『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【法と倫理を捨て去って】

センパイと過ごした日々の夢を見た。

幾度となく見る夢の中でも今回のモノは鮮明で、それだけ俺には大切な思い出だった。

 

放課後、旧校舎の教室に俺とセンパイだけが佇んでいる。

早春の西日が、古ぼけた教室の机や椅子を照らしている。

昼でも夜でもない夕暮れ時はどこか神聖で、夕日によって朱く脚光されるセンパイはその美貌も相まって神々しさに溢れていた。

 

「ここを使うのも今日が最後だな」

 

名残惜しそうに室内を見回すセンパイ。

三年間を共にした学生服には在校生から贈られた胸花が付けられている。その対価なのか、学生服のボタンは無くなっていた。第二ボタンだけではない、前ボタンはもちろん袖ボタンまでが取られてしまっている。

卒業式は昼過ぎには終了したのに、太陽が沈みかかるまでセンパイはあっちこっちに引っ張りだこだったらしい。

 

あらためてカリスマ性の塊のような人だと思い知る。

この人と同じ高校に入れて良かった。この人と知り合えて良かった。高校最後の時を俺のために使ってくれるほど後輩思いの人で幸せだった。

 

「卒業したらいよいよアイドルデビューですね、センパイ!」

 

「おうっ! って言いたいけど、もうちょっと下積みだな。事務所の評価も悪くねぇし、来年の今頃はテレビや音楽チャートを賑わわせているさ!」

 

「センパイのカッコ良さなら間違いなしっすね! 応援してます!」

 

「ああ! 声援ならいくらでも歓迎だぜ」

 

センパイとの時間が残り少ない。それが分かっているから、俺は殊更明るく努めようとした。最後の瞬間をしょぼくれた顔で締めたくはなかったのだ。

 

 

だけど――限界だった。

 

「寂しいっす。センパイが卒業したら、この学校は火が消えたようになっちゃいますよ」

つい『この学校は』と主語を誤魔化してしまった。違う、火が消えそうなのは俺だ。センパイが居ない日常を想像したくなかった。

 

情けない俺を困り顔で見つめて。

 

「……はぁ~~ったく! 今生の別れみたいに言うな!」

センパイが聞こえの良い声で喝を入れてくれる。

 

「あ、ありがとうございます!」

センパイからの新鮮なお叱りだ。すみませんの気持ちより有難さが勝る、やったぜ!

 

「俺はトップアイドルになる男だぞ! トップアイドルになったら、お茶の間で観ない日は……なんか例えが古いな、動画配信サイトのトップページに居座るに違いない! 寂しいどころか飽き飽きするほど俺の顔を見ることになる。せいぜい覚悟しておくんだな!」

 

センパイの顔に飽きる日は永遠に来ないと確信しているが、こういう気遣いがたまらない。

 

「わっかりました! センパイのご活躍をテレビやパソコンに噛り付いてお待ちします!」

 

「い、いやそこまでしなくても……ま、まあそれはともかくだ。持って来てくれたか、ギター?」

 

「はいっ! センパイのご家族からお借りしました!」

 

奥の棚からギターケースを取り出す。中身はいつもセンパイが奏でているアコースティックギターだ。

ギター片手に卒業生と在校生の相手をするのはいくら活動的なセンパイでも無理、ということで俺が教室までギターを運んだのである。

 

元々旧校舎は訪れる人が少なく、俺が所属するようなマイナー部の活動拠点となっていた。さらに俺以外の部員は名前だけ貸している生徒ばかり。邪魔者はいない。

ちょうど練習場所に困っていたセンパイが「こんな広い教室で一人で部活やっているのか? なあ、BGM代わりに俺の歌とかどうよ?」と強引に入り浸るようになってくださったのだ、今日までずっと。

 

「サンキュー、高校での歌い納めにこいつは必要不可欠だからな」

 

俺からケースを受け取り、ギターを取り出し、ストラップを肩にかけ、慣れた手つきでチューニング。

 

