『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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今回の話は、後半が三人称になっています。当初は一人称で行おうとしたのですが、狂人に接近し過ぎるのは危険だと三人称に思い直した次第です。


【新女王の善意】

我にとってイルマは気味の悪い娘だった。

今の時代、『女王』には大きな決定権はなく、置き物のように居るだけで済む仕事がほとんどだ。適当に好き勝手やればいい。なのに次期女王になるからと、幼少から文句の一つ無く勉学に励むイルマは我の理解出来ないモノだった。

しかし、手間を掛けさせずに育った点は評価する。何より己の片割れであろう婚約者候補を、我に差し出す従順さは愛らしいものだ。娘とはかくあるべきよ、ふははははははは。

 

そんなイルマが不知火群島国でタクマと接触した、との報が我の耳を揺さぶった。

何たることか、タクマ、あのタクマか!

世界で唯一無二の男性アイドル。生きながらにしてキューピッド少年やヒロシ様と並ぶ伝説の男。

そのエロさたるや、当人を視界に収めただけで天上の景色が見えるらしい。

是が非でも喰いたいと前々から接触を試みてきたが、不知火群島国のガードは厳しく。未だ我は天上へ至れずにいた。

 

そのタクマとイルマがコネを作ったと言う。

ふっはははは、気味は悪いがよく出来た娘よ。特に男を貢ぐ手腕は舌を巻くほどだ。

 

帰国したイルマをオイシュットダンシュイン城『深みの謁見の間』へ呼び寄せた。

 

「此度の政務、ご苦労であった。お前の働きで人口維持組織(キューピッド)に我が国の権威を示せたと言えよう」

 

玉座から労いの言葉をかけてやる、女王の慈悲に喜び咽べ。

 

「ありがとうございます」

 

感情の無い機械めいた返事をしおって。なにを考えているのか分からぬ娘よ……うん? そう言えばこ奴、スーツのままか。

通常であれば、従順さを示すように我の前では使用人服だったのに……まあ、急ぎ呼び寄せたからな、着替える時間が無かったのであろうよ。

イルマの服装なんぞどうでもいい、兎にも角にもタクマだ。

 

「聞いたぞ、タクマと接触したのだな。どう映った?」

 

「至高に見えました」

 

「男に執着しないお前が即答とはな。やはりか、やはりタクマは逸品か」

 

面白い、ますます欲する。タクマの首筋を舐め伝いたい、さぞかし可愛く鳴くだろうよ。

 

「陛下はタクマさんを如何したいのですか?」

 

「ん?」

目隠れのイルマから確かな視線を感じる。それに含まれる慣れ親しんだ『敵意』が、我を高揚させた。

 

「ふっははははは! 枯れたお前でも湿ったか。極上の男であるな、タクマは」

 

「質問にお答えください」

 

「くだらぬ事を訊く。据え膳喰わぬは女の恥よ。膳が来るのを指を咥えて待つのも恥だ、我はタクマを喰うぞ。協力せよ、さすれば、おこぼれにありつけるやも知れぬぞ」

 

「もう一つお聞かせください」

 

「我の言を無視するとはな。キサマも偉くなったもの――「リンちゃんを覚えていますか?」

「あん?」

「リン・ブレイクチェリーのことです。陛下が産んだ、拙の双子の妹です」

 

リン・ブレイクチェリー……ああ、奴か。

 

「覚えておるぞ。数年前に我を強襲した不届き者であろう? 腹を痛めて産んでやったのに、原点回帰とばかりに腹パンしおって」

 

「陛下を襲った罪で国外追放となったリンちゃんは、今やタクマさんの男性身辺護衛官の任に就いて、立派に職務を全うしています。タクマさんを傍に置くのは考え直していただけませんか?」

 

「なんと、愉しき構図ではないか。あのはねっかえりがタクマの護衛とはな……面白い、俄然燃えてきたぞ。娘の大事なモノを奪うのも一興よ」

 

我に奪えぬ男は居ない。それがイルマやリンの大事な男であろうとな、ふっははははは。 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

ん? なんだこの震動は?

