「凛子とイルマ王女が双子? で、でも凛子は一般家庭出身だったはずじゃ?」
理解が追いつかない頭で何とか疑問を挟む。
以前の話だ。タクマのファンクラブを結成するにあたって、会員特典として音声ドラマを作ることになった。その題材をどうするかの議論の場で。
「ファンの大半は一般家庭出身です。ここは同じく一般家庭出身のあたしから叶えてほしいシチュエーションがあります!」
と、音無さんは拳を固く握って『幼なじみ物』を推していた。他にも事ある事に一般家庭の代弁者として、音無さんは自分の欲望を俺の活動に捻じ込んで来たのだ。なのに、ここに来てイルマ王女と姉妹? 王族だって言うのか?
「あたしは一般家庭出身、どこぞの女王の穴から産まれただけで、あとは一般ピーポーね」
「リンちゃんは生後一週間で、お子様の居ない
「いいぃ、そりゃまた何故に?」
「何故って……」音無さんはチラリとイルマ王女を見てから「今さら引きずる話じゃないけど」と頭を搔いて言った。
「――あたしが双子の妹だから、かな。あの国じゃ王族が双子を産むと色々あるんだなぁこれが」
なんだそれ?
あれか、地球各地の伝承よろしく双子は忌み子と思われているのか。
地球での忌み嫌われる理由は様々で、双子は虚弱体質だからとか、権力闘争の火種になるからとか、悪霊や邪神が遣わした存在だからとか、新しい命を何だと思っているんだと憤る理由が並ぶ。
ブレイクチェリー女王国でも双子は嫌悪の対象であり、しかも現代でも通じる考え方だと?
「他国のやり方に文句を付けるのは傲慢だけど……ままならない話だな」
頑張って言葉を選んでいるが、内心俺は苛立っていた。
時代錯誤も
「ブレイクチェリー女王国は、かつて双子の妹君であったユノによって国家半壊の憂き目にあいました。妹たる者、一皮むけば
「なるほど、国家半壊なら仕方ない」
俺の正当な怒りは正当な言い分によって即鎮火した。
そうだった、ブレイクチェリー女王国は『双姫の乱』で深刻なトラウマを持っているのだ。
下手人はこれまでも毒々しいヤラカシを積み重ねてきたユノ様。姉の婚約者であるヒロシを奪った挙句、鬱憤と性欲が溜まっていた多くの未婚女性を扇動し、国内から多くの男性を強奪して海外逃亡した大悪人。加えてヒロシとの幸せな家族絵図を姉に送りつけるという、ネトラレビデオレターの草分け的行為に興じた
そんなユノ様の血が混じった家系であれば、双子の妹に警戒するのは当然かもしれない。
音無さんがブレイクチェリー女王国の血筋とはねぇ。ってことは性祖な由良様と音無さんは遠い親戚になるのか……性格はともかく、性欲と戦闘力の強さは似ているな。
「酷いよねぇ~生まれだけで人を判断するなんてさ。あたしがイルマの大事な人を
「いつの日か俺がアイドルを引退して、他の女性と結婚して暮らすようになったらどうする?」
「…………はっ? ぶん獲るに決まっていますけど。邪魔するものは全部ぶっ壊してタクマさんをゲットしますけど。ってかありえない仮定やめてもらっていいですか、言っていい事と悪い事ってありますよね。地獄のネトラレシチュに心臓がリアル3秒停止ですよほんとお願いしますね」
「す、すんません」
目のハイライトを消した音無さんを前に、俺はすごすごと引き下がった。
音無さんは(理性)ゆるふわ系で、腕っぷしは戦闘民族・肉食女性の中でも飛び抜けている。
やろうと思えばやれるのかもしれない、ユノ様と同程度のことが……
「そう言えば、凛子は自分が王族ってなんで知っているの? 一般家庭で普通の子として育てられたんだよね?」
「昔からテレビで王族を観ると、ムズムズした気分になったんだ。ぶっ飛ばしたり関節キメたりしたくてたまらないようなムズムズ。特に女王を観るともうダメ、腰の入った一発を千回はお見舞いしたくなっちゃう。なんだろうね、捨てられた恨み? 生粋の生理的嫌悪? ともかくそんな事を日常的に喋っていたら育ての親が『あなたの実の親は――』って青い顔で教えてくれたわけ」
「エエぇ……」
「あたしがテロっちゃう前に冷静になってもらおうと出自を明かしたのかな。あははは、あの頃はあたしも若かった」
無自覚ユノ様予備軍に自覚を促したのか……育ての親御さんの心労が察するに余りある。
