『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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因果応報

「……ここはワタクシが治めます……ので……かふっ……拓馬様は、お逃げください」

 

「そんな!? 由良様を置いて逃げるなんて!」

 

「今が、好機なのです……っ……一時的ショックから、復帰した皆様が……どのような変態を遂げるか……ぅ、分かりません」

 

「だからって満身創痍の由良様に後始末を丸投げするなんて、人間として最低です」

 

「うふふ……っ……ワタクシを気遣ってくださる拓馬様が……最低のはずがありませっ……くぅ」

 

「由良様っ」

 

ふらつく由良様の背に手を回して、そっと支える。あくまで『そっと』だ。熟成された警戒心が由良様への積極的ボディタッチに待ったをかけた。

散々ご迷惑をお掛けしているのに、この期に及んでも由良様を信頼しきれない。我ながら嫌になる小心っぷりだ――と、おやっ?

 

「ああぁ……ふぅぅ……お手を貸していただきありがとうございます……はぁぁ」

 

すんごい効能の温泉に入ったかのように、蒼白になっていた由良様の御顔が見る見るうちに血色を取り戻していく。それに(どんな方法で自傷したのか分からないが)首筋の痛々しい擦り傷は秒単位で薄らいでいく。この薄ら寒い回復力には「ヒエッ」の声すら上げられない。

 

「拓馬様のおかげで、心なしか身体が楽になった気がします」

 

超回復を『心なしか』で片付ける由良様の奥ゆかしさと来たらどうだ、感動して足が震えちまうぜ。

 

――ここは由良様に任せて大丈夫じゃね? だって由良様なんだぜ、異能生存体みたいなものだし何とかなるっしょ!

 

――けど、場をかき乱せるだけかき乱して、自分は一足お先にスタコラッサッサって最悪やん?

 

――ばっか! 外面(そとづら)を気にする段階はとっくに終わったんだ! 立つ鳥跡を濁しまくるんだよ!

 

俺は葛藤した。今さら格好良い退場は望めない。それでも自分の尻拭いを全て由良様に任せるのは――と、おやっ?

 

由良様の舞台衣装。和模様の描かれた中世風ドレスみたいな独特の服装。その腰あたりに付けられているポケットからハンカチがハミ出ていた。

 

俺のハンカチだ。

 

マサオ像を隠す壁をぶち壊す際、由良様が俺の前に立ちはだかった。人間が超清物に対抗するには非情な手段に出るしかない。俺はハンカチを用いることで由良様をご乱心させた。

その後のドサクサで、ハンカチの事はすっかり忘れていたが。

 

そうか、ポイ捨てを良しとしない由良様が拾っていたんだな…………じゃあ、この場は由良様に任せていいな。

なにしろ『鬼に金棒』、もしくは『鬼にきびだんご』なのだ。回復アイテムまで使える由良様(ラスボス)に敵は居ないだろう。

 

 

「それでは由良様。大変恐縮ですが、俺はこの辺で」

 

支えていた手を離すと、心底残念そうな「あっ」が由良様から漏れた。そいつを聞かなかった事にして、舞台袖に()けようと――

 

「タクマさん!」

「タクマ氏!」

「拓馬はん!」

 

この郷愁さえ覚える聞き慣れた声は!

 

「皆さん! 気が付いたんですね!」

 

音無さん、椿さん、真矢さんが舞台へ上がってきた。

様子を見るに俺の歌で天に召された形跡はなく、ごく自然な肉食状態である。

 

組員さんたちの姿も観客席にチラホラ見えた。どうやら取材カメラの電源を切っているようだ。

しまった、取材陣は俺の歌で召されたがカメラは回りっぱなしだった。こちらの動きが筒抜けにならないようカメラを止める。組員さんらの丁寧な仕事っぷりには脱帽だ。

 

「状況を完全に把握したわけやないけど、なんやごっつ面倒なことになってるみたいやな」

 

マサオ像を眺める真矢さんは半笑いになっていた。笑うしかないという事だろう。身内のテロ行為でストレスがマッハなのに、ダメ押しの神降臨。しきりに胃の辺りを撫でている真矢さんの明日はどっちだ。

 

「タクマ氏、積もる話は後。ともかく離脱すべし」

「あたしたちが先導しますからチャッチャと帰りましょ!」

 

感動の再会を我慢して、椿さんと音無さんが警護に回った。

 

「……ですね」

 

マサタクマサタク叫びながら床を跳ねるクルッポーの動きは加速しているし、昇天したはずのしずかさんの身体はピクピクとゾンビムーブを始めている。

ぐだぐだしている時間はなさそうだ。

 

