『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【弄ぶ獣(遺憾の意)】

ワタクシと相対する方々は、領主という肩書に萎縮しがちです。

 

(肩書と言うより肩から立ち昇る瘴気に怖が)ですが、音無様からは。

 

「こんばんは! 穴掘りに打ってつけの夜みたいですね! 三池さんのお土産効果で、素が出ちゃいました?」

 

この通り、怯えは感じられません。ただならぬ御方でございます。

 

「素? あらあら、誤解でございます。拓馬様からの施しが大変心地よく、ワタクシともあろう者が嬉しさに任せて羽目を外してしまいました……お恥ずかしい」

 

(でっかいリアル墓穴(ぼけつ)を隣にして、この言い分である。なかなか出来ることじゃないよ)

 

「嬉しいと天にも昇るって言いますけど、由良様の場合は地に潜るんですね。高貴な人なのにお茶目で親しみが持てます」

 

「……あ、あらあら、有難いことでございます」

 

内容も言い方も、外交の場でしたら0点の返事です。出会った当初から音無様は苦手で、未だに付き合い方が定まりません。

 

「固いですよ、由良様。今のあたしは一介のダンゴなんですから、もっと横柄に出ちゃってください。『誰に口きいてんだ、手打ちにするぞ!』みたいな」

 

「ご無理をおっしゃらないでください。今の音無様は一般人ですが、その血の価値は薄れていません。無用な(いさか)いを生まないためにも、ワタクシと一対一になるのもご自重いただきたい程です」

 

「つれないですねぇ。あたしの心も身体もあの国から断絶して、音無凛子(おとなしりんこ)という『男性身辺護衛官』なのに。あっ、正確には『三池拓馬の男性身辺護衛官』ですね、ここ重要」

 

「公式発表の無い拓馬様の本名を堂々と口にして、よろしいのですか?」

 

「領主の立場を利用して、三池さんの個人情報をガンガン吸い取る人には今更ですよね?」

 

な、なぜバレたのでしょうか?

 

(そら南無瀬領主に圧を掛けまくって『更なる情報を! 靴下を脱ぐ時は右足からか左足からかまで細かく、起床・就寝時間など数値化出来るデータはグラフにまとめて報告するよう御心がけを!』と派手に催促していればバレバレですわ)

 

我ながら軽率な行動でございますが、仕方ありません。拓馬様は知の宝庫、欠片一つの情報であろうとも、ワタクシの知的探求心は刺激され、留まる事を知らないのです。

 

「――見解の相違でございます。拓馬様は国家間の火種(ひだね)ならぬ秘種(ひだね)。どの国家も拓馬様の種に注目しております。大変申し訳ありませんが、拓馬様の情報を収集・更新するのは、国家の安全保障上必要不可欠です」

 

「由良様って幸薄そうな雰囲気を出しておいて、(つら)の皮はしっかり厚いですよね……まっ、頭タクマ同士、気持ちは分かります。あたしも『おはようからお休みまで』を三池さんの半径三メートル内でこなさないと生きていけませんし」

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

反射的に空間をパリンしてしまいました。穴から夜の闇より深い闇や、この世ならざる声が漏れ出します。

 

「うんうん、やっと固さが無くなってきましたね! 由良様は溜める性格ですから、適度に自分を出しましょ。欲を言えば、腹を割る時に空間まで割らないで欲しいですけど」

 

「――お心遣いとご助言、痛み入ります」

 

お母様が顔を青くした攻勢を、事も無げに……

 

「さてさて、アイスブレイクならぬスペースブレイクで(なご)んだ空気になりましたし……よっと」

 

音無様がパンと手を叩き、纏わり付いていた闇や(おん)を霧散させました。やりますね。

 

(申し訳ないが、達人同士の超常コミュニケーションは一般獣のメンタルに悪いのでNG)

 

「あたし、由良様に言いたい事があって参上しました!」

 

音無様がワタクシより大きい――いえ、広義的には同じくらいの胸を張りました。

 

「……拝聴しましょう」

 

「ズバリ! 最近の由良様はゆらゆらし過ぎです! 以前は稀に見る強固な自制心の持ち主だったのに、今じゃ挨拶代わりに時空を歪めてブレブレじゃないですか!」

 

あらあら、何をおっしゃるかと思えば。

拓馬様の心労にならないよう鋼の決意で自制するワタクシのどこがゆらゆらでブレブレなのでしょう?

