「減点方式。出会う人々を、起こる物事を、私は100から0に向かって評価してきました。
始まりと終わりを明確にするのですから、際限のない加点方式よりも公平である……そう信じていました。
笑ってください。これは
己の器に何もかもを押し込めて、得意げに批評する――思い返せば、顔から火が出て、そのまま焼死しそうになります。
ですが、ようやく私は矯正されました。私と言う矮小な器にタクマさんが入って来て、内側からグイグイと容量を拡張していくのです。
ああ! 溢れんばかりの幸福! 一秒ごとに己の検査基準がガバガバになっていく快感!
本当に素晴らしいものは、批評家のちっぽけな枠に収まらない。そう私は学びました。
だから皆さん! 彼を論じるのは止めましょう! 人に神を測れますか?
下らない自己欺瞞に耽るより、ありのまま受け入れて、老いも若いも女も男もガバガバになりましょう!」
「連綿と受け継がれる人の営みと、我ら人口維持組織『キューピッド』の足跡。
それらは形は変えども、これからも続いていくかと思われた。
しかし、生物にも組織にも終わりは付き物。どうして自分だけが例外で居られようか。
恐ろしいのは我らを終わらせる者が、我ら自身である事だ。
タクマさんに背中を押されたわけではなく、我らは好んで地獄への道を進んでいる。一切の
最期の瞬間、我らはきっと会心の笑みを浮かべるだろう。生のシガラミを払いのけ、一つ上の存在へと昇華される。その悦びに満ち満ちて、この世を去れるであろう。
それはきっと幸せなのだ。キューピッドの終焉を受け入れるに足る幸福なのだ。祝福だ、世界が祝福されているぞ、諸君!
さあ、共に逝こう、乗り遅れるなよ!」
「
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
とある部屋にて、俺、音無さん、椿さん、真矢さんの四人で備え付けのモニターを観る。
映っているのは、キューピッドの国際会議のはずだが。
「配信元がおかしくありませんか? 映像がマサオ教の定例集会になっていますよ」
「現実逃避したらアカンで、拓馬はん。モニターは正真正銘『キューピッド』の会議を映しとる」
「ご冗談を。世界の高名な方々が集まってやる事が終末論とか人生観の発表会? こんなん世も末ですよ!」
「実際、世界は超少子化という名の世の末に向かっとるさかい、なんも間違ってないで」
「うぐっ!」
エセとは言え真矢さんの関西弁ツッコミのお鋭いこと!
『見て見ぬフリ』という事無かれジャパニーズスキルも習得してくれたらとても嬉しい。
「だ、大丈夫ですよ。人間ってしぶとい生き物ですから、なんやかんや生き延びますって。人間の可能性を信じましょう、ねっ!」
「ジュブナイル作品の未成年主人公が言いそうな無責任発言。三池さんは立派な社会人ですから、無責任なのはベッドの上だけにしてくださいね」
「そもそも三池氏は世界を滅ぼす側。人間の可能性を信じながら人間を滅すメンヘラムーブはNG」
真矢さんも音無さんも椿さんも、みんな当たりが強い。
日本の結婚式文化を教えてしまった為に、
「……お、おっとっ、雑談はこれくらいにして国際会議に集中しましょう。今は固唾を吞んで見守るのが人情ってもんですよ!」
伝家の宝刀『話題そらし』を使い、俺は戦略的撤退を選んだ。
西日野領の中心、西日野市にある国際フォーラム。今回の会場となっている施設だ。
コンサートや演劇、それに国際会議などの大規模なイベントを想定して建てられた。
中でも格式と貸出料が最高級である
千の観客席が均等に並ぶ光景は清々しく開放感がある――が、舞台上で力強く発せられるスピーチ内容は密教のソレで、聞いているだけで息苦しい。
『以上、現状維持派のスピーチを終了します』
議長のハリのある声がモニターを越えて聞こえてくる。
人口維持組織『キューピッド』の国際会議。
今回の議題は、超少子化を引き起こす『タクマ対策』である。
