『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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一身上の都合により、今回は二話連続投稿します。
こちらは一話目です。


破戒の箱

「もどかしいですね」

 

リハーサルが休憩になったところで、俺は呟いた。

図らずもマサオ教の権威を堕とした手前、マサオ教と俺自身の名誉挽回に全力を尽くしたい……のに。与えられた仕事は会場の末席に座り、式典の成り行きを見守るだけ。

 

「式典成功のために、俺が出来ることはないんでしょうか?」

 

「拓馬はんのやる気は買うけど……ハイリスク・ハイリターンやさかい」

 

「今のマサオ教には余裕がない。三池氏がまた『うっかり』すれば、今度こそご臨終」

 

「三池さんは悪くありません! タクマ運用が下手なマサオ教が悪いんです!」

 

あれ? いつの間にか、俺って当たればデカいが、外れれば大暴発の博打枠にされている?

一年以上のアイドル活動で地道にやってきたのに、こんな扱いだなんて……まあ、たまにやらかして関係者の人格を変えたり、日帰り天国ツアーを開催するから是非もないが。

 

「あらららら。落ち込まないでくださいね、タクマさん」

 

「し、しずかさんっ」

 

我が身の悪行を振り返っていると、北大路の領主様がやって来た。

リハーサルに合わせて、彼女も巫女服に着替えていらっしゃる。由良様より清楚感はないけど、温かみがあって心に染みるぜ。

 

「タクマさんを取扱い注意の危険物だなんて夢にも思っていません。そうでなければ、わざわざ北大路にお呼びしませんし。ご心配なく、あなたの輝きはきちんと私に届いていますよ」

 

「輝きって、何だか気恥ずかしいです」

 

「あらららら。つい、歯の浮くような言葉を口にしてしまいました。でも、本心なのですよ。まくるはあなたを世間の関心を集める見世物にしようとしていましたが、私はそれを良しとしません。よろしければ、式典の第二部に出演していただけませんか?」

 

第二部に、俺がっ!?

 

式典は大きく三つに分かれている。

第一部は、参列する信徒全員でマサオ教の経典を読む事。群読のように力強く、感情表現が豊かなのが特徴だ。ただ、三十分くらいの長さなので聞き続けるとなかなかに堪える。

第三部は、現教祖である北大路しずかさんのスピーチ。男性愛護の精神で活動する信徒を労い、それを支えてくれる世間へ感謝を示し、最後にマサオ教のこれからを語るらしい。

 

そして、真ん中の第二部は。

 

「俺が『マサオ教生誕』の劇に出演……? ですけど、飛び入り参加可能な役なんて」

 

「ありますよ。『マサオ様』の役が」

 

「っ!?」

 

『マサオ教生誕』は、妻である中御門(なかみかど)由乃(ゆの)様から逃げたマサオ様が、この地で一年間引きこもり生活を送った末に天啓を得て、マサオ教の開祖となる――そんな歴史的事件を題材とした劇だ。

劇と言っても、コテコテの演劇ではなく、能のように緩やかな歌と踊りでストーリーを表現した伝統芸能である。

 

「マサオ様を演じるのは恐れ多く、これまでの式典では誰も演じませんでした。マサオ様が歌ったり踊る場面は無く、御姿は影絵を投影したものです」

 

劇中のマサオ様がずっと居室に引き籠っているからこそ可能な表現だ。

 

「しかし、同じ男性のタクマさんなら周囲から非難は少ないでしょう。私が推薦したと事前にアナウンスすれば、責任の所在は私になりますし」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。急に言われましても……」

 

「タクマさんに演じていただければ、世間のマサオ様に対する好感度は上がり、マサオ教の展望も開けます。どうでしょう?」

 

「即決は無理ですよっ……南無瀬組と話し合わなくちゃ……でも、マサオ教に貢献出来るのでしたら……」

 

突然の大抜擢だ。伸るか反るか、ここは大きな分岐点だぞ――と。

 

 

 

耄碌(もうろく)したかぁぁ、母上ぇぇぇ!!」

 

いきなり狂信者が乱入してきた。

 

「まくるっ! あなた、無事だったの? しかも五体満足に?」

 

あっ、クルッポーのハツラツな姿にしずかさんが素で驚いている。どうも娘の安否について『否』側だと予想していたらしい。

 

「無事も無事! マサオ様を崇め奉る式典を前にして、小生が倒れ伏すことなどあるものかぁ!」

 

「うふふふ、まくる様ったらすっかり頼もしくなりましたね」

 

鳴り物入りで登場したクルッポーの後ろから、由良様が清楚な足取りで会場入りする。

 

「お久しぶりです、しずか様」

 

「ゆ、由良様っ。遠い所を足労いただきましてありがとうございます。本来でしたら私がご案内しなければなりませんのに」

 

「どうかお気に留められませんように。お約束もせずに参ったワタクシに非があります」

 

「め、滅相もありません」

 

おおう。いつもニコニコ軟らか対応のしずかさんが、由良様を前にして硬直している。

さすがは北大路の領主、由良様が持つ清楚面の裏側を感じ取ったのかな?

