『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ぼく、ぎょたく君

「ほな、この着ぐるみは一旦南無瀬組が預かるで。拓馬はんの匂いが外に漏れんよう密閉性を上げんとな、けど内部温度は低めにしてっと……結構な魔改造になるけど、拓馬はんが気持ち良く着れるよう頑張るで」

 

「でもぉ、着ぐるみのバージョンアップ代って高ぁいんじゃないのん。タクマ君の出演料を格安にしてもらってこんなことを言うのは情けないけどぉ、わたしたちの番組、もう回せる予算が全然ないのよん」

 

「心配あらへん。支払いは『みんなのナッセー』が復活軌道に乗ってからでええ。なぁ、社長はん。こっからはビジネスの話をしようや」

 

「あなたの考えをお聞かせください」

初代ナッセーへの想いを軽やかに塗り変えた社長から、一企業の頂点に立つビジネスウーマンのオーラが放たれる。

 

「拓馬はんが番組のレギュラーになった場合の視聴率の上昇値、それに伴う利益はナッセープロダクションはん側でもソロバン弾いているやろ。なら、グッズ販売の方はどう考えとる?」

 

「現段階ではタクマさんを表紙にした絵本やカレンダー、歌のCD、DVDの販売を計画しております。幼児や親御様ではない層からの需要も見込めますので、店舗販売だけでなくネットを使った取引にも力を入れるつもりです」

 

「まあ、そんなところが限界やな。肖像権の問題はあるし、あまりやり過ぎると男性を売り物にしている、ってクレームが来るさかいに……けど、売り出すのが拓馬はんやなく新マスコットの『ぎょたく君』やったらどうや?」

 

魚拓?

 

「そ、それは!?」

 

「マスコットなら販売可能なグッズの種類は一気に広がるで。拓馬はんの顔をええ感じにデフォルメして、ぬいぐるみとして売り出すのもアリやろ。グッズコーナーに置いてある小サイズのぬいぐるみはもちろん、ぎょたく君なら前代未聞の1/1サイズでもイケる。寂しい夜のお供に、って売り出せば言い値で買うって女性が絶対出てくるで」

 

寂しい夜のお供って、幼児番組グッズの宣伝文句じゃ絶対ねーよな。

 

「それとな――」真矢さんの口は止まらない。

 

文房具や食育グッズとしてぎょたく君を売り出すアイディアをポンポン出して、それが如何に幼女たち、母親たち、関係ない世代の女性にウケるのかを説明する。

 

「男性を商品に、という非難が来たらこれは男性ではなく、魚の妖精と言えばいいんや。どうせ非難する連中もほんまは男のグッズが欲しいねん。多少ガバガバな説明でも引っ込んでくれるやろ。それでもダメなら南無瀬組が何とかするで」

 

話が進んでいくと共に社長さんとオツ姫さんの顔に喜色が浮んでいく。

 

「ナッセープロダクションはんが羨ましいわ。どれくらいの利益になるのか、うちでも予想できへんわ」

 

「タクマさん。それに南無瀬組様。ナッセープロダクションの社員を代表してお礼を申し上げますわ。本当にありがとうございます。あなた方とビジネス出来て、わたくし共は幸甚(こうじん)の至りです」

 

真矢さんと社長さんがにこやかに握手を交わしている。

もうダメだ、俺の半魚人化を止めることは出来ない。

はは、ははははは。笑うしかないわ。

 

「ああ、見えるわ。わたくしの初代ナッセー君が……いえ、ぎょたく君がスターダムをのし上がっていく姿が」

 

「楽しみねぇん。どんな風にぎょたく君を()かすか、わたしの脳内をアイディアの奔流が走っているわぁん」

 

俺の苦悩などお構いなしに話がまとまってしまった。

 

「三池氏」

「なんですか椿さん?」

「初代ナッセー君は魚の妖精」

「それで?」

「妖精は滅多に人前に現れない。そして」

「……」

「男性も滅多にお目にかかれない」

 

だから、俺が初代ナッセーの頭部を蹴落として、代わりになったとしても違和感はないと言いたいのか。

 

もういいよ、そういうことにしよう。

考えたら負けだと思う。

 

 

 

 

南無瀬組が借りた倉庫にて初代ナッセーからぎょたく君への改修作業が行われた。

機能性の向上はもちろん、ウロコだらけでリアルだった見た目をファンシーにしていく。

 

そこまでするくらいなら新しい着ぐるみを用意した方がいいのでは、と思ったのだが

 

「この方法を選んだ理由は三つあるで。まず、一から着ぐるみのデザインを考えて作るのは大変やってこと。それに初代ナッセー君はナッセープロダクションの社長はんにとって大事な存在やった (過去形)。先方の好感度を稼ぐためにも既存品の改造を決めたっちゅうこと。んで、最後の理由は――」

