『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【その痛みに救いはありますか?】

オイシュットダンシュイン城には招待客向けの施設が幾つもある。

たとえばダンスホール。かつては舞踏会が定期的に開かれ、貴族階級の少女たちが男子を品定めしたという。

他にもロングギャラリー。歴史的価値の高い絵画や陶器が陳列していて、ちょっとした博物館になっている。

 

そんな名所を素通りして先へ先へ進むと、壁や照明に付いた金細工がよりゴージャスになってきた。どうやら王族の居住区に入ったようだ。

ブレチェ国の歴代女王はみんな派手好きだった、とは有名な話で、彼女たちの見栄は時を超えても色褪せることなく廊下をギラギラに輝かせている。

 

「この先が『深みの謁見の間』です。美里様とジュンヌ様のみお進みください」

 

わわっ、イルマ王女が頭を下げて道を譲った! 使用人みたいで、どう反応したものか困ってしまう。

アタフタする僕とは違い、美里さんは優雅に会釈する。

 

「御案内いただきありがとうございます。ところで、王女殿下はあたくし達の舞台をご覧くださらないのかしら?」

 

「『深みの謁見の間』は女王のための空間です。(せつ)は立ち入る事が出来ません」

 

拙……たしか、へりくだる立場の人が使う一人称だ。立ち振る舞いに加えて言葉遣いまで使用人じゃないか、それでいいのか王女様?

 

「残念ですわ。舞台にご興味がありましたら、遠慮なさらずおっしゃってね。あたくしの中では王女殿下も観客の一人ですから、追加公演は喜んでお応えしますわ」

 

「心遣い感謝します。検討します」

 

美里さんから放たれるワールドクラスのサービス精神でも、イルマ王女の社交辞令武装を貫通できないらしい。前髪に隠れがちな瞳は何の感情も訴えて来ない。

 

 

「ジュンヌ様」

 

「わっ!?」

 

横から天道家のメイドさんが声を掛けてきた。オイシュットダンシュイン城の内装とメイド服の親和性が高過ぎるのか、風景への溶け込み具合が半端ない。

 

「存分にお力を振るってくださいませ。それはもうブレチェ国の女王をメロメロに陥落するほどに」

 

「は、はい……励みます。色仕掛けこそ男役の本懐ですし」

 

「素晴らしい心掛けでございます。入室権の無い私ではジュンヌ様をご支援出来かねますが、よろしければこちらの御守りをお持ちください。霊験あらたかで御利益満載でございます」

 

メイドさんの手には小さな巾着袋があった。シックで上品な花柄模様……が台無しな売り文句が気になる。

 

「あ、ありがとうございま」

 

「ダメよ、ジュンヌちゃん」

 

横から伸びてきた美里さんの手が巾着袋を掴み取った。

 

「うさん臭い同性からのプレゼントは突き返すのが常識、異性からのプレゼントは異性ごと頂くのが真理。学校で習ったでしょ?」

 

「唐突にご無体な……私はジュンヌ様の成功をお祈りしたいだけですのに。およよよよ」

 

「じゃあ、御守りの中に入っている固い物はなにかしら?」

 

美里さんが巾着袋を握って、中身を(あらた)め始めた。

 

「……もちろん幸運を呼び込むパワーストーン的なアレでございます。男運アップの(オカ)ルトパワーもあるとか無いとか耳にします」

 

「犯罪臭が漂ってくるアイテムね。同じ犯罪でも盗聴や盗撮のタイプかと思ったわ」

 

「善良な(いち)メイドが如何なる目的で盗聴や盗撮をすると言うのですか? 酷い誤解でございます」

 

「たとえば、女王陛下がジュンヌちゃんに『んほぉ~』しているのを記録するつもりとか」

 

「…………さて、アットホームな主従トークはこの辺りにしまして。美里様、後ほどお叱りは甘んじて受けますので、今はお仕事を第一にお考えてくださいませ。王女殿下とジュンヌ様がお待ちになっております」

 

「っ、来月の給金を楽しみにしておきなさい」美里さんは御守りをメイドさんに戻すと、僕と王女殿下へ向き直り。

 

「おほほほ、お恥ずかしいところを見せてしまいました、申し訳ありませんわ。このメイドときたら根は邪悪なんですけど、人を(おとし)めることに悦びを感じるのがたまに(きず)なのです」

