『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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げぇむは門外女

――『タクマといっしょう』発売日延期のお知らせ――

 

〇年×月△日に発売を予定しておりましたVRゲーム『タクマといっしょう』に致命的な致死性が認められました。

誠に申し訳ありませんが、クオリティダウンのため発売を延期させて頂きます。

 

具体的な発売日につきましては決定次第ご案内致します。

多大なご迷惑をお掛けいたしますことを心よりお詫び申し上げますと共に、

お客様並びに関係者の皆様には、怒りに任せて弊社を襲撃しないことを切にお願い申し上げます。

 

 

 

 

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今日の仕事は『深愛なるあなたへ』だ。

四年に一度開催される芸能・芸術分野のオリンピック『世界文化大祭』が近付く今、撮影にも力が入る。

 

主な舞台となる『早乙女家』は作品のためだけに屋敷丸ごと建造された。豪勢な話である。

どうも先代天道家である天道美里さんからの融資によって予算が潤沢になったらしい。

パイロットフィルム対決では現天道家の敵となって立ちはだかった彼女が、今や娘たちの強力なサポーターとは……いやはや、家族愛をひしひし感じて胸が温かくなる。なお、予算が増えたことで作中で行われる『早乙女たんま』の凶行もグレードアップ。特に美里さん(Mスコン)演じる母親役に対して苛烈な拷問をするよう脚本が変わっていた。現在、脚本の再修正を求めている最中である。

 

 

閑話休題。

 

 

「おはようございまーす!」

 

良き仕事は良き挨拶から始まる。

俺が元気よく早乙女家セットに足を踏み入れると。

 

「なんでよ!?」

「どぉして!?」

 

挨拶を返す暇も惜しいようで、共演相手である天道家の紅華(ファザコン)咲奈さん(ブラコン)が肩を高く立て迫ってきた。

二人が突き出すスマホ画面には、『タクマといっしょう』発売延期の告知が映っている。

しまった、今日が発売延期の発表日だったか。

 

「クオリティダウンで発売延期って何なのタッくん!?」

「知ってることがあるなら言いなさいよ、こんな謝罪文で許されるわけないでしょ!」」

 

「お、俺も詳しいことは知りませんが、そのままプレイすると危険なので3Dタクマの解像度を下げたり、原音である俺の声からわざと音を外したり……そんなやり方をするらしいですよ」

 

怒髪天姉妹を噴火させないよう、やんわりと伝えてみた。無駄な足掻きだった。

 

「ふっ……ふっざけんなぁぁ!! こちとらとっくにプレイ用、保管用、観賞用、将来のパパとの共同作業用を予約していたのに! どう落とし前つけようか!」

「発売日から3日は仕事を入れないようスケジュール調整バッチリだったんだよ……ふぅ、お姉ちゃんを怒らせちゃったなぁこの会社……」

 

素直に怖い。ファザブラコンの発言には報復の意思が見え見えだ。これには周囲も困惑――はせず、他のスタッフも同様に怒気を放っていらっしゃる。

 

『タクマといっしょう』は初報時から不知火群島国中が注目していた。

 

SNSではゲーム内容についての妄想が日々赤裸々に交換され、定期的にアップされるPVの再生回数は国の総人口を優に超えていた。

それだけに発売延期の発表は衝撃と憤怒をもって受け止められたのだろう。

 

もちろんニュースでは『タクマといっしょう』発売延期がトップで報道され、コメンテイターの女性が「致命的な致死性が何だと言うのです! 死が怖くてタクマさんのファンをやっていられますか? 薄っぺらい命第一主義は捨て、スピリチュアルでエスプリな新ステージへ我々は進むべきなのです」と恐ろしい持論を全国放送で垂れ流していた。

 

「どうどうどう、不本意なのは拓馬氏も一緒。今日の鬱憤は明日の快楽、溜めるだけ溜めて発散すべし」

 

俺のダンゴであり、ファザブラコンの義姉である椿さんが場の収拾にかかる。

 

「けど歌流羅(かるら)姉さん! こんな理不尽許せる!? 祈里姉さんは延期のショックで『パンツしゃぶって寝ます』って部屋に閉じこもっちゃったし」

「……メイドは延期による精神的ダメージを私たちの狂騒で緩和した、とかムカつくこと吐いていたっけ。お仕置きしなきゃ」

 

「天道家の落胆は痛いほど分かる」

 

