『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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感想の返信が滞っておりすみません。5章が完結次第、返信させていただきます。


告白

「たまたま見つけたんはしゃーない。けど、なんで入ったん? 領主の隠し部屋やで。国家機密かもしれへんし、ビビるもんとちゃう?」

 

「こればっかりは好奇心の成せる技としか言いようがなく……」

 

「三池氏、私に嘘は通用しない。眼球のキョロキョロ具合と発言のヒョロヒョロ具合が良い証拠。他に目的があったのでは?」

 

「うぐっ」

 

由良様を捜索する途上、俺は真矢さんや椿さんから尋問を受けていた。

 

「っ……実はですね。前々から由良様を見定めたかったんです。出会った頃は清楚風な装いの由良様でしたが、最近は……こう……自然体になってきました。今後の付き合い方を決めるためにも内面を知りたいと思いまして」

 

「あ~、ん~、せやなぁ~」

 

真矢さんが複雑な顔で複雑な声を出す。南無瀬組の面々は俺を救出するために由良様のプレイルーム(意味浅)へ踏み込んだと聞く。ならば、あの惨状について口には出さないが思うところはあるだろう――って、そうだよ。由良様は自分の秘密道具(淫)を多数の組員さんにも目撃されたんだ。身内の使用人たちじゃなく、微妙な距離感の南無瀬組員に……そら行方をくらましたくもなるか。

 

「由良氏の内面を探る。本音を語っているが……むぅ」

 

椿さんが首を傾げた。嘘はついていないものの、俺が真実を伝えきっていないと感覚的に掴んだのだろうか。元・天才役者の観察眼は恐ろしい。

由良様の部屋に入ったのは、最近剥がれまくっている清楚な仮面の裏を見るため――それは正しいが、全てじゃない。

 

真の目的は、不知火(しらぬい)の像に近付くためだ。アレが俺を不知火群島国に連れ込んだとしたら、もう一度触れれば日本へ帰れるかもしれない。

肉食に曇った世界に、初めて灯った希望の光。俺が散々学んだ『自重』を捨てて、像の持ち主である由良様の真意を探ったのも無理からぬことだろう(自己弁護)。

 

「それにしても由良様の部屋、すっごいコレクションの山でしたね。金と権力に糸目を掛けない収集っぷりは、いっそ清々しいくらいでした。何個かレンタルしよっかな、返却期限は永久で」

 

「雑食を通り越して一部のコレクションに悪食(あくじき)の気はあるが、基本的人権の中で『性癖権の自由』は保証されている。多くは言うまい」

 

「コレクションと言えば、壁に貼っとった絵はなんやったんやろ? 人型の顔に『たくまさま』と書かれてたやつ。古い絵からして由良様のオリジナルキャラやろか? 拓馬はんと同名でけったいな偶然や」

 

「偶然と言えば、マサオ教の総本山に隠されていたマサオ像が三池氏と瓜二つだったことも偶然……おかしい」

 

おっと、真矢さんや椿さんから疑惑の目が向けられる。だが慌てるものか。こういう時は道化を演じろってそれ一番言われてるから。

 

「ほんと偶然が重なってビックリですよね~。もしかしてマサオ様の真名は『たくま』で、俺はその生まれ変わりだったりして? あははははは(棒)」

 

俺は渾身の棒セリフを放った。

 

「「「……………」」」

 

が、ダメッ! 重苦しい空気は換気できない。

 

「あの、ツッコミ待ちなんですが、神妙な顔で頷かないでくれます?」

 

「生まれ変わり……あたし的にはアリです。たぶん、南無瀬組の誰もが一度は想像したはず」

 

「いや無いですよ、無い無い! もっと現実的に考えましょう。ねえ、みなさん?」

 

音無さんの妄想を切って捨てるべく、周囲の同意を得ようとするも。

 

「せやけどタクマニウムで中毒症状をばら撒き」

 

「作る料理は天国への片道切符」

 

「歌をうたえば人心掌握はお手の物!」

 

「今更現実的にって言われてもなぁ、困るで」

 

「ファンタジック三池氏が現実を言及。ここ笑うところ」

 

「歩く超常現象の三池さんに今更『生まれ変わり』が追加されてもアリですって! 自信を持ってください!」

 

隙を生じぬ波状口撃とは恐れ入った。反論しようにも我が身の不思議を思えば、どんな言葉も軽くなる。なにがタクマニウムだ、馬鹿馬鹿しい……ううぅ。

 

「お、俺の前世にあってマサオ様と関係があったとして……でも今は、そんな事はどうでもいい。 重要なことじゃない。それより速やかに由良様を見つけないと!」

 

追い詰められた時は開き直れってそれ一番言われてるから。時間を強調、由良様は凶兆、みんな協調で探そうYO!

