『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【諦めない心】

『事情は分かったよ……オヴェ……陽南子への対応は一任する……ぅぅ』

 

「妙子姉さん、身体は大丈夫なん? さっきから吐血や呻きが聞こえるんやけど」

 

『し、心配ない。朝一に病院で輸血してもらった。トマトジュースと胃薬も飲んでいる。一日くらいは倒れないさ』

 

(更生すると)信じて送り出した一人娘が、よそ様の領で国教転覆を狙い暗躍(濃厚疑惑)しているなんて。

その尻拭いで国主とも言える由良様のお手を煩わせてしまうなんて。

妙子姉さんはストレスマッハで、胃と精神がガタガタだ。

 

『それより三池君だ。いいかい、彼を無理に止めるんじゃない。三池君が本気なら……オブエェ……中毒者収容所に成り果てた南無瀬組は相手にもならない。軽く逝き散らされるのがオチさ』

 

「指先一つどころかワンフレーズでメンタルブレイクする自信あるで」

 

『ぐふぅ、こんな日が来るとはねぇ……三池君を上手くコントロールして最悪な事態だけは避けておくれよ』

 

最悪な事態……それって何?

陽南子のテロリスト疑惑が事実で、マサオ教を転覆させてしまうこと?

宗教戦争に由良様が巻き込まれて、御心や御身体を傷付けてしまうこと?

拓馬君が暴走して、テロリストもマサオ教も壊してしまうこと?

 

最悪候補が充実し過ぎて、避けられる気がしない。

 

「嫌な予感しかせぇへん。もっと追加人員を――」

 

「タクマ殿ォォォ!! それ以上の虚言は許されんぞォォ!」

 

廊下の向こうからまくるさんの慟哭が響く。最悪は今この時も進行中だ。

 

「すんまへん、姉さん。また電話するわ」

 

妙子姉さんへの報告が済むまでは、話を進めないで。

それとなくお願いしていたのだけど、心のハンドブレーキをへし折った拓馬君が聞くはずもないか。

私は電話を切って、展示室へと急いだ。

 

 

「小生はすぐにでも会場へ発たねばねらない! そんな小生を捕まえて何を言うかと思えば『俺はマサオ様の書物が読めるから、早く渡してほしい』? 時と場合と内容を考えてほしいものだ!」

 

昨日は早めに就寝 (失神)したおかげか、まくるさんは活力に溢れている。

マサオ教の大一番を前にして、気合が入るのは当然か。だからこそ水を差そうとする拓馬君に怒りを覚えるのだろう。

 

早く場を治めないと!

まくるさんと南無瀬組、相対する両者の間に入って。

 

「まくるはん! 落ち着いて話を聞いてほしいねん。うちらに邪魔する気は」「ここは俺に任せてください」

 

拓馬君が手加減なく私の肩に手を置くもんだから「ああぁん、拓馬くぅん!」

快楽が身体中を巡りゅのぉぉぉ!!

 

「俺はマサオ様と同じ日本人です。日本語で書かれたマサオ様の日記を読めます。日記の中にはマサオ教を救う手立てが書かれているはずです。さあ、早くショーウィンドウを開けてください。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが」

 

「……はっ? タクマさんとマサオ様が同じ国? はぁぁ!? ちょ、ちょっと! きょ、虚言にしても……ニホンって……」

 

はっふはっふ! くぅぅ、しまった。

タクマニウムの直接投入で酔っている間に、話がどんどん先へ進んでいく。

拓馬君ったら交渉のセオリーや情報の引き出し方なんて知ったことか、と言わんばかりだ。情報量で殴っていくスタイルはいっそ清々しい……じゃない!

