「ドMさんが大量生産されそうですけど、命には代えられません。SMは止むを得ない措置と思います、思う事にします」
大目と
「納得してもろて良かったわ。ほな、次いこか」
「へっ? つぎ?」
「さっき言った通り『タクマといっしょう』には二つの大きな問題がある。一つはゲーム半ばでの心肺停止な、それはSMをぶつけて解消したんやけど。こっからが本番や」
「……そうでした。SAO(セルフ・アンチ・お目覚め現象)対策がまだでした」
どうやら惨劇は続くらしい。俺は曇りあり
場面が切り替わり、診察台に横たわった別の患者……じゃなかったプレイヤーが映る。
ヘッドギアで顔は分からないが、その女性は陸に上がった魚のように全身をビクンビクンさせている。
「ほぇ~、イキの良い跳ねっぷりですねぇ。シナリオの山場に差し掛かっているのかな?」
「おそらく3Dタクマ氏から結婚を迫られていると見た。コットンパンツに挿し込まれたプレイヤーの両手、その荒ぶりが悦びの大きさを物語っている」
「これでも大人しい人を選んでんねん。プレイヤーの大半は放送禁止級のリアクションやったさかい」
この映像がマシな方? 悪霊憑依
ちょっと肉食世界くん、奇行に対して理解あり過ぎだろ!
「あっ、スタッフさんが動き始めました」
音無さんの声で、映像に視点を戻す。もちろん心を痛めないよう直視は避ける。
スタッフさんが診察台のキャスターロックを解除し、横たわるプレイヤーを運び出す。
「エンディングが近いからな。減タク工程に移すねん」
タクマ脳の患者を現実世界に直帰させると、今までの幸せが造り物と認めきれずSAOしてしまう。
深海艇の乗組員が急浮上による圧力差に耐えられないのと同様の原理だ。そのため、徐々にタクマニウムを抜いて現実に慣らす――これが減タクの目的である。しかし、手段については現場に任せていた。タクチン接種会場は国内に数百あり、それぞれの立地に適した方法が用いられているらしい。
さて、画面に映る某タクチン接種会場ではどのような減タクがなされているかと言うと。
跳びはねるプレイヤーに何の感慨も無いのか、機械的に診察台を押し運ぶスタッフさん。プレイルームを出て、タクチン接種会場内の細い廊下を進んでいく。
その光景を監視カメラ越しに眺めると、まるで犯行現場を目撃しているような緊張感を味わえて吐きそう。ヴォエェェ。
やがてスタッフさんとプレイヤーは、会場奥の大部屋に入った。
映像が大部屋の監視カメラに切り替わり。
「……ひゅ」
俺は呼吸に失敗して変な声を出した。それくらい脳が麻痺してしまった、大部屋のありえない状況にビビッて。
「この会場では、見ての通り
「なるほど~、由良さんを正気に戻したオリエンテーション式減タクは広大な場所が必要ですもんね」
「見事に全体攻撃化を果たしている。合理的で効率的、環境にも配慮されていて実にエコ」
なんで? どうして真矢さんたちは平然とアレを分析しているんだ? 効果を議論する前に、存在の是非を問うべきだるぉぉ!!
