『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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遅すぎた警告

由良様が()れてくださったお茶で喉を潤しながら、互いの近況を語って労い合う。

中御門邸には多くの使用人が住んでいるはずなのに生活音は聞こえず、夜風や虫の音をBGMに会話は弾む。

 

「刑務所へ慰問……そんな危険な場所へ行ったんですか?」

 

「危なくはございません。刑に服す方々は、人生の巡り合わせが少々芳しくなかっただけのこと。誰しも本来は良き人なのです」

 

由良様は性善説論者なんだな。人間は生まれながらにして善ってヤツだ。

 

「施設の集会場でご挨拶をしまして。始め、受刑者の方々は散漫なご様子でしたが、困ったワタクシにお気付きになられると態度を改めてくださいました。皆様、良き御心の持ち主なのですね」

 

「あぁ、そぅですね……」

 

きっと由良様のセイソに当てられたんだな。どんな犯罪者も由良様の前ではお利口さんに早変わり。そら由良様が人の善性を信じるのも仕方ないね。

ちなみに俺は不知火群島国に来て、性性説論者になった。人間は生まれながらにして性に貪欲。性欲が三大欲求に数えられるのは伊達じゃないんだなって。

 

「刑に服す方々の間でもマサオ教への入信が後を絶たないようです」

 

「いいっ! 刑務所でも流行ってんですかアレ?」

 

「拓馬様にとって辛い記憶かもしれませんが、昨年の大規模の男性盗撮事件によってマサオ教徒の一部が収監されました。中でも御可愛い名前の信徒様が熱心に布教しているようで……」

 

「御可愛い名前……あっ」

 

不知火群島国に来たばかりの時期に会った『ぽえっとした女』こと『ぽえみ』を思い出す。弱者生活安全協会(ジャイアン)・南無瀬支部のトップで、真矢さんの元上司だ。

中御門の刑務所に入っていたのか、あいつ。布教活動より奉仕活動で社会復帰を目指せばいいものを!

 

「拓馬様の手によって収監された事を御鼻にかけ、檻の中の宣教師を自称なされておりました。ええ、ご心配なく。『布教はほどほどに、今は社会復帰を第一にお考えなさいませ』とワタクシがしっかり説得()しましたから」

 

「あっ……お気遣い痛み入ります」

 

グッバイ、ぽえみ。布教活動よりも奉仕活動よりも生命活動をしてくれることを願う。

 

 

 

 

 

積もる話がだいたい解消された頃。

 

「実は本日……拓馬様にお見せしたい品がございまして」

 

由良様が傍らに用意していた漆塗りの箱をテーブルの上に置く。

なんだろう、これ? ずっと気になっていた箱だが、由良様が切り出すまで質問を控えていた。上等な容器からして中身も上等そうだ。

 

「ワタクシにとっては遺品の一つに過ぎませんが、拓馬様にとっては重要な物でしょう」

 

由良様がフタをお取りになられると、褪せて所々黒ずんだ表紙に日本語タイトルの書物が姿を現した。

 

「ヒ、ヒロシの……あ、いえマサオ様の日記」

 

「ヒロシで構いません。先祖も同郷の方からは本来の名で呼ばれたいと思いますし。北大路領でお渡しした物とは別巻になります。拓馬様は先祖の日記をご所望のようでしたし、こちらもお読みくださいませ」

 

「ありがとうございます……」

 

日記には日本帰還のヒントが載っているかもしれない。少し前だったら喜んで飛びついただろう。

しかし、俺の像を作って俺のために宗教を始めるほど崇拝キメたヒロシ。あいつの内面へ踏み込むには多大な勇気が必要だった。

 

『不知火群島国・公会記 47巻』

 

また微妙に日記のタイトルが違う。もしかして『こうかい』記の漢字は、その時のヒロシの心情や環境によって変わるのか。おかしなところで凝っている。

いや、それよりも巻数に注目だ。47巻……北大路邸のショーケースに飾られていたのは48巻だったよな。

48巻の冒頭からヒロシは北大路領で家出していた。ってことは、この47巻にヒロシの家出した理由が書いてあるのか?

 

「拓馬様……何かご不満がおありでしょうか?」

 

「えっ? そういうわけじゃ」

 

いかん。なかなか日記を手に取らない態度が、由良様を不安にさせてしまったか。

 

「先祖が遺した書物は100点以上ですのに、お持ちしたのは一冊だけ。お気に障ってしまったのでしたら誠に、誠に申し訳ございません!」

 

「いえいえいえ! 不満も気に障る事も無いです! まったくこれっぽっちも!」

 

土下座する勢いの由良様を慌てて止める。「日記を見てですね、思いにふけったり感慨に浸っただけです!」

 

「誠でございますか?」

 

ぬお゛っ! 

 

美しい眉をひそめ、目を潤ませつつ、細くしっとりとした手をテーブルに突き、上半身を前かがみにする事で巫女服の奥がチラ見できるほど潜り込んだ角度からの「誠でございますか?」

 

「誠でございますとも! 由良様への不平不満なんぞ一片もありません!」

 

高らかに言い切った俺を誰が責められようか。清楚な由良様を泣かす奴はたとえ俺だろうと俺が許さない。

 

「一冊しかご用意出来なかったのもアレですよね? 日記のほとんどが博物館で保管中だからですよね!」

 

前に由良様がおっしゃっていた。中御門邸の敷地内には歴史的文化財を納めた宝物庫があって、現在は改修工事中だとか。そのため宝物庫にあった文化財の多くが、中御門の博物館に移されたらしい。

 

「その通りでございます。先祖の日記のように数の多い物の一部は、この中御門本邸で管理していますが。それ以外は特に()()()()が残っているだけでして」

 

「貴重な品がここに!?」

 

「は、はい。そうでございますが?」

 

ってことは、国宝である『不知火の像』もこの建物のどこかにあるのか?