 

「あかんて、拓馬はん。公式に出していないプロフィールをそない易々と明かして」

 

「問題ありません。これから起こす事を考慮すれば、微々(ビビ)たるものです」

 

「問題しかないやん! ビビるわ!」

 

必死なツッコミを入れても拓馬君はどこ吹く風だ。

 

「う、嘘だ……タクマさんは設定から入る妄想癖なだけで……マサオ様と関係しては……」

 

「判断が遅いっ! 急いでいるのは俺も一緒です。どなたか紙とペンを!」

 

まくるさんの戸惑いに業を煮やしたのか、拓馬君はアプローチ方法を変えた。

 

「ペンなら常時装備」

「あたし、意外とアナログですから」

 

くっ! ダンゴたちに先を越された。

 

椿さんからペンを、音無さんからメモ用紙を借りた拓馬君は、幾つかの単語をなぐり書きして――「これを見てくださいっ!」

 

メモ紙を一枚引きちぎって突きつけた。

 

「紙に書かれた文字に見覚えがあるはずです!」

 

「……な、なんとっ……書物の中で頻繁に目にした文字に似ている……」

 

「この国の言葉に翻訳すると『私』、『不知火群島国』、『由乃』、『北大路』となります。マサオ様が日記を書くとしたら、必ず出てくる単語と予想しました」

 

「で、では……タクマさんが言っていたことは事実……?」

 

まくるさんがメモ紙を食い入るように見る間に。

 

「ご協力ありがとうございます」

 

「またのご利用を」

「お待ちしてまぁす」

 

ペンとメモ用紙が戻される――いつの間にか手袋をしたダンゴたちの手元へ。

受け取った二人は拓馬君の視界の外で、返却物をジップロックに封入した。

 

拓馬君の手垢が付いた物か。ペンは突起物であるし、メモ用紙は植物繊維だ。きっとダンゴたちは(おもむき)のある方法で愉しむに違いない、羨ましい。

 

 

「まだ疑いの気持ちは晴れぬが……良いでしょう。書物をこの部屋から持ち出さないと約束するならば、一時的に閲覧許可を出そう」

 

猜疑心と期待感で複雑な表情をしながら、まくるさんはショーウィンドウの鍵を取り出した。

 

 

 

 

 

古い書物はデリケートだ。

古書を扱う時は手袋をしてと誤解しがちだが、手袋自体も汚れているし、繊細な手つきが出来ずに古書を傷付ける恐れがある。

よって、古書を持つ時はしっかり洗った素手が望ましい。

 

そんな豆知識を昨晩披露したのはなんと……いや、素性を考えれば妥当な音無さんだった。

彼女の教えに従い、拓馬君はマサオ様の日記を手中にする。

 

「タクマ殿。それを日記と言うのならば、一日分読んでほしい」

 

「分かりました」

 

まくるさんの要望を受け、拓馬君は丁寧に日記を開いた。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

4月22日 晴れ

 

今日から日記が新しくなった。今までの物と同様の装丁をしている。

田町さんが言うには、玄関までやって来た由乃に手渡された物らしい。

思えば、家出して半年近くになる。由乃にはすまないが、夜を静かに過ごせる喜びは格別だ。

 

今日の静物画は初心にかえって果物を題材にした。

以前よりもデッサンの精度や塗りの精細さが増した気がする。

確かな技術の向上が見られ、久しぶりの満足感に酔う。

 

日記を書きながら思い返すと、気候の変化も好い影響になったのかもしれない。

北大路にも遅めの春が訪れ、指がかじかむ事も少なくなった。

 

そろそろ絵画以外に挑戦するのも面白い。

外に出られないため北大路の雄大な風景を描けるはずもなく、他方面に目を向ける頃合いだ。

 

彫刻や陶芸に手を付けるのはどうか?

