『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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明かされた巷の状況

「あ、え、い、う、え、お、あ、お。か、け、き、く、け、こ、か、こ」

 

単音を区切りながらハッキリと出す。

劇団がウォーミングアップでよくやる発声練習だ。

 

アイドル活動が軌道に乗り始め、俺は忙しい日々を過ごしている。

最近の仕事は南無瀬島を西へ東へ移動し、現地の店を紹介すること。実にやりがいがある。

が、一方で痛感するのが自分の実力不足だ。特に目下の悩みはトーク力。内容もさる事ながら、カミカミになってしまうのは本当にいただけない。

 

そういうことで仕事がオフの時を利用し、自室で自己研鑽を行っている。

 

「拓馬はんは頑張り屋さんやな。あんま根詰めたらあかんで」

 

真矢さんがフルーツを持ってやってきた。カットして食べやすくなっている。

 

真矢さんを立たせたままには出来ないので座布団を用意し「ありがとうございます」とフルーツが盛られた皿を受け取った。

 

爪楊枝を使いナシのような果実を、いただきます!

う~ん、残暑が厳しいこの時期に冷たいフルーツは最適ですな。

 

もぐもぐと数個食べてから人心地つく。

 

「近頃の拓馬はんは前にも増してイキイキしとる。そんな姿を見とると、仕事を持ってくるうちもやる気になるで」

 

「みんなが俺の仕事を応援してくれたり、喜んでくれるのを肌で感じますからね。そりゃ精力的にもなりますよ。けど、まだまだ俺は未熟ですからこうやって鍛錬に精を出さないと」

 

俺としては、何でもない真っ当な発言のつもりだった。

しかし、真矢さんは顔を赤らめて。

 

「精力的……精を出す……た、拓馬はん! 立派な心掛けやけど言葉には気をつけてな! うちやから良いものを、そない誘い文句をナチュラルに言うとったら、つべこべ言わずに精ぃ出せやぁってパンツをひん剥かれるで」

 

そんな言語ピンク変換する人に合わせて、いちいち言葉を選んでいられるか。

 

「そこまで神経過敏にならなくても大丈夫じゃないですか? ほら、漁業組合のCMで南無瀬の人たちは淑女になったって聞きましたよ」

 

一般人の淑女化によって南無瀬領の治安は改善されたらしい。

真矢さんにこの国を救ってくれ、と頼まれ始めたアイドル活動。早くも目に見えた成果が出て鼻高々な俺である。

 

「……淑女、儚い言葉やな」

「えっ? 真矢さん?」

 

虚空を見つめる真矢さんに嫌な予感を覚える。俺の知らないところで何か起こっているのか?

問いただそうとしたところで――

 

ピピッ、ピピッ!

 

真矢さんの携帯が鳴った。

 

「なんや……音無はん?」

 

すまんな、と俺に断りを入れて真矢さんは電話に出た。

 

相手は音無さんか。

さっき汗をかいたシャツを着替えようとしていたら、障子ごと倒して劇的に登場した彼女。

 

「ち、違うんです。急な目眩が~あ~れ~からのコンボで障子を張っ倒しただけなんです。そういう設定にして不幸な事故ってことにしましょ、ねっ!」

 

と、言い訳にもならない言い訳をホザきつつ黒服さんたちに連行されて行った。

 

相方の椿さんも同様にアグレッシブ入室をしたが、こちらはすぐに体勢を整え、口笛を吹きつつ『私は関係ない』と自室に戻ろうとした。

が、俺が静かに首を横に振り「アウトです」と言うと、頭をガックリ落とし「無念」との言葉を残して連行されていった。

 

二人は南無瀬邸周りの掃除を罰として行うことになっていたけど、何かあったのかな?

 

真矢さんの声を聞いていると、どうやら俺を訪ねて姉小路さんが来たらしい。

それもかなり切迫した様子で。

 

「電話だけじゃ要領得ん。うちが様子を見てくるわ」

 

「俺も行きましょうか?」

 

「拓馬はんは待っといて。姉小路はん以外にも人がいるみたいや。どないな人か分からんのに、拓馬はんと会わせるわけにはいかんやん」

 

ほな、と玄関に向かう真矢さんを見送る。

 

公式マフィアの住処、南無瀬邸にわざわざやって来るだけの用、気になるな。

そういえば、姉小路さんにはCMの一件で「身体で払う以外のお願いなら聞く」みたいなことを約束していたっけ。それ関連の話だろうか?

 

好奇心が疼いた俺は廊下に出た。

えーと、たしかこの辺りに……お、あったあった!

 

南無瀬邸の門の屋根に取り付けられている監視カメラ、その映像は廊下に備え付けられたモニターで確認することが出来る。

 

モニターのスイッチをオンにして、っと。

小サイズの画面に数人の人物が映った。

 

ダンゴの二人に、姉小路さん……それに見たことがないけど、眼鏡で三つ編みをした少女と二十代くらいの女性か。

少女と女性は似た顔をしている、姉妹かな?

