『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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二章開幕です。


第二章 南の島の黒一点アイドル
南無瀬組流挨拶回り


南無瀬(みななせ)組の車を降りて、俺は眼前にそびえるビルを仰いだ。

南無瀬市の中でも屈指の高さを誇るビル、南無瀬テレビだ。

その名の通り、南無瀬領にあるテレビ局であり、島に一つだけのローカルテレビである。

 

日本人の感覚からすると、不知火(しらぬい)群島国のテレビ局は少ない。

東西南北の島にそれぞれ一つのローカル局。

中央の島である中御門(なかみかど)には一つの国営放送と複数の民放があるが、日本と比べれば物足りない。

 

ちなみに国営放送だが、不知火の像の授与式のような国家の行事を放映するか、それ以外は夜にニュースをちょっと流すだけのやる気のなさだ。

 

中御門の放送は他の島でも観ることが出来る。この事実が、不知火群島国のエンターテイメントのメッカが中御門であることを如実に示す。

 

 

南無瀬島でアイドルとして旗揚げした俺は、まず地盤を固めるため南無瀬領で活動することにした。

 

「娯楽の中心は中御門や。そこで実力を認められん限り、トップアイドルにはなれへん。せやけど、何の実績もない男性アイドルが中御門に行ったところでどんな扱いを受けるか分かったもんやない。頼みの南無瀬組の力も中御門では十分に発揮出来へんしな。だから、まずは地元で力を高めるっちゅうわけや」

 

とは真矢さんの弁。

 

まあ、南無瀬組の一組織として旗揚げした男性アイドル事業部が、地元を軽視するのはよろしくないよな。

南無瀬領で起こる男性被害犯罪の抑制、というお題目もあることだし。

それに男性の島移動には煩雑な手続きが必要なため、現時点で他の島を攻める理由はない。

 

 

「よっしゃ、テレビ局に乗り込むで! みんな、心の準備はええか?」

 

先頭に立つ真矢さんが、俺たちの方へ振り返った。

 

「はい!」と、俺。

 

「任せてくれたまえ」と、おっさん。

 

「はぁ、スーツで決めた三池さんカッコいい。じゅるり」と、音無さん。真矢さんへの返事になってないぞ、あと涎拭け。

 

「右に同じく」椿さん、その言い方だと音無さんと同様の意味になるけど良いの「じゅるり」あ、良いんだ。

 

 

 

そして……

 

 

 

「うすっ」

「はっ」

「承知」

「んだ」

「イエス」

「っしゃ」

「オーケー」

「ラジャ」

「ウォンチュ」

「クリナップクリンミセス」

 

多い、なんか多いぞ!

黒服の人たち多すぎだろっ! 俺とおっさんの護衛にしても多すぎじゃないか!

なんでみんな独自の返事するの!? ここにきて個性をアピールしてきたぞ。

 

 

はぁ……テレビ局の前に立っただけなのに疲れる。

 

今日、俺たち南無瀬組男性アイドル事業部は、世界初の男性アイドル・タクマを知ってもらうためにテレビ局へ挨拶回りに来ていた。

 

駆け出しアイドルなら始めはショッピングモールや遊園地など人が多い場所のイベントに出て、知名度と実力を上げていくものと思っていた。それがいきなりテレビだ。

 

「ショッピングモール? 遊園地? あかんあかん。そない人の多い場所で拓馬はんを売りだそうとすれば暴動になるで」

 

真矢さんは即座に俺の想像を切り捨てた。

護衛の点から言えば、屋外より屋内、しかもスタジオのような密室の方が良いらしい。

なるほど、ここは男女比1:30の不知火群島国。日本の常識を持ち出してはいけないんだな。

 

 

全員黒のスーツ姿なためか、テレビ局に出入りする人たちが俺たちを避けまくっている。黒づくめの組織でごめんなさい。

 

黒服さんたちはいつも通りの格好だが、同じく南無瀬組に入った音無さんと椿さんは黒いものの婦警のような服を着ている。サングラスもしていない。

 

「あたしたちは三池さんの専属ダンゴですからね。そこんとこをしっかり主張しなくちゃいけません」

 

「差別化」

 

どうです、どうです? と、ポーズしつつ接近する二人を押し返しながら俺は「いいんじゃないですか」と適当な褒め言葉を贈っておいた。

 

それだけで

「っし! っし!」「にゅふふ」と喜んでくれるのだからチョロいダンゴたちである。

 

「静流ちゃん、今の何ポイント?」

「私の目測では五ポイントは固い」

 

こら、勝手に人の好感度を測定するんじゃない。

 

 

 

話がそれた。なんだったっけ?

