますんで御覚悟を……あ、あれ…………ちょ、やめっ! ぼ、暴力は、はんたいぃが、ぐあああああぁぁ!?」

 

 

恒例となった空港の検査。

オリジナルチェックを画策する空港職員が、南無瀬組に(しめ)られるのも見慣れた光景となってしまった。

 

タクマが北大路領でマサオ教の式典に参加する、という情報はまだ公にはしていない。そのため、空港周辺に出待ちのファンは居ないと思っていたが。

 

『こちらA車、やはりファンが忍んでいました! トラックで四方を塞がれました!』

 

『B車! 進路上に検問が張られています! 警察の情報にはない検問です。間違いなくファンの罠です!』

 

『C車ですが、黒塗りの高級車に追突されました。『おいゴルァ!』と暴力団員っぽい女が示談の条件を言い渡してきていますが、所詮素人ですね。本場の凄みを見せていいですか?』

 

用心してダミー車を先行させたのは正解だった。人の口に戸は立てられない、と言うしタクマ来島を知っていた空港職員や一部のマサオ教徒の中から漏れてしまったのだろう。

特にタクマ未踏の地だった北大路の人々は俺に貪欲だろうし、もしかしたら情報がなくても虫の知らせや本能で察知したかもしれない。

 

ともあれ、こちらも恒例となった襲撃イベント。今回はクルッポーが手配した北大路家のダンゴや警備員の援護もあり、3ヒエッする程度で肉食包囲網を振り切ることが出来た。

ふぅ、いつもよりは穏当な襲われ方だったな……と慣れを覚える自分が悲しい。

 

 

 

北大路邸は、領の中心である北大路市を見渡す山の頂きにそびえていた。

交通の便は劣悪なものの、自然の防衛網がタクマファンの進撃を阻んでくれそうだ。

 

外観は中御門同様に『寺』を彷彿とするもの。クルッポーの服装が由良様に似ていた事も加味すると、北大路家はマサオ様の子孫である中御門家をリスペクトしているのだろう。

ただ、横に広い中御門の『寺』とは違い、北大路邸は縦に高く建設されている。何階建てにもした理由は、山中の狭い立地のためか。それとも市内からでも見えるようにして存在感を出すためか。

 

 

 

北大路邸の門の前で二人の女性が、俺たちを歓迎した。

一人はクルッポー。南無瀬領で会った時と同じく水色袴の巫女装束で、来客を迎えるには不適当な凛とした表情をしている。

 

「ようこそいらっしゃいました、南無瀬組の皆様。遠方からわざわざお越しいただきありがとうございます」

 

もう一人が柔和な笑みで歓迎の言葉を述べた。淡い紅色の着物に身を包み、髪は和装?が合うよう後ろへ流しお団子でまとめられている。

立ち位置から、北大路の現当主にしてクルッポーのお母さんか。

漫画にありがちな年齢詐称母よろしくクルッポーの親とは思えない若々しさ。服装も相まって温泉宿の若女将っぽいな。

 

「北大路で領主を務めております、『北大路しずか』と申します。まくる共々、よしなにお願いしますね」

 

腰を低くして自己紹介する領主のしずかさんを前に、俺たちも平身低頭で挨拶する。

しずかさんは組員一人一人に歓迎の意を示してから。

 

「ささ、お仕事の話は後にして、まずはお部屋でおくつろぎください。お食事やお風呂の用意も整えていますから、ご遠慮なくお申し付けくださいませ」

 

と、おっしゃった。一挙手一投足が柔らかく、人当たりの良さを感じずにはいられない。

 

「タクマ殿、急な依頼に応えていただき感謝に堪えない。屋敷の案内は小生に任せてもらおう」

 

「くれぐれも粗相しないようにね、まくる。あなたは周りを威圧する茶目っ気がありますから」

 

「ぜ、善処します」

 

あの狂えるクルッポーが、母親相手にはタジタジとはね。母娘のほんわかシーンは良いものである。

 

いいなぁ、しずかさん。若々しく綺麗で母親の包容力を持っていて……うっ!?

そういや最近、母親の雰囲気に当てられ甘えてしまったところ、謎の進化を遂げた女性がいたっけ? Mスコンって変態種なんだけどさ。

 

「あらら、タクマさん。そんなに見つめないでください。わたしの顔に何か付いていますか?」

 

「い、いえいえ。これからお世話になる方ですから、つい見入っただけです。失礼しました!」

 

危ねぇ。しずかさんがMスコンの末路を辿るとは思えないけど、お客様気分で馴れ馴れしく接しないよう注意せねば。

 

 

 

 

 

自室で小休憩した後、俺はクルッポーの案内で展示室を訪れ、マサオ様が書いたとされる日記の発見に至る。

 

その衝撃は凄まじく、自室に戻って『第101回、男性アイドル事業部ミーティング in 北大路』を開いている最中も思考の大半が日記に占められる有様だ。

 

日記を読みたい。日本へ帰るヒントがあるかもしれないし、単純に日本人がこんな肉食世界でどう暮らしたのか興味が湧きまくる。

しかし、読めることをクルッポーに気付かれたら一巻の終わりだ。神として奉られ、思い思いの方法で信仰を捧げてくるに違いない。

疑われずに日記を借りる口実はないものか……

 

悩める俺に、真矢さんが尋ねてきた。

 

「なぁ、拓馬はん。さっきから黙っとるけど、あの日記が気になるんか?」

 

「いぃっ? 突然なにを?」

 

「三池氏の仕草をガン見し続ければ誰でも気付く。マサオ氏の日記を目にしてからの挙動不審ぶりが愛らしい」

 

迂闊! タクマ中毒者の観察眼からは逃げられない!

ど、どうする? 誤魔化すか、マサオ様と俺が同郷だと告白しても(いたずら)に周りを混乱させるだけだし。

「実は俺もマサオ様も異世界人で、転移してきたんだよ!」と告白したら仕事は全部キャンセルで病院行きになりそうだし。

 

 

「日記? 関係ありませんよ。俺は疲れてボーっと」

 

「でも驚きましたよね~。あのマサオさんが三池さんと一緒のニホン人だったなんて」

 

 

………………………………………

……………………………………………

……………………………………………………ほ……ほわいぃ?

 

俺の言い訳を遮り、音無さんが爆弾発言を剛速球で投げつけてきた。

 

「お、俺とマサオ様が? あはは、ご冗談を」

 

 

まままままだだ、あわわわてるじかんじゃない。

なぜ分かったし? と疑問は置いといて、とにかく言い逃れを!

 

 

「うちらは拓馬はんの翻訳作業を何度も手伝ったさかい。ほら、台本の内容をうちらが口に出して、拓馬はんがニホン語に書き直すやつ」

 

「三池氏の個人情報は文字一つだろうと貴重、記憶するのは当たり前」

 

「その記憶と日記の表紙の文字が合致しましたからね。ピンッと来るってもんです!」

 

ダメみたいですねぇ……(伏目)

 


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