 

「率直なご返答ありがとうございます」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 

「おかげさまで、拙の(うれ)いは晴れました。心置きなく事に臨めます」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

「お礼と言っては失礼ですが、陛下にはタクマさんと並ぶとも劣らない快楽をご提供いたしましょう」

 

まさか震動の源はイルマか? バカな、こ奴にこれほどのプレッシャーが、我を震わせるほどの力を起こせるものか。

 

「なんだその物言いはその圧は! 不敬であるぞ、今すぐ止めぬか!」

 

手にしていた銀の杯を投げつける。渾身の一投、当たり所が悪ければ命すら刈り取るやもな。

 

「っ、な、なにぃぃ」

 

目の錯覚か、イルマから放たれるプレッシャーに呑み込まれた杯は大幅に減速され――

 

「奪い壊してばかりですね、陛下は」

 

男でも受け止められる速度に堕ち、イルマの手に優しく収まった。

 

「なんだそれは、なんだその奇天烈は、トリックでもあるのか、姑息な手を!」

 

作り物(トリック)ではありません、これは拙の心、拙の心の波動を外に向けたまでです」

 

「ふざけるな、ワケの分からぬことを! 我の拳で直接引導を……ぐぅっ!?」

 

た、立てん。両肩を何かに押さえつけられたように、手も足もまったく動かせん。

わ、我は王ぞ! 生まれた時から支配する側に君臨する者ぞ! 見よ、百獣の王の如き、鍛えずとも在るべきモノとして培われた強靭な肉体を! 我が手も足も出せない事なんぞあるはずが……

 

「満たされてきた陛下には、奪われ壊されてきた者の心は分かりません。ですが、それは仕方なきこと。誰も陛下に教えなかった故の悲劇です、お可哀想な陛下……」

 

一歩、一歩、ゆったりとした頑強な歩みでイルマが接近してくる。

 

「く、くるな! 来るでない!」

 

女王としての余裕も矜持も掻き消えた。本能的に察してしまう、こ奴はヤバい。戦いにすらならない、戦いの舞台にすら立てない。

 

「悲しみに塗れた陛下……ですが、ご安心ください。拙がこの手を伸ばしてお救い致します」

 

「不遜で不穏なことを! ええい寄るでないわぁ!」

 

「怯えないでください。喜んでください。拙が新しい世界へ案内します。産みの痛みにも劣らない痛みが脳を直撃するかもしれませんが、いえいえ一時の痛みです。いずれ快感になりますので」

 

「ぐおおおっ、我のそばに近寄るなああーッ」

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

イルマ・ブレイクチェリーの女王即位は、突然の発表にも関わらず賛同の声で迎えられた。

イルマの人間性や能力が支持されたわけではない。これまでの彼女は政治の場に出る事が少なく、前女王の給仕役が常だった。そもそも知名度が無いため多くの者が彼女を測りきれなかったのだ。

 

しかし、逆ハーレムを築いてヨロシクやっている前女王と比べれば――

存在しているだけでヘイトや厄介事を増やす前女王と比べれば――

ただの案山子(かかし)だって有能に見える。大きな期待はされないもののマイナスをゼロにするから、とイルマは庶民や政界から歓迎された。

 

が、彼女が女王即位と同時に行った改革によって評価はすぐさまプラスに傾く。

 

『王室費の削減』である。

 

国の格を保つため、王族の衣食住にはそれなりの経費が掛かる。オイシュットダンシュイン城の維持費一つ取っても馬鹿にならない額だ。

どこぞのアイドルのせいで国民の金銭感覚がガバガバになり経済が不安定な現状、無駄は削減するに限る。

 

最も不要な王室費と言えば、前女王の逆ハーレムだ。

夫たちの美容セット、コスプレ衣裳、精力剤、アダルトグッズは金に糸目を付けず用意されている。これまでは前女王の威光(圧力)でメスと雌を挿れられない性域だったが。

 

「廃止です」

 

