『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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薔薇とガイア

「申し訳ございません、本来でしたらもっと早い時間にお越しいただくはずだったのですが」

 

「そんなそんな、お忙しい中でお時間を作ってくださりありがとうございます」

 

北大路領の舞台で別れて二ヵ月、俺は由良様との再会を果たした。

たかが二ヵ月、されど二ヵ月。

この二ヵ月は、俺にとって自重と言う概念を呑み込む期間であり、不知火群島国にとって異文化の根付く期間であった。

 

謹慎明けで最初に行うべきは由良様への接見。

アイドル活動を再開するより先に大恩ある御方の許へ馳せ参じ、感謝と謝罪を述べるのが筋だ。礼儀やケジメを重んじる南無瀬組のボス・妙子さんの流儀は今でも組の中で生き続けている。

こう言うと、妙子さんが亡くなったみたいだな。一応、ご存命だ。心労で妙子さんの心は壊れてしまったが、心臓は動いている。生きているだけでまる儲け、ってそれ一番言われているから。

 

ちなみに心労の元凶となった娘の陽南子さんについては――よく分からない。

北大路領から南無瀬邸に帰還した際に、ズタ袋の中で藻掻(もが)く場面を見たきりである。以降、彼女の姿どころか話すら耳にしない。まるで元から存在していなかったようだ。

陽南子さんの現状を誰かに尋ねたいけど、「陽南子? いましたっけ、そんな人」や「陽南子さんはね、転校しちゃったんだよ」と返されるのが怖くて聞くに聞けない俺であった。

 

 

 

 

「何もない部屋ですが、おくつろぎください」

 

そう言う由良様の御顔は、以前より憂いを増していた。美しさに陰りがさしたのではない、美しさの方向性が変わったのだ。

小川のせせらぎのような楚々とした美が、今は小川沿いの柳の下に佇む幽霊的な美へとシフトしている。

 

生命力が低下しているのか……俺のハンカチ(回復アイテム)をお持ちの由良様がこんなに疲弊するなんて。

 

「由良様のお部屋にお邪魔するのは久しぶりですね。前に来たのはいつでしたっけ?」

 

「147日前でございます」

 

なんでそんな細かく記憶しているんです? などと質問する奴は素人だ。

 

「ほ、本当に久しぶりですなぁ」

 

貞操のプロはツッコミの挿入場所を間違えない。俺は当たり障りのない言葉を発しながら、勧められるまま座布団へ腰を下ろした。

なお用意されている座布団は、由良様と俺の二人分だけ。この場に南無瀬組は居ない。

 

夜半に領主の部屋へ大人数で押しかけるのは失礼であるし、自分のケジメを付けるのに保護者同伴では面目が立たない。

ダンゴや真矢さんたちは南無瀬組用の離れで待機してもらい、俺一人で由良様の部屋を訪れている。

大丈夫だ、俺の服には位置特定の発信機が付けられているし、由良様は肉食世界でトップクラスの理性者であるし、何も問題はない。

 

 

由良様の私室は相変わらず質素な様相だった。

一面畳で、障子窓がワビサビを醸し出す。家具と言えば足の低いテーブルが一つと、壁にはズラリと並ぶ本棚くらいか。棚には分厚い書籍がビッシリ詰まっている。147日前では読めなかった背表紙の文字が半分ほど理解出来るのは、ここ二ヵ月書き続けた反省文のおかげだろう。

 

「法律関係の本に、動植物図鑑、それに歴史書……由良様は勉強家なんですね」

 

「うふふふ、ここで博識を披露出来れば格好が付くのですが、多くは本棚の飾りになっています。お恥ずかしい」

 

由良様が控えめに笑う。多忙なために読む時間が無いのか、それとも謙遜しているだけなのか。

判断が付かない俺はとりあえず笑い返して、朗らかな雰囲気の維持に努めた。

 

それにしても本棚か……数ある黒歴史ボックスの一つがガタガタと震え出す。

たしか、本棚の裏には部屋が隠されているんだよな。前回訪れた時に偶然発見したが、俺の第六感が「その先に進むなんてとんでもない!」と発狂して告げるんで回れ右したわけだが。