 

真矢さんがそう言うならそうなんだろ、と俺は納得した。

もうね、不知火群島国の人たちの思考を100%理解しようとすると俺の脳が不条理に陥りそうになるから、流れに身を任せる処世術を身につけてしまったよ。

 

胴体の改修が終わり、後は首から上になった。

下が半魚人なのに顔がただの人間だと仮装舐めてんの、言われそうなのでメイクをちゃんとする。

 

日本のテレビにたまに出る某魚に超詳しい人みたいに魚を模した帽子を被り、魚人ならコレということで、耳にヒレを付けてみる。

幸い顔自体は人間のままにしてもらった。本当に魚顔にしたら誰得だからな。

 

「男性と魚の併せ技! そういうものもあるのか」

(うお)おおお、魚男子萌えぇぇぇ!」

 

完全体ぎょたく君を見たダンゴたちの反応である。

 

 

ぎょぎょ。ぼく、ぎょたく君。よろしくぎょぎょ(諦め)

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

次の収録日。

俺はぎょたく君姿でスタジオ入りした。

 

奇怪なクリーチャーを前に、最初こそ尻込みをした幼女共であったが

 

「怯えることはねぇ! 何はともあれ男じゃないか! ヒャア! 突撃だぁ!」とすぐ現実を受け入れ近づいてきた。

 

着ぐるみから中の人が見えたくらいで傷つくようなヤワな幼女は不知火群島国にいなかったんや……

 

「だっこして、だっこ!」

 

ご希望通りに抱っこするが

「違う、そうじゃない」と、どの子も腑に落ちない表情になる。

 

そりゃあね、こちとら着ぐるみ繊維ですし、匂いは歩くトイレと自称出来るほどフローラルですから。

 

変だよな。

普通、男より着ぐるみの方が子どもは喜ぶはずなのに。

いや、この世界で普通を論ずるより愚かなことはないんだ。

初仕事で、俺は一つの悟りに達した。

 

――その日の収録は、子どもの暴走もなくつつが無く終わった。

ついに俺は、乱暴されることもなくリハーサルを乗り越えたのだ!……が。

その快挙に対し、素直に祝杯を挙げる気にはなれなかった。

 

 

 

その後、俺は『みんなのナッセー』の新マスコットキャラ『ぎょたく君』としてデビューを果たした。

 

ぎょたく君は歌うことはしないが、おどけた調子でダンスして場をどんどん盛り上げる。

たまに「ランランララランランランラランラララン」とメロディーを口ずさんで場を(あらぬ方向に)盛り上げるが、そこはご愛敬ってことになった。

 

 

「男性をテレビに出すなんて! しかも、どうして魚なの。男性への侮辱よ!」

 

と、声を上げる人もいたみたいだが

 

「ぎょたく君の着ぐるみをしているのは、タクマさんの身を守るためのものです。着ぐるみ内部は快適にしていますし、虐待ではありません」

 

と、非難者の下へ南無瀬組員さんが行き『丁寧』に説明すると

 

「私が間違っていました。ナマ言ってすみませんでした」

 

非難者はコロッと態度を逆転させていた。

 

人類、みな姉妹。話せば分かりあえるものなんだなぁ……ブルブル。

 

 

 

少々ヘンテコな存在ではあるけど、テレビを付ければ男が観られると、『みんなのナッセー』の視聴率は天井知らず。

もちろん打ち切りの話はなくなり、スタッフのみなさんは喜び合っていた。

 

結果は俺の妄想通りなのに、ステージに立つのは歌のお兄さんではなく半魚人だ。半魚人なんだよ。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

最近、習慣になったことがある。

毎朝起きた時と寝る時は、以前社長さんからもらい、現在棚に飾っている初代ナッセーのぬいぐるみに頭を下げることにしている。

 

今、彼のグッズは完全に消え、『ぎょたく君』のグッズがナッセープロダクション史上最高の売り上げを出している。

 

自分の下半身を乗っ取り、自分を歴史の闇に葬った男。

俺はオカルトやホラーが苦手だ。

初代ナッセー君が俺を恨んで夢に出てきたら、布団を濡らすことになるかもしれない。

 

だから、毎日のお参りを欠かさないようにしている。

 

初代ナッセー様。どうかどうか、俺をお許しください。

そして、どうか安らかにお休みください。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「この方法を選んだ理由は三つあるで――――んで、最後の理由は南無瀬領は海流の影響で漁業が盛んやねん。ぎょたく君がブームを起こせば、魚の需要が高まるかもしれへん。それが、おそらく新しい仕事に繋がる」

 

真矢さんの予想は正しかった。

ぎょたく君が新たな仕事を呼び……そこで、俺は彼女たちと再会することになった。


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