『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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*ジュンヌさん視点に出てくるメイドさんは、不知火群島国の天道家に仕えるメイドさんの母親です。娘同様に愉しいことが大好きな人です。


【人としての強さ】

今代の女王を破壊者たらしめる二つの破壊。

一つは『夫婦観』という社会通念、もしくは常識と呼ぶべきかな……そんな途方もなく巨大なものを破壊した。

それに比べると、二つ目の破壊は規模だけ見れば小さい。

壊されたのは『イルマ・ブレイクチェリー王女』。才知と美貌と気質に恵まれ、天に祝福されたような祝女(しゅくじょ)――そう謳われた少女だった。

 

 

 

 

「本日はささやかながら食事の席を設けております。準備が整うまで、しばしお待ちください」

 

戦争を(ほの)めかす発言は何だったのか。

無感情のまま一礼し、イルマ王女は部屋を出て行く――と思いきや、反転してスィーと音も無く寄ってきた。近寄り方が霊的!

 

「あの……お訊きするのは我慢しようと思っていたのですが」

 

これまで事務的だった態度が一変し、イルマ王女の挙動が不審者のソレだ。

こ、これは筆がノっている寸田川先生や、追い込まれて明後日の方向に覚醒したタクマ君に見られる兆候!

 

「ジュンヌ様がご指導した官能レクチャー。受講生の反応は如何でしたか?」

 

「はいっ?」

 

「皆様、艶やかに励んでいましたでしょうか!? その辺りの様子を具体的かつ煽情的にご説明いただけないでしょうか!?」

 

「ええェ……説明、ですか……」

 

チラッ。

助けを求めて美里さんの方を見るも「これはもう処置無しね」と言わんばかりに首を横に振られた。

チラッ。

メイドさんの方は「変態が変態している時にしか味わえない栄養素たまんねぇ」と言わんばかりに幸せに包まれているので何も期待できない。

 

「ぼ、僕の語彙力でしっかりお伝え出来るか分かりませんが……」

 

僕は観念した。どうやら罰ゲームはまだ続いているらしい。

一国の王女に、受講生の――彼女の父親(?)たちの痴態をエロティックに報告する。

意味わかんない。もうダメだ、まともな精神状態を保てない、おうちかえる。

 

 

 

心が限界の僕だったけど。

 

「と、まあ……このように受講生の方々は真剣な流し目で艶技(えんぎ)に磨きをかけていらっしゃいました」

 

意外にも罰ゲームを完遂した。まだ思考できる、まだ僕は僕を認識している。これもイルマ王女のおかげだ。

 

「ああぁ……あ゛っぅ……ぐぅうう」

 

両膝を突き、頭を押さえて苦しむイルマ王女。痙攣するお身体に合わせて、グガガガガァァって空間そのものが揺れているみたいだ。

異常空間の中で精神崩壊を貫けるほど僕は図太くないらしい。おうちがとおい。

 

苦痛を訴えるイルマ王女に、僕たちは手を差し伸べなかった。

 

「い、いたい……イイ……この痛みが……救い……あぐぅぅ」

 

こんな救えない歓声を聞かされて、距離を取ること以外に何が出来るって言うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とんでもなかったですね」

 

イルマ王女が出て行った扉を見ながら言う。

最初会った時は空気のように存在感のなかった御方なのに、今となってはどうだろう、イルマ王女が居ると居ないとでは空間の強度が違う。

 

「ブレチェ国民からは『終わってしまった人』と揶揄されているけれど、聞くと見るとでは雲泥ね。終わるどころか、始まっているわ……ある意味」

 

「美里様の読み通りでしたね。ブレチェ国で注意すべきは女王ではなくイルマ王女。何とも香ばしい逸材でございます」

 

「読みは外したわ。女王は思った以上に御しやすく、王女は思った以上に手が付けられない」

 

美里さんとメイドさんが、また不穏な発言をしている。

明確な脅威が過ぎ去った安心からか、迂闊(うかつ)にも僕は二人の会話に入ってしまった。

 

「イルマ王女の危うさは肝に銘じされられました。でも、女王様を上回るほどなんですか? 女王様は破壊者と恐れられていて、実際とてもお強く見えましたよ」

 

「ジュンヌちゃん、強さの根源ってなにか知ってる?」

 

「強さの? ええと、体格……いえ、格闘センス? それとも攻撃的な本能でしょうか?」

 

「体格、格闘センス、本能、どれも強者の資質と言えるわ……多夫一妻を維持できている女王自身がそれを証明している。けれど、もし、ジュンヌちゃんが女王と王女のどちらかを敵に回さなければならないとしたら、どっちがマシ?」

