『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【そして南無瀬邸へ】

姉小路さんの口から語られたのは、驚愕の事実だった。

漁業組合のCMを作るにあたって、タクマさんにアドバイスしたこと。

それに恩を感じたタクマさんが「出来ることがあったら身体で払うこと以外は聞きますよ」と言ったこと。

 

なんだろう、なんだろうこれ!

姉小路さんは男性を襲ったペナルティで漁業組合の労働に従事していた。本当なら辛く厳しい環境の中で、性根を鍛えなければならない。

なのに、この役得はなんだ!? 

 

たまたま奉仕活動先がタクマさんの仕事場になり、たまたまタクマさんとお近づきになり、たまたま悩めるタクマさんを助けてお礼をもらえる権利を手にした。

 

ふざけるな! 三流ドラマかっ!

真面目に生きているわたしがバカみたいじゃないか!

 

「ううっ……」

興奮のあまり腕を押さえて、テーブルに額を載せてしまう。

 

「しっかりしなさい! 気を確かに持つの」

お姉ちゃんがわたしの背中をさする。

 

「お、お姉ちゃん、どうしよう。わたしのこの手が光って唸りそうなの。そのまま姉小路さんの顔面を掴みにかかりそう」

 

「落ち着きなさい。私だってこの手が真っ赤に燃えそうになっている。でも、人の幸運を羨んだって惨めになるだけだわ」

 

「す、すんません。あちきが」「止めて! 謝らないで。わたしとお姉ちゃんをこれ以上悲しい存在にする気なの。何も言わないことが正解だってあるんだよ」

 

「お、おう……分かった」

 

必死で自分の中のファイターの血を治める。

お姉ちゃんも肩で息をしていることから、内心では相当な葛藤があるようだ。

 

わたしたち姉妹が平静に戻るまで小一時間かかり……その間、姉小路さんは言われた通り黙っていてくれた。

 

「……ふぅ、お待たせしてごめんなさいね。話を戻すけど、姉小路さんの『お礼』を使ってタクマ君に接触を試みる、ってことでいいのね?」

 

タクマさんに接触!

改めて聞くと、胸が小躍りどころかフェスティバルだ。

姉小路さんとは今日お友達になったばかりだけど、お友達を一人で南無瀬邸(死地)に向かわせるわけにはいかない。是が非でもわたしも付いていかないと。

 

「それなんだけど、迷っている」

 

「えっ!?」

「……理由を聞いていいかしら」

 

「タクマさんには孤高少女愚連隊全員がでっかい迷惑をかけたんだ。一応、許してはもらったけど……そんなあちきらを助けるためにタクマさんを利用するのは気が引ける、というか」

 

「ちょっと待って」わたしはたまらず尋ねた「迷惑って? CM撮影の時、タクマさんに何かやらかしたの?」

 

「CM撮影より前さ。そもそもあちきらが施設に入れられたのはなぜか知っているか?」

 

「男性への強漢(ごうかん)未遂、だよね」

 

孤高少女愚連隊が、深夜の裏通りで男性を襲った。

偶然居合わせた野良ダンゴによって男性は救助され、孤高少女愚連隊メンバーは全員警察に捕まり、更正施設行きになった。

 

それがわたしの知っている全てだ。

被害男性の人権のため、被害者のプロフィールや事件の詳細は広まっていない。

 

「ああっ!?」お姉ちゃんが突如大声を上げて、震えながら言う。

「も、もしかしてその襲った男性というのが……」

 

「お察しの通り、タクマさんです」

 

ふんふん、なるほどね。

姉小路さんは畏れ多くもタクマさんを強漢一歩手前まで追いつめるという美味しい……じゃない、非道な行いをした挙げ句、タクマさんの天男(てんお)ばりの広い心で許され、逆に感謝を受けてタクマさんを好きに出来る権利を手に入れた……と。

 

 

…………あはっ!

あっははははあはははあは!!

 

 

私は立ち上がると、

「お、おい委員長」 姉小路さんの声を無視して、自室に帰った。

そこには姉小路さんが快適に眠れるようにメイキングした布団一式がある。

それを抱えて居間に戻り、食卓から離れた所に敷きなおす。

 

「ごめんね。もう限界なんだ。姉小路さんが悪いわけじゃないよ。でも、その顔を見ているとわたしの心がね、暗黒面(ダークサイド)に堕ちそうなの。だから今夜はここで寝てね」

 

「……」

姉小路さんは何も言わず、自分の処遇を受け入れる。

そういう大人な態度もわたしの心をざわつかせた。

 

居間にこれ以上いられない。

今夜はもう寝よう、と自室のドアノブに手をかけたところで、

「待って、これを」

お姉ちゃんが追いついてきて、滋養強壮に効く栄養ドリンクを差し出してきた。

 