 

「母上ぇ! マサオ様は何人(なんぴと)も……もとい奥方の由乃様しか犯してはならない不可侵領域! そこにタクマ殿を挿入するなど、まるで国教レ〇プではありませんか!」

 

「汚い言葉は慎みなさい。マサオ様の童貞性を尊重したいのは理解するけれど、今のマサオ教は追い詰められているのよ。綺麗事ではなく現実を受け入れなさい、せめて国教和漢(わかん)と割り切るの」

 

「おほん! しずか様もまくる様も言葉遣いにご注意を。皆が見聞きしています。これ以上の狼藉は北大路家の看板を傷付けます」

 

見るに見かねて由良様が調停に乗り出した。

北大路母子の会話がよほど耳障りだったのか、由良様の背後で空間がギチギチと歪み出している。

これには周囲の一同も、借りてきた猫に早変わりだ。おいおい、ここはペットホテルかよ。だったら安全なケージに俺を避難させてくれェ!

 

「ワタクシの先祖を拓馬様に演じていただく。しずか様のお考えは、とても魅力的に見えます……拓馬様にお詳しくない方々には」

 

「私がタクマさん素人だとおっしゃるのですか?」

 

しずかさんから反抗的なオーラが漏れ出した……こう、可視化できるほど明らかに。

申し訳ないが、能力者バトルは世界観と俺を崩壊させるからNG。

 

「拓馬様はワタクシなどでは推し量れない御方です。思い付きで活用すれば身を滅ぼします」

 

「領主とは、時に大いなる決断を下さなければなりません。私にはその覚悟があります」

 

「しずか様にあっても領民の方々はどうでしょう? 仮に全会一致いたしましても、拓馬様にご協力を仰ぐならば入念な準備と、『三が一』のための遺書をしたためるが作法というもの」

 

遺書発動の確率が高過ぎません? 『万が一』とは自惚(うぬぼ)れませんけど、もうちょっと手心を。

 

「さらに拓馬様がマサオを演じれば、より神聖化される恐れがあります。拓馬様を旗頭にする集団を勢いづけるやもしれません。危険です」

 

むっ、言われてみれば確かに! 隠れタクマニストがわらわら現れるのは勘弁願いたいぞ。

 

「由良様のお言葉に完全同意です! 母上、タクマ殿はすこぶる危険! 愛殿院での仕事を許可したおかげで、小生がどうなったかお忘れですか! 由良様にこっぴどく叱られて……叱られ? ……あれれぇぇ……あいでんいん? しごと? タクマどのが歌って……それで由良さまの圧が……あれぇへえええ……」

 

「まくる様、失礼いたします」

 

「うっ! …………ぷしゅぅっぅ」

 

突如バグったクルッポーの背中に、由良様がそっと手の平を添えた。それでだけで、壊れた狂信者は意識を手放したのである。

なんだ今のっ! 新手の精神攻撃(物理)か!?

 

「申し訳ありません。まくる様のお身体は疲れ切っていましたのに、ワタクシが式典会場へと()かしたばかりに……きっと疲労困憊で失神したのですね。まくる様にはお休みしていただきます」

 

会場の隅に敷物をひいて、クルッポーをテキパキと横たわらせる由良様。本来なら下々の者が行うべきだが、脳に優しくない展開の中みんな疲労困憊で動けない。

 

「まくるさんの異様な快調ぶりが不思議でしたけど、あれは調整()られてますね。たぶん、ここに来る前からメンタルブレイクしていて応急調整を受けていたんです。やっぱり中御門の人間は要注意ですね」

 

音無さんの分析が聞こえてくるが、俺は『考えるな、感じるな、流せ!』の心でスルーした。好奇心は借りてきた猫をコロコロするからね、仕方ないね。

 

「ええと……まくるの事は、文字通り一旦置いておきまして」

 

娘の処遇に何か言いたそうだが議論の遅延を嫌ったようで、しずかさんは話を進めた。

 

「由良様、あなたも為政者でしたらご存知でございますよね? 反対だけならば子どもでも容易なこと。マサオ教を救う手段が他にありますか? あなたのご先祖が築いたマサオ教を存続させる方法があるのですか?」

 

「確実とは言えませんが、案はあります――」

 

由良様は数秒目をつむった。それは思いを振り絞って、一歩を踏み出すための時間だったのだろう。

 

「ワタクシが中御門由乃を演じます」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「由良様、お辛そうでしたね」

 

「せやなぁ。由良様は初代由乃様がお嫌いみたいやし」

 

「由乃氏は姉の婿だったマサオ氏を奪い、ブレイクチェリー国を脱出し、海の向こうで不知火群島国を建国した女傑。その傍若無人さは由良氏に合わない」

 