「由良様! 申し訳ありませんが、後の事はお願いします。この御恩は必ずお返ししますから!」

 

「道中お気を付けくださいませ。またお会いしましょう、拓馬様」

 

すでに小破程度まで回復なされた由良様に見送られ、俺たちは降誕の間を脱出した。

そのままの勢いで守漢寺の敷地を駆ける。進路を妨害する者はいない。

降誕の間の外も酷い惨状である。会場入り出来なかった信徒たちも映像越しに俺の歌を喰らったらしく、『沈黙』か『発狂』のどちらかを選んでいた。まるで世界がゾンビウィルスに侵されたみたいだ。しかもこのウィルス、抗体持ちの人物には効かない――などという都合の良い設定はなく、喰らえば万人が等しく発症する。

 

ちくしょう! なんでこんな事になっちまったんだ! 明確な悪が存在しなくても世界はこんなに傷ついてしまうのか!

とりあえず世の不条理とか運命とかを呪って、俺は自己嫌悪から自分の心を守ることにした。

 

 

守漢寺の駐車場に到着、黒一点アイドル御用達の黒塗りの移送車に乗り込む。

 

「北大路邸に戻るのは悪手や。荷物の回収は組員はんらに任せて、うちらは空港へ直行するで!」

 

「分かりました、お願いします!」

 

当初の目的である『マサオ教の式典に参加する』は達した。当初の目的以外で色々な事を達してしまったが、深く考えてはいけない。

北大路領に留まる理由はない、早くホームの南無瀬領に帰ろう。

 

下りのスペシャリストである運転手タカハシさんのドラテクで、車は何者の追随も許さず疾走する。

どうやらスムーズに北大路領を離れる事が出来そうだ。

 

 

山道を抜けて、ドリフトが生み出す慣性から解放された。舌を噛む心配はなくなった、今のうちに情報交換をするか。

 

「南無瀬組はどうやって俺の歌から逃れたんですか? たまたま映像を観ていなかったとか?」

 

「否定する。三池氏の歌手的な意味での初舞台を見逃すほど、私たちは愚鈍ではない」

 

「うちらが降誕の間に入ったのは、拓馬はんが演説している最中や。自分がマサオ様と同郷やってカミングアウトしとるあたり」

 

うっ、真矢さんの声色が凄訴(セイソ)チックに……

 

「す、すみません! 勝手にプロフィールを暴露してしまって。でも、あの時は他に方法が」

 

「分かっとる、拓馬はんが不必要にゲロるはずないもんな。うちはちゃーんと分かっとる。カミングアウトの件()気にせんでええ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

許してくれるのか? じゃあ、なんで声色が凄訴なんだろう?

 

「あたしたちが自分を見失わなかったのは、三池さんの黒歴史オーラを感知したからですよ。ああ、また人類史に1ページ刻んじゃうなって。だから、歴史の転換点に備えて耳栓を装着しました。そういうワケで見逃しはしませんでしたけど、聞き逃したのはあたし的に痛恨の極み!」

 

「三池氏の歌は広くバラ撒かれている。聞き逃し配信には事欠かない。なお、精神安定剤の服用が必須」

 

「なるほど……さ、さすがは南無瀬組ですね。こんなにもしっかりした人たちに囲まれて俺は幸せ者ですよ」

 

南無瀬組には本当に迷惑をかけたし、これからも想像を絶する苦労を()いてしまう。

俺に出来るのは彼女らをヨイショして、少しでも気を良くしてもらう事だけだ。

 

――が、誠に残念ながらヨイショに対する南無瀬組の返しは。

 

 

「三池氏の賞賛は有り難いが、私たちに受け取る資格なし」

 

「えっ? ど、どうして……」

 

「三池さんの歌を回避できたのは本日二回目だったからです。いやぁ、一回目はまんまとやられました。あたしもまだまだですね」

 

「恐ろしく早い歌い出し。私でも見逃して意識を持って逝かれた」

 

「ほんま拓馬はんは厳しい御人(おひと)や。味方にも容赦せんところは妙子姉さんに匹敵するで」

 

…………わぁお。

 

背筋に悪寒を走らせていると、車のトランクから『ゴンゴン!』と打撃音のようなものが聞こえてきた。

ナニかがトランクの中で暴れている?

