『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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設立宣言!

「それにしても、俺がいた場所の空気が売られているなんて、にわかには信じられませんね」

 

国が違えば常識も違う。

戦国時代を開きそうなファン組織の争いについては何とか受け入れたが、空気売りの部分だけは「そういうものかぁ~」で流せなかった。流してはいけないと思った。

 

「特段おかしいことじゃないですよ。ほら、みんなのナッセーのリハーサルに向けて、あたしと一緒に踊ったことがあったじゃないですか」

 

武道場で幼女たちが野獣化しない方法を検討した時のことか。

音無さんは一緒に踊った、と言っているが踊ったのは俺だけで、あなたはヨダレ垂らして「ぐるるる」と唸っていただけだよね。

 

「三池さんの匂いって、とてつもない多幸感を生むんですよねぇ。傍にいるだけで、高級店のマッサージを受けて高級レストランで食事して高級ホテルのベッドで眠るような」

 

俺、一回人間ドックに行って身体をよく調べた方がいいかもしれない。変なものが体外へ流れている可能性がある。

 

「三池氏を(じか)()ぎするに勝る幸福はなかなかない。それが叶わなくても残り香を含んだ空気を採取する価値は十分にある」

 

「タクマさんを直嗅ぎ、か。ごくり」

「お姉ちゃん、何か入れ物持ってない? この際、タッパでもいいや」

「しまったわね、近くのコンビニに売っているかしら」

 

周囲の反応を見るに、俺の匂いに商品価値があると認めるしかない、非常に残念だ。

 

「それで、孤高少女愚連隊のみなさんが中毒状態になっていると?」

 

「はい、タクマさんに迷惑をかけるなんてどうしようもない奴らで、ほんとすみません」

 

「なってしまったものは仕方ないですよ。でも、中毒症状かぁ……タバコみたいに禁煙出来ないものですかね?」

 

中毒の原因者として何か言わないといけないと思い、簡単なコメントを口にする。

 

「拓馬はんの空気を定期的に摂取したっちゅうことは相当重い中毒や。禁タクは禁煙よりずっと難しいで」

 

禁タクって何だよ、と真矢さんの言葉に内心ツッコミを入れていた俺は「ん?」と、言いしれぬ不安に襲われた。

 

待てよ、真矢さんは何て言った?

定期的に俺の空気を摂取すると相当な中毒……そ、それって!

 

「ま、真矢さん。どうして禁タクが難しいってハッキリ言えるんですか?」

 

訊くのが怖い、けれど訊かないでずっと恐怖を感じるのはもっと嫌だ。

 

真矢さんが、頬に手を当てて恥ずかしげに言った。

 

「そら、うちも拓馬はんの中毒者やからや」

 

「もちろんあたしもです!」

「むしろ中毒でない者は人としてまだまだと言わざるをえない」

 

ダンゴたちも続く。

三人の表情は中毒宣言しているのにどこか誇らしげだ。

 

ちくしょおおおおおおお!!

俺は頭を抱えた。

 

そうだよな! 

パックに入った空気を吸っただけで中毒になるなら、ずっと俺といる人たちが中毒にならないわけがない。ってことは――

 

「じゃ、じゃあ南無瀬組の他の人も……」

 

「三池氏、思い出して欲しい。漁業組合の仕事を受ける前日、三池氏が夜中におにぎりを握った時。どうして南無瀬組の諸君が勤務の休憩時間にここへ戻って来たのか」

 

「た、たしか風呂に入って着替えるためって」

 

「わざわざ勤務の休憩時間に南無瀬邸まで戻り風呂。それもあれだけの多人数で、まったくもって不自然。彼女たちが帰ってきた本当の理由は、三池氏の空気を吸引するため」

 

なぜ、真実というものは俺の心を鋭利に切り裂くのだろうか。

 

思い返してみると、俺がここに住むようになってから何日も姿を見なかった人はいない。

黒服の南無瀬組だから勤務体系がブラックで長期休暇が認められていないのかな? 

と思っていたが、真の理由は中毒状態で南無瀬邸から離れられなかったからか……

 

音無さん、椿さん、真矢さん。

三人も同様だ。一応、不定期ながら休暇は与えられているはずなのに、彼女たちは街へ買い物に出ることもなく俺の近くにいた。

それは重度の中毒者だったから、なのか。

 

なんてこった! 本当になんてこった!

中毒は孤高少女愚連隊のことだと、対岸から見ている気分だったがまさかこっち側の方が甚大な感染流行(パンデミック)になっていたとは!

 

「拓馬はん、うちらのことはそない深刻に思わんといて、本望やから。あっ、男の陽之介兄さんに影響は出てないから大丈夫やで。それに既婚者の女性も無事や。女性は結婚すると旦那しか目に入らないようになるさかいにな」

 

そ、そっか。

おっさんとアッーな仲になったり、既婚者と昼ドラばりのドロドロ展開になることはないと。

多少心が軽くなったが、ヤバい事態に変わりはない。

 

 

「中毒の対処法、絶対に見つけましょう!」

 

俺は吠えるように言った。

いつの日か俺は日本に帰る。

その時に南無瀬組を始め、世の女性たちが禁断症状に陥ったらこの世界が世紀末状態になっちまう。

 

「あちきらのことをガチに考えてもらって、タクマさんには感謝しかないです」

 

姉小路さんが感激したように言うが、すんません、私的な理由がアリアリです。

 

「中毒の件も大事やけど、今はファン同士の争いを止めることが重要や」

 

そうだった。俺の空気を売るバイヤー組織や暴力的な団体を制御しないと根本的な解決にならない。南無瀬領の治安がどんどん低下してしまう。

 

「それについて、是非とも、た、タクマさんにはファンに向けて落ち着くようメッセージをお、送って欲しいのですが」

 

お姉さんがたどたどしくお願いしてくる。

なるほど、俺が仲裁すれば効果は――

 

「悪い方法やないけど弱いで」

 

が、俺をマネージメントする真矢さんは納得しなかった。

 

「みんな考えてみ、拓馬はんの活動はまだまだ序の口や。これから大きな仕事が増えていけば、ファンは興奮して拓馬はんへの想いを強くしていく。強い想いは柔軟性に欠けるんや。思想の相違によるファン同士の争いは、今後も必ず付き纏うで。その度、拓馬はんに落ち着くようメッセージを送らせるなんてナンセンスや」

 

「じゃあどうするんですか?」

 

姉の意見をバッサリ斬られたことで、委員長さんが少しムッとしながら尋ねた。

 

「今、ファンがにらみ合っているのは、拓馬はんのファンコミュニティが無法地帯やから。せやからみんな自分たちの主張だけを言い合って対立し、従わない者には力で応対しとる……前々からファンの問題は南無瀬組に届いとった。それでな、うちと妙子姉さんで考えた解決策があるんや」

 

一度言葉を止め、真矢さんは全員を見渡した、今から言うことをよく聞くように、と伝えるように。

 

「ファンを一つにする、絶対的な秩序を(つかさど)る機関を作ればええねん」

 

「機関……まさか!?」

 

俺の驚きに、真矢さんは笑顔で大きく肯いた。

 

「せや! 作るで、拓馬はんの公式ファンクラブ!」

 


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