「この部屋で数えきれないほど歌ってきたが今日でラストだ。高校生活の締めくくりに、万感の思いをメロディーに載せるぜ。この演奏は過去最高のものになる」

 

周囲も自分も高ぶらせるMCをして――

 

「いくぜっ!」

 

センパイは歌い出した。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

守漢寺(しゅかんじ)本殿の『降誕の間』では『マサオ教降誕記念式典』が、(おごそ)かに執り行われている。

 

式典は大きく三パートに分かれており。

第一部は参列する信徒全員による読経。

第二部はマサオ教生誕を物語とした伝統劇。初代当主・由乃様を現当主・由良様が演じるということで国中から注目を集めている。

第三部は、現教祖である北大路しずかさんがマサオ様の教えや、今後のマサオ教の展開をスピーチして式の幕は下りる。

 

会場に張らせている組員さんの連絡では、順調に式は行われているという。

現在、プログラムは第一部の半分まで消化。このまま何事も無く終わってほしいと願わずにはいられない。拓馬君のアゲアゲ状態を見る限り、望み薄だけど。

 

拓馬君と言えば、出席予定である彼の姿が無いので開場時に信者や取材陣から不満の声が上がった。

その対応は「遅れて来てもタクマ殿の評判が悪くならないよう、由良様や母上たちには小生から説明しておこう」と事前宣言したクルッポーが上手く収めたそうだ。

 

 

「ふ~ん、やるやんクルッポー。そら拓馬はんに大見得切って好感度を上げただけはあるわ。へ~ほ~ふ~ん」

 

『ひっ!? お、お怒りのところ恐縮ですが、他にもご報告がありまして』

 

「なんなん? うちの携帯電話がな、不思議なことにミシミシってヒビが入り出してん。ここらで愉快な報告があると助かるわ」

 

『そ、それが由良様からでして』

 

その名前を聞き、私の頭からクルッポーは消滅した。

 

「由良様がなにを? 可視化出来るほどの威圧を被せられたんか?」

 

『そのような必殺技はまだお出しになっていませんが……式典前に由良様から呼び止められました。タクマさんが不在の理由を訊いてきまして……『所用で遅れます』と答えますと、今度はお身体の調子が悪いのかと尋ねてきました。『普段通りです』と返事しましたが』

 

「それでええ。拓馬はんがおかしく……えふんえふっ、ちょい気分が向上してんのを由良様に知られるんはアカン。ただでさえ事態は混迷としてんのに由良様まで介入してきたらおしまいや」

 

『はい、由良様には消極的対応で臨みます』

 

「ええか、由良様が放つ絶対零度なプレッシャーに対抗したるっ! とか思うんやないで。逃げるんは恥やない、プレッシャーの射程外に身を置くんや」

 

『ご助言、肝に銘じます。それでは任務に戻ります』

 

「頼むで」

 

組員さんとの電話を切り、私は「どなしたもんやろ」と独白する。

覚悟ガンギマリな拓馬君を元に戻す方法、式典の行方、由良様の思惑、反マサオ教集団への対処、メンタルブレイクした妙子姉さんと陽之介兄さんへのフォロー。

答えを見いだせない課題ばかりが募っていく。

 

でも、今やるべきことはハッキリしている。

 

「タクマさんの配置と準備が完了しました。拉致対象(ターゲット)の位置も確認済みです」

 

「了解や。首尾よくまとめるで」

 

組員さんの合図を受け、私は守漢寺の境内を移動する。

式典の真っ最中のおかげで、報道機関は本殿に詰めかけているようだ。これから犯すことを想えば、人の目が少ないのは都合がいい。

 

マサオ教に入信して日が浅い陽南子は、本殿の裏手付近で周辺警戒の任に就いていた。

 

ちなみに山寺である守漢寺の裏は角度のキツイ崖になっており、ロッククライミングでもしなければ侵入できない。こんな所を警戒する必要があるのかと思ったが、いやいや拓馬君が参加するとなれば断崖ルートから忍び込むファンが居てもおかしくない。むしろ居ない方が不自然と言えるだろう。

