『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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思春期 (+α) の訪れ

『魔法少女トカレフ・みりは』

 

異界より現れる妖魔の侵攻から世界を守る『魔法少女みりは』の戦いを描いた不知火群島国産のテレビアニメである。

 

それだけ聞くと、日本にもありそうなアニメなのだが――

 

妖魔たちの目的が男性をさらって種の存続を図ることだったり、ヒロインが『みりは』の幼なじみのマサオ君だったり、男性を狙う奴は容赦せんとばかりにキルキルしちゃう『みりは』さんの鬼畜っぷりが、日本にない異国情緒を味わわせてくれる。

 

数年前に放送され、逞しい主人公が若い女性の共感を呼び大ヒット。現在、第三シリーズまで制作されている。その人気は海外にも飛び火し、世界的コンテンツになっているそうだ。

 

スピンオフの漫画やゲームに続く新たな市場展開が、今回の舞台である。

 

 

 

 

 

 

 

『みんなのナッセー』のスタジオの隅にて、下半身を半魚人、頭に魚の帽子をかぶり、耳にヒレを付けたぎょたく君ファッションで俺は黄昏(たそが)れていた。

 

ソロプレイ発覚事件が尾を引き、俺の精神状態は(かんば)しくない。それを察してか、真矢さんだけでなくダンゴたちまでもが「そっとしておこう」と遠巻きに見守ってくれている。

その優しさが嬉しいような、余計惨めに感じるような……と。

 

「タクマお兄ちゃん、どうしたの? お腹でも痛いの?」

天道咲奈さんが声を掛けてきた。

 

服装は『魔法少女みりは』そのもの。

ピンクのファンシーなトップスに、ヒラヒラしたスカートをなびかせ、大きなリボンをツインテールに付けている。

ラメ糸を織り込んでいるのか、上も下もキラキラと光沢が眩しいコスチュームだ。

 

「おいどんは男の道を行くでごわす」が信条の硬派な日本男児であっても、天道咲奈 (魔法少女みりはバージョン)を見てしまったら「はぁぁん、咲奈 (or みりは)たん。萌えぇ!」と、男の道からロリ道に迷い込むだろう。

非常に危険な外見である。

 

前回までの俺なら、この魅力の前に陥落していたが……なぜだろう、今は冷静でいられる。

もしかしたら、ソロプレイの代償のおかげかもしれない。周囲の人にソロプレイをしたことがバレバレだった、その精神的苦痛がトリップさせまいと働いているのだ。

俺の心の痛みは咲奈さんを(もっ)てしても癒せないのか。

怪我の功名、と言っていいのかな、コレ。

 

 

魔法少女と魚の妖精が、スタジオの隅で出会う。

 

「お兄ちゃん……」

 

無言な俺に対し、咲奈さんは再度お兄ちゃん呼びを仕掛けてきた。

俺と咲奈さんの身長差は三十センチ弱あり、こちらを見上げる視線には心配の色が強く見られる。

いけないな、警戒すべき相手とは言え無視は良くない。

 

「大丈夫だよ、ちょっと疲れているだけさ」と返そうとした俺だったが、ハタッと思い直す。

 

待てよ……

このまま大人な対応をして、いつも通りにコミュニケーションをしていいのか?

 

咲奈さんは天道祈里の先兵であり、ゆくゆくは俺と結婚しようと画策している。

そんな相手と仲良くしていいのか?

 

心を許していたら、どんどん付け込まれ、あれよあれよと天道家にご招待となりかねない。

ここは、突き放すような態度を取ってみるか……ん、もうちょっと待て、俺。

 

そもそも咲奈さんが俺を狙っている、という確固たる証拠はない。すべては真矢さんたちの憶測に過ぎない。

もし、今回のコラボ企画が額面通り『魔法少女トカレフ・みりは』の舞台宣伝のためだったとしたら……舞台成功を願い頑張る十歳の少女に対して、俺は冷酷な態度を取ることになる。

それはマズいだろ、可哀想過ぎる。

 

咲奈さんの真意を探る方法はないものか――ちっ、そんなやり方が簡単に見つかれば苦労しない。

何か役立つ物でもあればいいんだけど、所持している物なんて台本くらいだし……台本……あ、台本!

