『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【伝説の在処】

「小生が間違っていた……」

 

まくるさんの目から涙が滴り落ちる。

 

「小生とあろう者がタクマ殿をマサオ様の生まれ変わりだと思い込み、一時的な安寧を得ようとしてしまった。なんという薄弱、なんという背信。これからどんな顔をして(お手製)マサオ様人形とイチャヌチャすれば良いのか……」

 

「物陰で好きなだけすればいいです。マサオ様は寛大なる御方、転生判定をミスしたくらいで怒りはしません」

 

「た、タクマ殿……」

 

「さあ、クヨクヨしている暇はないですよ。涙を拭いて名誉挽回に取り掛かりましょう」

 

狂信の矛先が自分へ向かない程度のフォローをしつつ、話を進める拓馬君。このそつのなさ……これが覚悟完了した拓馬君の本気っ!

 

「ふ、ふふ、たった一日でこれほどの信仰力を……『男子、三日会わざれば垂涎して見よ』と言うがいやはや。タクマ殿は恐るべきマサオ様適性をお持ちのようだ。平時であれば、すぐにでも入信してもらうところ」

 

「入信するもしないも、マサオ教が無事だったらの話です。まずはマサオ様の遺した場所を守らなければなりません」

 

(しか)り。タクマ殿は言ってましたな、日記の中にマサオ教を救う手立てが書かれていると」

 

「北大路邸に保管された日記だったので、内容は北大路に関わることだと予想していましたが……ビンゴですね。俺の考えではマサオ教生誕の前後に、現状を打破する手がかりがあるはずです。この日記を読み進めていけば辿り着けます」

 

「もったいぶらないでほしい。タクマ殿の言う手がかりとは――」

 

 

ボーン、ボーン。

 

 

廊下から柱時計の鐘の音が響いてくる。腕時計を確認すると、式典開始まで一時間と迫っていた。

 

「くっ、急ぎ会場入りせねば信徒たちに示しがつかない。それに暗躍する集団が動くやも……ええい、目の前に御身を(日記を通じて)曝け出したマサオ様がいらっしゃると言うのに!」

 

「拓馬はん、道中における待ち伏せファンの撃退を考慮したら、そろそろ出発せんと。どないするん、その日記を持っていくんか?」

 

「式典会場では何が起こるか分かりません。マサオ様の生きた証が混乱に巻き込まれて破損してしまう、そんな事態だけは絶対に避けたいところです。アイドルとして、社会人として遅刻はもっての(ほか)ですが……今回だけは」

 

拓馬君が苦し気な顔をするもんだから、思わず人工呼吸したくなる。

 

「皆まで言うな! マサオ様のためだ。遅れて来てもタクマ殿の評判が悪くならないよう、由良様や母上たちには小生から説明しておこう」

 

「あ、ありがとうございます、クルッポーさん! 必ずマサオ様を救う方法を見つけて、駆け付けますから!」

 

「マサオ様を想う同士として、小生は当然の事をしただけだ。頼むぞ、タクマ殿!」

 

「はいっ、任せてください!」

 

まくるさんと拓馬君の間で熱い連帯感が生まれた。

 

 

 

「ぐぎぃぃぃ!! 何ですかアレェ! クルポッポったら宗教上の理由で無害キャラだと油断させておいて! やっぱり泥棒ネコじゃないですか! 一気に三池さんとの距離を縮めましたよっ」

 

「申し訳ないが、最終コーナーを回って大外からの寝取ラストスパートは脳を破壊するのでNG」

 

「はぁ……二人ともアホな嫉妬せんで仕事せぇ」

 

次期領主にして高位の教徒という有難いポジションからのアシストだ。

まくるさんの心憎ぃ……ごほごほ、クルッポーの心強い行動に胸を打たれ、ついつい私は拳に力を入れた。小石を砂に変える程度の握力で。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

クルッポーが去った展示室に、日記のめくる音だけが残る。

拓馬君は焦りつつも、繊細な手つきで日記を斜め読みしていく。

 

「すみません、両手が塞がっているんで……あの、額の汗を定期的に拭いてくれませんか? 日記に落ちたら大変ですし」

 

そう言う拓馬君の声は震えていて、目は潤んでいた。

ニホンへの郷愁か、マサオ様への尊敬か、拓馬君が体液を流す理由はハッキリとしない。

拓馬君を真に理解出来ない自分を呪いながら、私とダンゴたちは順番に(たまたま常備していた未使用の)ハンカチで汗や涙を拭きとった。このハンカチは墓まで持って行こう。

 

 

日記の大半がめくられたところで。

 

 

「これだっ!」

 

拓馬君の手が、とある文章を指して止まった。

 

「あったんか、秘策!?」

 

「……ええ……はい……そうか、やっぱり」

 

日記を読み込んでいるためか、私の問いをスルーして、心ここにあらずの拓馬君。小さじ一杯の塩対応だけど(消滅的な意味で)心ここにあらずの幻痛を喰らう。やだ、致命方向で逝っちゃう!!

