ナッセープロダクションの『みんなのナッセー』。
名前の由来はすぐ気づくと思うが『南無瀬』から来ている。なんという安直。だが、子ども番組の名前を捻ってどうするって話だからこれでいいのか。
なぜ、『みんなのナッセー』が俺の初仕事になったのか?
先日のミーティングで真矢さんが教えてくれた。
「『みんなのナッセー』って言うたら、四十年前から南無瀬島で放送されている古い番組でな。中年までの世代なら誰でも小さい頃に観とったんや。ダンゴの二人もそうやろ?」
「残念。私は他の島出身だから」
「あはは、あたしってば今を生きる女ですから。昔のことは……あはは」
「なんや、二人とも。まあ、ともかくこの島では知名度の高い番組って思ってくれてかまへん。けど、近年は視聴率が伸び悩んどる」
「どうしてですか?」
「明確な理由はないんやけど、あれやな。諸行無常ってやつ。いつかは何でも飽きられるもんや」
諸行無常って、異世界でもそういう概念があるんだなぁ。
「うちが調べたところによると、今年度の上半期も視聴率が悪いようなら、来年の春あたりに打ち切りになる。南無瀬テレビからナッセープロダクションに最後通牒が突きつけられとるそうや。ナッセープロダクションだけやなく南無瀬テレビとしても、長年自社を支えてきた番組を切るのは辛いねん。けど、スポンサーや視聴率には逆らえん」
「そこで、俺の出番ってわけですね!」
「燃えてるやん。拓馬はんが番組のレギュラーになれば、視聴率回復間違いなし! なにしろ世界初の男性アイドル、ウケないはずがないで!」
世界初。分かっているが、重みのある言葉だ。
「崩れかけていた番組を立て直す、これほどの宣伝効果はあらへん。しかも、『みんなのナッセー』は広い世代に知られ愛されている番組。タレント好感度は
「なるほど、だから『みんなのナッセー』が初仕事なんすね」
「それにな」「他に何か?」
「『みんなのナッセー』なら拓馬はんは子ども用の簡単な踊りをするだけや。トークはほとんどないし、歌を披露する必要もないねん。最初の仕事やし、あまり難しくない方がええやろ」
アイドル活動と言えばまず歌が思いつくが、俺の歌は周囲にどんな影響を与えるか未知数のためしばらくは封印することになっている。
俺の顔や声が世間に浸透してきてから、徐々に当たり障りのない歌詞の曲を歌う予定とのこと。
俺をアイドルに誘う時「拓馬はんが受け入れられる土台を作る」と言った真矢さんの言葉に嘘はない。
しかしだ。
『みんなのナッセー』は、歌のお姉さんと子どもたちが歌いながら踊る番組。
俺は歌わず、踊るだけでいいのか?
日本で似た番組を知っている身としては、俺は歌のお兄さんポジションだと思うんだけど。
「最後の理由なんやけどな」「まだあるんですか?」
「拓馬はんが共演者にどないな被害を与えるか分からん今、出演タレントの多い番組には出したくないねん。視聴者の反応が読めんわ」
ある女優が俺と同じ番組に出たとする。
その女優と俺の間でラブシーンがなくても、親しく話していただけで視聴者は嫉妬するかもしれない。
それによって女優の人気がダダ下がりになる恐れがあるのだ。
タレント事務所としても、テレビ局としても、俺のような厄の塊をいきなり扱いたくはないだろう、と真矢さんは予期している。
酷い認識で泣ける。
「せやけど、『みんなのナッセー』の主役は子どもたちや。拓馬はんと子どもたちが戯れていても視聴者が嫉妬することは……」
「あたし、するかもしれないです」
「女は生まれながらにして女。子どもとて容赦しない」
「……うちもちょっとするかもしれへん」
大人げないな、この人たち。
「まあ、『みんなのナッセー』なら共演者へのダメージもあんまないやろ……へっ? 歌のお姉さんの人気はって? 何事も無傷では終われんのや」
――というのが、俺の初仕事が『みんなのナッセー』になった理由だ。
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自動ドアを通り、エントランスに入る。
ナッセープロダクションは素人の子どもが参加する番組を制作しているので、保護者が待機する部屋が設けられていたりと一般人の来客を考慮した造りになっている。
社会化見学にも応対出来るようエントランスは広々として、床はピカピカ、壁や柱付近には制作番組のポスターが貼られたりグッズ置き場が作られたりで……なんだかここにいるだけでテンションが上がってくる。
真矢さんが受付の方へ歩いて行き
「すんまへーん。『みんなのナッセー』の収録を見学したいんやけど」
と声をかける。
「…………」
だが受付嬢は黙ったままだ。そもそも真矢さんの方を向かず、別方向を注視している。その先にいるのは……俺。
「拓馬はん、ちょいこっちに」
やれやれといった様子の真矢さんが手招きされ、俺も受付の前に立つ。
「この
「了解です」
どうして受付嬢は固まっているんだろう……って思うほど俺は鈍感ではないし嫌みなほど謙虚でもない。
はいはい、俺の魅力のせいですね。この世界のお約束がだんだん分かってきたぞ。
ここは教育番組制作のナッセープロダクション。そして俺が参加するのは幼児向けテレビの『みんなのナッセー』。
それに合った起こし方をしてみよう。
「……いないいない、ばぁ~!」
「ばぶぅ!」おっ、この受付嬢ノリがいいな!