 

「実質、瑕(傷)だらけなのでは?」

 

凄い、イルマ王女が冷静にツッコミをお入れになっている。不穏過ぎる会話に気分を害するでもなく、盗聴・盗撮未遂?としてメイドさんを警備兵に突き出すでもなく至って自然体だ。

僕なんて関わりたくない一心で無言を貫いているのに。

 

「いいえ、まだまだ瑕(傷)が足りません。ビシバシ指導して真人間に調教しますので、今回の不敬は何卒ご寛大な処置を」

 

「ビシバシ――それは痛みを伴うものですか?」

 

イルマ王女? 掘り下げるんですか、そこ?

 

「えっ? そ、そうですわ……痛みを伴ってこその調教ですし」

 

「走る痛みの度合いを的確に表現してください」

 

「く、車に、はねられる程度でしょうか?」

 

「――車両重量は? 衝突時の速度は? 周囲の環境は? その痛みに救いはありますか?」

 

どうしてしまったんだ、イルマ王女は?

無味無臭無関心なご様子だったのに、急に変態を始めるなんて。

 

「――――お、お、おほほほほ! 王女殿下は探求心旺盛なのですね! 個人的には長く語り合いたいのですが、今は女王陛下とのお約束がありますので」

 

美里さんが逃げの一手に出た。それだけの圧が放たれているんだ、『終わってしまった人』と呼ばれるイルマ王女から。

 

「……失礼しました。拙よりも女王を優先するのは当然のこと。時間を取らせてしまい申し訳ないです」

 

「いえいえ、大変有意義なお時間でしたわ。ねえ、ジュンヌちゃんもそう思いますわよね?」

 

「はい! もちろんです」

 

気になる点はたくさんあるけど、深入りは避ける。

ヤバい人とは付き合わない。それが、狂気に憑りつかれた寸田川先生や全身凶器タクマ君との付き合いで学んだ長生きの秘訣だ。

命は一つ、人生は一度きり。そんな当たり前を忘れずに生きたい。

 

「……美里様と同じM属性? いいえ、この透き通るほどの愉悦は……もっと……」

 

後方でブツブツ観察するメイドさんもスルーして、僕は金ピカに光る悪趣味な『深みの謁見の間』へ進んだ。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

本日ご覧いただきますのは、古来より語り演じ続けられる伝統芸能『煩能(ぼんのう)』。

演者は二人ながら二人舞台に(あら)ず。一人の男役と、一人の語り手が紡ぎ出す変則の舞台だ。

 

「今は昔、流麗なるドウテイムズ川の(ほとり)に天に百物与えられた才色兼備の姉と、怠惰を人の形にした如き妹が暮らしておりました。ある日、ドウテイムズ川で洗濯をしていた姉は驚きました。なんと川上から美男子が流れてきたのです。ぐったりとした有様と、水も滴るスケスケ具合に姉は悲喜こもごもの叫びを上げずにはいられません」

 

川の調べのように心地の良い美里さんの語りで、物語の幕が上がる。

 

「姉は意識のない美男子をお持ち帰りしました。人命救助です、現代視点でも当然合法です。姉のつきっきりの看病によって、やがて美男子は目を覚まします」

 

ここからが僕の出番。

たどたどしい足取りで登場し、観客に向かって甘ったるく囁く。

 

「危ないところをお救いくださりありがとうございますぅ~。あなたは僕の命の恩人、きゅぅん! 感激です! このご恩にムクムクって(むく)いなきゃ……えへへ、何でも言ってください」

 

こんな奴いねぇよ! なんだよ、そのトチ狂った言葉遣いは!? と男性からクレームが入るだろう。

それはそうだ、こんな警戒心ガバガバな男が居てたまるか。だが、それがいい。伝統芸能『煩能』の真骨頂はここにあるのだ。

 

『煩能』は場所を選ばない、情景描写は語り手に丸投げするので舞台道具も要らない。

演者二人以外の人手もほとんど必要としない、力を入れるとすれば役者一人の衣裳くらいだろう。

 

場所も物も人も最低限。異常なまでのコストパフォーマンスのおかげで、『煩能』は発祥国のブレチェ国から世界各地に広まった。

徹底的なコスパを実現できるのも(ひとえ)に『トチ狂った男』に依るものだ。

 

