建設的な意見が交わされ、次回リハーサルへの方針が見えてきた。
ポイントは視覚刺激と嗅覚刺激の抑制。
それには、肌を露出させず、なおかつボディラインが浮き出ない厚着を必着。
加えて芳香剤や消臭剤を装備し、気化熱を利用した冷却効果を持つクールベストと保冷剤を付けて体温の上昇を抑える……と。
ここまで話し合って、俺たちは微妙な顔になった。
『みんなのナッセー』のスタジオは、子どもが多くいるため室温に気を遣っている。
寒すぎず暑すぎずの環境で、子どもたちは動きやすい半袖で踊ることが多い。
その中に、やたらモコモコした俺がいる。
クールベストはどう甘く見ても子ども番組には不釣合いなので、上から何か着なければならない。
また、芳香剤や保冷剤を仕込むとなるとモコモコ度合いはさらに上昇するだろう。
薄着の幼女にたちに混ざるモコモコの俺。
場違い感半端ねぇな。
モコモコ問題に対する解決案をみんなで思案するが浮かばない。
何かヒントになる物はないかと視線を武道場内に漂わせていると、一人蚊帳の外でイジケている音無さんが目に入った。
興奮したり叩かれたりしてそれなりに汗をかいた音無さん。
ただでさえパッツンパッツンな衣服が汗を吸って大変な事になっている。
ごくり。
俺も男ですし、失礼とは思いつつも凝視してしまう……
と、そんな彼女を見ていて一つのアイディアが生まれた。
音無さんのワンピースに描かれている熊。
熊……そういえば、二代目ナッセー君も熊だったな。
そんな想いが、こんな言葉になって出た。
「いっそ俺が着ぐるみに入れば解決ですよね。視覚刺激も嗅覚刺激も着ぐるみを着れば関係ないですし」
自分としては冗談のような提案だった。だって、これには男性アイドルの利点をぶっ壊すデメリットがあるのだから。
しかし。
「拓馬はん、それイケるかもしれへんで!」
「そこに気付くとは……三池氏、天才か」
なぜか俺の意見は歓迎されてしまった。
え、いいのこれで?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「あらあら、タクマくんご一行さまぁん。今日はどうしたのぉん、『みんなのナッセー』の収録日はまだ先よん」
ナッセープロダクションに赴いた俺たちは、顔馴染みとなったオツ姫さんと次回の収録について話し合うことにした。
現在、スタジオでは別番組の収録が終わってセットの片付けが行われている。
その隅で俺たちは、タクマ起用の方針をオツ姫さんに伝えた。
「なるほどぉん、視覚と嗅覚を抑制することで、子どもたちぃんにヤンチャさせないわけね」
「そのためにな、『みんなのナッセー』の道具を使いたいねん」
「何をかしらぁん?」
「ズバリ、着ぐるみや」
着ぐるみなら肌の露出などありはしない。それにクールベストや保冷剤などで重装備になった体格を誤魔化せる。真矢さんはそう計算したようだ。
だけど、着ぐるみになったら根本的な問題が発生すると思うのだけど……
南無瀬組のみんなが着ぐるみ作戦に乗り気なため、もしかして俺の認識がおかしいのかと不安になり、質問をすることが出来なかった。
「えっ、着ぐるみですか!」
たまたま近くを通ったスタッフが驚く。
「あ、この子はね、二代目ナッセー君の中の人なのん」
オツ姫さんの紹介で、スタッフがモジモジと頭を下げて挨拶する。
まだ若く何事も体当たりで挑むような頑張り屋、そんな印象を持たせる雰囲気があるな。
「お話を盗み聞いたみたいですみません。あ、あの……では、タクマさんが私の着ぐるみを使うのですか?」
不安げに尋ねてくるスタッフ。きっと自分の仕事が取られるのでは、と心配なのだろう。
そうじゃないですよ、と優しく言おうとしたが
「男性が、タクマさんが、私の汗と匂いの染み着いた着ぐるみに入る……これはある種のドッキング」
「ないです。そんなことは一切ありません」
トリップする輩に俺は遠慮しない。ハッキリと否定の言葉をぶつけてやる。
「さすがに番組の看板マスコットや現在使用中の着ぐるみを乗っ取るのは悪いやろ。せやから、他のキャラを拝借したいねん」
「あらん、それなら何がご所望なのぉ」
「初代ナッセー君なんてどうや?」
「初代ナッセー君……ふぅん、懐かしいわねぇ。よくご存じなものだわぁ。あれが卒業したのはいつだったかしら、二十年以上前だったような」
「オツ姫はん。その話題はうちらを傷つけるだけや。やめとこ」
「わたしとしたことが……その通りね」
「この間、社長はんに会ってな。えらい初代ナッセー君に執心してたみたいやった。あの様子からして初代ナッセー君の着ぐるみを未だに保有していると、うちは読んだんやけど」