 

 

「俺、とっても困っているんだぁ」

 

プライドや羞恥心をかなぐり捨て、精一杯情けない声を出す。

 

「え、ど、どうしたの?」

 

ほぅ……

天真爛漫、いつだって笑顔を忘れなかった少女の表情が固まる。

 

「この台本を昨日もらったんだけどね」

 

咲奈さんの目の前にかざしたのは、不知火群島国の文字の横に日本語の翻訳文を書き足した俺用の台本である。

 

「実は……俺って文字が読めないんだ。いつもの『みんなのナッセー』はセリフがほとんどなくてステージで踊るだけだから何とか出来た。でも特別公演はたくさん喋るからって、台本をもらったんだけど……ううぅ、言葉が分からないからどうしようもないよぉ」

 

不知火群島国の識字率は日本と同じくほぼ百パーセント。箱入り生活を強いられる男性であっても教育の義務はあるらしい。

だから、大の男の俺が文字を読めない、という発言をすれば普通「はぁ? なに言ってんの?」と怪訝そうな反応が返ってくる……はずなのだが。

 

「タクマお兄ちゃん、文字が読めないの? あ、でも仕方ないよね」

 

咲奈さんの戸惑った顔は、すぐに合点がいくものに変わった。

このリアクションの意味するところは……

 

「だってお兄ちゃんは外国の人だもんね」

 

間違いない――天道咲奈は俺を狙っている。

 

男性アイドル・タクマが世間に流す情報に、タクマが外国人だと伝えるものはない。

俺の出身が不知火群島国でないと広く知られれば、なぜ男性が異国でアイドル活動しているのか、いつかは帰国するのか、などファンに疑問や不安を与えることになる。

そのため、タクマの情報は最低限しか提供していないのに――天道咲奈は知っていた。

 

天道家が俺のことを調べた、と考えるのが自然だ。

俺が外国人だと知っているのは、これまで携わった仕事の関係者に数人、あるいは弱者生活安全協会(ジャイアン)の職員に何人かいただろう……その中の誰かに聞いたか。

 

天道咲奈がただ舞台の宣伝をするために『みんなのナッセー』とコラボしてきたとすれば、わざわざ表に出ていないタクマの個人情報を調査する必要はないはずだ。

 

やはり天道咲奈は、舞台に励むだけの健気な少女でない。

それが分かった今、相応の対応をしよう。

 

「そうなんだよぉ、俺に不知火群島国の言葉は難しいんだぁ」

 

会話を続けながら、俺は必死に思考を走らせた。

このままナアナアな態度で付き合っていたら、ロリっ子パワーの前に懐柔されてしまう。

 

先手を打とう。

天道咲奈に「タクマお兄ちゃんをお婿にするのは無理!」と諦めさせる手を打つのだ。

 

前回の俺は天道咲奈を「天道さん」と呼び、ビジネスライクな態度で距離を取ろうとした。

が、天道咲奈は幼さを活かし、物理的にも精神的にもこちらの懐に潜り込んで、俺をあっさりロリ道に堕としてみせた。

 

子どもながらに大人社会で生きているのは伊達ではないらしい。

磨かれたコミュ力を駆使する彼女の接近能力は侮り難し。

甘さが目立つ俺のセメント対応では通じないだろう。

 

と、すればどうする?

いっそ高圧的な態度を取ってみるか……と一瞬考えたがすぐ棄却する。

 

十歳の女の子に乱暴な対応をするなんて、結婚拒否のためだとしても出来ない。

客観的に見て、最低過ぎるだろ。

このやり方を誰かに目撃された場合、タクマの印象は著しく悪くなる。いやそんなことを心配する以前に、俺の良心がズキズキ痛むので却下しかないな。

 

もっと他の方法を……

 

「タクマお兄ちゃん、今日はぼんやりしてばかりだね」

 

おっと、口よりも頭を動かしていたため天道咲奈から不審に思われたようだ。

 

俺はちゃんと彼女の顔を見て会話しようとした、のだが。

うん? 俺の様子もそうだが天道咲奈の様子も変だ。

いつものニコニコ顔に陰りがあり、声もどこか固い。

 

思えば、天道咲奈の真意を測るためにナヨナヨした態度で接した時からおかしかった。

 

……もしかしたら!