 

 

「あかん、拓馬はんが独特なビートを刻み出しとる。自分の犯され絵図を直視したさかい不安定なんやね。この話題はやめよか」

 

「由良氏を発見しないと、三池氏が不法侵入罪で訴えられる恐れあり。捜索が重要なのは事実」

 

「よーし、逝きヌキ下手な由良様をちゃっちゃと見つけましょ!」

 

そういうわけで。周囲からの温情の下、由良様捜索は進んでいく――――

 

 

 

 

 

夜も更けてきた。由良様は見つかっていない。

 

外から中御門邸風物詩の爆砕音が聞こえない事から、由良様は屋外に居ないと言うのが周囲の見立てだ。

とすれば、屋内。この中御門本邸か、広大な敷地内に点在する各国の迎賓館や催し物を開くホールなどに隠れたと思われる。

 

南無瀬組は各地へ散り、由良様を見つけ次第、俺へ一報を入れる手筈となった。

『単独での接触は厳禁、必ず援軍を待て』と組員さんらは厳命されている。今の由良様は手負いの獣も同然、当然の指示だ。

 

俺、真矢さん、ダンゴの二人は本邸を歩き回っているが、誰かが息を潜めている雰囲気はない――まあ、由良様が本気で気配を殺した場合、人間に感知できるのか疑問だけど。

本邸には由良様の私室以外にも執務室、来客室、会議室、台所、食堂、シャワールームなど30近くの部屋が存在する。それら一つ一つを、使用人代表から預かったマスターキーで解錠して慎重に中を(あらた)めては次へ、を繰り返すこと約一時間。

 

 

「この部屋は何でしょうか?」

 

ドア横にルームプレートが貼られていない。空き部屋か?

 

「チェックする」

「三池さんは下がってください」

 

鍵を開けて、まずはダンゴたちが入室。壁の電灯スイッチをONにして、室内に危険がないか確認する。

 

「…………ハズレみたいだね」

「またしても徒労。由良氏はいずこへ」

 

おやっ?

まだ室内をくまなく探していないのに、ダンゴたちはクリアの判断を下した。どうして……っアレは!?

 

ダンゴたちの後ろから部屋を覗き込み、俺は驚愕した。

 

見間違えるはずがない。夢に見るほど追い求め、焦がれていた希望なのだから。

 

 

――――不知火の像が在った。

 

 

ガラスケースに覆われ、台座の上で腕と足をくねらせるブロンズの人型。

 

あの日、俺とヒロシの前に現れた像、そのものに見えた。

 

ここで会ったが百年目! 

 

ヒロシと俺の運命を大きく狂わせた因縁の相手。

お前のせいだ! お前のせいで俺は肉食世界へ有無を言わさず移送され、命と貞操を晒す羽目になった。ヒロシに至っては再び日本の地を踏むことなく一生を終えた。許せねぇ!

 

けれど、同時にお前だけが日本帰還への手がかり! その存在には心を奪われる! 絶対にモノにする!

 

愛憎が頭を駆け巡り、俺を突き動かした。

 

 

「三池さん!」「三池氏!」

 

敷居をまたいで部屋の中へ。ダンゴたちに名前を呼ばれるが、気にせず不知火の像の方へ――

 

 

 

 

 

――この先に行くなんて、とんでもない。

 

 

 

「ぅっ!?」

 

その時、不思議なことが起こった。

 

激情に動かされていた両足が固まり、床から引き剥がせなくなったのである。

さらに熱にやられていた脳が急速に冷え、まともに動き出す。

 

 

状況を確認しよう。

 

部屋の奥に不知火の像を収めたケースがある。それだけじゃない。両隣にも、壁際にもケースに覆われた種々の品がある。

保存されているのは犬の石像や、木製の皿と果物を描いた静物画、他にも小物類が多数。

今は(正気が)無きクルッポー親子が住む北大路邸宅、そのショールームに飾られていたマサオ様の作品に似ている。

 

 

『先祖の日記のように数の多い物の一部は、この中御門本邸で管理していますが。それ以外は特に貴重な品が残っているだけでして』

 

今夜、由良様がおっしゃった言葉を思い出す。

中御門家の宝物庫は改装中、マサオ様ゆかりの品々の多くは博物館で保管されているらしい。

だが、『特に貴重な品』は中御門本邸に移されていた。つまりこの部屋は一時的に貴重品を保管する場所。表にルームプレートが無かったのも防犯上の理由だろう、宝の在処をわざわざ表記するのは防犯意識が無さ過ぎる。

 

 

「三池さん? もしかして()()()()んですか?」

 

後ろから音無さんの声がする。

気付いた……ああ、気付けた。また馬鹿なことをする前に、俺は止まれたのだ。

 

 

 

ジョニー、ありがとう。

 

冷静さを失った脳に代わって、下半身を統制するジョニーが非常停止ボタンを押してくれたのだ。

一時の感情に流されて由良様を傷付けたばかりなのに、またやらかす所だった。

 

不意に懐かしき言葉が脳内を流れる。

 

『人前に立つと、みんなが俺を見るんです。そして俺のやることに声援や拍手を送ってくれるんです。あの快感は(たま)りません。病みつきになります。人から注目されるあの興奮をこれからも得られるなら……俺は、ここでアイドル活動をやります。国のためとかご大層なものを背負うのは勘弁してください。ただ、アイドルとなるからには、ファンのみんなに喜ばれるよう全力を尽くします』

