『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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危険物取扱いはアイドルの必須技能

永遠の眠りについたお姫様を如何に目覚めさせるか。

 

おとぎ話なら王子様のキスで万事解決だが、現実はお子様向けに作られていない。

眠りについたお姫様には自動防衛機能と、(俺専用)自動強漢機能が搭載されており、大人向けの物語に出てくるモンスターみたいな事になっている。

ほら、美しい女性を模した疑似餌に近付いて来た人間を捕らえる植物モンスター。たしか、アルラウネという名前だったか。今の由良様は、その人間版だ。お目覚めのキスは文字通りの序の口となり、さらに凄い口(意味深)へと強精的に導かれてしまうだろう。

 

王子様が眠り姫から逃れるには、情に流されないクールな思考と、人の道からそこそこ外れる覚悟が()る。

 

 

南無瀬組からの助力は望み薄だろう。組員さんらは『タクマといっしょう』の画面に目が行きがちで(うわ)の空状態だし、それに。

 

「う~ん、由良様を現実世界に戻す方法か……真矢さんは何かアイディアを持ってませんか?」

 

「堪忍な。こない事は専門外やし……あっ、実際プレイしたら分かるかもしれへん! せやせや! なんせうちは拓馬はんの本物のプロデューサーやし!」

 

南無瀬組のストッパーである真矢さんでさえコレだ。

南無瀬組は一般人より早くから『タクマといっしょう』の存在を知り、一般人以上に首を長くして発売を待っていたのだ。我慢に我慢を重ね、減量するボクサーのようにストイックに耐えてきたのだ。

 

しかし、待ちに待った『タクマといっしょう』は発売延期になってしまった……我慢も限界である。

今現在、『タクマといっしょう』の実機を前にした彼女らが真面(まとも)を保てるはずがない。

 

「大島はん、予備の『タクマといっしょう』を持ってへん? ない……ほんまに? とりあえず自分、その場でピョンピョン跳んでもらおか。隠してないなら出来るやろ、ピョンピョン! はよピョンピョン! 他のプロデューサーに拓馬はんを攻略される……こない地獄を見せつけられるうちの心をピョンピョンさせてんか!」

 

と、カツアゲムーブの真矢さんを(いさ)めながら思考を走らせる。

 

 

幸い俺には『タクマといっしょう』をクリアしたアドバンテージがある。

きっとプレイ経験の中にヒントがあるはずだ。

 

 

『タクマといっしょう』を起動すると、すぐに3Dタクマが映って喋り始める。無駄に長いオープニングなどはない、顧客の欲するモノを即提供するスタイルだ。

 

『はじめまして、今日からお世話になります。アイドルのタクマです……って、まだ駆け出しですけどね。でも、やる気は有り余っています! これから一緒に頑張っていきましょう! って、俺ばかり喋ってすみません。あなたについて教えてくれませんか?』

 

プレイヤーは『プロデューサー』か『ダンゴ』を選ぶことになる。

それだけだ。プレイヤーの名前は尋ねられない。3Dタクマが役職で人を判別する性格だから……というわけではない。

当初は音声合成して、入力されたプレイヤー名を3Dタクマに呼ばせるシステムが検討されたが。

 

「妄想とは常に技術の先を行くのです、悔しいですが」

 

開発責任者の大島さんは断腸の思いで名前呼びシステムを付けなかった。

もし、システムを搭載したらプレイヤー名が悪目立ちしてしまうのだ。

たとえばプレイヤー名を『ゆら』としてみよう。

 

『今日のスケジュールを確認しましょう、ゆら・さん』

プレイヤー名とそうでないセリフの間に若干の『空白』が発生する。それはまだいい。

 

『こんくらいのトラブルが何だってんだ! やってみせましょう! ゆら・さん』

問題は場面が盛り上がれば盛り上がるほど顕著になる。他のセリフがテンション高めで叫ばれる中、プレイヤー名だけが平坦に出てくる。興醒めにも程がある。

プレイヤーの呼び方をワンパターンにせず、トーンを自動調律して音声合成し、適材適所で使用する。そんな高性能システムがあったとしても違和感は拭えないだろう。

 

人の名前を呼ぶ。単純な行為だが、呼び方は時と場合と関係性で千差万別だ。さらに名前の文字数も影響するので簡単にテンプレ化できるもんじゃない。

 

リソースは有限、発売延期は会社生命(物理)を(かんが)みるに危険。そんな状況で名前呼びシステムに力を入れる余裕はなかった。そういうわけだ。

 

 

しかし、今にして思えば搭載してほしかったな、名前呼びシステム。

だってそうだろ、プレイヤーが『タクマといっしょう』の世界を本物と思い込んで入り浸る。その過程で名前呼びシステムは邪魔だ。ウリである()()()を削いでしまうからな……………んっ?

