『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【とある姉妹と元不良少女】

「姉御じゃないっすか! お疲れ様っす!」

 

わたしのマンションまでもうすぐ、という所で通りの向こうから歩いてきた少女がキビキビと頭を下げてきた。

 

「おう、としこか。久しぶりの学校はどうだ?」

 

「姉御に言われた通り、ヤンチャしないよう抑えてやってますよ。クラスの連中には生意気な態度を取られちまいますが、妙子の姐さんやサザ子の姐さんの所には戻りたくないっすからね」

 

「その調子だ……あと、すまないがメンバー全員に伝達したい情報がある」

 

「何っすか?」

 

姉小路さんは、孤高少女の一員らしき子に『特好(ぶっこのみ)のタク』に襲われた話をした。

 

「だ、大丈夫だったんすか!? ちくしょおぉ、姉御に舐めた真似しやがって」

 

「怪我はない。そこの、クラスの委員長に助けてもらったからな」

 

「この眼鏡女子にっすか? なんだか頼りなさそうっす」

 

鍛え始めて一ヶ月、もやしの身体はまだまだ卒業出来ないみたいだ。うぐぅ、ちょっと傷心。

 

「ナリで決めつけるな、あちきの恩人だぞ」

 

「す、すみません! そちらの眼鏡の姐さんもすみません!」

 

「き、気にしてませんから。はぁ……」

 

「メッチャ気にしているっす! ほんとすみません!」

 

としこ、という如何にも妹分な子は一頻(ひとしき)り謝ると、

 

「襲撃を受ける可能性がある、って愚連隊のみんなに伝えればいいんですね。わっかりました!」

 

と情報伝達役を引き受けた。

 

「としこも気を付けろよ。お前は隙が多くて危なっかしいからな」

 

「酷いっすよ、姉御! これでも、地獄の施設暮らしをくぐり抜けたっすからね」

 

としこさんは頬を膨らませて、プンプンと怒ると「じゃ、そろそろ行きます。失礼しまっす」と去っていった。

 

初対面のわたしが見ても、襲撃の恰好(かっこう)の的になりそうだ。本当に大丈夫かな……

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「お、お邪魔します」

 

「そんなに緊張しないで。まだお姉ちゃんは帰って来ていないし、居間でのんびりくつろいでいてね」

 

マンションに帰宅したわたしは、姉小路さんを居間に案内すると、寝床を用意するからと言ってすぐさま自室に向かった。

 

ドアを開け、身体を滑り込ませ、すぐ閉める。

部屋の中を姉小路さんに見られるわけにはいかない。

 

壁に貼っているタクマさんのポスターや棚に飾っているグッズは目撃されても構わないけど……これはね。

 

わたしは、割烹着を着せた等身大ぎょたく君を持ち上げた。もちろん割烹着はわたしのお手製、頭には三角巾を被せ家庭魚らしさを増強させた自信作だ。

 

現在、等身大ぎょたく君は車が買えるほどプレミアが付いている。ノーマルバージョンでも買い手 数多(あまた)なのに、わたしのぎょたく君は割烹着とのハイブリットだ。

お姉ちゃんからもらった当初、ついつい乱暴に扱い過ぎて下腹部に酷使された跡が残っているけど、それでも価値ある物だろう。

 

これを所持しているのが知られたら、泥棒に入ろうとする輩が出るかもしれない。

なので、クラスのみんなには内緒だよ、を貫いている。

 

わたしは、友だち用布団を押し入れから出して、代わりに等身大ぎょたく君 (家庭魚バージョン)を押し入れの奥に隠した。

 

これで良し、かな。

 

 

「お待たせ」

 

お盆に麦茶入りのコップを載せ、居間に入る。

 

「姉小路さんったらそんなに畏まらないでよ。もっとくつろいでいいからね」

 

正座していた彼女にそう言って、テーブルの上にコップを置く。

 

「そ、そうか。悪い、こういう普通の家庭にお呼ばれされることがなかったもんでな」

 

「ふふ、なんだか面白いよね。姉小路さんがわたしの家に来てくれるなんて。今朝のわたしが聞いたらビックリするよ」

 

「委員長って肝が据わっているよな。あちきを煙たがらないし、不良に囲まれたあちきを助けに来るし。人は見かけによらねぇわ」

 

姉小路さんは麦茶を一気飲みして「ふぅ、でさ。あちきが施設に行っていた間に出現したグループの話、もっと聞かせてくれないか?」

 

「そうだね。分かった……と、言いたいけど」

 

「なんだ、何かあるのか?」

 

最近の私には、帰宅後、晩ご飯の準備の前にやるべきことがある。それは姉小路さんがいたとしても例外ではない。

 

テレビの横に設置している機械を操作して、昼間に録画していた番組を呼び出す。

 

パッとテレビに映ったのは――

 

『みなさん、こんにちは、タクマです。今日は南無瀬市の中央にある南無瀬商店街に来ています』

 

マイフェイバリットプリンス、タクマさんを観ないと何も手に付かない。

はひぃ、今日も今日とて脳細胞を死滅させるような素敵スマイルだこと。

 

 

「これって昼の情報番組の」

 

「そうだよ、タクマさんが南無瀬領のおすすめグルメやスポットを紹介するコーナー」

 

ぎょたく君、そして南無瀬の港。

二つの仕事で、タクマさんは南無瀬領の全世代の女性に支持されるようになった。

それからは、精力的にバラエティや情報番組に顔を出している。

 

『今日、ご紹介する最初のお店はリーズナブルなお値段でお肉が最高とひょ、評判の――』

 

まだリポートに慣れていないのか、時々顔が固まったり、噛みそうになるタクマさん。

だが、それがいい! そういう仕草がぎゅんぎゅん胸を締め付けるの! 