 

 

黒一点アイドルになると決めた時の誓い。今となっては青臭くて目も当てられない誓い。

肉食世界の恐ろしさを知らない愚か者の発言だ。鼻で笑える。

 

でも、俺の原点はコレなんだ。チヤホヤされたいから、ファンのみんなを全力で喜ばせる。はじめは無邪気で無垢な願いだったんだ。

 

それがいつの間にか、不知火の像に近付くためのアイドル活動になり――最終的には不知火の像に近付けるのなら手段は問わない――までになった。

なんて自分勝手。

本来、不知火の像に触れるには不知火の像 (レプリカ)の授与式に出なければならない。出席する権利は一年で最も活躍したアイドルのみに与えられる。

 

俺は決められたプロセスを無視し、不正を働こうとした。

結果、このザマだ。由良様を傷付け、南無瀬組の人たちに多大な迷惑をかけている。

 

この期に及んで、手段を選ばず不知火の像を優先するのか。

ダメだろ、アイドル以前に人としてダメだろ。

 

 

ジョニーが足を止めてくれたのは、きっと『像が欲しけりゃナンバー1アイドルになって正攻法で手にしろ。邪道は許さん』と咎めるためだったのだろう。

 

 

 

「少しだけ部屋の外で待っていてくれませんか」

 

振り向いて、音無さん、椿さん、真矢さんに告げる。

 

「どないしたん? そない深刻そうな拓馬はんを独りには出来へん」

 

「そこを何とか。ケジメを付けさせてください」

 

「ケジメ?」

 

「まあまあ真矢さん、ここは任せましょ。いざとなったら、あたしたちが踏み込みますから」

 

「護衛対象の身体と思いを守る。『両方』やらなくてはならないのが『ダンゴ』のつらいところ」

 

ダンゴたちの勘の良さに舌を巻く。不知火の像に俺が並々ならぬ想いを抱いていると察したようだ。思いがけない出会いに思い残しが無いよう時間を割いてくれた、有難い。

 

 

三人が退室し、扉が閉められる。

 

部屋の中には俺だけだ。相変わらず足は前進を拒んでいる。

まあ、いいさ。

手足が届かないのなら声を投げかけよう。あの珍妙でふてぶてしい外面の、恨み辛みに事欠かない愛すべき像へ。

 

こいつは邪道から正道へ戻るためのケジメ。そして決意表明だ。

 

 

 

 

 

「よう、やっと会えたな――ずっと逢いたかった。お前が欲しくて欲しくて、眠れなかった夜もあるくらいだ」

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

拓馬様を襲い、逆に朗読によって撃墜されたワタクシ。

共に地位も名誉も堕ちました……いえ、それらは小事、拓馬様に嫌われた事実だけでワタクシは生きる気力を失いました。

 

死に場所を求めるように辿り着いたのは、祖先の遺品が置かれた保管室。

 

ここには国宝がありました。

『大いなる幸福をもたらす』という不知火の像。

 

あらあら、どなたが騙ったかは存じませんが、大いなる幸福とは大きく出たものです。

 

無様の限りを尽くしたワタクシに恥の概念はありません。

指先でケースのガラスを丸く切り取り穴を空けますと、腕を挿入しました。

 

はぁ……拓馬様のお尻のガードもこれくらい簡単に破れましたら、後顧の憂いなく現世を去れましたのに。

 

不知火の像を鷲掴みにします。荒ぶる心に任せて、像を握り潰したい衝動を我慢しまして。

 

「一生のお願いでございます。大いなる幸福は望みません。ただ、ワタクシに汚名返上の機会を……拓馬様と憂いなく向き合える日々をもう一度……」

 

涙をこらえながら、惨めで憐れで浅ましくも願を掛けます。

叶うなどと夢にも思いません。けれど、ワタクシは何かに縋らねば、次の瞬間に壊れる確信がありました――違いますね、もう壊れています。

 

「ワタクシに汚名返上の機会を……拓馬様と憂いなく向き合える日々をもう一度……ワタクシに汚名返上の機会を……拓馬様と憂いなく向き合える日々をもう一度……ワタクシに汚名返上の機会を……拓馬様と憂いなく向き合える日々をもう一度……」

 

壊れた無線機のように垂れ流すだけなのですから、聞くに堪えない妄想を。

 

 

 

 

――妄想、そのはずでした。

 

 

 

「よう、やっと会えたな――ずっと逢いたかった。お前が欲しくて欲しくて、眠れなかった夜もあるくらいだ」

 

 

うふふふ、うふふぅぅ? うふ……うふふぁああふぉぁああああ!?

 

これはどういう事で、ございますかぁぁぁぁああああぁぁ!?




「必要な分は見せたということだ これ以上は見せぬ」の精神で、もう5章は最終回でいいんじゃないかなぁ。この先はナニはあれども捻りはありませんし。


――すみません、嘘です。
ケジメの行く末を描くべく。次回、5章エピローグをお届けします。

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