『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【赤黒のオリエンテーリング】

(……ねご……あねご……姉御……)

 

決壊しても尚溢れ出る幸福感に身を委ねていますと、唐突に獣の声が聞こえました。

 

(いやいや、ずっと呼び続けていましたから。やっと反応してくれましたね、姉御)

 

ずっとワタクシと拓馬様の逢瀬を邪魔していたのですか、そうですか、〇〇されたいのですね。

 

(ヒエッ……あ、あっしの全行動は姉御を思っての事です。脳内に住まわせていただけるだけで幸甚の至りでございます)

 

あらあら、お立場をご理解していながら拓馬様との婚前交床(こうしょう)へ臨むワタクシを呼び止めたのですね。相応の理由がありませんと……ワタクシ、脳内攻撃も辞しません。

 

(理由はもちろんございます! 姉御がゲームを始めて12時間以上経ちました。そろそろお目覚めになりませんか? 長時間のプレイはお身体に(さわ)りますし、政務も疎かになりますし)

 

ゲーム、プレイ、政務。

 

流れ始めたスタッフロールをキャンセルしつつ、ワタクシは幾つかの単語を反芻(はんすう)します。

 

 

 

――なんて事でしょう、思い出してしまいました。

 

ワタクシは黒一点アイドル・タクマのプロデューサーではなく中御門の領主。

ここは現実ではなく『タクマといっしょう』というゲーム世界。

「結婚してくれ!」と宣言してくださったのは本物の拓馬様ではなく造り物のタクマ様…………いえ、婚約は本物の拓馬様からも頂いております。口約束ですが、気高き拓馬様が反故にするはずがありません。婚前交床も望めば夢ではありません。

 

 

危ないところでした。婚約という現実(ほんもの)が無ければ、ワタクシはタクマ様を既定プログラムだと認められず、更にゲーム世界にのめり込んでいたでしょう。あるいはゲームと現実の格差に絶望し、心を壊していたかもしれません。

 

『タクマといっしょう』、聞きしに勝る殺傷力です。

 

(ではでは、冷静になっていただいたところでヘッドギアを外しましょう)

 

なにを勘違いしているのですか?

 

(ひょ?)

 

まだワタクシの検証フェイズは終了しておりません。「ここはゲーム世界である」と自覚した上でプレイ続行です。

 

(な……なんですと?)

 

ワタクシには『タクマといっしょう』の致死性を測定する責任があるのです。ご無理を言って授かったテストプレイヤーの任、半端な結果は残せません。

 

(はぁ、脅迫(むり)してモギ()った大役ですけど……開発責任者の人が棺桶に片足以外突っ込んだ顔をしていましたけど……)

 

次は『男性身辺護衛官』ルートです。テストプレイヤーとして客観的に拓馬様をお守りいたします。ワタクシは正気です。

 

(ダメみたいですね……ジャンキーほど正気(シラフ)を気取るんだなって(ボソッ))

 

 

―――

 

―――――

 

―――――――

 

――――――――――遅いですね。

 

 

(いつもなら即タイトル画面に戻るんですがね。外部からドクターストップが掛かったんでしょうか?)

 

ストップ? 冗談ではありません! おめおめと帰還せよと言うのですか、無味乾燥なワタクシの部屋へ。

 

(乾燥については大丈夫ですよ。姉御の肉体はシチュエーションプレイを12時間以上やったんでビショビショになってま――ひぃ!?)

 

それ以上の御言葉は命を懸けて吐くように。

 

(ぎょ、御意)

 

まったくこの畜生は……情緒と言うものが皆無で困ります。

 

(あの湿地帯に如何なる情緒を持てと?(脳内内思考))

 

ひとまず大島さんに()()()してプレイ再開を――――あらっ? 今、拓馬様の御声が? 隣の部屋から微かに聴こえました。

 

(隣の部屋って……仮にもここは領主の部屋。壁は厚く作られています)

 

はい、吸音素材を用いた厚さ150ミリの壁ですが、それで?