ああ、そうだ。挨拶回り。

 

挨拶回りと言えば……

アイドル事務所の職員や先輩と共にテレビ局へ行き、番組の制作スタッフを捕まえて、

「今度うちからデビューする三池です。ほら、挨拶しろ」

「三池拓馬です。若輩者ですがどうぞよろしくお願いします!」

「おっ、元気がいいね。三池君か、覚えておこう」

 

とか、そんなやり取りをするのだ。

それが挨拶回りなはずだ。

俺は事務所の研修生だったからか、実際に挨拶回りしたことなかったけど。ぐすん。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「この度、南無瀬組の男性アイドル事業部からデビューさせていただくことになりました三池拓馬です。芸名はタクマでいくことになっております。どうぞ、よろしくお願いします!」

 

「そ、その……南無瀬組様のことは、もちろん信頼していますけど、タクマさん。あなたはご自分の意志でアイドルになりたいと、本気で思っているのですね?」

 

「はい! アイドルこそ自分の天職だと自負しております!」

 

「は、はぁ……そうですか」

 

俺の自己紹介に、質問者は額の汗をハンカチで拭きとる。

ちなみにその人は『南無瀬テレビ 代表取締役』だったりする。

社長さんじゃないっすか!

 

他にも横には専務取締役、常務取締役、編成局長、制作局長、報道局長など肩書きを聞いただけでチビりそうになるトップの方々が連なっている。

 

場所はテレビ局の雑多な物がゴチャゴチャ置かれている通路やスタジオではなく、おそらく局にとって重要な議案を話し合う時に使うのであろう会議室だ。

机の肌触りが銘木で知られるマホガニー製のように心地よい。枠が広い窓からは南無瀬市が一望出来る、そんな高さにあるリッチな会議室。

どう考えてもVIP待遇のおもてなしだ。

 

「どや、本人もこうやる気やで。男性不足による女性の不満解消、それに伴う男性被害犯罪の減少、うちらの目的は理解してもらえたやろか?」

 

「南無瀬組様の崇高なお考えには我が社としても助力を惜しみたくはないのですが。ただですね、男性をテレビで流すというのは、男性を見せ物にしている、また虐待だと各方面から厳しい反応が予想されまして」

 

「ジャイアンとマサオ教のことを言っとるん? 大丈夫や、向こうさんは先日のスキャンダルで偉そうに批判できる立場やなくなった。男性の扱いについて非難が来たら、どの口がホザくか! って南無瀬組の方で突っぱねてやるわ」

 

「そ、それは有り難いことです」

 

ぺこぺこ頭を下げる社長さん。

おかしい、挨拶回りってこちらが頭をぺこぺこするものと思っていたのに、まったく逆になっている。

 

「では、タクマさんの件は我が社の会議にかけまして、番組への登用を前向きに検討しますので、今日のところは」

 

如何にも帰って欲しいと言いたげな社長さん。

 

「あ~、んなまどろっこしいことやってられへん。うちらの方でタクマを起用させたい番組があるねん。あんたらはそこに話を付けて欲しいんや」

 

「ひえっ! 勝手にお話を進められても困るのですが」

 

「別に南無瀬テレビさんにとっても悪い事やない。まっ、承諾か拒絶かはうちの話を聞いてからにしてや」

 

真矢さんが俺のプロデュースプランを説明する。

時には理路整然に、時には感情をわざと荒げて語るその様は、アイドルのプロデューサーになってまだ一ヶ月も経っていないことを嘘っぱちのように思わせた。

エセとは言え関西弁の使い手、やはり商いをやると血がたぎるのだろうか。

 

 

「な、なるほど。確かに我が社にとっても利益に繋がりますね。しかし、本当に男性をあの番組に出して問題ないのですか? いえ、周囲の反応ではなく男性の身の安全として聞いているのですが」

 

「大丈夫です! 体力には自信があります。南無瀬テレビ様の一助となるよう粉骨砕身の覚悟で臨みます!」

 

俺がハッキリと宣言すると。

 

「ほぉ……」

「おお……」

「んふぅ……」

 

上層部の面々から粘っこいため息が漏れた。

熟成された女性の皆様の視線に、ジョニーが「おっ、黒船かな」と鎖国の警備を厳重にし始める。

 

「分かりました。そこまでおっしゃるのなら話を通しておきましょう」

 

「おおきに」

「ありがとうございます」

 

交渉はまとまった。

 

「いやぁ、良かった良かった」

 

これまで黙っていた、というか話に参加出来ていなかったおっさんが立ち上がり、社長さんと交渉成立の握手を交わす。

あれが南無瀬組男性アイドル事業部責任者の仕事だ。

全手動専用人型握手機おっさん、働けて良かったな。

 

「タクマさん、あなたのご活躍を心から願っていますよ」

 

社長さんが俺にも握手を求めてきたので、朗らかな笑みと共に応える。一瞬、ぽえみのことが脳裏をよぎり嫌悪感を抱きそうになったが、誰も彼もあんな奴ばかりじゃないと自分に言い聞かす。

 

「タクマさん、応援してますよ」

「今回の件が成功しましたら、次はぜひこちらに」

「それより我が社の広報活動に」

 

社長さんだけではなく、重役の方々が次々と俺に握手を求めてくる。

 

俺は表情を営業スマイルで固定して、全員と握手をしていく。

頬を赤らめる者、上目遣いでこちらを見るもの、握手の際に手をすりすり擦ってくる者。

いろいろいたが、口元すら引きつらせず俺は握手をやり遂げた。頑張った、俺、頑張ったぞ!

