『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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伝説を超えし者

これほど清々しい気持ちになったのは久しぶりだ。具体的には天道家や由良様にイタズラ電話した以来だ。

 

「タ、タクマさん? 大丈夫ですか? お顔が赤くなりつつ上半身が振り子運動をしていますけど……」

 

周囲の男性らが、まるで酔っ払いを気遣うように接してくる。

おいおい、みんなして何を不安がっているんだい? 真面目なアイドル・タクマがファンを前にして酔っ払うわけないだろ?

 

「錯覚ですよ。顔が赤いのは光の屈折のせい、振り子運動はそういう季節だからさ」

 

俺の明瞭な解答に、男性たちは「あっ、訊くまでもなかったですね」と確信を持ってくれた。

 

さて、これからライブを開くわけだが。

クールなアイドルは同じ過ちを繰り返さない。すなわち東山院での熱血ライブの如く、観客をテロリストに仕立て上げてはいけないのである。

ふふん、最高にハイッになっていても良識を忘れない。我ながら惚れ惚れするアイドルっぷりだ。

 

 

俺が自画自賛に(ふけ)りながら「どんな歌でみんなを絶頂させようかなぁ」と選曲していると。

 

 

「おうおう。楽しんでいるようじゃねぇか、皆の衆!」

 

食堂に一人の男性が入ってきた。

全身を紺の作業着で固め、頭にタオルを巻いた職人っぽい服装、年齢は50くらいかな。四角い顎に、頑固そうなへの字の口、荒っぽい語気、なんだか下町のおっちゃんみたいだ(偏見)。

 

「おっ、(げん)さん! 今日は来ないかと思っていたよ」

 

「悪い悪い、病院に寄っていてな。遅くなっちまった」

 

厳さんと呼ばれたおっちゃんは顔なじみと言葉を交わし、俺へと視線を向けた――なぜか、敵意のこもった視線を。

 

「おめぇがタクマさんかい? ほぉ~」

 

おっちゃんこと厳さんは俺の眼前までやってくると、まじまじと凝視し、

 

「なんでぇい。酒に呑まれたみてぇな、だらしねぇ顔はよ。ちょっとばかし世間ウケがいいからって調子に乗ってんじゃねぇか」

 

頭一つ高い俺を前にしても尻込みすることなく、威勢を張る。

 

「厳さん!? タクマさんになんて失礼なことを!」

 

他の男性らが慌てて厳さんの両脇を抑える。

 

「ええい放せ! タクマさんよぉ、随分な人気で有頂天かもしれねぇが、おめぇなんかマサオ様の足元にも及ばねぇ。って、だから放せって!」

 

抵抗するも多勢に無勢。厳さんはズルズルと俺から引き離されていく。

 

「申し訳ありません、タクマさん! 厳さんったら熱狂的なマサオ信者でして……しかし、あのような暴言を放つほど傾倒しているとは……」

 

解説役が似合いそうなメガネ男性がペコペコ頭を下げた。

 

「気にしていませんよ。むしろ心地よいくらいです」

 

今の俺は全能感を思いのままにするスーパータクマだ。そんな俺に向かってくるとは……ふふ、その無鉄砲さ、嫌いじゃないぜ。

 

「はっ? 心地よい? もしやタクマさんも被虐趣味をお持ちで!」

 

「男に厳しい世の中ですから、活力のある方を見ると微笑ましくなります」

 

「あ、ああ……そういう意味で……」

 

なぜか残念そうなメガネ男性と共に、絶賛拘束中の厳さんを観察していると――不意にバイブ音がした。

 

「ひっ!」

 

厳さんが硬直する。周りの男性らは「あっ(察し」と、彼の拘束を解いた。

 

真っ青になった厳さんが、バイブの震源地である自分の携帯電話を取り出す。

 

「なにがあったんでしょう?」

メガネ男性に尋ねてみる。

 

「食堂の外で待機している奥さんからの電話ですね。静かにしなさい、と怒られているのでしょう」

 

「おやっ、厳さんって人が急激にやつれていきますよ。おまけに死相まで現れちゃって、まぁ大変」

 

「厳さんは奥方らに頭が上がらないのです。なんでも五人とも気性が荒く、抵抗すれば枯れるまで搾り取られるそうで」

 

「五人に勝てるわけないですね」

 

「うちでは肩身を狭くしている分、奥さんの目の届かない所では羽目を外す。それが厳さんの生き方なんですよ」

 

「お気の毒なことで」

 

内弁慶ならぬ外弁慶だったか、悲しいなぁ――ん? 俺の携帯も鳴り出した。着信は……真矢さんか。

 

「もしもし、拓馬です」

 

『拓馬はん、壁越しに怒声が聞こえたんやけど、大丈夫なんか?』

 

「一人の男性がハッスルしちゃっただけですよ、問題ありません」

 

『ハッスル? なんや拓馬はんの言動とイントネーションがいつもと違うように聞こえるんやけど』

 

「男同士のお茶会なんで、ついついテンションが上がっているみたいです。あははは」

 

危ない危ない、真矢さんは心配性だからな。

もし「あかん、拓馬はんが酒でベロンベロンになっとる!」と勘違いされたら面倒なことになる。お茶会は中断、俺は北大路邸に強制送還されベッドに寝かしつけられるに違いない。

当然、ライブなんて出来るはずもなく、愛殿院の男性たちをガッカリさせてしまうだろう。

 

馬鹿野郎お前俺はやるぞお前!