 

「そうか、没入感だ。大島さん!」

 

「……は、はい? なんでしょうか?」

 

真矢さんにピョンピョンを強要され過ぎて、床にへたり込んでいる大島さんへ訊く。

 

「このゲーム、エンディングでスタッフロールが流れますよね? 何分間くらいありますか?」

 

「約一分間です」

 

「一分? 短くないですか?」

 

「未婚の女性スタッフは参加していませんし、スペシャルサンクスの既婚男性も名前出し禁止が多くて。ああ、でもスタッフロールは初見からスキップ出来ますので、すぐタイトル画面に戻れますよ」

 

「いいっ!? 仮にも社運を賭けたゲームでしょ! もっとこう、自己顕示欲を出しても」

 

「自己顕示欲? くだらない。そんなゴミより周回プレイが重要でしょう。最初はスタッフロールを普通に流したんですがね、一分間もタクマさんの顔を見れなくてイライラしました。スタッフロールの締めに表示される自分の名前が心底嫌いになって改名まで考えたほどです」

 

「もっとクリエイターの魂とか矜持を大切にしましょうよ……ええと、じゃあプレイヤーがエンディングから次のプレイを始めるまでの時間は?」

 

「まあ五秒ですかね。うちの会社は独自の高速データ読み込み技術を使っていますから」

 

素敵だ、ユーザーフレンドリーの素晴らしい技術だ、しかし害悪だ。

ともかく。

ゲーム終了から次プレイ開始までの五秒間――ゲームに没入していたプレイヤーが現実に立ち返る瞬間、そこが仕掛け時だ。

 

「むっ、拓馬氏の顔! グッドかバッドかは不明だが、現状打破のアイディアが浮かんだ? では遂行すべし。この後の『ダンゴルート』をプレイされるくらいなら多少の犠牲は止むを得ない」

 

「だね! ゲームの中とは言え、他人に拓馬さんのダンゴを盗られたら脳が破壊されちゃいます! 絶対阻止です!」

 

椿さんと音無さんが熱く協力の意思を示す。『プロデューサールート』を見せられたプロデューサーと同じ轍を踏みたくないのだろう。

可哀想に脳を破壊された真矢さん(プロデューサー)は、と言うと。

 

「パチモンの世界は壊れてナンボです。由良様が犠牲になろうと、由良様を助けるために世界を滅ぼしましょう!」

 

エセ関西弁や良識や論理が滅茶苦茶になっているが、とりあえず協力してくれるからヨシ!

 

 

 

 

 

 

没入感が切れるであろう『五秒間』について南無瀬組や大島さんに説明する。

 

「なるほど。その五秒間のうちに由良氏からVR装置を外すと?」

 

「別に五秒間に拘らなくても良いんじゃないですか? 『プロデューサールート』エンドのタイミングでゲームを停止すれば、次プレイは待てども待てども始まらず、痺れを切らして由良さんが目を覚ますかも」

 

「無理です、危険です」

 

ダンゴたちは賛同するが、大島さんが待ったをかけた。

 

「私たちの会社もイタズラにテストプレイヤーを意識不明にしたわけではありません。ゲーム終了時を狙ってヘッドギアを取ったり、ゲームが再開されないよう試みました。しかし、タクマロスに耐えられず、プレイヤーの心は壊れてしまったのです」

 

聞けば聞くほど『タクマといっしょう』がこの世に在ってはいけないものと痛感する。ブラックホールへ合法投棄したい。

 

「由良様は一般人よりタフなので大丈夫です。気にせず滅ぼしましょう。偽りの世界を偽りのプロデューサーごと」

 

お労しや真矢さん。

南無瀬組アイドル事業部の顔としてパリッと仕上がったスーツに身を包み、クセ毛一つないミディアムヘアーをスマートに流し『出来る社会人』オーラを発していたのも今は昔。

暗黒面に堕ちてしまった真矢さんから、黒いオーラがモクモクと立ち昇っている。

――でも、目は死んでない(代わりに殺気が宿っているけど)からヨシ! 

 

怖いモノから目を逸らすのは得意だ。俺は議論を進めることにした。 

 

「大島さんの懸念はごもっともです。だから、プレイヤーがタクマロスに耐えられるであろう『五秒間』のうちにもう一つの策を講じます」

 

急激なタクマロスの危険性は織り込み済み、こちとらタクマニウムやタクマ中毒のプロだ。危険物取扱いはアイドルの必須技能ってそれ一番言われているから。

 

「『タクマといっしょう』のプレイヤーは潜水士のようなものです」

 

俺の例えに大島さんや使用人さんがポカンとするが、構わず続ける。

 

「極度の水圧下の人を急浮上させたら壊れるに決まっています。それと同じです。重タク下の由良様を救出するには『減圧』ならぬ『減タク』を繰り返さなくちゃあダメなんですよ」

 

ノリと勢いの造語を混ぜつつ、俺は方針を発表した。




次で六章プロローグが終われそうです。早く本題にいかねば。

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