『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【友達】

善き王となるため。いずれ迎え入れる殿方のため。

幼少の拙は念じ込められた言葉に従い、帝王学を学んだ。

教えを詰め込まれる日々に不満は無かった。他の生き方を知らない拙にはそれが全てだったから。

ただ、寂しい――という気持ちがあったのは事実。

父には会ったこともなく、時折訪れていただける母は拙の様子を見るとすぐに帰ってしまう。毎日顔を合わせる家臣の間には厚い主従の壁があって、拙のテリトリーには拙しか居ない。

 

子供心に拙は孤独を理解した。

 

そんな時。

 

「はろはろ、こんにちはお姫様」

 

その子は窓から突然やって来た。拙の部屋は三階、当然外には警備員や監視カメラが配置されている。

 

「ボルダリングかくれんぼって知ってる? 知らない? そりゃそっか、いま考えたスポーツだもん。で、あたしはその選手ってことでよろしく!」

 

その子は窓枠を跳び越えて部屋に入ってきた。

 

「あっ、屋敷の人は呼ばないでね。あたしたちって友達でしょ。初対面とか気にしないで、目が合ったら友達ってあたしルールで決まっているから。友達を通報だなんて人として一番やっちゃダメなこと、オーケー?」

 

怒涛の勢いに押されて拙はその子の滞在を認めてしまった。

見た目は拙と同年代、背丈も同程度。

日差しの弱い季節なのに小麦色の肌、元気に外を走り回っている姿が容易に想像出来た。

 

おそるおそる、ここに来た目的を尋ねると。

 

「ん? 友達の家に来たんだから遊ぶために決まっているでしょ! ねっねっ、王族ってどんな遊びするの? インドア・アウトドアどっちでもお金を惜しまない系?」

 

グイグイと圧が凄い。

 

「ってなにこの部屋? 大人向けの本ばかりじゃん! しかもエロ要素のない大人向け! それに夜のオモチャどころか普通のオモチャも無い、下半身が乾燥するわこんな部屋!」

 

地団駄を踏み、その子は拙へ憐みの目を向けた。

 

「ごめんね、イルマ。お姫様って思った以上に辛いんだね、今度あたしが湿度高めの本や道具を持ってくるから許して。使用済みなのも許して」

 

よく分からなかったけど、拙の心は温かくなった。だって『イルマ』と呼び捨てにされた、母以外では初めての事だ。不快感は無い、その子の『イルマ』には親愛の情が込められていたから――まるで本当の家族のような。

 

「っと、あたしってば先ば汁って自己紹介もまだだったね。これからよろしくね、イルマ。あたしの名前は――」

 

 

 

彼女は気まぐれだった。

連日遊びに来ることもあれば、一ヵ月ほど開くこともある。

人間離れした身体能力と隠蔽力で、気が付けば窓枠に座って「こんにちは、イルマ」と声を掛けてくる。

おちおち一人処理できない不満を除けば、彼女の訪問はとても嬉しいことだった。

彼女から手渡される書物や映像データも、乾燥した部屋に潤いを与えてくれた。

彼女の趣味はノーマル、純愛物が多かったようで……当時の真っ直ぐな拙には丁度いい塩梅だったと思う。

 

 

彼女は拙にとって唯一無二の友達……それこそ、母や父よりも家族らしい存在になっていた。

なぜ彼女が拙の下にやって来たのかは、あえて聞かない。そんな事をすれば、彼女が二度と来てくれない気がした。

だけど、何となく察せられるものがあった。おそらく彼女は拙の――

 

 

 

彼女との別れの日を、拙は忘れられない。

 

 

 

目覚めて飛び込んで来た景色は――黒。

真っ暗な空間に拙は横になっていた。

 

ここは……拙の部屋。

夜目には自信がある。見慣れた天蓋と、少し離れた本棚の蔵書で拙は場所を把握した。

 

っ、天蓋のカーテンが揺れている?

窓の方へ顔を向けると。

 

「こんばんは、イルマ。最悪の夜ね」

 

いつものように窓枠に腰かけて、いつもとは想像もつかない冷えきった声の彼女。

窓枠から離れて、拙のベッドの傍へ。

 

「倒れたんだって……無理もないか。婚約していた男を実の母親に盗られたんだから」

 

盗られた…………っぅうう!?