 

(おっ、そうだな)

 

「ご冗談を。そのような事があろうはず」

 

「あります! ()()()()(たぎ)っているのが丸分かりです!」

 

由乃の血、忌むべき言葉に全身が硬直しました。

 

「三池さんもビビりにビビッてます。さっきだって瞑想や気合入れをしてから由良様のお部屋に向かったくらいです」

 

「誠でございますか!?」

 

由乃の血どころではありません。拓馬様がワタクシを恐れている? う、嘘です! あの御方が安らげるよう本能に(あらが)ってきたワタクシのどこに、落ち度があったと言えましょう!?

 

(でも空間操作してますよね?)

 

ちゃんと歪み控えめにしていました! 使用後に世界への悪影響は観測されていません! 環境の変化もありませんでしたし!

 

(心境の変化はあったんだよなぁ)

 

「酷な忠告だと思います。けど、受け止めてください! 今のままだと由良様は刃になってしまいます。会う度に三池さんを傷付ける刃に」

 

「ワタクシが拓馬様を傷付ける……」

 

そうなれば血どころか、この身を許せそうにありません。自壊も止む無しです。

 

「真偽の判断はお任せします。でも、わざわざ三池さんから離れてまで、中毒症状を悪化させてまで忠告しに来た意味を考えてくれれば嬉しいです」

 

「音無様……」

 

忠告は男性身辺護衛官として、護衛対象を守るために発せられたのでしょうか。それとも――

 

「まっ、お互い厄介な血を継ぐ身の上ですからね、同情します。あたしみたいに『一般家庭出身』に()かず、由乃と同じ領主(ポジション)で強漢魔に堕ちない由良様は本当に凄いです。尊敬モノです。だからこそ応援します、負けないでくださいね!」

 

月を覆っていた雲が流れ、月光が音無様を照らしました――屈託のない笑みを浮かべる音無様を。

 

ようやく分かりました。

ワタクシが音無様を苦手に思っていたのは、彼女と由乃を重ねていたから。

心底嫌いな女に似て、しかし同一でない音無様への対応をワタクシは決めかねていたのですね。

 

「ご忠告、ありがとうございます。二度と拓馬様の重荷にはなりません、と確約できない我が身が恨めしいですが……抗います、抗ってみせます」

 

「また固くなってますよ、由良様。血の衝動が辛くて辛くてどぉぉしようもない時は、あたしに任せてください!」

 

「音無様に?」

 

考えてみますと、音無様は拓馬様のお傍という垂涎の位置に一年以上居ながら血に呑まれていません。獣を沈黙させる手立てをお持ちなのでしょうか?

ですが、音無様の「任せてください」は拓馬様のソレと同様に信頼性に難がありますような……

 

「我慢するから辛くなるんです! 発散できるよう定期的に三池さんのマル秘情報を提供しちゃいますよ! もちろん南無瀬組からの報告より濃いヤツを」

 

「ワタクシの目は節穴でございました。音無様がこれほど慈愛に満ちた方とは露ほども思わず、申し訳ありません」

 

有望な支援者様です。手の平を返し、頭を下げましょう。

 

「あっ、これって実際どう思っていたか聞いちゃいけないヤツだ」

 

「ところで拓馬様のマル秘情報とは? 具体的にはどのような?」

 

「そりゃもろちん朗読です!」

 

「はっ?」

 

「あたし作・三池さん日記の朗読会です。あたしと三池さんの濃厚な日々を由良様にお裾分けぇぇぇえええ!!」

 

残念、外してしまいました。

闇や怨の効きが弱いですから、適当な石を握り砕いて散弾にしたのですが。

 