「今の人たち、現状維持派って穏当な呼ばれ方をしていますけど、実態は世界の存続より三池さんを選んだ心中上等の集まりですよね」
「己の命や世界を天秤にかけて、三池氏に全振りした猛者」
「つける薬も、掛ける言葉も無いわ。狂信者の心ん中は誰にも
「いいえ、おかします!」自分を元気付けるように、声を大にする。
「世界を終わらせるくらいなら、狂信者の心を終わらせます。たとえこの手が彼女たちの唾液や脳汁で染まろうと、『家族計画』で世界を救ってみせます!」
俺の啖呵に呼応するように議長が告げる。
『次に、改革派の報告者、前へ』
『はぁぁいん!』
返事するのは野太い声帯の持ち主。画面に映る姿もまた太く、隆々した軋みのある筋肉が見て取れる。
『みなさぁん、はじめましての人ははじめましてぇ! 不知火群島国支部の心野甲姫よぉん! 今日はね、みなさぁんに素敵なお話をぉ持ってぇきたのよぉん』
対して言動の軽さと言ったらどうだ。国際会議の場に似つかわしくないキャピキャピっぷりは、呆れを通り越して末恐ろしいものを抱かせる。
「はしゃぎ過ぎやな。情緒の調整が甘かったかもしれへん」
「甲姫さんマーク2が悲壮感増し増しだったから、開き直ってマーク3には
「失敗は性交のパパ。トライ&プリズンの不屈の思いが、気になる男性をパパにする。今回の教訓を甲姫氏マーク4に活かすべし」
「俺が言うのも何ですが、洗脳はほどほどにお願いしますよ」
ここ最近、洗脳系アイドル・タクマがブイブイ逝かせているだけあって、南無瀬組の人権意識が低下気味だ。
ボロボロの甲姫さんを手当するついでに「対キューピッドへの(都合の良い)パイプ役が欲しかってん。南無瀬組の傀儡にしたろ」する決断力にはヒエッを捧げたい。
『それじゃぁあ、タクマくんとのラブラブ家族プランを説明しちゃうわよぉ~』
会場の明かりが弱められ、舞台後ろの壁には『タクマくんとのラブラブ家族プラン』との艶めかしいフォント。
元々は『タクマくん間男化計画』という名前だったのだが、俺の心からの拒絶によって改名させた。なお改名後の名前に心から同意したわけではない。
【目的】深刻な超少子化に対応すべく、男性アイドル・タクマを子持ち家庭の共有財産にする。
【対象】子持ち女性の家庭、女性と結婚して子作りした男性の家庭。
【特典】タクマとの結婚届(申請者はタクマとの間柄を夫・妻・父・母用の4種類から選択)、家族の一員感溢れる限定タクマグッズ等。
香ばしい狂気を甲姫さんはキャッキャとプレゼンする。
素の甲姫さん(マーク1)だったらここまで饒舌には語れまい。良心を振り切ったマーク3の頼もしいことよ。
南無瀬組もプレゼン資料作りに関わっているので、俺の写真がこれでもかと使用され、『タクマくんとのラブラブ家族プラン』の期待感を煽る。
プランを事前予告無しでぶち上げれば、会場の人々の情緒や感度が3000倍になってしまう。そのため、事前にプランの概要は発表されていた……おかげで、会場からは「んほぉ~」と染み入るような溜息やら何やらが漏れるだけで済んでいる。
『さあてぇ、みなさぁんが一番気になっているのはぁ、やっぱり特典じゃないかしらぁん。タクマくんを家族に迎え入れるのに結婚届みたいな紙っぺらやいつものグッズだけじゃ物足りないよねぇん』
それはそう。会場中の人々が首肯した。
『そこでご提案するのが最の高のすっごんほぉいサービス――結婚式よぉぉ!!』
賽は投げられた。
ニトロより発火性の高い劇物が、火事と喧嘩が華の肉食世界に投げられたのだ。一手間違えれば、世界は嫉妬の炎に包まれてコンニチハ世紀末である。
――ここが凄いよ、タクマとの結婚式――
①不知火群島国で猛威を奮うVRゲーム『タクマといっしょう』の技術をふんだんに使った圧倒的な臨場感。
結婚式バージョンの特別仕様タクマがご家族をお出迎え。満足度90%(残り10%は物言わぬ状態だったため実質100%)の確かな信頼と実績をご堪能あれ!