 

私の逝き様を目の当たりにして、ダンゴたちも組員さんらも息を殺して待機した。二分ほど経って――

 

「上手く行きそうですよ」

 

拓馬君が顔を上げて勝気に微笑んだ。

勝利の男神の微笑み……喜ばしいことだが、アイドル活動の傍らで自爆テロを繰り返す拓馬君だ。まったく安心できない。

 

「三池氏、そろそろ教えてほしい。マサオ教復興の策を」

 

「そうですそうです。テレビの視聴率稼ぎじゃないんですから、あっさりバラしちゃってください!」

 

ダンゴたちからの要望を受け、拓馬君は力強く答えた。

 

「……マサオ様の作品の中でも『伝説』とされる作品、()()()()()()()をモチーフにしたという像……歴史の彼方に葬られてしまった伝説を蘇らせるんです。像を見れば盲目だった者は開眼し、生まれつきのワルは聖人へ鞍替えし、ヒョロガリな男は筋肉の申し子へとして再誕する――そう(うた)われていたそうです。これは勝ちましたね!」

 

「な、なんや……んなデタラメ、聞いたことないで!? クルッポーも言わへんかったし」

 

「だから『伝説』なんです……いえ、『伝説』だったんです。像の存在を知らない人が大半で、知っていても実在する物とは思わなかったのでしょう。でも、日記の中にマサオ様の像は登場していました」

 

「むむぅぅ、仮に像の実在性や効果が事実として……三池氏は像の在処(ありか)が分かる?」

 

「なにしろ数百年間、誰にも発見されなかったんですよ。そうポンポンと出てくるんですか?」

 

「大丈夫です! 日記の情報から推察したところ、隠し場所は割れたも同然! 俺に任せてください!」

 

アカン流れよ、これ。拓馬君の自信と反比例に私の不安は募っていく。

拓馬君が「大丈夫」とか「任せてください」とか口にしてきたら惨劇へのカウントダウン。それ南無瀬組で一番言われているから。

 

「――っと、まずい。早く式典会場へ向かいましょう! 真矢さん! 監視役の組員さんから陽南子さんについて連絡は来ていますか? 怪しい動きをしていたり、『世界に光を』とか『宗教革命』とか物騒な言葉を発していたりは?」

 

「そ、そない報告はあらへんけど」

 

「ならいいんですが」

拓馬君は数秒黙って、ポツリと呟いた。「……先に、後顧の憂いを断つか」

 

「た、拓馬はん? なんや物騒なこと発してへん!?」

 

「いえいえ、至極まともな発言です。マサオ教復興の方法が明らかになった今、注意すべきは反抗勢力の暗躍。こちらの算段を潰される前に仕掛けましょう」

 

積極的で危険な匂いを漂わせる拓馬君。新鮮な一面に私の心臓は高鳴った……まあ、心労による心不全かもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

式典会場の『守漢寺(しゅかんじ)』へ続く山道を、拓馬君専用の移送車が爆走していく。

何の変哲もないワンボックスの見た目をしているが、強化ガラスや特殊装甲を施された防女仕様の特別車だ。

 

運転手は、南無瀬組きってのドライビングテクニックを誇るタカハシさん。

元・走り屋で、妙子姉さんから実力を認められてスカウトされた(クチ)である。

 

「チームを組んでいた頃、私はヒルクライム担当でしてね。山道を走っていると昔のことを思い出します」

 

のほほんと懐かしんでいる一方で、タカハシさんは凄まじい早さでハンドルとペダルを操作し、急カーブへと突っ込んでいく。

助手席に座っていると、生きた心地がしない。ああ、死が肉薄する感覚。最近、慣れてきたけど拓馬君以外の死因は勘弁して。

 

 

背筋をたっぷり凍り付かせているのは私だけらしい。ダンゴたちと言えば。

 

「なんか静かですねぇ。いつもなら四方八方に加えて地下や上空からも狙われるのに」

 

「襲撃者の戦力は軒並み無力化された模様」

 

車外を警戒しながらも余裕を保っている。この二人、常々思っていたけど人間のカテゴリーからハミ出ているよね、絶対。

 

私もチラッと外に視線を向けてみると――高速で流れていく景色の中に、木に縛られている女性や、地面に下半身を埋められた女性が目に飛び込んでくる。

世紀末感漂う光景だが、襲撃者の末路としては似合いの姿だろう。

先行して地均(じなら)し(意味深)をする組員さんたちは、随分と張り切っているらしい。

 

まあ、張り切るに決まっている。

拓馬君が先に発つ組員さんらに贈った言葉を思い出す。

 

「みなさんには、式典会場までのルート確保をお願いします。会場までの山道は襲撃者が身を潜めるスポットに事欠きませんので大変でしょう。フェロモントラップ用に俺の私物を幾つか持って行ってください! 多少使い込むのもアリとします!」

 

大盤振る舞いにも程があるわ! 私物を貸すだけではなく、使うのもセーフだなんて……

あまりの羨ましさに、マネージャーをしながら先行部隊に入る方法はないか……影分身の術ならワンチャンいけるんじゃないか、と私は本気で考えた。アホだった。

 

 

タカハシさんのドラテクから心を守るべく、回想に耽っていると。

 

「見えてきましたね」

 

後部座席の真ん中で静かに座っていた拓馬君が口を開いた。バックミラー越しで見るに、拓馬君は相変わらずの覚悟ガンギマリ状態だ。危険運転の影響は皆無らしく、心身が(とろ)けるほどの熱い眼差しで守漢寺を見据えている。

 

「守漢寺の境内に入ったら、すぐに陽南子さんを拉致・監禁・尋問の三本セットでいきます」

 

「せ、せやけど相手は妙子姉さんの娘やで。激しい抵抗が予想されるし、爪を剥がされたくらいじゃ何も吐かんで」

 

「心配ありません。陽南子さんの抵抗値と逝き値は把握しています。短時間で効率よく口を割らせますよ」

 

あぁ……慢心ではなく純然たる(ことわり)のまま拓馬君は動こうとしている。この先にある結果はどうやっても覆せないだろう。

 

陽南子、私の姪。親や叔母より先に逝くなんて、本当に罰当たりな子……

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