日記の中でヒロシが書いていたな。あの像は『救世主を招く』物だって……それが本当だとして、遺憾ではあるが俺が救世主だったとして、救世を終えた俺が像に触れたらどうなる?

 

「あの……?」

 

もしかして、もしかすると帰れるのか、俺?

 

「拓馬様……?」

 

男性被害件数は減ってきているし、像の判定的に『ギリ救世したってことで』だったら、今の俺が触っても日本に転移しちゃったりして! おお、ええやん!

 

「また心ここに在らずでございますか!? やはりワタクシにご不満が」

 

「――あっ、そういうわけじゃありませんって。そうそう、俺の方からも由良様にお渡ししたい物があります」

 

予定では帰り際にプレゼントするつもりだったが、由良様を落ち着かせるために使ってしまおう。

 

隣に置いていた紙袋に手を突っ込んで、取り出したるは密封が売りの小型トランクだ。そいつを日記の横にドン。

まだ終わりじゃない、トランクを開けると中には密封性に富んだ箱があって、それを開けるとまたまた密封命の小型ケースが……

そうやってマトリョーシカ形式の果てに登場したのが、手の平サイズのオカズ用ランチボックスだった。言うまでもないがオカズは食的な意味だ。しかし、この場においては食的だけとは限らない。

 

ランチボックスを開けると。

 

「ああぁぅっ!」

 

たちまち由良様が赤面した。

 

「ご覧の通り、俺の手作りクッキーです。北大路領でのお詫びとしては貧相ですし、由良様の舌に合う自信はありませんが、一生懸命作りました」

 

「これなる物が! まことしやかに伝えられる拓馬様のお手製食宝でございますか!」

 

早速、由良様の言動がイカレ出す。

ただのクッキーを異常なほど梱包したのは匂いを外部に漏らさないためだった。二ヵ月前のバイオハザード以降、タクマニウムの輸送は厳重になったのである。

ちなみに発生源の俺は、焼け石に水とは知りつつ消臭スプレーを我が身に噴きかける日々だ。

 

「南無瀬邸レポートを読み返して空腹感に苛まれて幾星霜、待ちに待ちました邂逅の時。拓馬様、今ここでいただいてもよろしいでしょうか!?」

 

さすが由良様だ、並の肉食女性なら初手で喰いに掛かるのを自制している。なんか極秘っぽい情報を口走っていらっしゃるが、そこは得意の処世術で聞かなかったことにしよう。

 

「どうぞどうぞ。クッキーは由良様のために作った由良様だけの物です。御心のままにご堪能ください」

 

「拓馬様に一心不乱の感謝を! ああぁ手掴みだなんて、はしたない……でも、うふふふ」

 

不格好なクッキーを一つ摘まんで、慎重に自分の口へと導く由良様。控えめに開かれた唇が艶やかにキラめいて、エロいんじゃないですかねコレは。

 

「……くっ……ん……んっ……」

 

やっぱりエロいじゃないか。

気絶も奇声も無く、暴発しそうな感情や快楽に抗いつつクッキーを噛みしめる由良様。攻撃力の高い御方は耐久力も一流なんだなって――まあ、それでも限界はある。

 

「大変美味しゅうございますところ申し訳ありません持病の発作のためお薬を取りに退出しますご無礼をお許しください小一時間で戻ってきますから!」

 

発作を起こした人にあるまじき息継ぎ無しの長台詞。

そして、テーブルを叩いてお立ちになった際、テーブルに刻まれたヒビ。

ツッコミもヒエッも我慢して。

 

「それは一大事ですね。俺に構わず行ってください」

 

笑顔で由良様を見送る自分を褒め讃えたい。

 

「失礼いたします!」

 

風と共に由良様の御姿が消失した。由良様ってお優しいけど、俺の動体視力には優しくないよな。

怖かった。自分で誘導した状況とは言え、一歩間違ったらどうなっていたか。お土産は帰り際に渡すのが一番だな、と再確認しつつ俺は胸を撫で下ろした。

 

 

 

時々響く破壊音以外は、静まり返った由良様の自室。

 

破壊音は庭園に配備されている警備ロボット()の暴走によるモノだ。ロボット()が元気に庭のオブジェクトを粉々にしたり、地面を耕しているに違いない。中御門邸では名物化しているため使用人たちが騒ぐ気配はない。

 

おっと、南無瀬組が心配しないようメールを送っておこう。

『お土産を出すタイミングが早まったので暴走も早まりました。由良様が落ち着いたのを確認して、離れに戻ります』と。文字を覚えてきたのでメールもこの通りだ。

 

「ヨシッ。これで考えに集中できるな――って、その前に」

 

ヒロシの日記が手つかずだった。日本帰還の役に立つかは分からないけど、次に読めるのがいつになるかも分からない。

情報が多いに越したことはないし、ヒロシが家出した理由が気にはなる。少し読んでみるか。

 

 

こちらにとっては奇書だが、国にとっては重要文化財。

丁寧な手つきで俺は日記を持った。

 

 

――そして、たまたま開いたページには、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

『センパイ! 由乃の血は危険です! 由乃の血縁者に会ったら絶対近付いちゃダメです! どんなに無害そうでも速やかに退避してください! 間違っても誘惑してはいけません! 彼女たちは変貌するんです!』

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