『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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大変お待たせしました。
由良様パートを献上しますので許して(懇願)


【獣の血】

この身に流れる血が嫌いでした。

不知火群島国を(おこ)した女・由乃の血が、獰猛で悪辣で充足を知らない獣の血が心底嫌いでした。

 

中御門(なかみかど)の人間は代々国政を担う使命を帯びています――なのに、どういうことでしょうか?

我が国の歴史を学べば学ぶほど、明らかになる先祖のフシダラで奇天烈で身勝手な行いの数々は……

 

とある祖先は、他領のパーティーで見かけた男子にその場で襲い掛かって接吻をかましたと聞きます。男子は他領主の分家筋に婿として迎えられる予定でした。周囲の者たちが文字通り骨を折って取りなさねば、不知火群島国を割っての内乱は必至だったそうです。

 

とある祖先は、外遊先で見かけた少年をその場で脇に抱えて連れ去ろうとしました。当然国際問題に発展し、不知火群島国は少なくはない金銭と権威を手放す事になったと言います。業腹なことに(くだん)の祖先は、反省の色を見せつつも少年へのアプローチを緩めず、最終的には婿として終生手元に置き続けたそうです。

 

祖先たちの凶行を知る度に、幼少のワタクシは頭痛を覚えました。どの方も後先をまるで考えず、即断即決で犯罪に手を染めるのです。何と言う浅ましい行い……羞恥心を持て余したワタクシは、いけないとは思いながらも自傷行為(大抵の傷は就寝すれば治ります)や地面陥没や岩石破砕に(ふけ)り、心の平静を保ったものです。

 

ワタクシもいつか獣と成り下がるのでしょうか。怖い、由乃の血が怖い……

 

 

「由良様はまことお優しい方ですねぇ」

 

ある日、ワタクシ付けの使用人がにこやかに申しました。

 

優しい? 憂さを晴らすのに美しい中御門庭園を土くれに変えたワタクシのどこが優しいと?

 

「由良様はなぜお怒りになられるのでしょうか」

 

なぜ? 決まっています。ワタクシは我が身の野蛮な血が嫌いで、存在そのものが許せません。感情が高ぶりもします。

 

「由良様のお怒りは優しさ故のこと。他者への敬愛と、弱肉強食を良しとしない正義がお身体を熱くさせるのです。立派な心根(こころね)でございますよ。由良様でしたら必ずや中御門家の血に呑まれず、公明正大な国主となります」

 

 

今でこそ拓馬様を扇動して晩餐会に参加させる等、愉しそうに邪な計画を立てる彼女ですが。幼き日のあの言葉にはとても救われました。ワタクシがワタクシを肯定していい、初めてそう思えたのです。

 

祖先たちの汚名を返上し、不知火群島国をどこに出しても恥ずかしくない国にしよう。男性が安心して暮らし、女性が理性的に過ごす清らかな国にしよう。ワタクシは決心しました。

 

法律、歴史、経済、イデオロギー、科学、国同士の関係性。

学ぶことは多岐に渡り、知っても知っても終わりが見えません。情報量の多さから、病とは無縁のワタクシが初めて発熱を経験したほどです。

しかし、勉学は楽しいものでした。

ああ……知識を掘り進める感覚、なんて甘美なのでしょうか。

 

この一掘りが、この一掘りが。

この一掘りが、この一掘りが。

この一掘りが、この一掘りが。

この一掘りが、この一掘りが。

 

すべて、ワタクシの描く未来へと繋がっているのです。

 

 

「キセキの年代を差し引いても由良は潔癖症ね。まっ、優秀な次代は大歓迎だけど」

 

机に噛り付くワタクシを(わら)いながらも、お母様は国家運営の何たるかを叩き込んでくださいました。国際的な会議やパーティーにワタクシを同行させ、コネやパイプを率先して構築した事には今でも感謝しております。たとえそれが娘への愛情ではなく、早々に領主の座から退きたい自分本位の理由だったとしても。

 