ファンを前にして中途半端な幕切れは許されない。俺の全身全霊を男性たちに叩き込むまで、誰にも邪魔させんぞ!

 

と、いうことで真矢さんの追究を華麗にかわし、電話を切る。

んで南無瀬組や愛殿院のボランティアさんたちが乱入しないように、食堂の窓やドアにしっかり鍵をかける。男性利用施設なので、窓もドアも簡単にはぶち壊せないだろう。いいぞ、これぇ!

 

ライブ会場のセッティングが完了したところで。

 

 

 

「ひでぇ事を言っちまって、すまんかった。この通りだ」

 

すっかり生気を無くした厳さんが頭を下げてきた。

 

「お気になさらず。厳さんはマサオ様のファンなのでしょう? 推しを愛する故の暴走、そりゃ仕方ないってもんです」

 

「ありがてぇ、ほんとすまんかった」

厳さんは何度も謝罪と感謝を繰り返してから、ぽつりと言った。

 

「オレの一族はマサオ様と縁があってな。だからマサオ様の事になると、つい頭に血が上っちまう。マサオ様が北大路で一年間お引きこもりになった際、お世話をしたのがオレのご先祖様なんでぇい」

 

「なんとっ!?」

ポッと出のおっちゃんかと思ったら、意外と重要人物やん厳さん! やるやん!

 

「おめぇさんの影響力がドでかいのはオレも認めるところよ。しかし、マサオ様も負けちゃいねぇ。あの御方には伝説があるからな」

 

「ふーん、伝説って?」

 

「ああ! マサオ様の生涯は芸術と共にあった。その創作人生の中で、至高にして究極の一品がある。ただの芸術品じゃねぇ。一目(ひとめ)見た者は精神を揺さ振られ、人格形成に多大な影響を与える逸品よぉ!」

 

推しのマサオ様トークで、厳さんに活力が戻ってくる。蒼白だった頬にも赤みが宿り、峠を越えた感があるな。

 

「見る者の精神を……それって守漢寺の奥にあった絵のことで?」

 

あの絵は変哲のない見た目に反し、肉食女性たちを性的に熱くさせていた。なにか不思議な力が働いているようだったが、もしやあれが伝説?

 

「『降誕の間』の絵かい? 秀作なのは認めるが、伝説は、んなチャチなもんじゃねぇ! 伝説の逸品を見れば最後、盲目だった者は開眼し、生まれつきのワルは聖人へ鞍替えし、ヒョロガリな男は筋肉の申し子として再誕する。この世の物とは思えない奇跡を起こすのさぁ!」

 

「はぇぇ、すっごいですね。一体全体どんな作品なんですか?」

 

()()()()()()()の像よ。多くの品を生み出したあの御方が、一度だけ自分をモチーフにしたんだ。たまんねぇな、おい」

 

そいつは興味深い。像を見れば、遠い昔に生きたマサオ様の顔も分かるってことか。

 

「是非、見てみたいですね――ん? でも、その有難い像の話、北大路に来て一回も耳にしていませんけど?」

 

俺の疑問に、厳さんの勢いが止まった。

 

「そ、それが伝説たる所以(ゆえん)さぁ。計り知れない御利益のあるマサオ様像だがな、マサオ様自身がどこかに封印したらしい」

 

「封印……ますます伝説色が強くなってきましたね」

 

「あまりの効果に人心が惑わされるのを避けるため、と言われているが真実は謎だ。今となっちゃ存在自体が幻よ……はぁぁ」

 

厳さんの長い溜息を聞きながら、俺の中でムクムクと湧きあがったのは――対抗意識だった。

 

文字通りの偶像(アイドル)になって伝説を作ったマサオ様。

歴史上の人物に対抗意識を持つのは恐れ多いが、俺だって同じ日本人でアイドルだ。

盲目の人を開眼させたり、ヒョロガリのマッチョ化は未経験だけど、これらの伝説を超えてこそトップアイドルになれるってもんじゃないか!