 

天道咲奈は俺に落胆しているんじゃないか?

大の男が、十歳の少女の前で泣き言をほざくのは情けない限りだ。気持ち悪いとすら思われかねない。

 

天道家が優秀な男との間に子どもを残そうと考えているならば、弱々しい男の遺伝子なんぞ取り込む価値なし、と判断するはず。だとしたら、俺の取るべき対天道咲奈の策は――

 

「ねえねえ、咲奈さん。頼みたいことがあるんだけどぉ」

 

「な、なにかな?」

 

「台本を俺の国の言葉に変えたいから、俺のセリフ部分を読んでくれないかなぁ。お願いだよぉ」

 

とことん情けない姿を見せて、「ダメだ、この男」と幻滅してもらうのだ。

 

そもそも稽古の直前に台本の翻訳協力を頼むなんて、プロ意識が欠けている。家でやって来いという話だ。

その辺りも天道咲奈の中で減点してもらえれば、天道家の婚約者候補から外される可能性は高くなる。

 

よし、いいぞ。この方針で行こう!

 

「う~んと、私たちの出番は」天道咲奈がチラッとスタジオの舞台を見る。そこでは歌のお姉さんがスタッフと細かい打ち合わせをしている。「まだみたいだから、今のうちならイイよ」

 

「ありがとう! じゃ俺、書く物を持ってくるよ」

 

微妙な顔をする天道咲奈から一旦離脱して、俺はダンゴと真矢さんの下に向かった。

 

三人に手早く経緯を話す。

天道家が俺のことを調べていたこと。

俺は天道咲奈の好感度を下げるべく振る舞うようにしたこと。

そのため真矢さんが予備として持っている台本を貸して欲しいということ。俺が持っている台本はすでに日本語訳が書かれているから、天道咲奈の前に出せない。

 

「了解や。うちの方で拓馬はんの出番を遅らせるようオツ姫はんに頼んでみるわ」

 

「では、私と凛子ちゃんは他の者が三池氏と天道咲奈に近づかないようにする。台本の翻訳を練習直前にやっていることを周囲に知られれば、三池氏の評価が下がる恐れがある」

 

「よ~し、そういうことならあたしも頑張りますよ! ロリっ子がなんぼのもんじゃいです!」

 

「ありがとうございます!」

 

俺は三人に頭を下げて、天道咲奈の所に戻った。

 

 

 

天道咲奈のコミュニケーションは相手の懐に潜り込むように行われる。

で、あるならば俺は限界まで下手(したて)に出て、潜り込む余地を与えてやらない。

 

「プライド? それなら燃えないゴミの日に捨てたよ」というスタンスで、自分より半分しか生きていない少女に教えを請い、ネガティブ発言を連発し、頼りない大人の見本となってみせる。

 

あまりに情けなく気持ち悪い態度には、演じる俺自身すら鳥肌が立つほどだ。

これはキツい。出来ることなら今すぐ止めたい。

人に嫌われるよう振る舞うってのは、想像以上のストレスになるんだな。

 

こんなものを間近で見せられる天道咲奈はたまらないだろう。

天真爛漫な笑顔は消え、俺の翻訳作業をぎこちない所作で手伝ってくれる。

 

途中、なぜか自分の胸に何度も手を当てていたが、きっと俺のウザい態度によってこみ上げてきた怒りを抑えようとしているのだろう。

 

また、時折スーと小さな手を俺の頭の方に伸ばそうとしてくる。

「あっ、ご、ごめんなさい!」すぐにその手は引っ込められたが……きっと、あれは不愉快な俺へ我慢出来ずゲンコツをしようとしたのだろう。

 