お母様は典型的な中御門の女でした。

己の欲に忠実で、お父様を押し倒しては嬌声をあげる獣。あの人にとって(まつりごと)は二の次で、最優先事項はお父様を搾ることでした。ワタクシはお母様にとって何番目だったのでしょう……

 

 

 

「由良は凄いわ、政務能力なら歴代当主の中でも指折りね」

 

「ありがとうございます。全てはお母様のご指導あってのものです」

 

「ほんと出来た子。次に告げる内容もお見通しって顔ね……ええ、私は隠居します。来年からは由良が中御門の領主です」

 

「かしこまりました。心の準備は出来ております。長い間、不知火群島国の柱となり、人々を支えたお母様はワタクシの誇りです」

 

「心にもない事を……せいぜい励みなさい。邪魔にならないよう世界の片隅でダーリンと応援しているから。そうそう、屋敷の所有権も由良に渡すわ、好きに使って……あの隠し部屋のように」

 

「――中を見たのですか?」

 

お母様のカマにあえて引っかかりました。家族だからとプライバシーを侵害されたら、ワタクシ……困ってしまいます。

 

「ぐゃっ!? なんて歪曲力! 見てない見てない、こちとら狂気の吹き溜まりに入るほど命知らずじゃない!」

 

少々景色を()()()程度でお母様は哀れなほどお慌てになられました。ですが、親としてのプライドがあったのでしょう、虚勢を張りつつおっしゃったのです。

 

「さっさと男を探しなさい! 聖職者を気取っているのか知らないけど、獣性を我慢しがちな聖職者こそもっとも恐ろしい獣になるのよ!」

 

 

 

聖職者こそ恐ろしい獣。お父様に執心しているようで、ワタクシの内面も見ていたのですね。

ご安心ください、お母様。ワタクシは自分を高く見積もっていません。獣化対策は幼少期から実施しております。

 

 

 

中御門家の血に呑まれて獣に成り下がる、それを防ぐには発散の場が必要でした。

 

ワタクシの私室から繋がる、ワタクシのための秘密の部屋。

『行為中は思いっきり声を出したいけど、人に聞かれるのは恥ずかしい。防音性のある部屋がほしい。旦那とヌルヌルしたいから湿気多めのオプション付きで』という由乃の血を陰方向に引き継いだ祖先が作らせたものです。

 

製作意図に問題はありますが、全ては歴史の一ページ。変えられない過去に眉をひそめるより、有効活用させていただきます。

 

六歳の夏。

信頼できる使用人に道具を用意してもらい、ワタクシは一人で秘密の部屋を掃除しました。強力な除菌剤と消臭剤を専用機で噴霧し、除菌クリーナーで床や壁を丁寧に拭いていきます。夏の日の密閉空間はサウナのようでしたが負けません。黒ずんだシミや壁に彫られた相合傘など性活痕は殲滅です。ワタクシ、先祖の営みがこびり付く部屋で(くつろ)げるほど人間は出来ていませんので。

 

純潔の蘇った部屋を一望して、ワタクシは安堵しました。ようやく手に入れたのです……獣の生息地を。

獣はこの仄暗い部屋のみ生存が許されます。ここでしたらどれほど獣性を謳歌しても構いません、大いに発散し、邪なものを流血させるべきです。

 

(エサを寄越せ、他人の手垢が付いていない良質な物がいい、初めてを刻むのはこの牙だ)

 

獣から童貞性を重んじた指示が飛びます。

贅沢な注文ですが、一定の理解は示せます。ワタクシとて、お母様の使用済み書物をエサにするのは御免(こうむ)りますし。

この時、気付きました。ワタクシはワガママなようです。鎮めるためのエサであっても独占欲を持ってしまうなんて……うふふふ、業が深くて救えない。

 

肝心のエサはインターネットを駆使して見繕いました。一般の方でしたら本屋や図書館のアダルトゾーンなる場所から調達するのでしょうが……羨ましい限りです。

 