「ご明察よん。今でも着ぐるみは社内にあるし、定期的に社長が自費でクリーニングしていたはずだわぁん。今、スタッフに持って来させるわね」
話がトントン拍子で進み、社内の倉庫で眠っていた初代ナッセーの着ぐるみがお目見えとなった。
「まさか、初代ナッセー君がまた陽の目を見る時が来るなんてね」
どこかで話を耳にしたのか、生みの親である社長さんも同伴だ。二度と使われることがないかもしれない物を定期的に洗っていた社長さん。初代ナッセーに対する愛は本物なのだろう。今も愛しの我が子にするように半魚人の頭を触っている。
「エキセントリックな見た目」
「こりゃあ取って代わられるのも納得ですね」
そう言ってやるなよ、ダンゴの二人。
確かに近くで見れば見るほど海に捨てたいデザインをしているが、これでも『みんなのナッセー』の黄金時代を築いたキーキャラクターだったはずだ。
番組の大先輩で大恩人、ここは敬意を払おうじゃないか。
「じゃ、着ぐるみのサイズが合うか、拓馬はん中に入ってみてくれへん?」
初代ナッセーは胴体部分と頭を別々に作っている。
まずは頭部を外して、胴体部分に袖を通すことにしよう。
スタジオの床に置かれた首のない胴体と首オンリー。
酷いデザインも合わさって、サイコな雰囲気がプンプンだぜ。
着ぐるみの背中にあるヒレ、そこに目立たないようファスナーが付けてある。ファスナーを下げれば背中が開け、人が入り込めるようになった。
社長さんが目をキラキラさせながら
「この間、綺麗にしたばかりだからカビ臭さはないわ。安心して」
と言う通り、着ぐるみの内部に不快感はない。
ある程度誰でも着られるようにしているためか、伸縮性があって俺の身体にもマッチする。
これで首から下は良し。後は、頭部を被れば完成だ。
胴体部分の着心地を確認して、「頭を持ってきてください」
そう真矢さんたちにお願いする。
――が。
「何言うてん? 頭なんかいらんやろ」
「はっ……? え、でも」
「三池氏、しっかりする。頭部を装着したら視聴者から三池氏が見えなくなる。それでは男性アイドルを起用する意味がない」
んなことは分かっている。だから、俺は着ぐるみを採用することにずっと疑問を持っていたのだ。
「このままで番組に出るんですか? 半魚人の身体に被り物なしの顔で。じょ、冗談でしょ?」
こんなの絶対おかしいよ!
と、周りを見渡すのだが、おかしい事を言っているのは俺みたいな空気になっている。
キャラクターの着ぐるみから中の人が見えるなんて、あってはならないことだ。
世界的に大人気のネズミの頭部が外れて、額にタオルを巻いたおっさんが顔を出したら大パニックだろ。
マーメイドのように魚の足に人間の上半身なら、まだ話は分かる。
しかし、初代ナッセーは身体中ウロコがビッシリで、頑強そうな二本足が伸びている。
社長さんのこだわりのためか、どの箇所も無駄にクオリティが高い。
そこに人間の顔、というのは不自然極まりないものに思えた。
『中の人などいない』
それが着ぐるみの鉄則なはず。破れば夢見る子どもの心を引き裂きかねない。
と、いうことを真矢さんたちに説明するのだが、みんな小首を傾げるだけ。
「そら、着ぐるみの中の人が見えるのはアカンかもしれへんけど」
「代わりに男性の顔が出てくるなら問題なしですよ! 魚よりイケメンの方がみんな喜びますって!」
「多少変でも男性が見られるならすべて許される。幼女の夢や心を破るなど
いかん、この人たちじゃ話にならない。
「社長さん、これでいいんですか!? 丹精込めて作った初代ナッセーが酷いことになってますよ!」
制作者にしてナッセープロダクションの社長。彼女に番組への敬意が足りない者たちへお叱りしてもらおう。
と、思って声を掛けたのに
「ああぁぁ、わたくしの初代ナッセー君がこんなに男前に生まれ変わって。うう……わたくしは幸せものだわ」
目を覚ましてよ、社長!
あなたが愛してやまない初代ナッセーの頭部がゴミのように転がっているじゃないか。どこが幸せなんだよ!
「拓馬はん、安心してな。何もこのまま使用するわけやない。着ぐるみは今時の子どもにウケるよう可愛くするし、拓馬はんの方にも胴体との親和性を上げるためのメイクをするで」
真矢さんの言葉が遠く聞こえる。
この国の人々は、男に関わることならば道理を捻じ曲げても何とも思わないのか。
恐ろしい、まったく恐ろしいぜ、不知火群島国。
日本から来てこれまでで一番のカルチャーショックに頭を抱えていると、音無さんが
「三池さん、そんなに難しく考えないでくださいよ。えーと、じゃそうだ。初代ナッセー君は長年溜めた経験値によって進化したんですよ。その影響で首がチョンパして、新しく男性の頭が
幼児対象番組だからって適当ぬかしてんじゃねえぞ!