『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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初代ナッセー君

「この度は大変ご迷惑をおかけしました。お詫びのしようもありませんが、何とぞ、何とぞご容赦を」

 

「いえいえいぇん、タクマくんだけの責任じゃないわぁん。あなたの歌を止めず、むしろ後押ししちゃったわたしたちスタッフにも責任はありますもぉの。今回の一件はお互い良い勉強になったと思いましょぉ」

 

ハーメルンの笛吹き男のごとく幼女を操り、収録を滅茶苦茶にした俺にお咎めはなかった。寛大なるオツ姫さんにはひたすら感謝である。

 

 

だが許されたとは言え、気は沈んだ。

 

収録が終わり、エントランスに戻ってくる。

黒服の人が表玄関の方に車を回してくれるまでここで待機となった。気が付けば、清掃の行き届いた床にばかり目が行ってしまう。顔を上げるのも億劫になってしまっているのだ。

 

これじゃダメだよな、と尽きかけた気力を絞って、視線を上にすると売店が目に入った。

 

ナッセープロダクションで制作されている番組の関連グッズが売られているようだ。

中には『みんなのナッセー』のマスコットである熊のぬいぐるみも置いてある。

一際目立つ所にある事から売り上げ上位の品だと推測出来た。

 

――と、ぬいぐるみ販売ブースの端っこに如何にも売れなさそうな物がひっそりと佇んでいる。

なんだあれは……半魚人?

 

二本足で頭が魚の、生理的嫌悪を催す奇妙なぬいぐるみ。

近づいて見てみると、ホコリが少し付いている上に褪せている。昔から売れずに残っているようだ。

 

「なんや、拓馬はん。ナッセー君が気になるん?」

 

「ナッセー君、ですか?」やってきた真矢さんに聞き返す。

 

「そうや。このナッセープロダクションが創立された当初のマスコットで、『みんなのナッセー』の由来にもなったんやで」

 

「えっ? でも、ナッセー君ってあの熊のマスコットの名前じゃないんですか?」

 

『みんなのナッセー』に出演が決まってから番組のことを調べたが、その時にこんな半魚人なんぞ影も形もなかった。

 

「熊のナッセー君は二代目なんや。こっちが初代な」

 

「どうして代替わりを?」

 

「そら見た目でお察しやろ」

 

ああ……まあ確かに、半魚人より熊の方が可愛いし、取っ付きやすいよな。

 

しげしげとお役御免になった半魚人を眺めていると

 

「初代ナッセー君にご興味あるのですか?」

 

品の良い身なりの老婦人が話しかけてきた。

背後には音無さんと椿さんがおり、老婦人が至らぬことをしようものなら即拘束しようと身構えている。

 

「社長はん、どうもお世話になっております」

 

真矢さんが頭を下げるので、慌てて俺も続く。

社長さんなのか、まさか『みんなのナッセー』のスタッフを半壊させたことでお叱りに来たのか……内心戦々恐々となる俺だったが

 

「こんにちは、タクマさん、それにお連れの皆様」

 

老婦人は丁寧な物腰で俺たちに向き合った。怒気は孕んでいないようで一安心である。

 

(おのおの)の自己紹介と軽い世間話をしてから、老婦人はこう言った。

 

「初代ナッセー君を男性が気に入るだなんて、嬉しいですわ」

 

「いえ、そんなことは……」別に気に入ったのではない。ただイロモノならではのファーストインパクトに目を奪われただけだ。

 

「実はこのキャラクター、わたくしがデザインしましたの」

 

えっ、このゲテモノを。と危うく言葉に出そうになった。

 

「わたくしとしては屈指の出来だと思うのですけど。南無瀬領は漁業が有名ですから、そこからインスピレーションを得て魚のキャラクターにしましたの」

 

だからと言って、もうちょっと可愛くは出来なかったのか。

魚の顔がリアル過ぎる。間違っても子どもが寄ってくるデザインじゃない。

 

「ほら、瞳の形とか魚特有の生気のなさが出ているでしょ。ここを作るのに何度も失敗を繰り返したものです」そのまま失敗で終われば良かったのに。「おかげで他に類を見ない独自性が生まれました。なのに、なぜか社員からは芳しくない評価ばかりで、あげく『みんなのナッセー』のマスコットからも降ろされてしまいましたの」

 

なるほど、初代ナッセーは制作者である社長さんの個性至上主義と皆無なセンスによって、世に産声を上げてしまった悲しき存在のようだ。

 

しかも番組降板して後釜が、魚の補食者側である熊。

何という強気な方向転換なんだ。あれか、熊の採用にはマスコット的立場を喰わせてもらいます、って意味が隠れているのか。

 

「でも、タクマさんは初代ナッセー君の良さに気づきました。さすが世界初の男性アイドルですわ。ねえ、記念にお一つどうですか? お金は結構ですから」

 

「ええっと、それは」

 

社長さんったらグイグイ初代ナッセーを押しつけてくる。エラが胸に当たってちょっとくすぐったいぞ。

 

「……せっかくなので頂きます」

ここでNOとは言えないよな、お世話になる会社のトップの方なんだし、心証を悪くは出来ない。

 

社長さんは俺の手に収まった初代ナッセーを見て、我が子を嫁に出すように歓喜の笑顔をしている。

よっぽど売れないことを気にしていたんだな。

 

初代ナッセーと目を合わせて「お前のように番組から消えないからな」と俺は心に誓った。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

悪夢のような収録から一夜明け――

 

俺は南無瀬邸の敷地内にある武道場に来ていた。

どうして屋敷内に武道場があるんだ?