また材料集めで田町さんの世話になってしまうが、いずれ礼を尽くそう。

 

未だ暗闇を模索する毎日だが、光明が差す方向は分かってきた。

私は確実に近付いている。その確信が私を突き動かしているのだ。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

沈黙が場を支配していた。

マサオ様の存在も、()したことも広く知られている。

でも、実際に何を考えていたのかを示す一次資料は無い……と思われていた。

 

「今のが、マサオ様の生の気持ちなんやな」

 

耳が幸せな拓馬君の音読も相まって、感動やら畏怖やら混ぜ混ぜな感情が押し寄せてくる。

 

「ふぅむ。他人の日記なのに、自分が絵のモデルになった気分を満喫。無論、画家はタクマ氏で私はヌード」

 

「もしもタクマさんの日記をタクマさんに読んでもらえれば、ずっと一緒に居た錯覚に陥られるね! 脳内歴史改変が(はかど)る!」

 

「これで信じてもらえましたか?」

 

いつものようにダンゴたちを無視して、拓馬君はまくるさんにプレッシャーを掛ける。

 

「……お、おおうおうおうぉぉ……!!」

 

うわぁ、まくるさんが垂髪をグルングルン荒ぶらせながら頭を抱えている。

 

「ほ、ほんとうにマサオ様の日記ぃぃ!? 嘘だと突っぱねたいがぁぁ!! 田町さんだとぉぉ!?」

 

「クルポッポの狂気度がアップしちゃいましたけど、どうして『田町さん』にビンビンしているんでしょ?」

 

外国出身の音無さんにはピンと来ないか。

 

椿さんがエア眼鏡をクイッと上げて。

 

「解説する。家出中のマサオ氏を世話した一家は、マサオ教が誕生した際に苗字を『家正(いえまさ)』に変更した。読んで字のごとく、自分たちこそマサオ様の家なのだと主張している。これにブチ切れた由乃氏と家正家の攻防の歴史は本題から外れるので省くとする。ともかく自己顕示欲なのか、マサオ氏へ一歩でも近づきたい忠誠心なのか……動機は分からないが、家正の人々は元の苗字を完全に捨てた。文献にも残っていない。あくまで一般公開されている範囲の文献には」

 

なるほど。北大路家の者か、あるいは高位のマサオ教徒だけが閲覧できる文献に『田町』なる苗字が載っていたのだろう。

まくるさんは『田町』に心当たりがあって、『自分とマサオ様は同郷』という拓馬君の主張を否定できなくなった。

 

「お互い時間がない身です。お願いします、俺を信頼して日記を預けてくれませんか?」

 

「し、しんらい……タクマ殿をしんじる……?」

 

まずい! まくるさんの目から光が消えたっ!

 

「タクマ殿はにっきをよめる……? マサオ様しか、よめない文字をよめる……? つまり……」

 

まくるさんがオイルの切れた機械のようにガタガタ震え出す。まあまあの怖気を発しているが、そんなものに怯む南無瀬組じゃない。

 

「つまり……タクマ殿は……マサオ様の……生まれ変わWRyyyyyyyy!」

 

「明確な敵意を確認。潰す」

「生まれ変わることになっても文句は言わないでよ!」

 

まくるさんが迫る。

ダンゴたちが迎撃に出る。

 

この狂信者め! 拓馬君に手ぇ出すなら私も黙っていない。

南無瀬家の血を舐めるな。妙子姉さんほどじゃないけど、私だってそこらの狂信者に遅れはとらない!

 

鉄火場と化した展示室。

狂信者の血が流れるのは必至かと思われた時。

 

 

「諦めんなよ!!」

 

拓馬君が叫んだ。

 

「どうしてそこでマサオ様への思いをやめるんだ、そこで!! 俺と言う安易な逃げ道を求めるんじゃなくて、もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメ! 諦めたら! マサオ様のこと思えよ、歴史に燦然と輝くあの御方のこと思ってみろって!」

 

ぽかーん。

一寸前の殺気を忘れて、誰もが拓馬君を見る。

 

「マサオ様が俺程度なわけないだろっ! あの御方の力はこんなもんじゃない! ずっとマサオ様を信じろ! 必ずマサオ教は復興できる! 今までより更なる純度で新生する! だからこそNever Give Up!!」

 

熱い言葉を言い放ち、マサオ様の一番の崇拝者は拳をギュッと握って、それはそれは素敵な笑顔を浮かべた。

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