『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【快楽攻撃と逝き地獄】

私は寝具にお金を掛けるタイプだ。

人間、人生の三分の一は睡眠に使うと言われている。多忙な私の場合は四分の一以下だが、それだけに眠る行為に妥協したくない。

 

妙子姉さんに頼んで南無瀬邸に住み込むようになり、一番最初に買ったのがベッドだった。

柔すぎず固すぎず丁度よい弾力のマットレスと、まるで男性に包まれるような高級綿毛布が、快適な夢の世界へ私を導いていく。

 

どんなことがあった日でもベッドに入れば、あら不思議。

何の不安もなく眠ることが出来た…………今までは。

 

 

現在、ベッドに寝かされた私に眠気の『ね』の字も訪れない。

だって拓馬くんが枕元に立って、私を見下ろしているのだ。

心臓がバクバクして、「えひゅえひゅ」と自分でも制御出来ない呼吸が口から漏れる。

 

「――と、いうことです。協力してください」

 

拓馬くんは己の不甲斐なさを嘆くように、幼なじみ志願の理由を説明してくれた。

飛んで行きそうな思考を必死でつなぎ止め、私は拓馬くんの話を頭に入れる。

 

「た、拓馬はんの悩みは分かったけど、ここまでする必要はないとちゃう? 多少噛んだりしてもファンは気にせんと思うで。むしろ、可愛いって喜ぶんやない?」

 

「ダメです! 俺は端くれと言ってもプロ。お客様のご厚意に甘えて、クオリティの低い物を売るわけにはいきません!」

 

拓馬くんが熱血している。

元々、アイドルに並々ならぬ熱意と理想を持っている拓馬くんだ。日本ではデビュー出来ず辛酸を舐めていたらしく、そのせいか男というだけで成功が約束されたこの国の芸能界でも(おご)らず精進を怠らない。

 

今回の音声ドラマの企画では、自分の実力のなさを痛感し、成長しようと躍起になっているのだろう。

ここで力を貸さないで、なにが拓馬くんのマネージャー兼プロデューサーだ。

 

「うちが悪かったわ。拓馬はんの心意気はビンビン伝わったで。幼なじみだろうと何だろうとやってみせるわ!」

 

「真矢さん! 本当にありがとうございます」

 

至高の宝と呼ばれる幼なじみを、二十代が終わろうとする時に手に入れるとは、人生って分からないものだ。

それも拓馬くんという絶世の美男子を幼なじみに出来るなんて妄想でも浮かばない超展開。

私は間違いなく世界で一番の幸せもの。生きてきて良かった!

 

 

とは言え、幼なじみ……

 

従姉妹の妙子姉さんには陽之介兄さんという幼なじみがいるが、同じく南無瀬の名を持つ私は幼なじみと縁がなかった。

陽之介兄さんは、たまに会っていた妙子姉さんがたまに連れてくる人だったので幼なじみとは違うし……

 

う~ん、せっかく拓馬くんが幼なじみになってくれたのに、その接し方がいまいちピンと来ない。

 

「それで、うちはどうすればええんや?」疑問は正直に訊こう。

 

「真矢さんはベッドに寝たままで、起こされそうになってもゴネてください。毛布を剥ぎ取られそうになったら抵抗する感じで」

 

拓馬くんが私を剥ごうとするのか……これが演技練習でなかったら下着の一枚まで剥いでとせがみそうになる。

 

「あ、それと悪いですけど、起こすために肩を揺さぶったりして身体に触ることになります。なるべく痛くはしないよう気をつけますんで、そこんとこお願いします」

 

拓馬くんが私を触ろうとするのか……これが演技練習でなかったら身体の隅々まで触ってとせがみそうになる。

 

「委細承知や。変な手加減はなしでやってな。ひと思いに」

 

(つつし)みとか一切いらない。私の全身を拓馬くんの手垢(てあか)まみれにしてもいいんだゾ。

 

「そう言ってもらうと助かります。それでは、やってみましょう!」

 

 

 

私は毛布を被り、頭を横にして枕に載せ、目を瞑った。

拓馬くんをすぐ近くで感じる。身体中が熱く、心臓のドギドギが止まらない。

 

ああぁ、拓馬くんがどんどん近づいてくるのが分かる。拓馬くんのフェロモンがどんどん濃くなってきている。

はぁぁん、脳が溶けそう。

 

……はっ!? しっかりして私!