 

「時に厳さん」

 

「お、おう? おめぇさんに名前で呼ばれんのは、なんか気恥ずかしいな」

 

「病院に寄ったので遅れた――と、先ほどおっしゃっていましたね。お身体が悪いのですか?」

 

「ちょいと腰をやっちまった。うちは代々宮大工をしていてな、男ながらオレも大工道具片手に頑張っていたんだが、この有様よ。なかなか治らなくて参るぜ」

 

紺色の作業着を着ているのは職業柄だったのか。ふぅん、大工の厳さんね。

伝説(マサオ)を超えるためのターゲットが、おあつらえ向きに目の前に居る。これはもう運命感じちゃうね!

 

「世の健康法の中には音楽治療ってものがあるらしいです。騙されたと思って、俺の歌を聴いてみませんか?」

 

「ああん? うた? なんだって急に」

 

厳さんは夢にも思っていないだろう。数分後には、これまでの自分とサヨナラすることを。ああ、もちろん完治的な意味でね。

 

「深く考えなくて大丈夫です。ちなみに歌の副作用は気にしない方向で」

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

目が覚めると、暗闇の中にいた。

 

 

ここは……北大路邸か?

背中に感じるベッドマットレスの感触や、後頭部を沈める枕の柔らかさに覚えがある。

どうやら北大路邸に用意された自室で寝ていたらしい。

 

窓から日が差していない。もう夜なのか……何時だろう?

 

「よっと」

 

上半身だけを起こし、ベッド横のテーブルに手を伸ばす。

 

ええと……おっ、あったあった。

探し物は、置き時計でも電灯のスイッチでもない。テレビのリモコンだ。それで備え付けのテレビをスイッチオンっと。

 

テレビから放たれる光で、部屋全体が淡く見え出した。

すぐさま音量を下げ、部屋の外に漏れないよう調節する。部屋の明かりを付けないのも外に気付かれるのを防ぐためだ。

まだ、俺が起きたと知られたくはない。

 

チャンネルを北大路のローカル局にする。ちょうどニュース番組が放送されていた。

 

 

『――では、男性たちのご家族の反応を見てみましょう』

 

スタジオのキャスターがそう言うと、場面が切り替わって。

 

『驚きました! うちの子が立ったんです! 強漢未遂のトラウマで車イス生活になっていたうちの子が立ったんです! いえ、立つってレベルじゃありません。愛殿院から帰るなり「ママ! ボク、(ほとばし)っちゃうよ!」と狂ったように庭の端から端をシャトルランして……ああ、タクマさんにはなんとお礼を言えば良いか』

 

 

『ナニをするにも無気力だった主人が元気に溢れていて、もう見ているだけで、ムラムラ……じゃなかったウルウルと感動してしまいます。今日の夕食はあからさまに精の付く物ばかりでしたし、結婚して初めて誘われている感がありますね。今夜はフェスティバルです』

 

 

『うちの主人は腰をやっていて、生活も性活も大変そうでした。それが、タクマさんのおかげで往年の腰振りをも上回る動きを見せてくれて……ええ、お医者様も人体の神秘だと驚愕していました。今晩は何回戦出来るか……じゅるり、楽しみです』

 

 

愛殿院で会った男性の母親や妻がインタビューに答える映像が流れて、再びスタジオへ切り替わった。

 

 

『皆さん、本当に幸せそうでしたね。観ているこちらもホッコリとしてしまいます』

 

と感想を述べるキャスターだが、表情はまったくホッコリとせず怒りに燃え、手元の原稿をビリビリと引き裂いていた。たぶん、未婚者の方なのだろう。

 

『それにしても、さすがはタクマさんですね。北大路に来島するなり、早速やってくださいました。マサオ教の式典に出席するだけでなく、マサオ様のような奇跡を起こす。その意図は何なのでしょうか? 有識者の間では、マサオ様の後継を目指しているのでは? との考察も出ているそうです。また巷では、タクマさんのことを『新時代のマサオ』と呼んだり、いやマサオ様の方が『旧時代のタクマ』だとする声も上がっているようです』

 

ピッ。

 

俺はテレビを消して、ベッドに潜り込んだ。

 

 

 

ぬうわああぁああああん!! やってもうたぁぁぁぁぁあああ!!

 

覚えている。覚えてしまっている。

前のイタズラ電話パニックの時と違い、今回は自らの悪行を記憶している。

食堂の男性たちにリフレッシュソングをこれでもか! と叩き込んじまった!

んで、男性たちが急速に変容していく傍らで、俺は満足してグ~スカ眠りに落ちちまったわけだ。

 

酒をガブ飲みした前回とは異なり、今回は少量のアルコールを摂取しただけだ。記憶もしっかりしているので、現実逃避もままならない。

 

 

「ああああああああああああ!! 小生のマサオ様があああああ!! マサオ様の威光があああああああ!!」

 

屋敷中にクルッポーの慟哭が響く。

俺のヤラカシがマサオ教に相当なダメージを与えているらしい。

 

これ、謝って済む問題じゃねぇぞ……ガクガクブルブル。

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