(……見てくれは上手いが美味くない。どんな素晴らしい像でも男魂が入ってなければ喰えたもんじゃない)

 

獣は批評家振りました。手のかかる畜生でございます。

しかし、内なる(うず)きが止まないのも事実。著名な作品を使用しようと試みましたが、満足のいく結果は得られませんでした。

これも由乃の血が原因でしょうか。中御門の人間は、特定の男性に激しく執着します。獣の審美眼が厳しいのはきっと由乃の所為なのでしょう、忌々しい。

 

悩んだ末、ワタクシはペンを取りました。こうなれば地産地消です。

獣が喰いつくエサを自らの手で作り出してみせましょう……と、意気込んだものの。

ああぅ、はしたない。裸体の男性を描くなど、恥ずかしさのあまり清掃したばかりの壁を打ち貫きそうになります。

六歳のワタクシには画力も覚悟も足りませんでした。

 

気を紛らわせようと、ワタクシはペンを走らせます。

無意識に、心の赴くままに描いていきますと、人間らしき輪郭になってきました。

とは言え、棒を多少装飾したような拙い人型、顔の部分にはまだペンを入れていませんし、何より服を着ています。

それなのに……

 

(ぬっ!?)

 

獣が前のめりになりました、興奮しているようです。釣られてワタクシも心拍数を上げます。

運命的な出会いの予感がします。ワタクシは何かに誘われるように、表情のない人型の顔へ『たくまさま』と記しました。

 

『たくまさま』

 

中御門家にだけ代々伝わる尊き方。

神のように敬愛される『マサオ様』が、神のように崇拝したという伝説上の、いえ空想上の人物でございます。

言い伝えによれば『たくまさま』を見た者は、良い意味で発狂し天に召されるそうです。発狂からどうすれば良い意味を見い出せるのかは、寡聞にして知りませんが、それほど美麗で神聖なのでしょう。ちなみに由乃にとっては『マサオ様』の一番の座に座る怨敵であり、『たくまさま』を模した(わら)人形を八つ裂きにして火にくべるのが彼女の日課だったと言われています。

 

そんな『たくまさま』をワタクシは描きました。恐れ多きことでございます。

ですが、ストンと()と子宮に落ちました。今、分かりました。宇宙の真理は『たくまさま』だったのですね。

 

(たまんねぇ、ゴミ同然のエサのくせに『たくまさま』で味付けすれば一転、身体の節々から涎が止まらねぇ)

 

獣がエサに跳びつきました。画用紙に描かれた児戯の産物を美味しそうに使っております。

ワタクシは安心しました。これで獣を暴走させずに済みます。

それに……中御門家の者は特定の男性に激しく執着します。ワタクシの場合は『たくまさま』、この世には存在しない御方です。

肉体的な繋がりが持てない心寂しさは計り知れません。ですが、ワタクシは中御門の血に呑み込まれず、不知火群島国を清らかな国へと変えていけるでしょう。

 

 

これで良かったのです。

こうでなければならなかったのです。

 

それなのに……

 

なぜでございますか、拓馬様?

 

どうして、あなたは降臨されたのですか?

どうして、空想の世界から飛び出してしまったのですか?

手に届かないものでしたら諦めがついたのに。

 

おやめください。

ワタクシは罪深き女でございます、近付いてはなりません。

ここぞとばかりにワタクシを刺激しないでください。

 

そう願っておりますのに、拓馬様は迂闊にもワタクシの深みへと侵入してきます。

 

(恐ろしく明確な誘い受け、俺でなくても視認しちゃうね)

 

獣の言う通り、拓馬様の行動には隙が多く、勘違い要素を多分に含んでおられます。

ああぁ、いけません。

これ以上惑わされますとワタクシ、壊れてしまいそうです。

 

 

……うふふふ。

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

「クッキーは由良様のために作った由良様だけの物です。御心のままにご堪能ください」

 

「拓馬様に一心不乱の感謝を! ああぁ手掴みだなんて、はしたない……でも、うふふふ」

 

 