ちゃんと拓馬くんの練習に協力しないと。おめおめと逝っている場合じゃないわ!

寝ている演技、それを徹底してやるのよ!

 

 

 

「……真矢」

 

「ブボオッ!?」

 

私の演技は練習開始と同時に破綻した。

 

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 

「ゴボッ、グボッ……い、いま真矢って」

 

「幼なじみの関係だから『さん』付けはおかしいかなと思いまして。すいません、失礼でしたよね」

 

「しょ、しょんなことない! 呼び捨て大歓迎! 拓馬くんにフレンドリーというかオサナナジミリーに話しかけられるなんて最高だよ!」

 

「そ、そうですか。なら、このまま行きますね」

 

「うん、来て……た、拓馬」

 

うひゃあああ、こっちも負けずに拓馬くんを呼び捨てしちゃったああああ。

なにこれ青春だよ! 生まれてこの方、味わったことない青春だよ!

むしろ灰色な学生時代は無かったことにして、今ここから私の青春が始まるといっても過言じゃないよ!

 

 

 

「真矢、いつまで寝てんだ。早く起きないと学校に遅刻するぞ……って、ぜんぜん反応ないな。どんだけ朝が弱いんだよ」

 

呆れた声の拓馬くんが、私の毛布に手をかけた。

 

「ううぅぅん」毛布が剥がされないよう抵抗してみる。こんな感じでいいんだよね?

 

「ったく頑固だな、お前。おい、起きろって」

 

毛布から手を引き、今度は私の肩に触れる拓馬くん。

 

ビクンビクン!

拓馬くんとの接触に身体が喜びを露わにする。

寝ている演技をしているのに、今すぐ『事』に至ってもいいよう全身がかつてないほど活発だ。

エネルギー充填120パーセント、いつでも逝けます!

 

表面上、一向に起きない私に業を煮やした拓馬くんは、起こし方を変えてきた。

彼の吐息が近づく。こ、これは!

 

「ずっと寝ているようならほっぺたにイタズラするぞ、ほら」

 

チュッてな、と拓馬くんがキス音を出す。

その音のエロいことエロいこと。

 

かああああああ、やっべえええええ!!

演技なんて放り出して拓馬くんをベッドに引きずり込み、延々とチューしたい! むしゃぶりたい!

内なる自分が大声で主張する。

 

ストップ! そんなことしたら人生終了だ。

拓馬くんは私を信頼して、今回幼なじみに選んでくれた。

その心を裏切ろうものなら、プロデューサーでもマネージャーでもいられなくなる。

それどころか南無瀬組から放り出され、拓馬くんの傍にいられなくなる。

何より一番恐ろしいのは、拓馬くんが私を失望の目で見ることだ。もし、本当にそうなったら生きる気力を喪失してしまう。

 

絶望的な未来予想図が、私の理性を崩壊しないように――

 

「あんま困らせるようなら襲っちまうぞ。この、お・ね・ぼ・う・さん」

 

――未来より、今だ。

 

私は開眼し、目の前にいる拓馬くんの両肩を掴んだ。

 

「うわっ!? ま、真矢さん!」

 

「はぁ、かぁ、ぐぁ……た、たくま」

 

ターゲット捕捉、これより補食に移る。

 

「ま、真矢さん、お気を確かに! 本能に負けないで」

 

うっ!