 

「女王様です。イルマ王女は絶対に嫌です」

 

即答した自分に驚いた。考えるまでもなく、当然のように僕は口にしていた。

 

「どうして?」

 

「……変なことを言いますけど、イルマ王女は超常的な、人としてハミ出しちゃいけない領域にお住まいになっています。敵にすれば一巻の終わりです、マジカルな最期を迎える気がしてなりません」

 

「悪くない予感だわ。ジュンヌちゃんが感じたように王女にはあるの、常識の秤が折れてしまうほどの重みが。詰まるところ人間の強さの根源ってそこなのよ……」

 

「そ、そこ?」

 

「人間として『どれだけ重いか』、もっと分かりやすく言えば『どれだけ拗らせているか』とも言えるわね」

 

困った、全然分からな――くもない自分に困った。

 

「美里様の人間学には脱帽でございます。さすがは天道家の長」

 

「なぜそこでうちの家名が出てくるのかしら?」

 

「特に意味はございません。それよりイルマ王女と比べれば、女王の何と軽いことか。男を囲って陽キャやっている時点で潜在的弱者です。人間としてオープン過ぎです、もっと拗らせなくてはせっかくの筋肉が見せ筋に成り下がっております」

 

陽キャでオープンだと問答無用で弱者判定になってしまうのか。厳しい世界だなぁ……たしかに女王様は『拗らせ』から数光年離れてそうだ。

 

「イルマ王女の触手、もとい食指はタクマ君へ向いていないし、タクマ君を剥く気もなさそうね。安全、と判断していいのかしら?」

 

「美里様のおっしゃる通りかと、残念ながら」

 

「愉快犯的な思考も大概にしなさい。事が起こってしまったら対岸の火事では済まないのよ、火元はタクマ君になるのだから国が燃えるわ」

 

美里さんがブレイクチェリー王家の依頼を受けたのは、タクマ君を狙っているか探るためだったのかな。

周囲を破滅させるデメリットはあれど、アイドルの素質は他の男性と比べるまでもないからね。天道家なら股から手が出るほど欲しいに違いない。

未来の娘婿のために、先代当主自らが敵情視察に来た。十分にありえる。

 

そう言えば女王様に煩能を披露する直前、『深みの謁見の間』に近い廊下で、美里さんとメイドさんは盗聴・盗撮グッズをネタにボケとツッコミを繰り広げていたっけ。今にして思えば、策士めいたメイドさんがあのタイミングで盗聴器を持ち出すだろうか。本気で仕掛けるなら、もっと前に僕の衣裳へ細工できたはずだ。

そう考えると、あの主従コントはイルマ王女を刺激して『拗らせ具合』を測るためにやった…………と、ダメだよ僕。なに目聡く敏感になっているのさ! 誰もが逝き散らかす渡世(とせい)、一寸先は光なんだ、天からお迎えが来るんだ。だからこそ暗闇を友だちに、節穴と鈍感をモットーに生きよう。

 

「ただ、イルマ王女の系統に些か不安が残ります」

 

「系統? あの様子からして『被虐系』でしょ? 『嗜虐系』や『放出系』や『記憶操作系』よりもずっと穏便よ。最も一般的で、胸を張れる系統と言っても過言じゃないわ」

 

いきなり能力バトルの概念を持ち込まれても慌てない。何も見ず、何も感じず、全ての刺激を(ぜつ)にするんだ。

 

「美里様が被虐系(どうぞく)の肩を持ちたくなるのも分かりますが」

 

「同族って何よ!? あたくしがタクマ君に向けるのはどの系統にも属さない純粋な母の愛よ!」

 

「失礼致しました、美里様は『母の愛(妄想系)』でございましたね。それに引き換えイルマ王女からは『特質系』の香りもしました。あの御方は他の変態には無いモノを好んでいる、そんな気配がするのです」

 

「『特質系』、所謂(いわゆる)ゲテモノ好きと……そうね、いくら『被虐系』でも、かつての()()()()()と母親の絡みで興奮はしない。地獄に首まで浸かるシチュよ、興奮する前に死ねるわ」

 

かつての婚約者候補。

そうなのだ、『官能レクチャー』が僕のメンタルをボコボコにしたのは、受講生の数人が元々イルマ王女の婚約者候補だったからなのだ。

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

イルマ・ブレイクチェリー王女は、物心つく前に男性から引き離された。それは彼女の父親も含まれる。

家臣の多くが恐れたからだ、イルマ王女が母親に継ぐ性欲モンスターになることを。

 

女王様のように複数の男性を侍らせれば、クーデターが日常化して国が崩壊してしまう。

ブレチェ国は強大だ、昔から周辺国家に攻め入っては男性をさらって来た。だからこそ、他の国は骨の髄まで恨みを刻んでいる。

亡国フラグの女王様だろうと、怒りに任せてテロればどうなるだろう? 混乱した隙を突いて、周辺国家は喜々として復讐と男奪還に動くだろう。

 

フラグは一つで結構だ、イルマ王女は理性的な淑女になってもらう!