拓馬様の御手作りクッキーを頂いた瞬間、ワタクシは革命期に入りました。

細胞が歓喜し、原材料・成分を我先にと吸収し、止めどなく分裂していきます。

拓馬様のお手製がワタクシの血肉になっていきます、これはもうワタクシと拓馬様が同化しているも同然です。

 

グチャぐちゃ煮ちゃに、二度と分け断つこと叶わないほど強力に結合されて……はぁぁぁ……あはぁ……ひぁ……大変美味しゅうございます、様々な意味で。

 

(ぐぉぉぉぉ!! こんなん喰わされたら収まりがつかねぇ! メインディッ(シュ)と洒落込もうぜ!!)

 

獣が雄叫びを上げました。長年ワタクシの制御下で大人しくしていた獣ですが、拓馬様が降臨なされて以降、野生を取り戻す一方です。

 

「大変美味しゅうございますところ申し訳ありません持病の発作のためお薬を取りに退出しますご無礼をお許しください小一時間で戻ってきますから!」

 

秘密の部屋以外で獣を解き放つわけにはいきません。

不躾な姿を晒しながらワタクシは自室から離脱しました。この高ぶりを発散しなければ、堪え難きを耐え、忍び難きを忍んで作り上げたワタクシのイメージが崩壊し、拓馬様から距離を置かれてしまいます。そんな事になれば自分が何を仕出かすか分かりません、被害が数キロ範囲で済むことを願うばかりです。

 

中御門邸の裏手から風と共に去ること少々。そこには菜園予定地が広がっていました。どうせ破壊されるならと、使用人の皆様がワタクシのために耕せる土地を用意してくださったのです。

早速手の指を一つに固め、手刀の構えを取り、大地を相手に向き合いまして。

 

「えいっ! えいっ!」

 

指先から地層へ進入します。

 

「えいっ! えいっ!」

 

拓馬様の血肉の効果でしょうか。手刀が冴えに冴え、小気味よく地を抉れます。

うふふふ、楽しいです。これ楽しいです。サクサクです。マントルでも一万枚の特殊装甲でも運命でも、今のワタクシに貫けぬモノはありません……なんちゃって。

 

(申し訳程度の可愛さアピールでは、文字通り埋められない掘削具合にヒエッヒエッですわ)

 

内なる熱が急速に排気された影響でしょうか、ご自分の立場を思い出した獣がスゴスゴと檻の中へとお戻りになりました。やはり悶々とする時は適度な運動が一番でございますね。

 

拓馬様をお待たせしている手前、早めに戻らないといけないのですが、今宵は興が乗ってしまいます。

ここは菜園予定地。破壊するだけだったワタクシの衝動が、新たな生の苗床となるのですね。とても興味深いことでございます。

 

嬉しい――土を掻き、園を広げることに無上の喜びを感じます。

 

この一掘りが、この一掘りが。

この一掘りが、この一掘りが。

この一掘りが、この一掘りが。

この一掘りが、この一掘りが。

 

すべて、拓馬様(あなた)に繋がっている――そう思えるのです。

 

 

 

「いやぁぁ、性が出ますねぇ」

 

頭上から能天気な声が下り、幸せな時間は唐突に終わりを迎えました。

 

「…………」

 

ここで仕掛けてきますか。

手を止め、衣服に付着した土を気で払い、いつの間にか塹壕と化した菜園予定地から跳躍して大地へと舞い降ります。

 

「あっ、お邪魔でした? あたしに構わず続けてください」

 

「……いえ、もう十分堪能いたしましたので」

 

屋敷の灯りが届かぬ庭園の中。

暗闇を纏いながらも拓馬様のお傍にいらっしゃる時と変わらぬ友好的な態度で。

 

「こんばんは! 穴掘りに打ってつけの夜みたいですね! 三池さんのお土産効果で、素が出ちゃいました?」

 

音無様は快活におっしゃいました。




一話では由良様の闇を全部さらけ出せないので、早めに次話を投稿します。

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