②幸せに幸せを塗りたくった空前絶後の幸福的会場。
晴れの門出を祝う特別な会場はタクマとあなたたち家族の貸し切り。たまらなくなった場合の抱き枕や処理スペースも完備。
③腹も心も満たすタクマプレゼンツの昇天料理で締め。
タクマが新家族のために一生懸命作った(設定の)料理で
南無瀬組内で多くの議論を重ねた結果、結婚式は3つの段階で進行させる事にした。
初っ端が一番の目玉だ、VRタクマで家族一同を幸せのどん底に叩き込む。
『タクマといっしょう』はその危険性から不知火群島国でしかプレイ出来ない。海外のタクマファンは国籍を変えようと暗躍しているらしいが、近年の不知火群島国の国籍取得は滅茶苦茶ハードルが上がっているらしく、ほぼ不可能だ。超短期での人口増は混乱を招くからね、仕方ないね。
しかし、結婚式版のVRタクマならどの国でも流出OK、合法だ。このグローバル対応には海外ファンもニッコリに違いない。なお社会的混乱は当然起こるだろうが、超少子化に比べればマシだと割り切ろう。大事の前の小事、俺の座右の銘の一つだ。
結婚式の特別感を出すために地球でいうチャペルっぽい会場を用意し、対象家族を隔離――もとい水入らずにする。
VRタクマを体験すれば老若男女問わずに極度の興奮状態になるので、
発散するための道具は、大人から子どもまで様々な層を想定して取り揃える予定だ。
ラストを飾るのは料理、こいつで対象家族を〆てお帰り願う。
食べさせるのは見た目簡素なパンやお菓子だが、原材料の小麦粉は俺のハミングソングを聞かせて栽培したものを使う。
嘘か誠か、俺の歌で成長した作物は肉食世界の人々に『効く』らしく、昨今の農業・食品業界から熱い視線が集まっているとか。さすがに俺自身が握ったおにぎりよりは殺傷能力は低いものの、結婚式で防御力ガバガバのご家族を〆る程度の威力はある見立てだ。
これによって興奮しているご家族は静かになり、思い出に残る結婚式はつつがなく終了するわけである。
―――――頭
世界を救う代償に、とんでもない行事を考案してしまった。しかも全世界で未来永劫続きそうな行事だ、お正月やクリスマスも目じゃねぇ。
なお、当初の予定では。
④家族が増えたよ、やったねタクマくんプラン。
子どもが増える度に、結婚式を重ね掛け。生後すぐの赤ちゃんもタクマと結婚してみんな幸せ!
という結婚式の倍プッシュも検討されたが、人口爆発からの食料危機が寝ぼけ頭でも想像出来たので却下された。
『…………………』
『…………………』
『…………………』
結婚式の概要がプレゼンされ、会場は静まり返った。
先に配布されていた『タクマくんとのラブラブ家族プラン』に結婚式は記載されていない、キューピッド幹部の方々が口をあんぐりと開け涎を垂れ流すのも無理からぬ事だ。
なぜ、事前説明しなかったのかは、この次の動きに関係するからだ。
『た、大変魅力しかないプランですが……本当に大丈夫なんですかねぇ?』
ようやく我に返った出席者の一人から質問が上がった。困惑が抜けていないらしく、要領の得ない言い方だ。
『大丈夫に決まっているわよっぉぉ! 不安なんて無い無い! 盲目的に信じちゃってぇぇ』
「あかんわ、甲姫はんマーク3。理路整然の真逆を突っ走っとる」
「三池さん関連が『大丈夫』なわけありませんからね。どう言っても甲姫さんの言動が胡散臭くなっちゃいますよ」
「愚問を口にした質問者に非がある。三池氏の事をまるで理解していない」
「予定通りの事態です。人間、自分で見たものしか中々信じられません。だからこそ――」
俺は立ち上がって、自分の身なりを確認する。
黒のジャケットとパンツに、純白のベストと蝶ネクタイ。
見紛う事無きタキシードだ。基本は夜間の宴席で着る礼服だが、ここは地球ではないし、肉食世界では夜を匂わせる方が歓迎されるだろう。
ここは西日野市の国際フォーラム――その一室だ。キューピッドの国際会議場は目と鼻の先である。
「いっちょ結婚式を実演して、有用性を示してみせます!」
だが、勘違いしないでほしい。
示すのは『大丈夫』ではない。
『大丈夫じゃないし、限りなくヤバいけど、確かに効果はありそうだし、んほぉ~~このイベントたまんねぇぇ!!』とキューピッド役員の皆様に思わせるのだ。
短所を補うのではなく、長所を振り切る。だからこそ、全力でヤルぞ。