固まっている俺とは正反対に、映像のスタッフさんはテキパキと行動している。
診察台のキャスターをロックし、プレイヤーを緩く縛っていた落下防止用バンドを外す。
診察台は角度調整可能タイプであり、その形態を滑り台に変えるまで10秒程度を要した。滑り台は滑るためにある。載っていたプレイヤーはスルスルと地面へ落ちていく……かに思えたが。
スタッ。
「ぬっ、両足からしっかり着地した……だとっ?」
「ナビが開始されたんやな。ゲームクリア後、すぐに減タク用ナビが始まんねん。拓馬はんの声でプレイヤーを減タク設備まで誘導して、やり方まで説明するで」
「あれ? 会場の立地条件によって減タクシステムは何種類か分かれているんですよね? ナビ音声のパターンが滅茶苦茶ありそうですけど、いつ収録したんですか?」
「そこは拓馬はんの音声を繋ぎ合わせて対処してん、あえて雑にな」
「三池氏の音声を切って張って、あんな事やこんな事を言わせるのは誰もが通る道。スタッフなら誰もがスキルを持っている。その分野のプロなら違和感ゼロでエッロッな猥談も再現可能」
「そこをワザとクオリティダメめに編集して、タクマニウムの軽減を狙っているんですね」
「せや。ちなみにタクマニウムがこれ以上投与されへんよう映像はカットしとる。暗闇の中で継ぎ接ぎの声だけが聴こえる仕様や。減タクが進めば進むほど音声の雑さは拍車が掛かる。途中からノイズ音や機械音が混ざって、タクマニウムを激減させるで」
「うわぁ、えっぐいですねぇ」
「――いやいや、もっとえっぐいポイントがあるでしょ!」
やっとツッコミを搾り出せた。「なんすか、あの奴隷が回すような謎の設備は!?」
改めて室内の惨状を見よう。
大部屋の中心に直径1メートル越えの太い木の棒が直立している。
その大黒柱から360度あらゆる方向に横棒が何本も伸びている。
馬や乗り物のないメリーゴーランドと好意的解釈も出来るが、問題はここからだ。
横棒一本一本にプレイヤーが一人付いて、全員が同一方向に力強く棒を押す。汗だくになり、ハァハァしながら押す。
プレイヤーたちの力に連動して中心の太い柱が回転する。木と木の軋む音と共に、謎の設備は回り続ける。プレイヤーたちの体力が続く限り、ただひたすらに。
昔観た特撮ドラマを思い出した。
悪役に捕まった主人公の家族が、悪の組織
悲痛な様子の家族一同。時折アクセントのように倒れて、悪の下っ端構成員からムチ打ちを喰らうご老人。悲壮感を盛り上げるかの如く泣き出す子ども。
阿鼻叫喚の地獄図の中心にあったのが、例の奴隷が回す謎の設備である。
複数の人間が懸命に棒を押して生まれる回転。それに一体何の意味があるのか分からんのも余計にえぐい。
まさか現実で、しかも自分が関わる施設で目にするとは思わなかった。節穴になってもスルーできんかった。
「謎の設備ではない。あれは古代文明の大型石臼をヒントに生まれた『多人数用回転式減タク装置』。由緒も効果も折り紙付き」
「ヤンチャなデザインに惑わされたらいけませんよ。あたしと一緒で実はすっごい優等生ですから」
「音無はんの例えは置いといて、実際エエ仕事するねん。軽く説明するとやな――――」
椿さんのお株を奪って真矢さんは語った――『多人数用回転式減タク装置』の優秀さを。
一番に挙げるべきアピールポイントは、場所を取らないこと。
患者をタクマニウムの薄い所へ移し、性的以外の方法で身体を動かしリビドーを発散させる――というのがSAO治療の基本方針だ。
実例として由良様のケースがある。SAO発症寸前の由良様は中御門邸の敷地を縦横無尽に走り、庭園を縦横
が、弱点もある。それが場所だ。
患者一人一人に広大な敷地を用意できるはずが無い。かと言って、多人数の患者を一つのエリアに解き放つのは危険だ。甘くなった監視の目を盗み、中毒者が脱走してシャバを荒らすかもしれない。
このような頭の痛い問題に対して、『多人数用回転式減タク装置』は一つの答えを示した。
すなわち、同じ場所を何周もさせる事で運動量を確保しつつスペースは節約する手法だ。
「さらにです! ゲームクリアしてリビドーが煮えたぎるプレイヤーに、極太の棒を宛がう逝きな計らい。人の心に寄りそうって、きっとこういう事なんですね」