隠し部屋にはナニがあるのだろうか。領主の部屋なのだから万が一のための脱出路? それとも意外とお茶目な由良様の秘密基地? または闇の――

 

 

「拓馬様……本棚が気になるのですか?」

 

「はっ!? い、いいいえ! とんでもない! 本より由良様と語り合いたいこと山の如しです!」

 

「まあっ情熱的な御言葉、ワタクシ困ってしまいます」

 

あっぶねぇ! 『俺が隠し部屋に気付いている』を由良様に気付かれるのは危険が大変! 死に物狂いで知らん顔するんだよ!

 

「ささ由良様、近況報告に華を咲かせようじゃありませんか」

 

「今宵の拓馬様は強引なんですね……うふふふ」

 

君子危うきに近寄らず。嫌な事から目を逸らすのは得意だ。

 

俺は気を取り直して、由良様と向かい合うのだった――

 

 

 

 

 

 

「『降誕の間』での一件は申し訳ありませんでした。歌うだけうたい、後始末を由良様に押し付けてしまって」

 

「ご心配には及びません。マサオ教の方々はしばらく前後不覚に陥っていらっしゃいましたが、ワタクシが凄心凄意(せいしんせいい)で説得()しましたら落ち着いてくださいましたし」

 

「はぇぇ、あの狂信ぃ……ごほごほ、しずかさんやクルッポーさんが素直に、ですか?」

 

「人間、言葉()を重ねれば分かり合えるものです」

 

平和の使者の如く微笑みを絶やさない由良様。素敵だ、感動的だ、しかし残念だ。散々凄訴(せいそ)なオーラに侵された俺の脳は、由良様の御言葉を曲解して当て字や()を付けてしまう。

 

「ですが、その後のマサオ教を見るに……しずか様やまくる様とは、もう少しお話し合い()すべきだったのかもしれません」

 

由良様がお嘆きなさっている。

無理もない。マサオ像が降臨してからと言うもの、北大路母娘は偶像吸うハイ↑で我が世の春を謳歌している。

 

マサオ教は変わった。

 

信者の数は5倍に増え、活動は色々な意味で精力的になった。特に力を入れているのが、始祖マサオグッズの制作である。

制作責任者はクルッポー。元々、マサオ人形をキャッキャと作っていた彼女だ、その経験とマサオ像(お手本)が融合したことで新たな文化の担い手となった。

 

クルッポーは二次元と三次元を反復横跳びしながらマサオ様造りに邁進している。

おかげで二ヵ月という短期間でグッズの種類は100を超えた。

フィギュア一つ取っても、ハイグレードだったりリアルだったりマスターだったりと多様なバージョンがあり、子供のお小遣いで買える物から家が建つ逸品まで広い客層に応えるラインナップだ。

 

「クルッポーさんがあそこまで剛腕とは思いませんでした。寝ているんですかね、彼女」

 

「ワタクシも気がかりでお電話したのですが……まくる様がおっしゃるには、マサオ様を作るのに必要な労力はマサオ様の神性によって補充されるので考慮に値しない。すなわち永久機関……と」

 

なるほど分からん。

 

()()()()()ですし、マサオ商品の多産多売は控えてほしいのですが……マサオ商品自体は昔から販売され、マサオ教の資金源となっていました。今さら販売事業を止めようにも確固たる理由が無ければ難しいでしょう」

 

由良様が難しい顔をする。

お優しい方だと思う。由良様は「先祖のこと」と口にしたが、販売事業を止めたいのは俺のためだろう。

 

先ほどのフィギュアの話に戻るが、初めてフィギュアを購入する人の95%が2体以上買うらしい。

ひとりぼっちは寂しいもんな、とフィギュアを思いやって複数買った――わけがなく、薔薇色のお人形遊びをするためだ。

 

俺の歌によって不知火群島国の人々の頭には『マサオ×タクマ』がしっかり刻まれていた。

 

 

・マサオとタクマは同じ顔をしている(と思われている)。

・タクマのファングッズは数あれど、魔改造されたり脱衣されるのを防ぐためフィギュアは存在しない。

・マサオグッズにおいてフィギュアは()り取り見取り。

 

→閃いた!