家臣団は美しいものほど尊び、清きものほど愛するよう教育を施した。

 

世の中の30人に1人は男です。とても弱く愛らしい生き物です。乱獲せず、1人だけに愛を注ぎましょう。

しかしながら、まだ会う事は出来ません。資格が必要なのです、どこに出しても恥ずかしくない淑女でなければ、手を出す事は許されない。

大丈夫ですよ、イルマ王女。あなたには素質がある、ご立派に成長する頃には素晴らしき男性をご用意しましょう。

 

 

逆に凄い。ここまでの狂育を、しかも成功しても失敗しても国が終わりそうな計画をよくやったものだ。

と、未来から他人の立場で思う。

 

イルマ王女は従順で純情だった。父親との触れ合いを知らず、教育に悪いからと母親とも遠ざけられ、孤独の中でひたすら次期女王への道を進んだ。

やがて、他に類を見ない淑女がその名を轟かせた。

家臣団は喜んだ……が、頭を抱えた。イルマ王女は淑女を越えた祝女になってしまったからだ。

 

性欲モンスターの遺伝子は微塵も感じられない。子どもは鳥が郵送するか、畑から収穫すると信じるレベルのピュアだ。

理性の強い『キセキの年代』の歳を越えても、イルマ王女は清廉潔白だったという。実は隠し部屋を作ってこっそりハッスルしていました、という裏も無かったらしい。

 

 

この祝女、スケベじゃなさ過ぎる! 

やっちまった、純粋培養し過ぎたんだ。下手に婚約者と遭わせれば反動でエライことになるぞ。

どうすっべ、どうやって婚約者を見繕う?

 

悩める家臣団に女王(あくま)は囁いた。

 

「ふっはははは! 男布団の温もりも知らぬ寒々しい者たちよ! お前たちでは話にならん! 男の全てを知る我の審美眼でブレチェ国の未来を示してやろう!」

 

女王の不遜な言動により家臣の一人がブチ切れて暴行に走ったが、それはともかく。

婚約者候補たちを女王が面接し、イルマ王女にふさわしい相手を決める――という案。

いけるか?……いけるかも……いけるかもしれない。

焦る家臣団は選択を誤った。口を開けた性欲モンスターのところへ、若く初々しい男子たちを連れて行ってしまったのだ。

 

 

その顛末はあまりに悲惨で、語るのも(はばか)れる。

 

婚約者を、初めて会う男性を心から楽しみにしていたイルマ王女に告げられたのは。

 

「すまん、ヤバいと思ったが性欲を抑えられなかった。我が先に喰ってしまった。毒味と思ってくれ、どの子も味は保証するぞ」

 

女王様の謝罪にもならない言葉だった。

 

イルマ王女は怒らなかったという。純粋過ぎた彼女は「喰ってしまった」を文字通りに受け取って大いに慌てたらしい。

その後、真の意味を説明され……脳が破壊されたように頭を押さえてお倒れになった。

 

一週間寝込んだ王女は才知の全てを失い、ブレチェ国は祝女を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕には理解出来ません。どうしてイルマ王女は女王様に従っているのでしょうか。婚約者候補を奪われたんですよ、母娘の縁を切るのが普通と思います」

 

「そうよね、普通の人間なら迷わずキルするのに……女王を許し、あまつさえ婚約者候補を譲っている。あたくしはイルマ王女が恐ろしい。彼女の経歴を思えば、とんでもない『拗らせ』を秘めているわ」

 

拗らせ……人間の強さの本質。

イルマ王女の人生は、拗らせるためにあったと言える。周囲の人々の思惑が、天に祝福された少女を歪めてしまった。

その拗れは、ちょっと漏れただけでグガガガガと空間が悲鳴を上げるほどだ。

もし、本気で解き放たれたらブレチェ国は……いや、世界はタダでは済まないんじゃ?