イルマの一言で、あっけなく終焉となった。

逆ハーレム要員だった男性たちは一人残らず元の家族の所に戻され、落ち着いた頃を見計らって新たにお見合いをする手はずだ。

これには国民一同拍手喝采。婚活市場に男性が放流されるのは朗報であるし、何より憎き前女王が男無しに落ちぶれるのが気分爽快。心の底からのざまぁ気持ち良すぎだろである。

 

前女王から強烈なクレームが来ると王族関係者は恐れたが、不思議なことに前女王は沈黙を保った。と言うか、前女王はイルマへ王位を譲ると声明を出して以来、自室で絶賛引きこもり中だ。世話を担う使用人の話では、覇気と性欲に溢れていた雌姿(ゆうし)はどこへやら、すっかり枯れて老け込んでしまったらしい。

いったい前女王に何があったのか……事情を知らない人々は首を傾げ、知る僅かな人々は青い顔で口を噤むのだった。

 

 

 

 

前女王の寝室はひっそりと静まり返っている。かつての栄華は見る影もなく、酒池肉林を謳歌した大型ベッドに横たわるのは今や部屋主だけだ。

 

「ご気分はいかがですか、お母様」

「…………」

 

ベッドの傍に立ったイルマが変わり果てた母に言葉を掛ける。そこには慈しみが含まれていた。女王に就任しても相変わらず目元まで髪を伸ばしているが、眼光も穏やかなものだ。双子の妹と大切な男性に危害を加えようとした敵――そうであってもイルマは母に愛情を持ち続けている。

 

「本日はお母様宛の手紙をお持ちしました」

「…………ヒッ」

 

だから、これから始まる断罪に悪意はない。

 

「バーニィーさんのご家族からです。バーニィーさん、お見合い相手と再婚される事になりました。仲睦まじいお二人の写真が同封されていますよ、こちらです。ご覧になってください」

 

イルマは仰向けに横たわる母の眼前へ写真を突き出した。疲弊しきった前女王にベッドから飛び起きて逃げる気力は無い。

 

「……ィィヤァ……」

「ご覧ください。お母様がこのベッドで散々愛し合ったバーニィーさんです。写真のバーニィーさんはぎこちない笑みながら、新しいお相手へ懸想しているように感じます。お相手の服の端をそっと掴む仕草が何とも初々しいかと」

 

嫌々と首を振って目を閉じる母のために、イルマは写真の内容を細かく語る。さらに。

 

「バーニィー様のお相手からの手紙も読み上げますね。『イェーイ、元女王様見てるー? あんたの大事なバーニィーは私のモノになったよ。ほんと可愛いよね、毎晩ズブズブに愛し合って最高! バーニィーったら私のテクにメロメロでさ、ぶっちゃけあんたよりも上手いって――」

 

かつて愛し合った男と、どこの馬の骨かも分からない女との情事を読み伝える。

手紙も写真もイルマが手配した。前女王に元夫への未練を断ち切らせたいので協力してください、と再婚相手たちに依頼したのである。みんなノリノリで了承してくれたのは言うまでもない。

いずれはビデオレターも所望したいところだ。

 

 

「アッ……アッ……アッ……」

 

嘘だと言ってよ、と頭を抱えて苦しむ母を見ながらイルマは「うふふぃ」と微笑む。地獄へと誘う善意の笑みを浮かべる。

 

「お母様、壊れてください。脳をバラバラにしてください。存分に絶望してください。でも、どん底だからこそ生まれ()ずるモノはあります。それに気付いて、拙と同じ景色を見ましょう……」

 

寝取られたショックで脳が崩壊する時にしか摂取できない成分がある。格別で甘美で無類で、これほど素晴らしいものはない。

イルマは心底そう思っているし、この素晴らしさを親しい人々と分かち合いたいと思っている。

 

 

「今頃、リンちゃんはタクマさんと仲良くしているでしょうか……愛し合っているのでしょうか……ぐぅぅぅ、イイィ、この痛み……もっともっと強くほしい……うふふふぃ、この幸せをリンちゃんにもお裾分けしたい……」

 

軋むイルマの脳裏には、双子の妹と(ボディタッチ的な意味で)唯一肌を許した男性の笑顔があった。


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