拓馬くんのエールが、棺桶に密閉されかけていた理性を救い出す。

私の中のまだ壊れていない部分が、最後の力を振り絞った。

 

「な、縄を……」

 

「えっ?」

 

「縄を持ってきて……人を縛るのに使える、縄を」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

人を縛る縄、そんな物が都合良くあるのかと言うとあった。

さすが妙子姉さんの本拠地。

この縄が、不法な取り調べに使われていないことを願うばかりだ。

 

「もっと強く」

 

「こ、こうですか?」

 

「んっ、そう。いい感じ」

 

腕を胴体ごと縄で拘束してもらう。

拓馬くんに縛られていると、なんだか新しい自分に出会える気がする。

緊縛プレイ、そういうものもあるのか。

 

縄で芋虫となった身体に毛布を被せる。

これでいい、これなら拓馬くんを襲わずに済む。

 

端から見ると、とんでもないレベルの変態だが……性犯罪者になるくらいなら私は変態を選ぶ。

 

「じゃ、最初から行きますよ」

 

そして、また拓馬くんの快楽攻撃が始まった。

彼のアクションの度に私の身体はブルブルと震える。ギシギシと軋む縄が痛い……のに、これはこれで……

 

 

 

湧き上がるたくさんの感情に翻弄されながら、私は逝き地獄を、ついに踏破した。

 

「お疲れさまです。真矢さん」

 

「おひゅかれさまぁ、たくまぁ」

 

ああ、だめ。呂律が回らない。

 

「では、確認してみますね」

手元の録音機器を操作して、早速拓馬くんは自分の演技のチェックに入った。

 

「……ん~、前よりは聞けるようになったけど全然だな。台本を意識し過ぎか? ここは、まず即興劇(エチュード)みたいにやって自然さを身に付けた方がいいか? 決めの台詞も改善しないとな、恥ずかしそうに言ったら台無しだ」

 

ブツブツと検証する拓馬くん。

アイドル活動に全力を出す彼は、本当に格好良い。

初めて会った時から惚れていたんだけど、その想いは自分でも驚くほど日に日に強くなっていく。

人間って、ここまで誰かを愛せることが出来るんだ。

 

拓馬くんのためなら、私なんでも出来る気がするよ。

 

「よし、練習を再開しましょう。今度は通しじゃなく、一言ずつ区切って行こうと思います」

 

……まだやるんだ。

なんでも出来る気がするけど、せめて休憩したいな。下着を着替えたいし、ダメかな拓馬くん……あ、ダメ。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

その後、拓馬くんの猛烈な練習は続いた。

彼の口から出る甘い言葉に私は何度も意識を絶たれ、起こされ、また絶たれ……回る回る快楽の渦の中で数え切れないほど自分を見失った。

 

 

「今日はありがとうございました! 大変身になる練習になりました。俺、必ずファンのみんなが納得できる音声ドラマを作ってみせます。真矢さんの献身、忘れませんから!」

 

拓馬くんが何度もお礼を言いながら私の縄を解いていく。

 

「ええって。拓馬はんの力になれて、うちも嬉しいわ」

と、出来た大人らしく返したいのに。

「しょ、しょう。まんぞくぅしてもらって、ひょっかた」

出る声はだらしない。きっと顔も目を背けたくなるほどだらしなくなっているだろう。

 

「それでは俺はこれで。失礼します」

 

拓馬くんが退室するのをフラフラ手を振って見送り……私はまたベッドに倒れ込んだ。

 

もうナニする気力もない。

疲れた、このまま寝てしまおうか。

ああ、でもお風呂に入らないと……服の下が大惨事になっている。

 

――と。

 

「真矢氏」

 

はうっ!?

 

声に反応し見ると、拓馬くんが閉めたはずのドアが開いており、椿さんが立っていた。いつものジト目をいつも以上にジトっとして。

 

さらに彼女の後ろには、南無瀬組男性アイドル事業部の組員さんたちが並んでいる。

サングラスで目は隠れているが、一様に強く噛んだ唇が不機嫌さを表していた。

 

「先ほどはお楽しみでしたね」

 

「にゃ、にゃんのことやぁ」

 

「誤魔化しても無駄。あれだけの喘ぎ声で叫んでいてバレないわけがない。しかも、三池氏に縄を取りに行かせ、それで縛ってもらう上級者っぷり。幼なじみの関係だけでは飽き足らない貪欲さには敬意すら抱く」

 

くっ……全部お見通しか。

 

「真矢氏、これは落とし前案件」

 

拓馬くんの逝き地獄を潜り抜けたものの、どうやら私のピンチは終わらないらしい。

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