『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ぎょたく君悪役計画

――南無瀬芸術劇場。

みんなのナッセーの特別公演を行った市民会館の二倍を誇る客席数、主にオーケストラや大規模演劇を想定して作られた南無瀬領屈指の建築物である。

クリスタルの城のような外観と、広々さと重厚さをミックスした内観に、初めて見た人の口はしばし開きっぱなしになる。

 

その建物内で一番の華であろう舞台の上に、天道咲奈が所属している劇団『コマンド』の人たちは集まっていた。

 

「今からマスクを作り直すなんて無理ですよ!」

「客席からなら多少崩れた造りでも誤魔化せるんじゃないの?」

「それよりサカリエッチィを抜きにして、ストーリーを再構成したら?」

「おいおい、バトルの相手が戦闘員だけになったら迫力不足だろ。お客さんが満足しないぞ」

「ベストを目指しても仕方ないよ。今はベターというかマシな案を早く採用して動かないと」

「公演出来なくてチケット払い戻しになったら、私たちの劇団は……」

「そこ、暗くならない! クヨクヨしても何にもならないよ」

 

想像通り、テンヤワンヤの大混乱状態だ。

舞台袖から入ってきた俺に誰も気づいていない。

 

っ、あれは……

加熱する議論の人の輪、そこから離れた位置に佇む天道咲奈を見つけた。

お姉ちゃん宣言をしてから掲げ続けていた意気軒昴さは消えている。

当然か、主役を張ると言っても彼女はまだ十歳の少女だ。

舞台崩壊寸前の局面において、普段のようにいられるわけがない。

 

でも、心配すんな。俺が何とかする。

 

「こんばんは、みなさん!」

 

女声ばかりの中で突如響いた男声は目立ち、劇団・コマンドのみなさんは一斉に俺の方を向いた。

 

「た、タクマさん!? うそおぉぉ!!」

「やだ、ホンモノでナマモノよ。映像よりずっとイケメンじゃない」

「みんなしっかりして。あれはきっと特別公演を見に行けなかった私が作り出した妄想よ。つまり私の物よ」

 

混乱に拍車がかかる中、

「タッくん!」天道咲奈が駆けてきた。

 

「どうして! なんで来たの!?」

疑問ばかりを口にする彼女の頭に手を――いや、肩に手を優しく置く。頭をよしよしと撫でて落ち着かせるのは違うと思った。

これから共演者にさせてください、とお願いする身として、主役を子ども扱いする態度は良くない。

たとえ――幼いこの子を、何とか助けたいと内心で思ったとしても。

 

「ここは俺に任せてください」と天道咲奈に笑ってみせ、一歩前へ。

 

劇団・コマンドのみなさんと相対する。

ここにいるベテラン揃いの役者たちと比べ、俺は圧倒的に経験も実力も不足している。

本当ならこんな提案は身の程知らずなのかもしれない。

上手くやり抜けるのか、保証はまったく出来ない。

 

それでも。

この場に漂う不安感を吹き飛ばすべく、俺は大見得を切った。

 

「みなさん! 悪に染まったぎょたく君にご興味ありませんか?」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

ぎょたく君悪役化プロジェクトは受け入れられた。

説得に時間がかかることを覚悟していたが、ほとんど即決に近かった。

それだけ、劇団の方々は追いつめられているわけだ。

 

「とにかく台本や。台本の改訂版を上げな他が動きにくいやろ。ぎょたく君バージョンに変えていくんで、今の台本を見せてくれへんか? もち主要スタッフはんたちの意見もどんどん欲しいさかい、手が空いている人は一緒にやるで」

 

真矢さんによって、劇団・コマンドの重鎮たちが芸術劇場の小会議室に集められた。

俺は同席し、ダンゴたちは外で待ってもらうことにする。

 

すでに二十一時を回った。

明日の公演は十八時からだ。舞台改変の猶予は一日もない、『時は金なり』の重みを嫌というほど感じる。

 

真矢さんが台本を速読して、あらすじを俺に説明してくれた。

ストーリーは『魔法少女トカレフ・みりは』の第一シリーズのアニメ十三話を舞台用に圧縮アレンジしたもの。

みりはが魔法少女に目覚め、巷の小さな事件を解決していき、因縁のライバルとなるサカリエッチィと出会い、そして激闘するまでを約二時間に収めている。

 

「サカリエッチィを完全に消してしまうとストーリーを根本的に変えなくてはいけません。そんな時間ありませんよ」

スタッフの一人が泣き言を吐くと、すかさず真矢さんは言った。

 

「なにも消す必要はあらへん。舞台の上からスクリーンを吊り下げてな、そこにサカリエッチィの画像やシルエットを映せばええ。文字通り上から偉そうに戦闘員へ指示を出せば、大物感が出るやろ」

 

演出家さんが肯く。

「なるほど、悪くない手ですね。しかし、台詞はどうしますか……アニメ版の声優さんの録音を使っている分、簡単に台詞を変更するには」

 

「緊急事態や。今すぐ声優はんの事務所にコンタクトを取って、明日の午前中に是が非でも新規収録してもらうしかない。そのためにも夜明け、いや深夜の間に新たな台本を上げるで。みんなで読み合わせて問題がないか精査する時間もいるさかいな」