 

と、真矢さんが現れて、来客者たちの話を聞き始めた。

門の表札横にあるマイクが音を拾おうとするも、距離があって何を喋っているのかよく聞こえない。

 

映像を見るに、姉小路さんが先頭になって深刻そうな顔で説明をしている。何度も深く頭を下げて何かをお願いする姿が痛々しい。

眼鏡少女は姉小路さんを気遣うように背中を支え、その姉らしき女性は姉小路さんの言葉を補足するように理知的な仕草で、真矢さんと会話をする。

 

……ん、真矢さんが女性の方を見て首を捻った。

監視カメラの角度からでは真矢さんの後頭部しか映らず表情は分からないが、見覚えのある人なのか?

 

なおも続く無音声の会話劇。蚊帳の外から見ているとまどろっこしく感じられる。

俺に関係する内容なら俺が参加した方が話は早いだろ。

 

そうだ、向こうの声が聞こえなくても、こちらの声なら届くかもしれない。

来客対応のためこのモニターにもマイクが仕込まれている。

 

「あ~、あ~、もしもし聞こえますか」マイクの近くにあった起動ボタンっぽいのを適当に押して、声を出してみる。

 

すると、モニターの向こうの人物たちが一斉にビクッと門の方を向いた。

 

『た、拓馬はん!? そっか、監視カメラで』

真矢さんが門に近づき、カメラの方を仰ぎ見た。

 

「はい、様子を見ていました。話し合いが難航するようでしたら、俺を交えてやりませんか? なんなら大広間で」

 

見たところ訪問者の女性たちは危険そうじゃないし、南無瀬組のいる前で荒事を起こす愚か者は早々いないだろう。

 

『そうやな……』

 

真矢さんはどうするか悩んでいたが――結論から言うと、俺の提案は受け入れられることとなった。

 

なぜなら。

俺の声を聞いた三つ編み少女が速やかに卒倒し (地面に接触する直前に姉小路さんが慌てて支えた)、その姉らしき女性も感無量の趣で立ったまま気絶したからだ。

 

意識を手放した姉妹? を門の外に放置するわけにもいかず、大広間へ移送する流れになった。

 

 

 

大広間で来客が介抱されている間、俺は真矢さんに事情を聞くことにした。

 

「姉小路さんたちは何のために来たんですか? 重大な用件に感じられましたけど」

 

その問いに真矢さんの表情が陰る。

 

「今から聞く話は拓馬はんの心に負担をかけるかもしれへん。知らん方がええで」

 

「それは俺のファンに関係する話ですか?」

 

「……そうや」

 

何となく気付いてはいた。

真矢さんは意図的に、タクマに対する巷の評判を俺に伝えないようにしていた。

芸能人は無神経で辛辣な世間の声に晒されるものだ。それで心を病んだアイドルだっている。

黒一点アイドルの俺もまた、影で色々言われているのだろう。

 

姉小路さんが持ち込んだ話がどんなものかは予想もつかない。けれど俺に関係していて、それで俺を応援してくれる姉小路さんたちが困っているのなら……

 

「どんなことだって聞いて受け入れますよ。ファンのみんなのこと、きちんと知っておきたいですから」

 

俺は逃げないぞ。

世間が俺をどう想っていようと、それによって心が傷つこうと、アイドルとして高みを目指すために逃げるわけにはいかないんだ!

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

逃げれば良かった。

 

目を覚ました姉妹と姉小路さんから聞いた話は、俺の心の許容量をあざ笑うほどぶっ飛んでおり、最初は悪い冗談かと思った。

しかし、姉小路さんたち語る側と真矢さんやダンゴたち聞く側、誰もが真剣な表情を崩さない。

 

その大真面目さが『ところがどっこい、冗談じゃありません! 現実です、これが現実!』というのを教えてくれた。ファック!

 

 

チラッと、このトチ狂った話を持ってきた姉妹を見る。

 

妹さんは、これぞ委員長、と声を大にして誉め称えたい容姿だ。

両サイドから垂れる三つ編み、丸眼鏡で大きな目を囲っている。ちょっとからかいたくなる可愛らしさだな。

 

姉の方は真ん中分けしたストレートボブが気取らなさを演出し、隣の家のお姉さんのような親しみやすさを作り上げていた。

 

だがこの姉妹、随分疲れた表情をしている。

 

俺の声を聞いて気絶したのを皮切りに、大広間に来た俺を見てまた気絶、ようやく回復して良かった良かったと視線を向けたら目が合ってしまいもういっちょ気絶。

 

最早(もはや)気絶が持ちネタ化しつつある。

 

「タクマです。本日はようこそお越しくださいました」

 

これ以上、彼女たちが気絶芸に磨きをかけないよう、俺は目を合わせずゆっくりと刺激のない行動を心掛ける。

山で野生生物と遭遇した時の対処法みたいだな。

 

「ご、ご丁寧にありがとうご……うっ!? わた、わたしは姉小路さんのクラスメートで――ぐっ!?」

「私は付き添いで……ぐふっ! この子は、私のいもうとで」

 

姉妹は何度も気絶しそうになったが、その度に横でスタンバっていた音無さんと椿さんから

「はっ!」

中国拳法でありそうな気の注入を喰らい、ようやく意識をつなぎ止めることに成功した。

 


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