 

(すみません。何でもないです)

 

おかしな獣……っ、それより拓馬様です。

 

 

 

畳から立ち上がり、扉の方へ急ぎます。途中に何故か衝立(障害物)が立て掛けてありましたので、爪で八つ裂きにした以外は滞りなく廊下へ。

 

(ヘッドギアで視覚を封じられているのに、流れるような動き。心眼は情欲に溺れた目でも会得可能なんだなぁ)

 

隣の部屋は普段使われておらず、鍵が掛かっています――が、非常時です。こじ開けましょう。えいっ!

 

 

 

ドドゥゴォォォォ!!??

 

 

 

(ワンパンで扉を木屑に(かえ)しておきながら『こじ開ける』と謙遜する。姉御のおそろ……奥ゆかしさには涙を禁じ得ませんぜ)

 

耳をつんざく音をすり抜けて、奥から拓馬様の御声が聞こえてきました。風通しの良くなりました入口を通過し、音源へ迫りますと。

 

『いつまで寝てんだ。早く起きないと学校に遅刻するぞ……って、ぜんぜん反応ないな。どんだけ朝が弱いんだよ』

 

「この台詞は拓馬様の記念すべきファースト音声ドラマ『朝、幼馴染、窓辺にて』の一節。『タクマといっしょう』より台本を読んでいる感がありますものの、その拙さを払拭しようと背伸びしている様子がありありと想像でき、心がほんわかとなります。また、原点があるからこそ『タクマといっしょう』での成長ぶりが伝わり、いちファンとして嬉しく思います」

 

(やだ、いきなり早口で語り出しちゃったよこの人)

 

両手で(あらた)めたところ、音源は小さい箱型のスピーカーからでした。どなたがこんな物を置いたのでしょうか……

 

『ずっと寝ているようならほっぺたにイタズラするぞ、ほら――』

 

来ました、この音声ドラマ最大の漏り上がり所です。拓馬様から『ほら――チュッてな』を頂けます。チュパ音のおエロさは初期タクマグッズの中で頭一つ抜けまして、大変お世話になりました。

また、有志の方々によって密造されたバイノーラル加工版を使()()こともありますが、非日常的な意味で主治医のお世話になってしまいますから利用は計画的に。

 

 

―――――ところで、チュパ音はまだでしょうか?

 

 

(姉御、スピーカーが動いてません。電池切れみたいですぜ)

 

 

グシャ。

 

 

ふぅ、回り道をしてしまいました。

物の哀れを噛みしめつつワタクシは頭を切り替えます。

『タクマといっしょう』の検証に戻りましょう。まずは大島様を探し出してご協力を請いませんと――――っ! また拓馬様の御声がっ!? 今度は南南西の庭園からです!

 

(姉御の耳の良さや、靴も履かずに窓から跳び出す思い切りの良さはツッコミませんが、なぜ未だにヘッドギアを付けておられるので? 目隠しで庭を疾走するのは姉御にとって何の苦もない。とは言え、煩わしく感じるのでは?)

 

愚かな問いですね。ワタクシはゲームの世界で3Dタクマ様と蜜月を謳歌しました。このヘッドギアはワタクシをゲームの世界に繋ぎ留める命綱、それを外し現実に戻ってしまえば……うふふふふ、おしまいです。

あんなに見つめ愛し合った拓馬様が視界のどこにも映らない。耐えられません。壊れます、むしろ壊します……ワタクシも、ワタクシの周囲も……

 

(ヒエッ)

 

忍び寄る終焉の予感を抱きながら、ワタクシは拓馬様の精分を吸収するかのように御声の場所へと誘われるのでした。

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

「凄いですね、由良様。目に頼らず庭園を東奔西走してますよ」

 

南無瀬組ご用達のドローンを飛ばし、上空から暗視カメラで観察する。

夕闇の中、赤黒く照らされた由良様は血に狂った獣のようだった。なお移動速度は獣を超え、今すぐサバンナデビューしても王者は約束されたも同然だ。

 

「第2ポイントのスピーカーをオフ……破壊されました。第3ポイントをオンにします」

 

各ポイントには遠隔操作可能な小型スピーカーが設置されている。そこから流れるのは既存タクマグッズの音源データ。タクマ中毒者をタクマニウム濃度の低い屋外に連れ出すためのエサだ。ターゲットがポイントに到着すると、スピーカーをオフにして次の場所へと誘導する。

