立ちはだかるダンゴと黒服とマッチョのボス連合を前にしては、どんな勇者パーティーも全滅は免れない。町中のチンピラが似合いの孤高少女愚連隊では尚更悲惨な展開まっしぐらだ。
少女たちの若き血潮が南無瀬の海に散るのではないか、と俺が気が気でないでいると。
「待ってくれ、いや待ってください!」
先頭の元スケバンが気丈にも声を上げた。
「サザ子さんに言われた仕事は、ここにいない面子でちゃんとやっています。約束を無視したのは言い訳のしようもないけど、それでもあちきらはタクマさんに一言謝りたくて来たんです」
元スケバンの目が俺を捉えた。
その勝ち気な瞳に真摯さを感じる。あの晩、舌なめずりをしながらゲスな視線を送ってきた瞳とは違う。
「みなさん、話くらいなら聞いてもいいんじゃないですか?」
俺が助け船を出すと、周囲の空気が若干和らいだ気がした。もっとも警戒網が緩んだわけではないが。
「拓馬はんは甘いなぁ。ちょっとだけやで……ほんならお嬢はん、言いたいことがあるなら手早くな」
「あ、ありがとうございます! ……っと」
元スケバンは元々口が達者ではないのだろう。気持ちばかり先行して巧く言葉が出ないようだ。それでも、一度唾を呑み込んで。
「すんませんでした! 生まれてこの方、男日照りの男飢饉でムラムラしていたとはいえ、襲ってしまってすんませんでした! 妙子の姐さんに昔ながらの教育的指導を受け、サザ子の姐さんの筋肉にシゴかれて、自分たちがどんだけバカなことをしてしまったか痛いほど分かりました!」
元スケバンの後ろにいる少女たちの顔色が青を通り越して蒼白になる。
妙子さんとサザ子さんにやられたことを思い出したのだろうか。
「上半身ランニング」とか「ワセリン詰め合わせ」とか穏やかなじゃない呟きが聞こえてくるけど、これ巨大なトラウマになっているんじゃないっすかね?
「けど、あちきらが受けた痛みなんてタクマさんの心の傷に比べれば大したことないですよね」
いえいえ、どう考えてもそちらの方が重傷です。
襲撃を受けた翌日に南無瀬邸でライブやっていたノンキな俺のことなんて気にしなくていいんだよ。
「タクマさんと妙子の姐さんの旦那さんにはいくら謝罪しても足りません。だから、あのこれ! 言葉だけじゃ伝えきれないので書いてきました! あちきら一人一人の詫びがあります。ぜひ後で読んでください!」
元スケバンが差し出したのは大学ノートだった。
俺が取りに行こうと近づくのは警備上良くないので、代わりに真矢さんが受け取る。
「じゃ、持ち場に戻ります! タクマさん、お仕事頑張ってください! あちきらに出来ることなら何でもしますから」
「ええ、何かあったら頼らせてもらいます。ありがとうございますね」
社交辞令みたいな返事になってしまったが、少女たちは顔面で花火を破裂させたように笑顔へ早変わりして「任せな! じゃなかった、任せてください!」と胸を叩いた。
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スキップしながら去って行く孤高少女愚連隊を見送って、俺たちは漁業組合の建物に入る。
「わざわざお越し頂いた上に、ワタクシの不手際であの子たちをタクマさんに会わせてしまいました。すみません、お疲れになったでしょう。こんな所ですけど、まずはおくつろぎください」
薄桃色のカーペットと壁際の観葉植物が特徴のストレスフリーな談話室に通された俺たちは、お菓子とお茶を頂いて小休憩を取ることになった。
自分がいたらゆっくり出来ないだろうとサザ子さんが席を外す。
空いた時間。こうなると気になるのは、真矢さんが所持するノートである。
「それ、なんて書いてあるんですか?」
残念ながら不知火群島国の文字を読めない俺には通訳が必要だ。
「えーとな」
真矢さんがノートをパラパラめくると、どのページにもびっしりと文字が書きこまれていた。
筆跡を見るにどの子もページをまたいで謝罪を記しまくっている。
さらに孤高少女愚連隊メンバーの名前も顔も知らない俺を配慮してか、各自の顔写真がページの最初に貼られ、この謝罪文の主が誰なのか分かりやすく教える親切設計だ。
「みんな凄く反省しているみたいですね」と感心する俺とは裏腹に、真矢さんと横から覗くダンゴ二人は微妙な顔をする。
「とりあえず、さっきの子のところを掻い摘んで読んでみるわ。あのショートカットでロックな目つきの子の名前は
「え、あ、あの、謝罪とか反省は?」
「さっき本人が口にしていたから省略してもうた。ほら、ここらへんに書かれとるのが拓馬はんと陽之介兄さんへの詫びや」
そう真矢さんが指で囲むのは、姉小路さんが書いた五ページに及ぶ反省文の中の序盤半ページだった。
「の、残りの文章は……」
「自己紹介、自己PR、拓馬はんを賞賛する文章、住所や電話番号、連絡先アドレスもきっちり書いとるで」