 

「美里様、不安を煽った手前申し上げにくいのですが、悲観的になり過ぎずともよろしいと存じます。イルマ王女様の拗らせは発現条件が特殊ですし、環境にも優しいかと」

 

メイドさんがケロリと言う。

 

「どういうこと?」

 

「たとえば祈里様の発現条件は、目の前に男性物の下着(パンツ)を置くこと。緊張で固くなりがちな御方ですが、拗らせトリガーはユルユルです」

 

「なるほど、我が娘ながらお手軽ね」

 

「発現しても犠牲になるのはパンツで、持ち主の男性に被害は及びません。勢いあまって男性を襲おうにも、その前に心肺停止で自滅します」

 

「なるほど、我が娘ながら終わってるわ」

 

「対してイルマ王女様の拗らせは、婚約者候補と女王がアレコレして始めて発現します。さらにトリガーが引かれたとしてもご本人が頭を押さえて悦ぶのみ、周囲への被害は軽度でしょう」

 

「ふぅんふん、やっぱりイルマ王女の矛先がタクマ君に向くことは無さそうね。ホッとした、あたくしの明るい母子計画も安泰だわ」

 

「はい! 計画を阻むもの無しでございます。安全です……うぷぷぷ」

 

そうかも……そうかな……そうかぁ?

だってタクマ君だよ。憧れの美里さんを親バカ(他人)に変えてしまったタクマ君だよ。

彼だったら「やっちゃったぜ!」と、いつものやらかしでイルマ王女のトリガーを引きそうだよ。

 

 

 

 

胃がもたれる予感を持て余しながら、僕は夕食の宴に参加した。

食堂のテーブルにつくのは、男性フェロモンを吸収してテカテカ光る半裸の女王様と、美里さんと僕。

メイドさんとイルマ王女は壁際に控えている。

 

「ほう? このまま我が国で一旗揚げるのではないのか?」

 

テーブルマナーなんぞ知ったことか、とに骨付き肉を豪快に齧りながら女王様が尋ねてきた。

 

「少々事情がありまして一旦地元に戻る予定です」

 

「女王様を魅了出来なかったから『タクマといっしょう』をプレイして男らしさを学びます」なんて悔しくて言えるわけがない。あと、女王様にタクマ君の話題を出すのはマズい。

 

「『タクマといっしょう』か。我もヤッてみたいぞ。外国人はプレイできない? 知らん! くれぬなら奪うのみ!」とか言い出したら戦争だ。開戦のトリガーを引くなんて真っ平ごめんだよ。

 

 

 

「帰郷して鋭気を養うか、それも良かろう。ところでジュンヌ殿の地元はどこだ?」

 

「に、西日野領です」

 

「はははは、可愛らしいジュンヌ殿には似合わぬ勇ましい地よ。過去数度に渡って我が国の攻勢を撥ねのけた不知火群島国の門、その堅牢さは処女の如し。男でも出さねば突破出来なんだわ」

 

「きょ、恐縮です」

 

褒めてるのかバカにしているのか微妙な言い方やめてくださいよ、反応に困るわ!

 

「西日野と言えば……おい、イルマ」

 

使用人を呼ぶようなぞんざいな物言いの女王様。

 

「はい、ご用件は何でしょうか」

 

使用人の格好で、使用人の態度のイルマ王女。母と娘にはまるで見えない。

 

「来月、西日野領に行け。人口維持組織(キューピッド)の式典がある。我が出席したいところだが、入国禁止を受けている身だ。無欲なお前ならば、先方も胸を撫で下ろすだろう」

 

「かしこまりました」

 

悪名高き女王様は、ほとんどの国から入国を断られている。

ブレチェ国が君主制だったのは昔の話、現在は議会制が採用されていて、王族は国の顔として外交の場に出る事が多い。

その働き口さえ失った女王様、彼女が王城に籠って酒池肉林しているのは自暴自棄の(あらわ)れかもしれない。

 

「愛想を振りまけとは言わん。式典の最中くらいは辛気臭さを拭え、我の格を落とすなよ」

 

「承知いたしました」

 

酷い会話だ、せっかくの高級料理も美味しくなくなる。

 

げんなりした気持ちで僕は二人を見る。

ふんぞり返る女王様、その傍で侍るイルマ王女。

この母と娘の関係はいつまで続くのだろうか……分かり合い、普通の親子となる日が来るのだろうか……

 

 

 

結論から言うと、そんな日は来なかった。

 

僕が女王様を生で見たのはこの日が最後で、『終わってしまった』状態のイルマ王女を見たのもこの日が最後だった。

 




次回から拓馬視点に戻ります。

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