『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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神を断つ

整理してみよう。

 

数百年前、『ヒロシ』は北大路領を訪れた折に家出をした。理由は分からないが、今となってはさほど重要なことじゃない。

とある一家に匿われたヒロシはそこで創作活動にのめり込み、俺の像を作り出してしまう。

だが、『タクマ』像とは名付けず『マサオ』像と命名、自らもマサオ教の開祖『マサオ』と名乗るようになった。

 

『ヒロシ』の名は多くの国に知れ渡っているみたいだが、不知火群島国では(妻である由乃様の嫉妬や怨念を恐れてか)ヒロシ様とは呼ばず『マサオ様』として親しまれている。

 

さて、ここからが問題だ。

明らかに人為的ではない偶然が重なった末、ヒロシのサイン付きマサオ像が降臨した。その像は何の因果か俺にそっくりだった。

これによって、不知火群島国の人々の頭には『マサオ(ヒロシ)=タクマ』という誤った式が刻まれたのである。

 

正さねば! 神になるくらいなら、多少の傷は覚悟で誤解を訂正しなければならない!

 

「告白したい事があります。どうかご清聴をお願いします」

 

俺は、後戻りの出来ない道へと進み出した――

 

「これまで隠していましたが、俺とマサオ様は同郷なのです! マサオ様の日記が読めるのも、母国の文字だから当然なのです!」

 

ざわ……! ざわ……! ざわ……! ざわ……!

 

真偽が分からず困惑する信徒たち、驚きながらも大スクープだと報道に力を入れる取材陣。

騒がしい会場が一層ざわめく。

アイドル・タクマが外国人というのは(一部の人には知られているものの)初出の情報であるし、マサオ様の出身地はこれまで(よう)として分からなかった。

自らの謎を明かして、歴史的謎に踏み入る告白。衝撃は推して知るべし。

 

「な、何ということなの!? やはりマサオ様とタクマ様は太く関係していたのですね! いったいどちらの国からいらっしゃったのですか!?」

 

「国際問題に発展するかもしれませんのでお答え出来ません」

 

しずかさんからの質問を冷徹にブロックする。

『ニホン』を伝えたところで、日本が被害を受けるとは思えないけど……ナニが起こるか分からないのが人生だ。

今までのアイドル活動と今日のやらかしによって、運命の残酷さは激痛が走るほど理解した。

だから、情報の開示は必要最低限に留めよう。致命的な言葉をポロっと出さないよう必死に頭を回しながら、俺は告白を続ける。

 

「マサオ様の像が俺に似ているのも不思議ではないのです! 人の顔は地方によって特徴が出るもの。うちの地元では俺みたいな顔は珍しくありません!」

 

ざざわ……! ざざわ……! ざざわ……! ざざわ……!

 

会場のざわめきは、狂騒の域に達した。

 

「男神の化身たるタクマさんクオリティが珍しくない!? うっそでしょ!」

「男神たちが住む国って、それもう天国でしょ! はっ? ふざけないで! 移住!」

「とんでもないドスケベ国家だわ! 抜きゲーみたいな国に行きたいわたしはどうすりゃいいんですか?」

「あ゛あ゛あ゛っ、かつてないほどフロンティア精神が暴れてる! 大海原に帆を揚げるのも時間の問題!」

 

やっべ、俺の放った一言が人々を海へ駆り立ててしまった。人つなぎ(意味深)の大秘宝を想像し、気の早い人はアヘ顔ピースしている。

致命的な事は言わないようにと注意した矢先にこれだ。ポロっとを避けるのは難しいな。

 

「すんません、言い方を間違えました! 地元は同じ顔と言っても、住んでいるのは同じ一族の人ばかりなんです! 他家の方々はまったく異なる骨格していますから!」

 

「生まれ変わりよりは現実的で受け入れられます。そうなると、タクマ様とマサオ様のルーツは一緒なのかしら……あららら、良かったですね、由良様。タクマ様と血縁関係の線が濃厚ですよ」

 

いつもの柔和な態度と穏やかな口調で、しずかさんが由良様を煽った。

 

(……拓馬様、ご忠告しましたよね? ワタクシと拓馬様に血の繋がりはない。ワタクシと拓馬様はまだ家族ではない―ーと)

 

うぐぅ! 直接脳内に由良様の声が!?

幻聴の類か、はたまた由良様特有の超常現象か。どちらにしても凄訴(セイソ)な目つきに睨まれているので、俺の心はボロッボロだ。

 

「今更ルーツとかどうでもいいんですよ!? 人類なんて元を辿れば最初のヒトに収束します! 人類皆姉妹なのです! 誰も彼も同じようなものですから、もっとホンシツを見ましょう!」

 

言い分が苦しくなった時はとにかく勢いだ。

『無理を通せば道理がシケ込む』と不知火群島国の(ことわざ)でも言われている。

 

これ以上の横槍や凄訴が入る前に、一気にヤル! 俺は(まく)し立てた。

 

「機会に恵まれて、俺はマサオ様の日記を読むことが出来ました。感極まりましたよ。大偉人のマサオ様の生の気持ちを触れたのですから。日記を読み進めていくうちに敬愛の念はますます深くなっていきました。と、同時にもう一つの感情が俺の中に芽生えたのです。それこそが――『友情』です!」

 

ここからだ! 迫真の演技で、俺を見る全ての人を酔わせてみせる! 正常な判断が出来ないほどベロンベロンにな!