「このドリンクって、結構高いよね、いいの?」

「その分、効果はお墨付きよ。さっきのお友達に対する態度を咎めたりはしないわ。けれど今晩もろもろ発散したら、明日はいつものあなたでお友達と仲良くしなさい」

「お、お姉ちゃん……ぐすっ」

 

姉妹で熱い抱擁を交わし、わたしは栄養ドリンクを受け取った。

 

「ありがとう。あ、でもお姉ちゃんの分は?」

「大丈夫」

そういうお姉ちゃんの手にも同じ栄養ドリンクがあった。

 

自室にて。

わたしは栄養ドリンクを一気に飲みほし……押入に隠していた等身大ぎょたく君を引っ張り出すのであった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

結局、姉小路さんはタクマさんを頼らなかった。

愚連隊メンバーには街で一人にならないよう徹底させ、過激派が襲撃を諦めるのを待つ消極的なやり方を選んだ。

 

また、お姉ちゃんの助言で『タクマさんを強漢未遂して施設行きになった』という事実は絶対に公言しないようメンバー全員に言い聞かせたらしい。

CMに共演しただけで狙われているのに、強漢未遂まで知れ渡ったら南無瀬領の女性全員が過激派に転向するのは確定的に明らか、だからだ。

 

そうして、一週間が過ぎた頃。

 

「あれって、としこさん?」

「なにやってんだ、あいつ」

 

姉小路さんへの勉強指導が終わり、夕暮れの街を一緒に歩いていると、孤高少女愚連隊の一員である少女がわたしたちの前を横切った。

こちらには気づいておらず、こそこそと怪しい動きで路地に消えていく。

 

「町中で一人でいるな、って言ったのによ。委員長、すまないけど」

「追うんでしょ、わたしに構わず行って」

「サンキュ!」

 

としこさんの様子からタダ事ではない気配がする。

『特好のタク』の襲撃時の反省を活かし、足手まといにならないよう、わたしは姉小路さんを送り出した。

 

路地の前で、待つこと数分。

姉小路さんが帰ってきた、としこさんの襟首を掴んで。

表情は不機嫌そのもので、怒りの矛先を向けられている妹分の少女は意気消沈した面もちだ。

 

「何があったの?」

「こいつ、ドラッグを吸ってやがった」

「ええっ!?」

 

姉小路さんが吐き捨てるように言って、地面に捨てたのは四角い透明なパック。チューブが取り付けられており先端がマスクの形状になっている。

一見、酸素マスクに思えるけど……

 

「路地裏の人目のない所でやってやがった。おい! あちきらはマトモにならないといけないんだ! ドラッグに手を出すたぁ前よりタチが悪いじゃねえか!」

 

「あ、姉御、聞いてください。これはドラッグじゃないっす」

 

「あんなラリった顔で吸っておいて、言い訳がそれか!」

 

私はドラッグの疑いありの酸素マスクを拾い上げ、しげしげと観察した。

 

「としこさんの言う通りかもしれない。このパックに入っているのはドラッグじゃない、空気だよ」

 

「嘘だろ委員長。ただの空気を後生大事にパック詰めして吸う奴がどこにいるんだ」

 

「……ただの空気じゃないと言ったら」

 

「あん?」

 

「としこさん、正直に言って。これはタクマさんの関連グッズを売りさばく『バイヤー組織』から買ったんじゃない?」

 

「……そうっす」

 

やっぱりか。

私はエアーパックに目をやった。透明なそれが急に光輝いて見えそうだ。

 

「これはね、タクマさんがいた場所の空気を採取したものなの」

 

「な、なん……だとっ」

 

「最近のタクマさんは南無瀬領のグルメリポートで、色々な場所で活動しているよね。収録時には黒服さんたちが周囲を警戒するそうだから目立つんだ。『バイヤー組織』はいち早くタクマさんの所在情報をキャッチし、収録が終わった店内に入って空気を採取するって、前に聞いたことがあるよ」

 

「マジかよ」

 

「それもタクマさんが滞在した時間、タクマさんがいなくなって採取するまでの時間、タクマさんがいた空間の広さ、密閉かそうでないか……と、たくさんの要素を計算して売り出す空気の値段を決めるらしいの」

 

「眼鏡の姐さんのおっしゃる通りっす。あたしたちが買える空気は安物ですけど、それでも吸っているとタクマさんが傍にいるようで幸せな気分になれるっす」

 

「ちょっと待て。今、『あたしたち』って言ったよな。他のメンバーもやっているのか?」

 

「はいっす。バイヤーさんは優しい人で、あたしたちに優先して空気を売ってくれるっす」

 

「バカ女郎!!」

 