 

脳がズギギィィと軋む。

なにを呆けていたのだ、拙は。

今日は待ちに待った拙の婚約者候補たちと会う日。ずっと前から逸る気を抑え、失礼の無いよう細心の注意を払いに払って迎えた日。

 

それなのに。

 

「すまん、ヤバいと思ったが性欲を抑えられなかった。我が先に喰ってしまった。毒味と思ってくれ、どの子も味は保証するぞ」

 

待っていたのは、苦笑いする母からの告白だった。

 

 

拙は聞いた――脳の軋む音を。

拙は感じた――脳がバラバラになる喪失を。

拙は知った――脳破壊の先にある仄暗くも熱い情念を。

 

「かはっ」

それで拙は、耐え難い衝撃に打ちのめされて意識を手放したのだ。

 

 

 

 

「寝起きのところ悪いけど、あたしってばギリギリなんだ。我慢も限界。いこっか」

 

どこへ? とは尋ねない。

彼女の目はキマッていた。気に入らない奴の顔面に渾身の一撃を叩き込む、その覚悟が迸っている。

 

拙は止めた。

怒りに燃える友情には感謝しかない。しかし、殴る相手はこの国の女王だ。拙はまだしも、彼女の未来は閉ざされる。成功しようが失敗しようが彼女が平穏な生活を送る事は出来ない。

 

それに――自分でも驚くほど拙に怒りは無かった。むしろ胸には悦びが灯っていた。なんだろう、この昂りは?

 

「イルマ……あのバカ王女をまだ想っているの? コケにされたんだよ、あんたの大切な男性たちをネトラレたんだよ!」

 

ネトラレ!? ストンと脳を真っ二つにするようなフレーズ……イントネーションだけ聴いても高鳴る!

 

「ここで黙っちゃ女が干からびるってもんでしょ! 怒りに任せて動く時でしょ!」

 

彼女の抗議よりも『ネトラレ』が響く。まだ見ぬ婚約者たちがどのように母に蹂躙されたのか、詳しく知りたい。

 

「――そっか、思ったよりイルマは母想いなんだね。もういい、あたしだけでやる。お母さんをぶん殴っちゃうけど勘弁ね」

 

しまった。ネトラレに気を取られているうちに彼女の覚悟が決まってしまった。

慌てて止めるものの。

 

「もう会えなくなると思うけど……元気でね、イルマ。あんなバカ女王なんて蹴落としてイルマが好きに男漁りが出来ることを……ま、まあ羨ましい事この上ないけど一応願っているから」

 

彼女は会った時から猪突猛進だ。深く考えずに大胆に動く。

脳破壊の影響が残る拙では止められるはずもなく、彼女は部屋を飛び出していった。

 

それからすぐに、屋敷中の警報が鳴り、警備員の怒号や足音があちこちで聞こえ、拙はたった一人の友達が遠くに行くのを感じた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「……ルマ…、イルマ様」

 

「っ、は、はい」

 

気付けば、隣に座る支部長から声を掛けられていた。

 

「ぼーっとしていましたが、ご気分が優れないのですか?」

 

「そんな事はありません。拙は正常です」

 

「いけませんねぇ、イルマ様はブレイクチェリー女王国の顔なのです。体調に不安がありましたらいつでもお申し付けください……イルマ王女は遠出に慣れていませんのでお疲れのようですし」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

暗に苦言を呈されてしまった。

相手は人口維持組織『キューピッド』の、ブレイクチェリー女王国支部の代表者。彼女の厳しい眼差しが、呆けていた拙に刺さる。

 

ここは不知火群島国・西日野領の国際会議場。

すでに開場は済み、各国の関係者が(いか)めしい面持ちで宛がわれた椅子に着座している。

 

こんな重苦しい場で心ここに(あら)ずとは、今日の拙はいつになく注意力散漫だ。

母の身の回りの世話と勝手が違うためか。従者の服装を脱ぎ、着慣れないスーツに袖を通して、廃れてしまった『次期女王』の顔を晒しているためか。

 

たぶん、どちらも違う。母のことも、次期女王のことも、拙にとっては些事。

そんな事より匂いを嗅いだのだ……懐かしくて、愛しい、友達の匂いを。彼女がここに居るはずはないのに、拙のナニかが反応したのだ。

 

 

「ふぅ、もうすぐ開式ですか……ふぅ、今回の会議は議題が議題だけに荒れそうです……」

 

それはそうと、支部長もいつになくおかしい。

 

「人類の未来が懸かっていますからね……冷静かつ迅速に事を運ばねば……おっふ気を引き締めねば」

 

拙に話し掛けているようで、独り言のような曖昧な物言い。支部長とは国際会議の段取で事前に数回顔を合わせた程度、その時は組織のトップ特有の貫禄を持ち合わせていた。

しかし、今や見る影もない。先ほどの拙に対する神経質な注意と言い、腕時計に何度も目を向ける仕草と言い、おっふと言い、支部長が変だ。

 