患者は適度な運動を強制され、また自然豊かな庭園から放出されるマイナスイオンとか森林浴セラピー的な癒しで体内をデトックス。なんやかんやあって『タクマといっしょう』の呪縛から解放され、社会復帰を果たすわけである。投げやりな説明で申し訳ないが、地球的(まともな)思考でタクマ中毒に挑めるわけがないので仕方ないね。

 

減圧ならぬ減タクの工夫は音源データにもある。これにはポイントが進むごとに音質が悪くなるよう細工を施した。

さらに第5ポイントからは環境音として波の音や車のエンジン音をブレンドし、不純物マシマシでタクマニウムの減退を狙う。患者は不満を覚えながらも僅かなタクマ成分を求め、次のチェックポイントへ進まざるを得ない。

ちなみに、この時注意すべきは決して雑音に女性の声を入れない事だ。ただでさえタクマ成分の弱体化で患者は苛立っている。そこにタクマと女性の声を同時に聞かせたら……分かるだろ、虎を(なだ)めながら虎の尾を踏む馬鹿はいない。

 

「いよいよ次が最後のポイントですね。だ、大丈夫でしょうか?」

 

モニターを見つめる大島さんから不安の声が上がる。『タクマといっしょう』の開発責任者である彼女は患者から真っ先に再プレイを要求されること確定だったので、タクマニウム発生源の俺と同じく中御門家敷地の離れに匿われていた。

 

「どこまでを大丈夫にするかに()りますが、大丈夫ですよ。由良様はとてもお強い人ですから」

 

「お強い……はい、身体能力で言えば疑問の余地はありませんね。あの由良様がこれほど正しく人であったとは。不感症を疑っていた私の目は節穴でした」

 

領主としては優秀だが、伴侶に苦労しない立場でありながら男に手を出さない変人。世間での由良様の評価だ。

理解不能の存在が理解圏内に入ってきた。「正しく人であった」と口にする大島さんの顔は強張りつつも、どこか安堵している――のを見て、俺は心の中で「ふざけるな馬鹿野郎! 異文化理解にも限度があるだろぉぉ!?」と罵声を浴びせた。

 

 

 

 

 

「最終ポイントに目標到達……目標がヘッドギアを取り外しました! 目標は……健在です! 卒倒も発狂も起こしていません!」

 

オペレーターの組員さんが由良様の動向を報告してくれる。

 

「そのまま経過観察へ移行。ええか、安心は早いで。スピーカー班は建物の影と草むらに待機。どんなに暗くて距離があっても相手が相手や、動いたらアカン」

 

真矢さんが周囲の空気を引き締め、モニターの由良様を注視する。

 

「ううむ、例の物を手にしたまま微動だにしない由良氏。ドローンからでは表情不明、不気味さが際立つ」

 

「今の由良さんは自暴自棄へ秒読み段階かな? あたしが一緒の立場だったら顔面火炎放射器だもん」

 

顔から火が出るか、そうだろうな。現実に還ってきた由良様の心情は察するに余りある。

 

 

 

最終ポイントにはスピーカーの他に一枚のフォトカードが置かれていた。

即興で作った故に完成度は高くないが、用意されたタクマグッズの中で唯一の新規である。

 

カメラに向かって笑顔で手を差し出す俺。写真の端には俺直筆で『Thank you for playing』という意味の文字。

これこそが、減タクによって苛立ちを募らせたプレイヤーを現実(シャバ)に還す最後の決め手。

写真の構図には『タクマといっしょう』からプレイヤーを引っ張り上げる意図が含まれている。効果があるかは知らん。

 

『ここまで遊んでくれてありがとう。さあ、ヘッドギアを取って。あなたにとっておきのプレゼントがあります』

 

最終ポイントのスピーカーから流れる甘言に従い、プレイヤーは現実へ帰還する。

彼女あるいは彼は今までの世界が造り物だと自覚して大いに傷付き、しかし俺の『Thank you for playing』を涙と共に受け入れ、再び現実を歩んでいく――みたいな良い感じにオチが付けばいいな、というのが減タク作戦の最終フェーズであった。