という疑問はない。だって武闘派で知られる南無瀬組だし、ない方が逆におかしい気もする。

 

南無瀬組の人々は普段の鍛錬を怠らぬよう、空いた時間を見つけてはここで身体を鍛えるらしい。

 

板張りと畳を真ん中で分けた床の、板張り側で正座する。

足は痛いが、昨日オイタをした自分への罰として潔く受け入れる。

 

「拓馬はん。アカンで、一人でこないな所に来たら。いくら南無瀬邸の中でも安全とは限らんし」

 

真矢さんが入ってきた。

 

「すみません、けど、静かな所で自己反省したかったんです」

 

「気持ちは分かるけど……あのな、無理して『みんなのナッセー』を初仕事にせんでもええんやで。うちの見通しが甘かったのが原因や、それで拓馬はんが」

「俺の初仕事は『みんなのナッセー』です。これは譲れません」

 

真矢さんの(いたわ)りを受け入れるつもりはない。

テレビ局の上役の前でプレゼンした真矢さんのメンツを潰すわけにはいかないし、何より。

 

「ちょっと(つまづ)いたくらいで、出演を取りやめていたら、トップアイドルになれません!」

 

やっぱり男にアイドルは無理だな、とテレビ局やプロダクションに思われたらおしまいだ。

この正念場、逃げるわけにはいかない。

 

「そっか、拓馬はんのやる気が失われてないなら、うちらもとことんサポートするで。ってことで、早速実験や!」

 

「実験?」

 

「せや。こういう時は突飛なアイディアに頼ったらアカン。地道な検証からするもんや。拓馬はんの『何』が子どもたちを興奮させているのか、それをしっかり分析して対策を立てようと思うんや」

 

「急がば回れってことですね……え、じゃあ実験に協力してくれる子どもがいるんですか?」

 

真矢さんの言う実験をするには、被験者が必要なはずだ。ここは泣く子も愛想笑いをする南無瀬組の敷地内だぞ。

おいそれと立ち入ると、せっかく頑張って作った愛想笑いすらも凍り付きそうだが大丈夫なのか?

 

「こ、子どもはアレやけど、被験者は用意出来たで」

これでもか、と言うほど目をそらしながら答える真矢さんを見ていると不安になるが、一応被験者はいるんだな。

どんな人だろ?

 

「ってなわけで。おーい、出てきてええでぇ」

 

真矢さんが入口の方に声を掛けると、椿さんや黒服さんたちがゾロゾロ現れた。

みんな、いたの? えっ、全然気配がしなかったぞ。こわっ!

 

いつも見る面々。

しかし、いつもと違う人が一人いた。

 

「拓馬はん、彼女が被験者や」

 

「彼女って……あの、何しているんですか、音無さん?」

 

「くぅぅ、あんまり見ないでください」

 

音無さんの格好が変だ。ただでさえ中身が変なのに、周りまで変にしたら変の固まりじゃないか。

 

「これから二人には実験をしてもらうで。拓馬はんは音無はんの前で、番組の時と同様に踊ってみてくれへん? 音無はんの胸部にはセンサーを仕込んどる。それに腕時計型の脈拍計も巻いとる。これらで、音無はんの脈拍や血圧を測定して、どこが興奮ポイントか見るちゅうわけや」

 

「なるほど、大体分かりました。でも、音無さんの格好を子どもにする必要はあったんですか?」

 

音無さんの服装は、大きな熊さんが描かれたワンピースとフリフリのパンツとなっている。

彼女はすでに二十歳を越えている。一言で言えば『痛い』

 

「うちは妥協せん。こういうのは形から入らんと身にならん」

 

そういうものか?

音無さんは女性にしては背が高いためか、服のサイズが合っていない。キツキツだ。

それに彼女のプロポーションはグッド。胸とかお尻とか、出るべき所が強調して出ていてエラいことになっている。目のやり場に困るぞ。

 

ここは音無さんより、身長以外子ども体型の椿さんの方が

 

「クワッ!」

 

やっべ、俺の考えていることが伝わったみたいだ。

南無瀬組でも上位に入りそうなメンチビームが飛んできた、やっべ!

 

「こほん、凛子ちゃんが被験者に選ばれたのには理由がある」

 

「はぁ、そりゃまたどんな理由で?」

 

「ぶっちゃけ彼女の精神が子どもレベルだから」

 

本当にぶっちゃけたな。

 

「昨日の三池氏の歌で子どもたちは錯乱した。しかし、大人たちに大きな影響はなかった。最後の曲でやられた者はいたが、あれは肉体的に疲弊していたからと推測されるので除外。事実を統合すると、三池氏の歌は精神的に未成熟な者に効果的だと言える。そして、凛子ちゃんは歌の影響を受けていた」

 

人の歌を音波兵器みたいに言っちゃって。そろそろ泣くぞ、俺。

 

「あれ? でも昨日の音無さんは普段通りじゃなかったですか? 飛び跳ねてもいないし、ネズミにもなっていなかったと思いますけど」

 

「語尾に『チュー』が付いてた」

 

どうしてニッチな層にしか受けないような変化を……

 

「そういうわけで精神が子どもである凛子ちゃんが被験者、納得した?」

 

「はい、それはもう十分に!」

 

この話題を掘り進めると、またメンチを切られるからな。もう撤退しよう。

 

「……うう、三池さん。そういうわけでよろしくお願いします」

 

手でワンピースの裾を伸ばしながら音無さんが上目づかいをしてくる。いつも元気に跳ねているポニーテールも今日は(しお)れたみたいだ。

彼女の辞書に『恥』という言葉があったとは意外である。

この間、ナッセープロダクションのエントランスで幼児プレイを強要してきたのに。いざやってみると、色々とこみ上げてくるものがあるのか。

 

なんだろ、普段より控えめで可愛く見えてくるな。

 

「俺の実験に協力していただきありがとうございます。一緒に頑張りましょう」

 

でも、襲ってくるのは勘弁な。


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