「ふふふ、生まれを知ったリンちゃんは拙に会いに来てくれましたね。それも何度も何度も。籠の鳥だった拙にはこの上ない幸福でした。リンちゃんは拙を次期女王ではなく、血を分けた姉でもなく、一人の友人として振り回してくれたのです。ああ、自由気ままに翻弄された新鮮で心躍る日々……掛け替えのない色褪せない日々……」
「べ、別にイルマに会いに来たんじゃないからね。何となく女王をぶん殴ろうかなーって王城に忍び込んで、たまたま出くわしたイルマから襲撃に役立つ情報を抜き取ろうかなーって取り入っただけだから」
「照れ隠しよりテロ隠ししようね。双子の妹ヤバい説を証明しているじゃないか」
「ぜ、全然違いますー。あたしはユノと違って、周囲に迷惑をかけず獲物を略奪系女子だし」
周囲に迷惑か……俺は結婚式セットに目を向けた。
チャペルの至る所が少し傷んでいる。先ほど音無さんと椿さんが繰り広げた空中戦の余波が原因だ。
礼拝用マサオ様像はちょっと
これで、迷惑をかけずね……ふーん。
「二人の出会いは分かったけど、どうして離れ離れに?」
「ぶん殴ったから」
「えっ?」
「あたしがガチで女王をぶん殴ったから」
「いいっ!?」
「腹の虫がおさまらない時って誰にでもあるよね。そんな時、近くに気に入らない顔があったらどうする? 自然と手が唸るのも仕方ないと思わない?」と、王族出身らしからぬ頭蛮族の音無さんは経緯を教えてくれた。
ブレイクチェリー女王が娘の婿候補に手を出した――世界的に知られるネトリ(ネトラレ)に当時の音無さんは激怒した。
必ず、かの
「呆れた女王だね。生かして置けぬ」
いつものように音無さんは王城へ侵入し、今から女王をこれから女王を殴りに行こうか――とイルマ王女を誘ったらしい。が、イルマ王女が復讐の心を持っていなかったので一人で決行した。
今代の女王は快楽に耽る性活を優先し、政治を部下や親類に任せている。そんな淫乱ニートへ貴重なリソースは割けられないし何より複数の男を独占してムカつく、という合理的かつ一部嫉妬の混じった判断で女王の護衛体制は貧弱であったそうだ。
故に音無さんは女王の横っ面をぶん殴るまでは成功した。が、残念。その時点で捕縛されてしまう。
「あの頃のあたしはダンゴの訓練を受けていなくて、タクマニウム未接種のヨワヨワだったなぁ……あ~あ、今ならあいつの命に届くのに」
ともあれ(王族で無いとは言え)女王の子を罪に問えば国内外を大いに刺激してしまう事や、倫理観アウトの淫乱ニートを殴ってくれてありがとうスッとした、という合理的?かつ一部私情の混じった判断で事件は公表されなかったらしい。
……もしかして女王の権力って思ったより無いのか? お飾りと言うか邪魔者扱い?
「罰せられはしなかったけど居心地は悪くなったし、何よりあの女王の国に居るのに嫌気が差した。で、たまたまブレチェ国に仕事で来ていた静流ちゃんと出会って意気投合、お互い人生やり直そうと名前を変え、縁もゆかりもない南無瀬領で心機一転頑張ることにしたんだ」
掻い摘んだ説明だったけど、経緯は分かった。あの音無さんに悲しい過去?があったとは……人に歴史あり、とはよく言ったもんだ。
「リンちゃんが国と名前を捨てる事になったのは拙の所為です。拙がしっかりしていればリンちゃんは」
「そういう葛藤
ようやく再会を果たした二人。しかし、喜んでいるのはイルマ王女だけで、音無さんは素っ気ない態度だ。生まれ故郷のブレイクチェリー女王国へ未練が欠片も無いのだろう。音無さんって俺関係以外はドライだもんな。
「そんな、拙はリンちゃんとずっと――ずっと――ううっ」
ああ、可哀想なイルマ王女――と同情する一方で、俺の生存本能は状況を冷静に分析していた。
このままではイルマ王女の闇が深まって、身分や物理法則を捨てたヤンデレチックな接触を計ってくるだろう。
挨拶代わりに空間を軋ませる超人のヤルこと、巻き込まれればヘロヘロ一般人の俺は木の葉のように中空を舞うに違いない。
超人ヤンデレはすでに満員御礼お帰りくださいだ。その芽、摘ませてもらう!
二人の仲を取り持ってイルマ王女の執着心を薄める。
音無さんにとっては余計なお世話だろうが、許してくれ。俺は我が身可愛いタイプの俗物なんでね。
おっと、仲を取り持つ過程でイルマ王女の関心が俺に向かないよう注意しないとな。
まあ、イルマ王女は俺よりも遥かに音無さんへ執心しているみたいだし大丈夫だろう。上手くやるさ。