姉小路さんが、町中の視線を集める罵声を上げた。でも、それだけ激昂するのも仕方ないと思う。

 

『バイヤー組織』は孤高少女愚連隊を直接は襲わず、空気漬けにする気だ。しかも、おそらくは――

 

「としこさん、空気をたくさん買っているみたいだけど、お金は大丈夫なの?」

 

「ば、バイトしてやりくりしているっす。でも、それだけじゃ全然足りなくて……困っていたらバイヤーさんがお金を貸してくれるって。本当は、こんな事を続けていたら破滅するって分かってはいるんす。みんな分かっているんす。分かってはいるんすけど……身体が、身体がタクマさんを欲して止まらないんすよ」

 

「もういい、もう喋るな!」

 

後悔の涙を流すとしこさんの頭をホールドして、姉小路さんは自分の胸に押し当てた。

 

「あちきがもっとしっかりお前たちを見ていたら、こんな事にはならなかった。すまん」

 

「あ、姉御……」

 

「少しの間だけ空気を吸うのを我慢しろ。その間に何とかする」

 

姉小路さんの目が据わった。決意をした人の目だ。

 

「会うんだね、タクマさんに」

 

「ああ、迷惑をかけるからって遠慮している場合じゃない。行くぞ、南無瀬組の本拠地に」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

時間をかければ、空気漬けとなった愚連隊の禁断症状は悪化してしまう。行動は迅速を要する。

 

翌日の昼間、わたしたちは南無瀬邸へ向かった。

車で乗り付けるわけにはいかないので、最寄りのバス停から徒歩で移動する。

 

電話でアポを取ろうと試みたんだけど、姉小路さんの名前を使っても素っ気なく扱われたためノーアポだ。門前払いされそうで気が重い。

 

「女は度胸、なるようにしてみましょう」

 

先頭を行くのはお姉ちゃんだ。子どものわたしと姉小路さんだけでは相手にされそうにないので、付いてきてくれた。

今日は平日。

学生のわたしたちはまだしも、社会人のお姉ちゃんが仕事を急遽休んで、本当に良かったのかな?

 

「し、心配いらないわ。この色紙にタクマ君のサインを書いてもらえれば、きっと会社のみんなも許してくれる。もう食料と寝袋を持って会社に行くのはイヤァ」

 

あまり良くない状況みたい。ごめんね、お姉ちゃん。

 

タクマさんが住む南無瀬邸。

一時期は多くのファンがタクマさん見たさに屋敷を監視していたらしいんだけど、定期的に黒服さんたちが『お掃除』するので、だんだんそんな命知らずは減っていき――今、わたしたちが歩く道程に不審な女性はいない。

 

南無瀬邸の大きな門が見えてきた。心臓がバクバクいっている。

まずは黒服さんを相手に交渉し、タクマさんを出してもらわないと。

タクマさんさえ来てくれれば、姉小路さんの『お礼』が使えるはずよね。

 

――と。

門の前で掃き掃除をしている人たちがいた。

 

黒服ではなく、警察官のような服装だ。でも、色が微妙に違うし、形も少し異なっている。

 

「まったくぅ~、どうしてあたしが門の掃除しないといけないのぉ」

 

「一時間前のことを忘れるとは、凛子ちゃんは若年性痴呆症?」

 

「うっ。あれは事故だよ。偶然障子がちょっと開いていて、三池さんの着替えが見えただけで」

 

「だからと言って、障子にへばりつき、その勢いで障子を倒し、三池氏の部屋になだれ込むのは如何なもの?」

 

「まるであたし一人でやったみたいに言っているけど、静流ちゃんもまったく同じ行動をしたんじゃない! 一緒に真矢さんにヤキ入れられて、このザマじゃない! 同罪よ、同罪!」

 

何やら濃そうな人たちだなぁ。

黒服じゃないけど、南無瀬組の人だよね。

嫌だなぁ、あの人たちと交渉しないといけないのか。

 

「あの二人がタクマさんのダンゴだ」

 

姉小路さんの言葉にわたしもお姉ちゃんも「アイエエエ! マジデェ!?」と大声を出してしまった。

 

タクマさんのダンゴと言えば、この前行われた南無瀬領の子どもがなりたい職業アンケートで、三位に百倍くらい差を付けてトップになった、今もっとも熱い職業。

ちなみに二位は南無瀬組員で、一位の半分くらいの票を集めた。

 

あの二人が、タクマさんと常日頃共にいられるダンゴ。

羨ましい、なんて言葉では片づけられない。

 

「ん、あれは姉小路氏」

 

「あ、ほんとだ。こんな所でどうしたんですかぁ?」

 

二人のダンゴがわたしたちに気付く。

想うことは数あれど、交渉が始まった。

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