 

「輸送物が目が覚めた模様」

 

「予定より早いけど、ままええやろ。業務用の強靭性ロープで縛っとるさかい逃れられへん」

 

「輸送条件が『命さえあればOK』って楽で良いですね」

 

やだ怖い。信頼すべきマネージャーとダンゴたちが物騒なことを喋っていらっしゃる。

 

「あの、もしかしてトランクにどなたか閉じ込められています?」

 

「せやで」

 

「その人物って……陽南子(ひなこ)さん?」

 

かつては東山院領で、領主と男子たちを扇動して大事件を起こし。

そして北大路領で、領主を扇動しつつ反国教団体を組織した『ござる』、正式名称は『南無瀬陽南子』さん。

 

その煽動力とカリスマ性は高く評価され、国家テロリストの素質大と警戒されている。

彼女は俺を神扱いして、その光で人々を救済しようとした。ううむ、考えてみれば本人はお縄になったものの、陽南子さんの目的はだいたい達成しているな。これでまだ高校生と言うのだから、末恐ろしいってレベルじゃねぇ。

 

身内の南無瀬組としては『獅子身中の虫』と言うか『獅子身中の獅子』、組織内から組織を丸呑みする厄ネタだ。愛すべき我が娘を超危険人物と判断し、回収指示を出した妙子さんの心中は察して余りある。

 

「せや、トランクの中身は陽南子。いくら領主の一人娘でも今回のヤンチャは厳罰もんや。電話越しの『陽南子の矯正はあたいがやる……ゴグフッ』って消え入りそうな宣言と内臓を壊した声が耳から離れへん。泣けるわ」

 

「生まれ変わる陽南子氏の来世に期待」

 

「あはは、やっだ静流ちゃん。そんな言い方じゃ矯正途中で、ござるが力尽きるみたいだよ」

 

う~ん、このドライっぷり。陽南子さんの所業が南無瀬組をどんだけ怒らせたか伝わってくる。

 

「陽南子さんの社会復帰を願うばかりですね」

 

「拓馬はんは優しいなぁ。まっ、陽南子の事より自分の事に集中しよか」

 

「――えっ?」

 

「ですね! ござるの説教は妙子さんが独占しますけど、もう()()はあたしたちに権限がありますし」

 

「――あ、うェ」

 

「妙子氏から『性的と暴力的な行為』は禁じられている。うむむ、どう攻めるべきか思索の甲斐がある」

 

「――そ、その……お慈悲は?」

 

「あらへん」

「ないです」

「ないんですねぇ、これが」

 

覚悟ガンギマリをいいことにストッパーの南無瀬組を歌で昏倒させ、自由の身になるや否や神降臨という歴史的自爆を起こし、やらかし足りないとばかりに声物兵器を用いて一国家をバイオハザードさせた大罪人。その罪に見合う処罰はどんなものだろうか、なんにせよ(動悸的な意味で)胸が躍ってしまう。

 

「……お手柔らかにお願いします」

 

俺はうな垂れたまま機上の人となり、南無瀬領へ帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

あれから一ヵ月くらい経っただろうか。時間が曖昧(あいまい)に過ぎていく。

 

不知火群島国の治安と、国民の情緒が不安定であるためタクマのアイドル活動はしばらく休止となった。

俺は道徳カリキュラムを受けることになり、『人は如何にすれば、やらかさず済むか』や『国家転覆を自重する方法』を探求する毎日だ。

また、文字習得の意味もあって書かされている反省文はノート3冊を突破した。

 

辛い毎日ではあるが。

こんな大罪人に対しても、親身な態度で接してくれる南無瀬組の方々には頭が上がらず、ただただ申し訳ない気持ちで一杯だ。

彼女らの想いに応えるために、テンションに左右されて暴走することなく、いたずらに人を昇天させたり人間性を奪わない、そんな普通のアイドルになるぞ俺は!

 

 

 

南無瀬邸にて俺が悔恨の日々を送っている間に、不知火群島国は大きな変化を迎えていた。

 

国民のカップリング意識に一石が投じられたり――

 

マサオ教が熱狂的な偶像崇拝集団と化したり――

 

薄い本界隈が新ジャンルで騒然となったり――

 

「自省だけでは疲れるだろう。息抜きに僕の部屋で一杯どうかね?」と、頻繁におっさんから誘われるようになったり――

 

 

これらの詳しい事情は、次の機会に語るとして。

 

俺の中で、ヒロシ関連は一旦区切りが付いた――そうなっていた。

 

しかし今回の騒動で明かされなかったヒロシの謎は多く。

その一つが、数ヵ月前に偶然発見したあの場所へ――あまりの禍々しさに目を背けた『セイソな隠し部屋』へと俺を導くのであった。




エピローグと見せかけて、次から五章のクライマックスになります。

別件ですが、最近ファンタジー色の強い男女比1:30小説を投稿しました。全5話と気軽に読める文量ですので、よろしければご覧くださいませ。ええ、もろちん肉食小説です。

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