 

拙の疑問は氷解する事なく、国際会議は始まった。

 

 

 

 

 

『これから結婚式のデモンストレーションをします! 幾つかの家系図にお邪魔しますんでよろしくお願いします!』

 

「きゃあああああっっ!! タクマくんよ! ナマ放送タクマくんよ!」

 

「結婚!? タクマくんを囲えるの? 家の中のことは外からじゃなかなか見えないって知ってのお誘い!?」

 

「塗り替えるのはファミリーネームだけだと思ったら大間違いよぉぉぉ!?」

 

壇上のモニターに映ったタクマさんが『結婚式』というトチ狂った提案をしてきた。

おかげで世界で有数の理性的集団であるはずの『キューピッド』のお歴々がご覧の有様だ。

 

……へぇ。

結婚式、家族になれる神聖な儀式。拙の錆びついていた表情筋が動いた。

なるほど、この近くにタクマさんが居るんだ。じゃあ、懐かしい匂いがするのも納得だ。

 

……ふふふふふひ、さすがはタクマさん。拙の長年の問題を一気に解決してくれるなんて。

この神懸かりの策、本当にタクマさんは伝説の『タクマ』なのかもしれない。

 

拙の家、オイシュットダンシュイン城の地下書庫で見つけた『ユノの日記』。双姫の乱で大罪を犯す前のユノが書いていた日記。その中に記述があったのだ、ヒロシ様が『タクマ』という男神を信仰していた……と。

ヒロシ様が言うには、『タクマ』の美貌は絶世を極め、美声は絶頂へ誘い、見る者聞く者の魂を快楽の牢獄へと永久に閉じ込める……と。

 

神話にありそうな誇大表現だ、と頭で分かっていても拙の妄想は(はかど)った。

『タクマ』を知ったのは、ちょうどあの子から湿度高めの本をプレゼントされて性に目覚めた頃。

遅れを取り戻すかのようにこの世のありとあらゆるモノを、それこそ空気すらもオカズにしていた拙だったが、その中でも『タクマ』は特別な存在(オカズ)だった。

 

先祖が寝取られた男性――が信奉していた男神。その神を拙が汚すという構図は、どこか幾何学的な芸術めいてプライスレスな絶頂をもたらしてくれた。その節は本当にありがとうございました。

 

以前から重宝している男神が、会場の人々を快楽の牢獄へ収監していく様はどこか眩しくて、誇らしい気持ちになる。

やはりタクマさんは『タクマ』、世界を救うために降り立ったキューピッド。逆に世界は傾きまくっているけどそれはそれ。

 

毎晩のオカズになってくれるだけでなく、気前よく幸せの片道切符を送ってくれるタクマさん。

ありがとうございます。あなたが与えてくださった絶頂の機会、拙は是が非でもモノにします。

 

 

『みなさん全員と結婚するのは時間的に難しいので、申し訳ありませんが、今日のところは抽選で数名の体験者を決めたいと思います』

 

GYYYAAAAAAAAA!!

UUUGGGAAAAAAA!!

SSYYYAAAAAAAA!!

 

タクマさんの一言で会場中に悲鳴や怒号や殺意が轟く。

 

『何卒ご了承ください! なお、権利欲しさに暴力行為を働いた方は即刻退場させます! 結婚式の権利も永久剥奪しますからご注意ください!』

 

抽選? ふふ、見え透いた嘘。

この場には理性の強い者ばかり集まっているが、どこにでも例外はある。タクマさんの安全を考慮するなら、人選は間違いなく行われている。それに結婚式は体験者とタクマさんだけでは成り立たない。体験者の家族も同席しないと結婚式の効力は伝わらない。

抽選で選ばれた者の家族に電話が繋がらず、結婚式に呼べませんでした――ではデモンストレーションとして片手落ちだ。

 

あくまで抽選はポーズで、水面下で手筈は整っている。

そして、男癖の悪い母を持つ拙には、何の話も来ていない。だったら――

 

殺気立つ周囲を後目に拙は、先ほどから妙にソワソワしている我が国の代表を見た。

まだどんな抽選方法か説明されていないのに、支部長は開場の際に配られたレジュメを両手で大事に抱えている。

 

レジュメの表紙の端には、拙の物と異なる数字が書かれていた。

……そういう事。

 

「ねえ、支部長。少しお喋りしませんか?」

 

くっ付いたら二度と離れないような、粘り気たっぷりの声を支部長の耳に当てる。

 

「……ひょ? ひょぃ……ぅぃぃ……」

 

なぜか真っ青で呼吸もままならない支部長が可笑しくて、拙は心から(わら)った。

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