タクマニウムをキメる中毒者なら「私の死因は『タクマ』って決まっているの! 『落下死』なんて御免だわ!」と崖から落ちても気合で生還しそうだし。

 

 

陽南子の姿を視認し、あえて堂々と駆け寄る。

 

「陽南子、ここにおったんか」

 

声掛け役は私の務めだ。

 

拓馬君には尋問のための準備があるし、ダンゴたちは東山院で陽南子の演技を見抜いた実績から警戒されている。

三人には別の場所で待機してもらい、私と物陰に潜む組員さん数人で任務に挑む。

 

 

「おやおや、叔母上。何故こんな所に? 式典会場に行かないでよろしいのでござるか?」

 

「その前に陽南子に用があってな。今ええか?」

 

「用? いきなりでござるなぁ」

 

陽之介兄さん譲りの垂れ目を見開き、きょとんとする陽南子。

普通に驚いているようだ。

しかし、相手はかつて東山院を舞台に大事件を引き起こした張本人。あの時だって牙をむくその瞬間まで、身内も組員さんたちも騙してみせた。

陽南子の腹芸は一流、油断はできない。

 

「拓馬はんが陽南子にどうしても会いたいそうや。少しの間だけ付き合ってくれへん?」

 

「タクマ殿が式に遅れている、との(しら)せは耳にしているが……いやはや、面妖でござるなぁ」

 

ちっ、平静を装うだけでなく、疑うべき時は相応のリアクションを取ってくるか。

 

「そない聞けば怪しいけど、こっちにも事情があんねん」

 

「タクマ殿は仕事に真面目な御方、会場入りするでもなく拙者に会いたいとは変でござるよ」

 

そうよ! 今の拓馬君は変になっているのよ! 元を辿れば、陽南子が不審者ムーブするから変になったのよ! 責任とりなさいよ!

大人げなく姪に苛立ちをぶつけたくなるが、グッと耐えて。

 

「ほんまに拓馬はんが会いたいって熱望しとる。式典より陽南子を優先しとるんや。男性からのアプローチなんて十生に一度くらい希少や、袖にするんは女のやる事やないで」

 

嘘は言っていない。

おかげで演技に慣れていなくても、何とか水先案内人をこなしている。どこへの水先案内かは考えないものとする。

 

「ん~~」

陽南子は腕組みをして、少し黙考して口を開いた。

 

「そこまで言われれば致し方なし。手隙の信徒に周辺警戒を引き継ぐでござる。しばしお時間を」

 

「手間かけて堪忍な」

 

私の誘導に引っかかってくれた?

想定より簡単だったのは気になるも、隠し持っていたスタンガンの出番がなかったのは上々だ……そもそも妙子姉さんの血を濃く継ぐ陽南子に、スタンガンごとき効くのか疑問である。

集団拉致に定評のある組員さんらを使うのも手だが、国教の総本山で騒ぎを起こすのはマズい。妙子姉さんや陽之介兄さんの胃に今の倍くらい穴が空いちゃう、自重しないと。

 

 

――裏を返せば、総本山以外なら騒ぎを起こすのだけどね。

 

 

 

 

「陽南子さん、ようこそいらっしゃいました」

 

総本山の隣、男性のレクリエーションを目的に建てられた『愛殿院』

そこで陽南子は、拓馬君の熱い歓迎を受けることになった。

 

 

 

私は覚悟ガンギマリ拓馬君を誤解していた。

その場の勢いで生きている風な彼なら、もっと手っ取り早く陽南子を捕まえて、ある事ない事を吐かせるものだと思っていた。

 

しかし、計画はスマートに遂行されている。

 

そうなのだ。

拓馬君は猪突猛進になっているようで、実のところ通常時より冷静に物事を判断するようになっていた。

法も倫理も捨て去って、ただマサオ様のために。

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