「……はっ! 私はいったい? 空想上の産物レベルの魅力的な男性に幼児プレイをしてもらう夢を見ていたような」
「起きたみたいやな。拓馬はんは下がっていてな、またトリップしたらたまらん」
真矢さんに見学の交渉は任せて、受付から距離を取る。
そんな俺の傍に、黒服さんたちと周辺警護していたダンゴが二人、スーと近寄ってきた。
「三池さん、実はあたし年齢を二十ほどサバ読んでいまして」
「あたち、しずる。三ちゃい」
うるさい、黙れ!
俺たちが案内されたのは見学ブースではなかった。
カメラや照明など機器が並ぶ収録スタジオの空いたスペース、そこに迎えられた。
なんでも見学ブースには、今回の収録に参加する女の子たちの母親がいるらしく、そんな所に俺が行っては大混乱になるとのことだ。
「シングルマザーで人工授精で子を産んだのですが、二人目はぜひ自然受精で! ねえ、一夜の過ちでいいですから!」
と言われたら、こんな時どんな顔をすれば良いか分からないの状態になっちまう。
マダムキラーの称号なんて願い下げだ。
照明が照らしカメラが向けられるのは、海と太陽がファンシーに描かれたカキワリのステージ。
漁業が有名な南無瀬領をイメージしているのだろう。
ステージには収録前のリハーサルをしている十名程度の女児と二十代のお姉さんの姿があった。
あと、この番組のマスコットである着ぐるみがいる。あれは……熊か。
ミュージックを流したり止めたりしながらお姉さんが「ここではみんな! 元気にジャンプしてね!」と振り付けをおさらいしている。
四歳程度の素人の子どもたちを相手にするのは大変だろうが、お姉さんは満面の笑みを崩さず楽しそうにしている。
あれこそプロって感じ。
「いいわよぉ~。そっちのピンクのワンピースの子ぉ、もっと微笑んで。その方があなたはずっと可愛いわぁ~。うん、そうそう素敵ねぇ」
ステージの外からオカマっぽい声で指示をする人がいる。
俺からでは背中しか見えないが、変にクネクネしているな。
「……えっ、なに? ちょっと待ってねぇん」
そのカマっぽい人に別のスタッフが耳打ちをして、俺の方を指さす。「見学者? それならブースの所に……お、男ですってえええ!?」
げ、オカマな人と目が合っちまった。
「お、おとこおおおぉぉぉ!!」
超高速のモデルウォーキングしながらカマが俺の前まで来る。その異様な移動方法にダンゴ二人が警戒し、前に出る。
筋肉の発達たくましいボディにケバい化粧、顎が若干青くなっているカマは慌てた感じで。
「待って待って、わたしは、『みんなのナッセー』でフロアディレクターをやっている
マズイですよ! と本能が警告を発し、全身に怖気が走った。
オツ姫と名乗るフロアディレクター。
フロアディレクターと言えば、スタジオ収録番組において出演者やスタッフに指示を出し、収録作業を円滑に進める人のことだ。実質、この場のリーダーと言える。
このカマが?
「あ、あんた女なん?」
俺が一番訊きたいことを真矢さんが代わりに言ってくれた。
「悲しい質問をするのねぇん。わたし、正真正銘の女よん。でも、昔から男みたいって言われて、男と間違えられて襲われることがあったのぉん。だ・か・ら、こうやって過剰なほど女言葉を使ってぇ、女アピールをしているわけぇ」
ちょっと待って。
ええと、この人は女になりたい願望を持っている男ではなくて。
男になりたくない願望を持っている女の人ってこと……
整理すると余計に分かりにくい。
「た、タクマと申します。この度、『みんなのナッセー』に出させていただくことになりまして、今日は見学に来ました」
「あらあらご丁寧に。たった今、上から報告を受けて驚いたわよん。いきなり追加の出演者、しかも男性を起用するなんて。男性タレントだなんて初めてじゃないのん。それをわたしの番組でやってくれる、控えめに言って大洪水よぉぉぉぉん」
なにが?
「うちらの予定では、一ヶ月後のデビューを目処に、それまで何回かリハに参加させてもろうて、細かい打ち合わせをやりたいんやけど」
「そうなの? だったら今からリハーサルに参加しましょ。見学だけだなんてもったいないわぁ。せっかくなんだから、ステージで一緒に踊ってみない?」
「いきなりですか!?」
驚いたが、躊躇ってはいられない。
転がり込んだチャンスを掴み取らなければ人気アイドルにはなれないのだ。
どうせ、近日中にはこの番組でデビューする。その予行練習としてもってこいじゃないか。
「やります! ぜひやらせてください!」
「あらぁん、男性にしては積極的ねん。即断する人ってステキィ」
背広を着ていた俺は上着を脱ぎ、下のカッターシャツを腕まくりして動きやすい格好になる。
「ダンゴが両手を塞ぐわけにはいかんやろ。上着、うちが持つわ」
そういうことで、背広を真矢さんに渡し……
心底悔しそうなダンゴ二人と、背広を大事そうに抱え口元を緩ませる真矢さんに背を向ける。
「じゃあ、行くわよぉん」
オツ姫さんに連れられ、俺はステージへ歩き出した。
これが俺の最初の舞台。
相手が子どもたちでも何でも、きっちりこなしてやるぜ!