「簡単に言う! そりゃ姉さんはタクマの傍にいつも居るからね、ゲームでなくて本物と戯れられるけどあたしたちは」「私も分かる」

 

悪態を断ち切り、椿さんは義妹たちの肩に手を置き引き寄せた。

 

「なによ離して……っ」

「お姉さま、これって……」

 

紅華と咲奈さんは気付いた、椿さんの手に包帯が巻かれていることに。包帯越しでも分かるほどその手が腫れていることに。

 

「偉そうなことを言ったところで私も未熟。拓馬氏のダンゴである自分が、もっとも関連性の強い自分が、ダンゴシナリオをプレイできない。その不条理で我を失い、鉄壁ドンしてしまった」

 

鉄壁ドンとは南無瀬組で考案されたストレス解消法である。

女傑揃いの南無瀬組員が壁ドンしたら南無瀬邸が穴だらけになり崩壊してしまう。かと言って、どこぞの領主のように星ドンしていたら周囲がクレーターになって環境に悪い。

 

そこで考案されたのが巨大な石の上から、鉄を何十センチも厚く張った壁。組員さんたちの正拳突きであろうと貫通を許さない、文字通りの鉄壁だ。なお亀裂はバンバン走っており、そのうち鉄が剥がれそう。

 

怪我をしているのは椿さんだけじゃない。

音無さんや真矢さんも含め南無瀬組の未婚者は漏れなく自傷を負い、組の仕事に支障が出てしまっている。その影響で組長の妙子さんの胃もストレスで傷を負った。悲しみの連鎖が止まらない。

 

「紅華、咲奈……不満を吐くなとは言わない。ただ建設的な行動を取ってほしい。クオリティダウンに憤るくらいなら、どうすればクオリティをそのままに致命傷を受けずプレイできるか、建設的な方法を考えるべき」

 

「そんな方法があんの?」

「全然わからないよ」

義姉の痛ましい姿を目の当たりにして、二人は理性を取り戻した。

 

「もしかして、人類全体を壮年趣味にして3Dタクマの瑞々しさに耐えるとか?」

「逆だよ、3Dタッくんの縮尺をイジり幼児化して心を姉欲で覆うんだよ」

 

ただし出てくるアイディアが理性的とは限らない。

 

「偉そうに建設的と言ったが正解は見つけていない。南無瀬組内で挙がっている対策はどれも検討の域。しかし、必ず作る。心行くまでプレイでき、心逝かないゲームを」

 

「静流ちゃんだけにいい思いはさせないよ、あたしもゲーム製作を全力全開でフォローするから」

 

「タクマファンの心が駄目になるか、ならないかなんや。やってみる価値はあるで」

 

音無さんと真矢さんも天道姉妹に温かい言葉を投げかける。

 

「歌流羅姉さん……」

「南無瀬組の皆さん……」

 

「私が信じられなくても、拓馬氏を信じてほしい。彼がファンの気持ちを(ないがし)ろにするはずがない」

 

「せや、なんやかんやあっても最後には結果を出す人やさかい」

 

「ファンを幸せに召すことに関しては、拓馬さんの右に出る者はいませんもんね!」

 

……なにこの流れ?

 

俺はクオリティダウンして発売すればいいじゃん、な立場なんだけど。もっと言えば、永久発禁指定にしたいこと山の如しなんだけど。

だってSAO(セルフ・アンチ・お目覚め)やっちゃうんだぞ。ゲームの世界に万単位じゃ済まない人々が拘束され、千単位じゃ済まない人々が帰らぬ事になる。いやぁキツイっす、ってレベルじゃないっす。

 

だが、この撮影現場では――いや、不知火群島国中が「発売禁止」を黙殺する雰囲気に満ちている。

『タクマといっしょう』は人類にとって必要不可欠であり、お蔵入りしようものなら蔵をぶっ壊す意思が誰の瞳にも灯っていた。

 

南無瀬組も例外ではない。南無瀬組って世界に悪影響を及ぼすタクマグッズに否定的なはずじゃ――と、今更思い返しても栓のない話で。

ストッパーの南無瀬組にブースターを積載するほど『タクマといっしょう』はイカれた性能をしている。発売されれば最期、ロケットで突き抜けていくだろう。

 

「『タクマといっしょう』が無事発売されるよう……微力を尽くします」

 

この流れは止められない。

ならば、せめて突き抜ける方向が天上でないよう、プレイヤーの魂が地上に還って来れるよう、修正してみよう。

失敗したら……頭を掻いて、誤魔化すさ。

 