 

 

さて、一般プレイヤーであればフォトカードで正気に戻ってくれるだろうが、今回の由良様は事情が異なる。

彼女はテストプレイヤーだ。

 

 

欲望に突き動かされ、領主権限によってテストプレイヤー権利を得てワンアウト。

「ゲームには絶対負けません!」と覚悟して臨んでおきながらまんまとゲームの住人となり、周囲に多大な迷惑を振りまいてツーアウト。

3Dタクマに夢中な醜態と痴態を他でもない本物の俺に見られた上、尻拭いまでされてスリーアウト。

 

 

由良様はすでにゲームセットしている。聡明なあの御方のこと、フォトカードを見た瞬間すべてを察したであろう。

 

ドローンから送られてくる映像にはフォトカードを見つめ、不動を貫く由良様――――あっいや、動き出した! 

着崩しまくった巫女服の内に手を入れて、携帯電話を取り出すやどこかへ電話を……

 

 

ブーンブーンブーン。

 

 

ポケットの中で鳴り出す俺の携帯電話。周囲の南無瀬組や大島さんが何とも言えない表情で俺を見つめる。

俺も似たような顔をしているだろう。予想していた展開だ。

 

 

「……もしもし」

 

『――――――――この度は誠に申し訳ございません。拓馬様を始め、救助に尽力いただいた方々にはなんとお礼を申し上げてよいやら……如何なる感謝の言葉でも表せません』

 

聞き取りやすい声量。けれど、今にも消えてしまいそうな声。さながらダイイングメッセージである。

 

「胸を張ってください。由良様は立派にテストプレイヤーを務めました。誰も成しえなかったゲーム世界から帰還したのですよ。何を恥じることがありますか。今回のデータは『タクマといっしょう』完成に向け、大いに役立ちます」

 

スラスラとフォローの言葉を吐く。芝居めいた熱い口調は()らない、あくまで穏やかに平坦に当然に。

抑揚のない説得を行う理由は二つ。

 

一つは由良様の御心にゆっくり染み渡ってほしいから。

 

もう一つは――

 

『――こんなワタクシに温情を……ありがとうございます。ですが、重ねて申し訳ございません。ワタクシは自分で自分を許せそうにありません』

 

フォローなんぞ端っから不可能と分かっていたから。

 

「由良様、とある地方の習慣なんですけど。恥ずかしくて恥ずかしくて誰にも合わせる顔が無い時は穴を掘ってダイブするそうです。そこで全身をもって星を感じる。そうすれば世の全ては小さく思えます」

 

由良様は導線に火のついた大型爆弾だ。その破壊の矛先を星自体に向け、これ以上の被害を防ぐ。俺が出来る事なんてこの程度しかない。

 

『拓馬様のご助言、参考にさせていただきます。二度と浮足立ちませんよう、地に足埋もれて反省いたします』

 

由良様が御顔を上げて、ドローンの方を見た。上空から撮影している事なんぞ、とっくにバレていたようだ。

謝罪の意味なのか、瞑目すること10秒。再び開眼した由良様は。

 

『それでは皆々様、オサラバでございます!』

 

地底怪獣が正義の巨大ヒーローから逃げおおせるかの如く巨大な土煙を残し、由良様は地中へと消えていった。

なお、掘削の勢いがあまりに強かったためドローンが余波を喰らって墜落した。

 

 

 

 

二日後、たっぷり反省した由良様は政務と地上人に復帰。一連の事件は誰が決めるでも、示し合うでもなくタブー扱いとなった。

ともあれ由良様救出のデータは『タクマといっしょう』の改良に大いに貢献した。

また、爽やかさの欠片も無かったオリエンテーリング形式は無駄と倫理を削ぎ落す事で洗練されていき、高確率でテストプレイヤーから未帰還者を出さないほど進化した……らしい。しかも少ない労力で効率よくお手軽に。

 

開発状況を聞けば聞くほど嫌な予感は肥大化していくが……様々な変遷を経て『生まれるべきでは無かった』忌みゲーは産声を上げてしまったのである。


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