はぁはぁ、タクマさん、はぁはぁ。

 

 

タクマさんが出る番組については、南無瀬組のホームページで予告される。

なので、あのページにアクセスするのがわたしだけでなく、南無瀬領民の日課となった。

 

タクマさんがオススメする商品は、放送直後に売り切れとなり、美味しいと言ったレストランは長蛇の列を作る。

恐ろしいまでの宣伝効果だ。

逆に紹介されなかった商品やお店は閑古鳥が鳴くのでは、と少し心配になる。

けれど、その辺はタクマさんをプロデュースする南無瀬組が計算しているらしく、競合する店舗を一度に宣伝してお客さんが偏るのを防いだり、たくさんの商品を紹介することで一商品だけのブームとならないようにしているらしい。

 

おかげで南無瀬領民の購買意欲がどんどん刺激され、経済の回りが良くなった、とニュースでも取り上げられていた。

 

 

タクマさんは他のタレントと共演することがなく、今観ているコーナーのように単独で何かをすることが多い。

それも準レギュラーとしてで、みんなのナッセーのぎょたく君以外に毎週決まって出演する番組はない。

 

これについて、お姉ちゃんはこう分析していた。

 

「他のタレントと共演を控えている理由は言わずもがなでしょ。タクマ君が女優と親しげに喋っている光景を想像してみて……うん、我が妹ながら分かりやすい感情表現ありがとう。準レギュラーが多いのは、悲しいことだけどいずれは中御門に進出するためだと思うわ。人類の至宝が南無瀬領だけのローカルアイドルでいてくれるわけないもの……そんな末期患者のような顔をしても仕方ないじゃない。ファンなら活躍の幅を広げていくタクマ君を祝福すべきよ、たとえ血反吐(ちへど)を吐こうとね」

 

タクマさん、あなたがどんなに遠くへ行こうとも、わたし応援するからね。

だから、これからもエクセレントな笑顔と色々と使えるグッズをお願いします。

 

 

番組視聴後、わたしは夕飯の準備をしながら現在の南無瀬領の勢力図について、知っている限りのことを話した。

 

「厳しいな。前も他のグループとの(いさか)いはあった。けどそれは、あくまで未成年同士のガキの争いだ。今回のタクマさんを勝手に賭けた抗争は大人も参戦している。しかも、多くの組織があちきらを目の敵にしている、ってなるとどう動くべきか……」

 

姉小路さんがノートに各組織の名前や特徴を書き、うんうんと唸っていると。

 

「ただいまぁ。あら、この靴……誰かお客さんが来てるの?」

 

玄関からお姉ちゃんの声が聞こえた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

三人での夕餉。

本日のメニューは海鮮をふんだんに使ったリゾット。

タクマさんがデビューしてから、我が家の料理に出てくる海の幸率は大いに上がった。

 

「そういうこと。かなりまずい状況ね……っと、ごちそうさま、今日も美味しかったわ」

 

話を聞き終わるのと同時にリゾットを完食したお姉ちゃんが、ティッシュで口元を拭く。

 

「警察に連絡した方がいいかな?」

 

「連絡する分には良いかもしれないけど、根本的解決は期待薄ね。『特好のタク』は未成年だったんでしょ。ならいきなり逮捕は難しいわ、せいぜい注意するくらいよ」

 

「ええっ、そんな軽い対応なの?」

 

「襲ってきたという明確な証拠がないからね。現行犯なら逮捕も出来るでしょうけど、向こうが仕掛けて来るまで孤高少女愚連隊のメンバー全員を護衛するのは無理。それに襲撃するのが複数の団体だとすれば、『特好のタク』を潰したくらいじゃ解決しない。終わりが見えないわ」

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

「う~ん、効果的なものが一つある」

 

「どんな方法ですかっ!」お姉ちゃんの言葉に姉小路さんが前のめりになる。愚連隊のトップとしてメンバーの安全が気が気でないみたい。

 

「タクマ君にこう言ってもらうのよ。ファン同士で争うのを止めて、って」

 

「ああ」「ああ」

 

私と姉小路さんは思わず納得の言葉を吐いた。

タクマさんの言葉は天の言葉も同然。その効果は絶大だろう。

 

「おまけで暴力的な女性は嫌いです、って言ってもらえば血の気の多い過激派連中はイチコロでしょうね」

 

タクマさんに嫌いって言われる……うっ!

想像しただけでリゾットをリバースしそうになった。

面と向かって言われれば、ショックで病院送りになってしまいそうだ。

 

「な、ナイスアイディアだよ。お姉ちゃん、ううっ」

 

「なぜにあなたがダメージを受けているのよ。でもね、このやり方をするにはタクマ君とコンタクトを取らないといけないの」

 

コンタクト、タクマさんに?

わたしが、会っちゃうの?

 

夢で何度も見たシチュエーションだけど……

 

そんなことが簡単に出来るなら、南無瀬領の女性たちがタクマさん会いたさに寝具を涙や何やらで濡らすことはない。

南無瀬組の黒服さんたちから厳重に守られているタクマさんに接触する方法が、まったく思いつかないよ。

 

「ダメ、警察を頼った方がまだいいかも」

私が諦めの言葉を出すと、

「そうよね~」とお姉ちゃんも追従した。はじめっから無茶な提案だって分かっていたようだ。

 

ただ、姉小路さんだけは違った。

彼女は低い声で言う。

 

「いや、出来るかもしれない。『お礼』を使えば」

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