プレイヤーの皆さんがハァハァと荒い息で棒を寄りおそうのはそれが理由か。
「奴隷用の装置ではなく、労わりを形にした有情設備。物の価値は時と場合で一変する、物が溢れる時代だからこそ刻みたい人生訓」
そうだね、椿さん。物は言いよう、という人生訓なら俺の心にズタズタと刻まれていくよ。
「回転式の利点は他にもある。装置の上部に注目や」
「上部……あれは、羽?」
羽と言っても鳥の羽じゃない。扇風機の
プレイヤーたちが横棒を回す事で、中央の柱も回り、プロペラを大きく回転する。
「プレイヤーが汗水垂らして生み出す回転力を無駄にするんはもったいない。せやからシーリングファンの動力源に流用したで」
シーリングファンとは吹き抜け天井等に付けられる巨大な扇風機のことだ。部屋の空気を攪拌して室温を一定に保ったり、空気の循環を生み出す。大部屋には天窓が付いているので、プレイヤーたちの熱気やリビドーを外に放棄し、代わりに新鮮な空気を取り入れてくれそうだ。
「聞けば聞くほど凄い装置ですね。意味がないとネタにされがちな謎回転までもを有効利用するなんて……」
「せやろ、人の英知がぎょうさん集まった優れモンや」
英知? Hの間違いでは? というお約束のツッコミを俺は挟まず。
「素晴らしいです。これならタクマニウムが激減してSAOを治療できるのも納得ですね」
目の曇りを厚くした。
それから幾つかの減タク装置が紹介されては、俺の心に影を落とした。
とある会場では『掘り埋め式減タク』が猛威を奮っていた。
プレイヤーは決められた範囲の土をスコップで掘り、埋め、掘り返し、埋め直す。ただそれだけを繰り返す行為。地方特有の柔らかい地盤を利用した郷土拷問……ではなく、郷土治療である。
ヘッドギアからは如何なる指示が出ているのか……
深さ2メートルの穴を作った後、大きなナニカを投げ入れるジェスチャーを取る妙齢プレイヤー。その後、喜々と穴を埋め直す彼女を受け入れるため、俺はまた曇った。
無意味系ばかりが減タクではない。
芸術系もありやがった。
例えば『粘土式減タク』。
ヘッドギアしたままのプレイヤーの前に一塊の粘土が置かれ、あとはお好きにリビドーでも芸術でも爆発させてください、といったスタイルだ。
どのような作品が作られたのかは分からない――よう真矢さんのご厚意で、作品の数々にはモザイク処理が施されていた。
他にもスライムを製作する減タクもあったらしいが、諸事情により映像は出せないとのこと。
「ふ~ん」
察するモノはあったが、深入りは避ける俺であった。
「無事か有事かはさておき、減タクしたプレイヤーにはゲーム会場限定・タクマブロマイドが渡される。これでみんな全快、憂い無しやで」
映像では、減タク明けの少女にタクマのブロマイドが進呈されている。
減タクの後遺症でボーっとしていた少女だが、ブロマイドを眺めているうちに目に光が戻って――それを通り越して涙を流し始めた。
彼女は涙を拭くでもなく、中空を見つめながら何か呟く。
「『ありがとう、タクマさん』か。3Dタクマさんをゲームと受け入れたんだね。この子、いい表情してる」
「同意。一皮剥いた女の顔」
「こうやってみんな大人になっていくんやな」
しみじみと共感を覚える三人から目を逸らし、俺は窓の外を見つめた。
雲一つない青空が広がっている。耳をすませば、小鳥のささやきや風が庭を通り抜ける音が聴こえてくる。
なべて世はことも無し。
ドン引きな事があったり、胃がキリキリ舞いになっても、それでも世は何てこと無く過ぎて行く。
『タクマといっしょう』だって、いずれは日常の一コマとして落ち着いていくだろう。
そうだろう……なあ、そうだろう。
誰に問うでもなく、誰に乞うでもなく、俺は中空に願いを放つのであった。
だが、俺の願いはあえなく爆散した。
『タクマといっしょう』が不知火群島国に与えた損害は……いや、黒一点アイドル・タクマの全活動が築いた負債の山は想像以上に深刻な事態を招いていた。
知らないうちに不知火群島国は首が回らなくなっていた。
だから――
「タクマくんってぇ、結婚する気はなぁい? 誰かとガツンってぇ結ばれてくれると助かるんだけどぉ?」
清算には、凄惨なる方法が提示されるのであった。