「ちょ!? 本気で投げましたよね、今! コンクリに穴があく威力だコレっ!」

 

「…………」

 

「無言で次弾を準備しないでくだ――っあだだっ!? あだづぅ!? 痛ぁぃいです由良様ぁ!? 目に入ったら一大事ですって!?」

 

音無様はキャンキャン鳴きながら庭を逃げ回ります。

 

うふふふ……あなた様の真意、ワタクシは正しく汲み取っておりますよ。

あえて此方を挑発する事で憎悪の矛先をご自身に向ける自己犠牲の精神、命懸けでストレス解消役を買って出てくださった献身には涙を禁じ得ません。

音無様への感謝を拳に込め、投石いたしましょう。

 

 

月夜の狩りに興じること数分。

異変は音無様のイヤホンから流れ出しました。

 

 

『こちら椿、三池氏の位置情報に異常あり。由良氏を連れて即刻帰還せよ』

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

『三池氏が不動すぎる。回遊魚並に落ち着きのない三池氏にあるまじき停止』

 

「発信機が外されている? この短時間で、全部を?」

 

『由良氏の部屋は私が見張っている。窓側も南無瀬組が監視済み。ドアと窓を介して三池氏が外に出た形跡はない』

 

「携帯電話は!?」

 

『不通。電源を切られたか、電波が届かないか。無論、室内への呼びかけには無反応』

 

「由良様! 私室へ入る許可をっ……由良様!?」

 

 

それからの事はよく覚えていません。

微かに思い出せるのは、三つ。

 

 

風を置き去りにして疾走した感覚。

 

隠し部屋を開けた際に鼻孔をくすぐった絶望的に香ばしい匂い。

 

「この先は危険ではありません。ハードディスクの中身のような、通販サイトのトップページのような部屋です。後生ですからお待ちを」と口にするワタクシへ向けられた音無様と椿様の憐みの視線。

 

 

 

 

 

 

「……ずっと隠していましたのに……ずっと封じていましたのに……どうして開けてしまったのですか? ワタクシはもう……」

 

見られてしまいました。

ワタクシの恥ずかしい部分を、隠し通したかった御方に、どうしようもないほど判然と。

 

「…………ゆ、ゆらさま」

 

壊れかけのネジ巻き人形のように、ぎこちなく、振り返る拓馬様。

御顔は蒼白となり、唇は震えていらっしゃいます。

いけません、拓馬様。ワタクシを見る目がいけません、間違っています、殺し屋を見る目でワタクシを捉えないで……

 

(精を奪い、性を酷使し、生を蝕む部屋を目撃したのだ。殺し屋、当たらずとも遠からず)

 

「か、か、勝手に入って、申し訳ございません……個人の、思想と性癖は……じ、自由であるべきですし……俺は良いと思います、ご勘弁ください」

 

年季が入った拓馬様の土下座、それに何の意味がありましょう?

 

(飲もう、今夜は飲もうな。酒に溺れてもええやん。考えるのを止めて、飲んで寝よ)

 

獣風情でもたまには良いことを言いますね。はい、寝ましょう……拓馬様と。

 

(――ん?)

 

拓馬様とヤリましょう。

 

(――ファッ!?)

 

表では清楚な顔をして、裏ではありとあらゆる方法で凌辱の限りを尽くしていた女。

タクマ様はどのようなご感想を抱くでしょう?

おしまいです。破滅です。再起不能です。

ならば、最期に一華咲かせるのも一興。あら、この場合は一華散らす方が適切でしょうか。

 

(自棄になったらあかん! 背後には南無瀬組の目がある! 無謀な襲撃は狩りと呼べん!)

 

うふふふ、ワタクシは由乃の血に勝てなかったのですね。

無様と滑稽が極まっております。

散々理性的に振舞っておきながら、結局は獣の言いように(もてあそ)ばれるなんて……

 

(お願いだから弄ばせて! 責任だけこっちに被せないで!)

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