 

 

人々の思考は収束した――マサオフィギュアが2体あるなら、片方をタクマと命名して愉しいお人形遊びに興じられるではないか!

 

 

上手いやり方だ。

タクマには人権や肖像権があるので、大っぴらにグッズを悪用することは出来ない。南無瀬組に黙ってタクマグッズの制作・販売をすれば、黒服のお姉様たちがご挨拶に現れるだろう。命の保証はない。

しかし、マサオグッズならば危ない橋を渡らずに済む。大元のマサオ教が狂ったようにグッズを増産しているし、大昔の人物ならば人権も何もない。

 

フリー素材化したマサオ様をタクマとして流用すればええやん!  

いつの間にか、そんな風潮が当たり前となっていた。歴史の偉人に対して罰当たり過ぎませんかねぇ……まあ、日本でも偉人を女体化したり好き勝手扱っていたけど。

 

 

『マサオ×タクマ』の影響はフィギュアだけには留まらず、多岐に渡る。

特に熱いのが同人誌界隈だろう。マサオ様とタクマを題材にした薄い本が、瞬く間に業界を席捲したらしい。

ストレートに『タクマ』という男性を書けば焚書確実。そのため作者の方々は、マサオ様のそっくりさん、マサオ様のクローン、マサオ様に憧れて整形しました系男子、などの言い訳を相手役に付与するそうだ。努力と工夫の方向性が凄い。

 

「本番に至るまでの過程なんて適当なもんですよ。むしろぶっ飛んでいる方がウケます」

 

「一流と二流のクリエイターを分けるのは、限りあるリソースの配分」

 

薄い本を嗜みとするダンゴたちのコメントを思い出す。彼女らは頼んでもいないのに、なぜ『マサオ×タクマ』がこれほど世間に浸透したのかを解説してくれた。

 

男同士の熱い友情 (オブラート)は肉食世界と相性が悪い、そう思っていたが『マサオ×タクマ』は様々な宗派?に需要があったようだ。

 

・男の濡れ場があるなら何でもいい派

・同性の肉肉しい争いに疲れたからキャット(♂)ファイトを眺めて癒されたい派

・汗を流して頑張る男の子って素敵派

・男と男が絡み合い最萌に見える派

・よその女に男を奪われるのは絶許だが、同じ男ならままええわ派

・消極的凌辱派

 

『マサオ×タクマ』は肉食女性の隠れた欲望を掘り起こし、余計なことに市民権を得た。

影響は女性だけではなかったようだ。

最近南無瀬組に届くファンレターの送り主が、男性であるケースが増えている。どの手紙も筆圧が強く、ドロッとした文体だ。同じようにおっさんが俺を見る目もドロッとしてきている。肉食世界で心が休まるのは同性と居る時だったのに、俺の僅かな休憩スポットが無くなりつつある……どうしてこんな事に……

 

 

こうして華開いた薔薇文化。

主流の『マサオ×タクマ』の他にも、オリジナル男子やオリジナルおじさまを創造して、如何なる組み合わせが萌えるのかの探究も始まっているらしい。

誰もが男同士の友情に夢中なため、男性被害の事件は減少した。

めでたしめでたし――――だったら、由良様が憂いを帯びることはなかっただろう。

 

男性被害事件は減ったが、女性同士の暴力沙汰が頻発するようになった。

俺には理解しにくいのだが、争いの原因は『解釈違い』だという。

 

「薔薇漫画に女を出したらメッチャ売れたわ」

 

「薔薇は〇ん〇堕ちさせる前振り」

 

「不衛生は良くないから穴を増やしました」

 

「私も混ぜてくれよ~」

 

これらの言葉をキッカケとして人々は殴り合うそうだ。

なっ……なんで……サッパリ分からないが、肉食世界が更に混沌と化したことは分かった。日本に帰りたい。

 


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