 

 

「あ~最後にな。賢明な南無瀬テレビの方々にわざわざこんな事を言うのも失礼な話やけど」

 

和やかな友好ムードに真矢さんが冷徹な声で水を差した。

 

「な、なんでございましょう?」

 

「番組に出演させてやるからとか言ってな、うちらのタクマに手ぇ出そうとするアホな奴がいたら、どないなるか……」

 

俺や真矢さんの背後で一列に待機している音無さんや椿さん、それに大勢の黒服の人たちが威圧感たっぷりに一歩前に出た。ビシッと一糸乱れぬ動きだ。

 

「「「「ひぃぃぃ!」」」

 

「……分かってもらえたようで安心したわ」

 

黒服の人をやたらと連れてきたのは、先方をビビらせ交渉を有利にするためと、最後に釘を差すためだったのか。

その効果は抜群だったようで、俺たちが会議室を辞するまで南無瀬テレビの皆さんは、会議室の外に見える空と同化出来るほど青い顔をしていた。

 

 

 

 

「ん~、平和的に話し合いが終わって良かったわ~」

 

上機嫌に廊下を先頭で歩く真矢さん。

南無瀬テレビの人たちがゴネた時はどうするつもりだったんだろう? 非平和的な手段も用意していたのだろうか。

 

訝しげに真矢さんを見ていると横から音無さんが。

 

「三池さん、ダメですよ。プロデューサーをステゴロ上等のヤンキチとして見ちゃ」

誰もそこまで酷い目で見てねぇよ!

 

「あれで真矢さんって優しい人なんですよ」

 

「まあ、俺も助けてもらったことがあるし、悪い人じゃないんですけど」

 

「今回、南無瀬組の人たちがたくさん来てくださったじゃないですか。あれって三池さんが心配だからって理由もあるんですけど、真矢さんの人望もあるんですよ」

 

へえ?

真矢さんと黒服の人たちって仲良いのか。ちょっと意外。

だって前に真矢さんは……

 

「先日、真矢氏が南無瀬邸に住む者たちに謝罪して回っていた。演技だったとはいえ、ジャイアンの副支部長として南無瀬組を煽ったこと。それで不快になった組員全員に頭を下げていた。私と凛子ちゃんにも謝ってくれた」

 

知らなかった。

実るほど(こうべ)を垂れる稲穂かな。

不意にそんなことわざを思い出す。実が熟した穂が頭を垂れるように、人間として深みがある者ほど謙虚になる。

若くしてジャイアンの副支部長をやっていたのは、単に南無瀬一族のコネではなく、本人の人間性だったわけだ。

 

「まさに義理人情」

 

やめよ椿さん、そういう言い方すると極道らしさが増すからやめよ。

 

 

テレビ局から出て

「じゃあ僕は帰るよ。これが仕事を終えた疲労感か。うん、実に良いぞ~」と言う全手動専用人型握手機と別れる。

 

 

 

「さあて、うちらはもう一カ所行こか」

 

「いきなり押し掛けて迷惑じゃないですかね?」

 

「いいんや。あの番組の収録は週に一日、今日を逃せば一週間待たんとあかん。拓馬はんとしては、現場の空気を体験しておいた方がええやろ?」

 

確かに。見学くらいならいいよな。

 

おっさんの護衛以外に残った黒服さん数名を含め、俺たちは南無瀬組の車に乗り込み、とある場所を目指すことになった。

 

 

テレビ番組というのは、放送局自らが作るものと、制作プロダクションに委託されるものがある。

 

世界初の男性アイドル、タクマの初舞台となるその番組は後者で作られている。

なので、今から向かうのは制作プロダクションのスタジオだ。

 

目的地が同じ南無瀬市内だったことにより、乗車時間は三十分もなかった。

 

駐車場に車を入れ、下車した俺は五階建ての白塗りされた清潔感のあるビルを眺め見る。

 

入口には綺麗に削った石の看板で「ナッセープロダクションって書いてありますよ」ありがとう音無さん。この国の文字を勉強しないといけないよなぁ。

 

ナッセープロダクション。

南無瀬テレビの下請け会社で、主に教育番組を制作している老舗である。

 

俺が初参加する番組は、かつてこのプロダクションの看板番組だったもので、番組名は……

 

 

「ちょうど収録中みたいやな。『みんなのナッセー』」

 

そう、『みんなのナッセー』

子どもと歌のお姉さんがメロディーに乗りながら仲良く歌って踊り情操教育する番組である。

 

 

まあ、あれだ。

『おか○さんといっしょ』南無瀬版ってやつだ。

 


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