だってそうだろう。極限まで都合のいい男が、こちらに向かって好き好き言いまくるんだ。『据え膳奪わぬは女の恥』、他の女が男性に言い寄られる天文学的確率の場面に出くわして静観するのは女の恥。指を(くわ)えて羨ましがる暇があったら、男を奪って股の突起物を咥えろ――そんな世の中で『煩能』に出てくる男性がどう受け止められたかは……分かるよね。

 

男性の性格設定に負けないくらい、観客の目もガバガバになる。

予算スカスカな演出も、脳内補完を強要してくる舞台も、強引なストーリー展開もどうでもいい。

求愛してくれる男が居れば、他はどうでもいい。

 

興行側としては『煩能』ほど楽な仕事はない、と言われている。ある一点、男役への負担を除けば。

 

男役は見た目を限りなく美男子に似せ、言動を女性の妄想の中にしか存在しない架空生物に寄せなければならない。

言うまでもなく、女離れした技量が問われる。

男役が失敗して、女を匂わせてしまえば全てが終わりだ。観客のガバガバは速やかに矯正され、男装した痛い女の正体見たりになってしまう。過去、『煩能』でやらかした男役の多くが二度と舞台に立てなかった。役者として女として人として、癒えぬトラウマを負ったのだろう……彼女たちの轍を踏むわけにはいかない。

 

「美男子と姉の距離は瞬く間に近付き、下半身がくっ付くのも時間の問題かと思われました。しかし、甘味に群がる虫よろしく(きら)びやかな美男子にべっとり引っ付く者が一人いました、妹です。惰性で生命活動していた愚妹が、美男子の魅力に取りつかれて子孫繁栄という生物の大原則に立ち返ったのです」

 

美里さんの調べが僕を引っ張って最高の演技を約束してくれる。心地いい、こんなに安らげる場所はない。

 

「え~~ん!? 妹さん怖いよぉぉ~~こっちに来ないでぇ、食べないでくださぁああい――――あれ……僕、無事だ。あ、あなたが退治してくれたんですね! やっぱりあなたは僕の命の恩人です。もう僕の何もかもを捧げたい! この気持ち、まさしく愛です!」

 

妹に襲われる瀬戸際で、姉に助けられる。自分以外の二人を表現する難所だってこの通り。やれるじゃないか僕!

 

なお、やたらと妹の扱いが悪いストーリーだけど、これはブレチェ国の創作物の特徴だ。

かつてブレチェ国を襲った『双姫の乱』。妹王女が姉王女の婚約者を奪い、さらに国内を荒らしまくった歴史的大乱。

世紀のネトラレ者となった姉王女は私怨を隠そうともせず『姉より優れた妹など存在しない』の教育を勧め、その一端が『煩能』の演目にも反映されている。

 

 

それはともかく。

姉との格の違いを見せつけられた妹は恨みつらみが限界に達して鬼と化し、人外の力で美男子を奪って、近所の小島へと逃亡する。姉は美男子を取り戻すべく鬼の島へ乗りこむ。浜を血に染める激闘の末、姉は妹の首をはねて美男子を救い出す。

気になる美男子の貞操は、姉が万が一にと仕込んでおいた貞操帯のおかげで事無きを得たのであった、めでたしめでたし――といったストーリーを消化していく。

 

起伏のある物語を奏でるために、焦がし尽くす熱情と凍り付く冷淡を適宜切り替える。演技に込める熱の管理は複雑だ。けど美里さんは言うに及ばず、僕だってこの道のプロ。

不安定な演技だろうと安定して遂行し――

 

「すっごく悪い鬼を倒してくれてありがとうぅぇえええん!! もう僕かんどうが止まらないよぉぉ、めちゃくちゃにしてぇぇぇ!!」

 

約束された大団円へ結びつける。

舞台は姉と美男子の二人が幸せな合体をして幕引きとなった。

 

 

会心の出来だ。

確かな手応えを感じながら、僕はたった一人の観客を見る。

『深みの謁見の間』の玉座に座るブレイクチェリ―女王国の主。

控えめなイルマ王女とは似ても似つかない威風を放つ『破壊者』こと女王の反応は――


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