 

 

 

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撮影前の動揺を振り払った紅華と咲奈さんは見事役柄に従事し、俺のヤンデレ演技を前にして見事役柄に殉じた。

小気味いいくらいの『上げて堕とす』に充実感を覚えてしまう俺を許してくれ、二人とも。

 

そんな仕事を終えて、今日の滞在場所へと向かう。

 

中御門の羽休め先と言えば、由良様の中御門邸(テリトリー)である。

出来れば行きたくない。ほら、由良様って俺と婚約したと誤解していらっしゃるし。毎日届く『朝かん(朝の怪文書)』と『夕かん(夕方の怪文書)』で心労的な意味で胸いっぱいだし。

 

由良様と言えば、『タクマといっしょう』の発売延期に冷静な態度を取っていた。

 

『延期は致し方ないでしょう。ファンの方々に被害が出て、拓馬様がお心を痛めては元も子もございません。ワタクシ、恥ずかしながら『げぇむ』は門外女ですし、お作りになる方々のご心労を察するのもままならぬ女です。身の程を弁えて、静かに発売をお待ちします。うふふふ、待つことは得意ですし』

 

(旧)由良様らしい奥ゆかしさ溢れる文章である。大島さんとの打ち合わせで「発売延期」が決定した一時間後の夕かんでなければ、さぞ心穏やかに読めただろう。

婚約者と自分は一心同体、動向は逐一把握するのが当然。怪文書が言外に伝えて来る独占欲に、俺の独身欲が悲鳴を上げた。

 

どんな顔で会って、どんな言葉を交わそうか。

中御門家の母屋に続く美しい芝生(一部クレーター)を車窓から眺め、あれこれ考えていると――おや?

 

見えてきた母屋の駐車場に由良様の姿はなかった。

今日の朝かんでは、政務の空き時間なので入り待ち、もとい歓迎すると書いてあったのに。それに変だ、中御門邸にそぐわない人が居る。

 

 

「お帰りなさいませ、南無瀬組の皆様」

 

いらっしゃいませ、ではなくお帰りなさいませと重い挨拶をするのは老齢の使用人さん。俺たちがよく世話になる人で、中御門邸の執事長のポジションに就くベテランである。古くは由良様の教育係も務めたとか。

尊敬すべき経歴の持ち主であるが、愉悦を(たしな)む一面もあり危険な御方だ。どこぞのメイドといい、肉食世界の使用人はなぜ性格が歪んでいるのか、これが分からない。

 

「今回もお世話になります」

 

「いえいえ、皆様なら大歓迎でございます」

 

真矢さんが代表して頭を下げ、使用人さんが応える。

南無瀬組の誰もが「由良様の不在」を不審に思っているだろうが口にはしない。鬼の居ぬ間に何とやら、自分から鬼を召喚するマネはしないのである。

 

代わりに()()の存在について尋ねてみる。

 

「あの、どうしてここに大島さんが?」

 

『タクマといっしょう』の開発責任者の大島さん。発売延期の物理的な苦情に対して防衛戦を行うわけでもなく、なぜ中御門邸に?

 

「私は反対したのです……まだ未婚者のテストは危険だと……反対したのです……」

 

大島さんは俺たちの方を見る事も無く、肩を落としブツブツ呟く。顔色は真っ青で目に光がない、現実から脱却したいのか身体を縮こませている。

俺や妙子さんもやりがちな絶望状態じゃないか。何があったか知らないが、絶望は波及するもの。俺は逃げるぜ!

 

「ところでタクマさん、お休みいただく前にお力を少々お借りしたいのですが」

 

が、ダメ! 使用人さんからは逃げられない!

 

「ちから、ですか? 申し訳ありませんが、(肉食世界基準で)か弱い俺に出来ることなんて」

 

「お願いでございます。由良様の一大事なのです」

 

「うっ、ゆ、由良様の……」

 

姿を見せない由良様。絶望顔の大島さん。ヒントは少ないが十分だった。

 

「おかしいですよ……げぇむは詳しくない、門外女って言っていたのに……」

 

「お願いでございます。『タクマといっしょう』が発売された暁にはゲーム中のタクマさんを丸裸にしようと政務の隙間時間にMOD(改造データ)開発の勉強をなされ、ゲーム知識はちょっとしたものの由良様をお救いください」

 

とんだ門外女が居たものである。由良様らしい慎み深さだなって……はぁ。


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