 

「日記に出てくるマサオ様は神格化されたイメージとは違って、些細なことで一喜一憂し、意外とお茶目なところもあったり、奥さんとの夫婦性活にヒィヒィ悲鳴を上げる普通の男性だったのです! 等身大の彼を見ていると、崇めるより先に友好を結びたくなってきます。男性の地位を向上させて、男女両方にとって平和な世の中を作りたい――マサオ様の夢は一般の男性が抱くには大き過ぎるものでした。しかし当時、多くの人々がマサオ様を手助けして世界に新しい風を吹かせたのです。日記を読む限り、人々が一丸となったのはマサオ様のカリスマではなく、親しみやすい人柄にあったと思います」

 

不知火群島国に来てから俺の演技力はかなり上がった。ここは『芸は身を助ける』を地で行く世界だからな、芸のない身がどうなるかはお察しだ。

(おぞ)ましくすら感じるマサオ像へ、友情の眼差しを送り。

 

「俺もマサオ様の夢を支えたい――この友情に誓って!」

 

溜めてからのキメ台詞を放って、それから。

 

「みなさん、どうか俺とマサオ様を同一視しないでください! 俺とマサオ様はまったくの別人なんです、少し外見が似ているくらいで誤認しないでください!」

 

一番言いたかったことを添え、俺のMCは終わった。

そうライブの合間に挟むMC……もとい『マサオ様×俺』の()()()は終わったのだ。あとは育めばいい、成長促進に歌でも聞かせれば効果てきめんだろう。

 

『――なあ、最後に会ったのはいつだっけ? 馬鹿やっていた日々は遠くに行っちまったけど、元気にやっているか……なぁ』

 

急に歌うぞ。全力のアカペラを電波に乗せる、不知火群島国の全ての領に俺の歌声を響かせるのだ。

選んだ歌は『友情』をテーマに日本で大ヒットした名曲。歌詞を読んだだけで友情に胸を熱くすること請け合いだ。

原曲の名誉のために言うが、男同士の純粋な友情を描いた歌であり濃厚接触要素はない。

 

以前、この歌をデビュー曲にしようと男女双方にモニター試験を行った――が。

男性陣は良くないハッスルに終始し、互いの絆をそれはもう固いものにした。

女性陣の反応は数パターンあり、不審行動を取る間もなく脳が焼き切れて物言わぬ人となったのが三割。自分の友人に対して連帯保証人になるほど熱い友情に目覚た人が五割。とりあえず肉体強化を果たして暴徒になった人が二割、となった。

 

肉食世界の住人は何事も極端に受け取ってしまう。

こんな危険な歌を全島放送しようだなんて正気の沙汰ではないかもしれない。

だが、失敗から学ぶのが人間。モニター試験の失敗は『友情の行き先』を指定しなかった事にある。漠然とした友情ソングを放ってしまったから、聴く人ごとにフリースタイルで友情が表現されてしまった。そこで今回はMCを行って友情の行き先を『俺とマサオ様』に設定してみたのだ。

 

きっと観客たちは俺たちの友情を、得意の妄想力によって肉肉しい絡みへと昇華させるに違いない。さすれば『マサオ様×俺』のカップリングが成立し、『マサオ様=俺』という同一化は防げるわけだ。

 

まさに捨て身の作戦である。大衆の前で歌うのは初めてなのに……大事な俺の初体験が『あらぬ疑惑』を蔓延させるために散っていく。

これほど残酷なことがあろうか。わんこそば間隔で心労が注ぎ足されて精神崩壊しそうだ……でも、それでもやらなければ。

自分の看板に傷一つ付けず、神化を避ける。そんな虫のいい話はない。

 

歴史的惨劇から人間として生き残る、そのためなら……

 

肉を切らせて骨を断つように――俺は『ノンケを切らせて神を断つ』!

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

終わった。

 

色んな意味で神降臨のハプニングは閉幕を迎えた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああ!!! マサタクゥゥタクマサぁぁおおおけぇぇえええええ!! あ゛あ゛あ゛ばぶぅぅううふしゅうううう!!」

 

限界オタクとなったクルッポーは、涙と奇声を垂れ流しながら陸に上がった魚のようにバタバタ床で跳ねている。

仲良しアピールに俺がマサオ像の肩に手を回して微笑んだ辺りで、クルッポーの人間性は崩壊した。お悔やみ申し上げます。

 

 

「……………………」

 

あまりに尊いものを見聞きしてしまったためか、しずかさんは世の不浄から解放された表情で天に召された。

サビの『今に思えば、お前とつるんでいた頃が一番輝いていたよ。一生の宝だ』を歌った辺りで、しずかさんから半透明の塊が抜け出していったのは見間違いだろうか。良き来世を。

 

他の観客たちも北大路母娘と似たり寄ったりのリアクションだ。よし、すぐに神化される恐れは無くなったな。

この三池拓馬、後始末とか禍根とか大き過ぎる問題は知らぬ存ぜぬ! 今の俺を突き動かすのは、嫌な事から逃げ出す確固たる意志のみ!

 

「お見事でした、拓馬様」

 

「うぅェ!?」

 

ホッと一息のタイミングで背後からセイソなお声が……ゆ、由良様だ。な、なぜ無事だし!?

 

「お、お見それしました。あの歌から生還するとは恐るべ……ごほごほ、素晴らしきメンタルですね」

 

「買いかぶりでございます。この身を犠牲にしなければ、とても耐えられは――がふっ!」

 

「ゆ、由良様ぁ!?」

 

なんてこった! 由良様が吐血を! 触れれば折れそうな見た目に反し、巨岩の如き盤石な由良様の御身体がふらついていらっしゃる。

 

「せ、先祖と拓馬様の関係を……応援するわけには……いきませんでした。とてつもなく、納得がいかなかったのです……っう」

 

「ま、まさか自傷行為で精神を保ったんですか!」

 

セイソオーラによって発見が遅れてしまった。由良様が着ている舞台衣装が悲惨なほどズタボロになっている、台風直撃の日に外干しした洗濯物のようだ……いったいどんな自傷行為を(ゴクリッ


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