「くっ! 姉小路氏はまだ良心的。こちらの女子は顔写真では飽きたらず、スリーサイズを写真付きでアピールしている。たわわな物を持っているからと誇らしげに! 私への挑発と受け取った」
「抑えて、静流ちゃん。未成年のやったことだし、胸のことくらいで72(なに)ムキになっているの。大人72(なに)んげんとして心を広く持とう」
「くっ! ここぞとばかりにおにぎりの仕返しを」
「それより三池さん、見てくださいよ。こっちの子はポエムを書いていますよ。三池さんは世界を照らす太陽で、自分はその光に晒されることでガラス細工のように壊れていた心の破片を紡いでいくだろう、やがて
「なんでや! 拓馬はん太陽説はセーフやろ」
「あれ、どうして真矢さんが過剰反応を? あたし72か不味いこと言いました?」
こんなんで大丈夫なのかなぁ。
ワイワイガヤガヤと、なんだかんだ楽しんで読む三人を見ながら、俺は孤高少女たちが無事更正するのか不安に思うのであった。
しばらくして、サザ子さんが如何にも仕事出来ます風な女性を連れて入室してきた。
「タクマさん、こちらは広告代理店の方で、今回のCM制作にあたって何かとアドバイスをいただいています」
「お初にお目にかかります。タクマさんのご活躍は毎週テレビで――」
広告代理店の人は、楕円形のフレームの眼鏡をして優しい印象を放っていた。客先に出向く仕事をしているため見た目には気を遣っているのだろう。
スラスラと俺を持ち上げる挨拶をするのは、さすがの一言だ。
CM制作は広告代理店が主体となって行われる。
広告主、この場合は南無瀬漁業組合とCMの企画意図、コンセプト、具体的な内容を何度も協議して、決定したCM企画を映像制作会社に依頼し撮影の段取りまでするそうだ。
そう広くはない談話室で、ソファーに座るのは俺、真矢さん、サザ子さん、広告代理店の人。
音無さんと椿さんは俺の後ろに立って控え、黒服さんたちは部屋の外で待機することになった。
「事前に南無瀬漁業組合さんにヒアリングしましたので、今回はその内容をタクマさんに確認していただき、問題がないかのすり合わせから行いたいと思います」
テーブルに広げられた資料には、CMの意図、どの層にアピールするCMにするのか、制作スケジュールなどが書かれている……らしい。
俺が不知火群島国の文字に不慣れなことを知っても、広告代理店の人は眉一つ動かすことなく「では、私の口から説明します」と一文一文読んでくれた。
俺が外国人だと勘付いただろうにまったく気にした素振りを見せない。仕事の出来る女性ってステキ!
「次にこちらをご覧ください」
配られたのは漁業組合の希望を反映した絵コンテだ。
一コマずつ鉛筆で簡単な絵が描かれ、注釈が挟まれている。
港、漁船、海、そして俺と思わしき人間のラフスケッチ。
構図がしっかりしているので、これを読むだけでCMの全体像がおぼろげに見えてくるな。
「CMでは漁業の楽しさを全面に押し出していきます。タクマさんには、甲板に立つ時、網を引いて魚を穫る時、帰港する時と常に笑顔をしてもらいます」
CMのストーリーは、俺が海に出て魚を穫って帰ってくる、という至って単純なもの。
しかし、男がやるのでインパクトは大らしい。
「拓馬はんを揺れる漁船に乗せるなら、安全管理はどう考えてんのや? スピード制限はモチやってもらうで。あと、網で魚を捕まえるシーンなんやけど――」
「そこはタクマさんが網を引くシーンと実際に漁船内へ魚が入れられるシーンは別々に撮影しまして――」
真矢さんが企画に対していくつも質問や注文をして、広告代理店の人とサザ子さんが答える。
そんなやりとりが何度も繰り返されたところで。
「随分話し込んでしまいましたね。一旦、休憩してその後、撮影予定場所へ行きましょう。撮影で使う船も停泊させています」
サザ子さんがお茶を持ってくるとソファーから立ち、広告代理店の人も一緒になって部屋を出ていった。
実りがある話し合いだったけど、その分疲れたな。
「話を聞いただけで、あたし興奮しちゃいました! 漁師姿の三池さんに夢が広がりんぐですよ!」
「仕事の度に属性を増やしていく三池氏。いい、もっとやって」
「漁船に乗るなんて初めてなんですけど、酔わないようにしないと。うわっ、緊張とワクワクが止まりませんよ」
今の話し合いで俺のテンションは上がっている。初CMが大海原での撮影。燃えないわけがないシチュエーションだ。
盛り上がる談話室。
その中で、真矢さんだけが会話に入ってこない。
「真矢さん、浮かない顔してどうかしたんですか?」
「えっ!? あ、いや何でもないで」
んなあからさまな反応をして、何でもないことはないだろう。
思えば、この仕事が舞い込んだ時も真矢さんは乗り気じゃなかった。
……漁業組合のCMに何か心配があるのか?
急いで取り繕う真矢さんが、俺の心に一抹の不安を芽生えさせた。