 

「ううむ」

 

スタッフさんたちが頭を抱えるのも仕方ない。

相当無茶なスケジュールである。

けれども、この無茶を明日の公演まで続けなれば成功はありえない。やるしかないのだ。

 

「それで、どういう風にぎょたく君バージョンに変えます?」

という質問に真矢さんは現台本をパラパラめくりながら、

「う~ん……みりはが魔法少女になる序盤は改変せんでええやろ。イジルなら中盤のサカリエッチィとの邂逅からやな。さっきも言ったようにサカリエッチィ自身は画像でしか出せへんから、戦闘員はんたちは巧みな立ち回りをしてもらうで」

「サカリエッチィはマッドサイエンティストって設定ですから、俺は奴に捕まって洗脳か改造された、という流れが自然ですかね?」

「せやな。中盤にぎょたく君がさらわれるシーンを追加しとこ」

 

こんな感じで会議は進み、大まかな話が出来上がった。

改変が激しいのは終盤である。

みりはが戦闘員を撃破し、因縁の敵であるサカリエッチィと戦うのが元の展開。当然、画像だけのサカリエッチィにバトルは出来ない。

そこでサカリエッチィが奥の手として繰り出すのが、マッドな科学で闇堕ちさせたぎょたく君だ。

 

俺からすればヘンテコな半魚人だが、不知火群島国の女性からすれば愛くるしくて萌え死にそうになるぎょたく君。彼が敵の手先になってしまった。

普通の敵ならば容赦の「よ」の字もないみりはだが、ぎょたく君には暴力的行為を行えない。

対して、ぎょたく君は意識と感情を奪われ完全な戦闘 (マシーン)にされてしまっている。みりはへの攻撃に迷いはない。

 

闇堕ちしたぎょたく君は確固たる意志を持たない操り人形で、何も喋られないようにする。

こんなキャラにしたのは、一つに台詞を覚える必要がないこと。もう一つに下手に残虐な性格にするとぎょたく君のイメージに傷がつく、そこを考慮して無個性にしたのだ。

 

「絶体絶命なみりはやけど、ぎょたく君を想うみんなの気持ちが奇跡を呼ぶねん。まああれや、愛の力っちゅうやつ、それがぎょたく君を悪の道から引き戻す、と」真矢さんが恥ずかしそうに言う。

子ども番組の最終回とかでありそうな話だが、いざ大の大人が口にすると照れくさいよな。

「あとはサカリエッチィが悔しそうに撤退して、エンディング。まっ、こんなところやろな」

 

真矢さんの話に大きな反対意見は出なかった。

 

「よし、それで行きましょう」

「そうだな、すぐに脚本の直しをしよう」

「じゃ、私はぎょたく君用の小道具を作ります」

 

とにかく時間がない、みんなが席を立とうとした――まさに、その時。

 

 

「ダメだね、そんな話じゃ」

 

小会議室の扉が開き、一人の女性が入ってきた。

ダークブラウンのウェーブがかかったロングヘア―を胸まで垂らし、黒のインナーに地味めなカーディガンを羽織った姿。

一見、やぼったい印象を持つが、その眼には理知的な光が灯り、その顔からは時代劇の花魁(おいらん)が魅せる魔性とキャリアウーマンが放つスマートさが見て取れた。

年齢は真矢さんと同じくらいか、多分二十後半。

 

「せ、先生! 来てくれたんですか!?」

スタッフたちが慌てだす。先生?

 

「たまたま南無瀬で仕事をしていてね、大変そうだから見に来たんだよ。しかし、人助けはするもんだ、まさか噂のタクマくんに会えるなんて」

先生と呼ばれる女性が俺を見て、ニヒルに笑った。

うわぁ、会って十秒だけど分かる。この美人さんは俺の苦手なタイプだ。

 

「あ、あの、あなたは?」

「おっとこいつは失礼。ボクは寸田川(すんだがわ)虚十美(ことみ)、しがない脚本家さ」

 

「しがないだなんてご謙遜を。先生はドラマ、アニメ、舞台、どんなメディアでも変わらぬ高クオリティで仕事をする不知火群島国きっての脚本家じゃないですか。『魔法少女トカレフ・みりは』のアニメシリーズを始め、この舞台の脚本を書いたのも何を隠そう寸田川先生なんですよ」

詳細な他者紹介ありがとう、スタッフさん。

 

「寸田川先生か。名前くらいならうちでも聞いたことあるわ。そんで、ご高名な先生は改変プランの何が気に入らんのや?」

真矢さんが不満そうに言う。満場一致のところを邪魔されたのが嫌だったのだろう、

時間がないことだし。

 

寸田川先生は何でもなさそうに言った。

「……濡れないんだよ」

 

「「はっ?」」

俺と真矢さんは同時に疑問符を頭の上に乗せる。

 

「君たちの話はさ、ボクの子宮にビンビン来ないんだよねぇ」

 

へ、変態だああああああっ!?

 

 

これが――

俺と、鬼才にして痴才である寸田川虚十美の出会いだ。


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