 

リハーサルが終わり、夜の帳が下りた北大路邸。

俺の部屋で開かれた『『第102回、男性アイドル事業部ミーティング in 北大路』での議題は『由良様ご出演』に集中した。

 

衝撃的な由良様の登板。

すでに由乃様役の人はいるし、揉めるかと危惧したが……あっさり役は交代となった。

由良様の人望や、由乃様の子孫という事が決め手になったようだ。

元々、由乃様役の女性は熱心なマサオ教徒で、マサオ様の血筋である由良様にお願いされ、さらにマサオ様ゆかりの品を迷惑料として贈呈されたら陥落する他なかった。

 

役を継いだ由良様は、別室で演技指導を受けることになり、リハーサル会場から出て行かれた。

 

「劇中の由乃様ってアレですよね。マサオ様がこもる部屋の戸を壊そうとしたり、情緒不安定に暴れたりで……言いにくいですけど、かなり御見苦しい動きをしますよね」

 

「せや。今更やけど、初代国主をこき下ろす……攻めた内容やな。由良様はほんまに演じるんやろか?」

 

「由良様の演技力は不明ですけど、やれる気はしますね」

 

だって由良様なんだぜ。さんざん空間を割る超人ぶりを見せておいて、今さら常人ムーブで『演技は出来ません』? 通るか、そんなもん!

 

「問題は、由良様の登板でマサオ教の権威が戻るか……ですね」

 

「不安に思うのは分かりますけど、何でもかんでも背負うのは身体に毒ですよ。三池さんは三池さんの仕事をする、今回はそれで良いじゃないですか?」

 

発情したりボケることなく、音無さんが献身的な事を言う。珍しい、明日は雨か? 式典は屋内であるから影響しないと思うけど。

 

「うむ、凛子ちゃんに同意。『案ずるより恨むが優し』」

 

『案ずるより恨むが優し』、不知火群島国の(ことわざ)だ。

日本で言う『案ずるより産むが易し』と同じような意味だが、こちらでは『男性を襲うかどうかで迷って気を病むより、襲って捕まり檻の中で自分の浅はかな行動を恨む方が、精神に優しい』という小話を含んでいる。男性に優しくねぇ……

 

 

「ほんなら、ここらでミーティングはお開きにしよか。明日も早いさ」 ピンポーン。

 

真矢さんの言葉を遮ってチャイムが鳴った。

 

 

 

 

「夜分、失礼いたします」

 

ヒエッ!? いらっしゃった!

噂をすれば影、訪問者は由良様だった。

 

『今晩、泥酔の件で俺の部屋を訪れる』と清楚な襲撃予告をされていたが――劇の準備で有耶無耶になったらいいなぁ、と期待していたのに。

 

「式典の御準備、お疲れ様です。由乃様役、頑張ってください」

 

「ありがとうございます。本来でしたら式典の件を含めて拓馬様にお伝えしたい事が種々ありますけど、時間も時間ですし……こちらだけお受け取りくださいませ」

 

おやっ? 挨拶代わりに気でも飛ばしてくるかと用心していたが、由良様は部屋の前から動かず、(見た目だけは)か弱い手に持った物を差し出した。

 

「このアタッシュケースは……?」

 

巫女服の由良様には不釣り合いな、重厚なアタッシュケースだ。なんでこんな物を……疑問に思いながら受け取る。

 

「拓馬様が欲していた物です。あの……どう扱おうと、拓馬様のご自由に。汚れてしまいましても弁償を求めたりは決していたしません」

 

「えぇっ? 何が入っているんですか?」

 

「ですけど……よろしければ、後日ご感想をお聞かせください」

 

由良様が慰めるように俺を見る。な、なんで?

 

「ゆ、由良様! ご説明を」

 

「欲が深く申し訳ありませんが。叶いますなら、明日舞台に立つワタクシを応援してくださいませ。拓馬様に見守っていただければ百人力です。それでは――」

 

おっしゃりたい事だけおっしゃられて、由良様はそそくさと廊下の向こうに消えて行った。

ちなみに礼儀正しい由良様だけあって、そそくさとしながらも廊下を走らず……しかし、世界を狙える競歩ぶりだった。

 

 

 

「あっと言う間に去って……変な由良様やなぁ」

 

「あの人は変が常駐していますしねぇ。で、どう? 静流ちゃん、異常ある?」

 

「ふむ。中から物音はしない。時計型爆弾やゲテモノ生物の可能性は低い」

 

椿さんがアタッシュケースに耳をくっ付け、分析している。

 

「んなアホな……由良様がそんな危険物を渡すはずないやろ」

 

そうだそうだ、由良様なら危険物に頼る必要ないし。

 

「ともかく開けてみましょう」

 

俺はアタッシュケースをゆっくりと床に置き、留め具に手をかけた。


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