よし、醜態を見せただけの成果はあるようだ。

確実に天道咲奈は俺へのヘイトを溜めている。

この調子なら、俺と結婚する気なんてカケラも残らないな。

 

残念だよ、天道咲奈。

君が下心抜きで、一緒に舞台に立とうとしていたのなら、俺たちは年齢差を超えた友情で結ばれたかもしれないのに。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

翻訳作業は無事終わり、舞台の練習は滞りなく行われた。

 

「じゃ、じゃあタッ、タクマさん。またね」

 

天道咲奈は本業の舞台の準備が佳境に入っているらしく、早々にナッセープロダクションを後にした。最後まで子どもらしい笑顔を見せることなく。

そういえば、俺の呼び名が『タクマお兄ちゃん』から『タクマさん』に変わっていたな。

お兄ちゃんと慕う気持ちが失せた、ということか。

 

胸が痛くなるが、これこそ俺が望んだ結果だ。素直に受け入れよう。

 

「お疲れさまでした、三池さん!」

「天道咲奈に陥落しなかったようで何より」

「なんか今日の拓馬はんは、前と打って変わって冷静沈着やったな。あの天道咲奈を手玉に取っているように見えたで」

 

三人から(ねぎら)いの言葉をもらう。

確かに今日の俺は調子が良かった。ソロプレイ事件のせいで落ち込んでいたのに、頭はよく動いてくれた。

 

まるで、頭を全力で回さなければ危険だ、と本能が察知して本腰を入れたかのように。

 

――って、んなわけないか。

天道咲奈は『キセキの年代』なんだ。彼女を前にして貞操の危機なんて感じるわけないだろ。

 

脳裏を掠めた嫌な想像を、俺はすぐに振り払うのであった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

『天道咲奈の日記』

 

 

○月×日

 

 

今日のけいこはさんざんでした。

集中していない、って怒られちゃった。

 

そうだよね、わたし、ずっと昨日のことばかり思い出しちゃうんだ。

 

ああ。

 

 

 

タクマお兄ちゃんのうるうるした目が忘れられない。

タクマお兄ちゃんの震えるくちびるが忘れられない。

タクマお兄ちゃんのしょんぼりした背中が忘れられない。

 

昨日、みんなのナッセーのスタジオでタクマお兄ちゃんを見た時から、わたしはおかしくなっちゃった。

 

わたしはこれまでお姉ちゃんたちにかわいがられ、劇団の人たちにも良くしてもらってきた。

わたしはみんなを見上げ、助けてもらってきたんだ。

 

でも、昨日のタクマお兄ちゃんはちがった。

タクマお兄ちゃんがわたしを見上げ、助けを求めてきたの。

 

年上の、しかも男の人がわたしをたよってくれている。

そう思うと、わたしのからだはカーッってあつくなっちゃった。

 

台本を読んであげると、タクマお兄ちゃんは泣きそうな顔でお礼を言ってくれた。

ああ、タクマお兄ちゃんカワイイよ。

一文一文読むと、タクマお兄ちゃんは一回一回ありがとうと弱弱しく言うの。

そのたびに、わたしの心ぞうが外に出てきちゃいそうで、何度もむねを押さえちゃった。

 

タクマおにいちゃんがぺこぺこあたまを下げてくると、なでなでしたくてたまらなくなるの。

よしよし、わたしが付いているからそんなに悲しい顔しなくていいんだよぉ~ってなぐさめたい。

年下のわたしがそんなことしたら、ナマイキかもしれないけど、やりたくてたまらないの。

 

どうしちゃったんだろう、わたし。

こんな気もち、今まで感じたことないよ。

 

はやく、タクマお兄ちゃんに会いたい。次の練習はいつだっけ、はやく会いたい。

 

会って、なでなでして、だきしめて、わたしがいるから大丈夫って、カワイイタクマお兄ちゃんを安心させるの。

それってすごくステキ。

 

 

わたしが行くまで、待っててね。タクマお兄ちゃん。

 

あ、なんか変だな。タクマお兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくて……わたしが。

うん、こっちが正しいよね。

 

お姉ちゃんが行くまで、待っていてね。タッくん。


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