『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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オムツが似合う終劇

(ぎょたく君) と 天道咲奈(みりは)の間で、空気が張りつめる。

それ以上に舞台と観客席の間で、空気が張りつめる。

お客さんたちの目がギラギラ光っており、そのため心なしか観客席が明るくなっている。

凄まじい緊張感だ。

 

今のところ観客たちの理性爆発は起こっていない。

事前に注意事項として「嫌いになっちゃう」発言をやったのが功を奏したか。

ファンクラブ除名というペナルティと、通路にいる南無瀬組員の圧力がギリギリの均衡を保ってくれている。

 

こんな雰囲気なのに寸田川先生の脚本はさらにアクセルを踏む。

 

「それで! それで! なにして遊ぶ? ボク、激しい(・・・)のでも良いよ♪」

 

火に油、いや痴女に媚薬と言うべきか。

新たに投入されたオカズにより、激しい反応を見せた数人の観客が舞台に向かって駆け、途中で南無瀬組の黒服さんに捕まった。

 

こ、こえぇぇ。

ちょっと色っぽく言っただけでこれだよ、一触即発ってレベルじゃねえぞ!

 

「……もう遊びは終わり。これ以上悪いことが出来ないよう、ぎょたく君には眠ってもらうよ」

 

みりはが拳を掲げ、強く握りしめた。

操られたラブリーキャラだろうと悪い奴は殴る。それこそ魔法少女みりはのポリシーなのだ。

 

「やだぁ、こわ~い。ねえ、みんな。ボクを守ってぇ」

 

新ぎょたく君の声で戦闘員たちがみりはの前に立ちはだかる。死んだように動かなかった警官隊もフラフラと立ち上がり、みりはと敵対する。ついでに観客の何人かがみりはをボコろうと席を飛び出し、道半(みちなか)ばにしてご用となった。いい加減、南無瀬組員だけでは手が足りなくなってきたな。

 

「全員、少し……頭冷やそうか?」

 

災害警報発令! みりは暴風発生!

近付くと誰であろうと痛い目にあいます。お利口な人は席に座って大人しく見守りましょう。

 

みりはに暴行を受けたやられ役の人々は、そのまま吹き飛ばされるなり転がるなりして舞台袖に消え……舞台上は綺麗に掃除された。残されたのは新ぎょたく君とみりは、一匹と一人だけだ。

 

さあ、いよいよここからが、一番の難所である。

アニメに勝るとも劣らない格闘戦が見所の舞台版『魔法少女トカレフ・みりは』。その評判に恥じない迫力あるラストバトルをしなければならない。

 

わずか半日しかなかった稽古の中でも、この攻防には多くの時間を()いた。完璧とは言えないけど、お客さんが満足するものを見せなくては、気張れよ、俺!

 

「やあっ!!」

 

雑魚を掃討し、イケイケムードなみりはが襲いかかってくる。相変わらず十歳の女の子の動きじゃねえ、油断したら本当にブン殴られちまう。

 

「ひゃん! あっぶな~い」

 

気の抜けた声で、気の抜けない動きをするのは大変だ。

新ぎょたく君がみりはの攻撃をかわす度に、スリットスカートが大きくはためく。生足見放題である。

しかし、この見放題のおかげか、観客たちは暴れず観客席に座り、ひたすら新ぎょたく君を注視している。

今がチャンスだ、彼女たちがこちらを視漢(しかん)するのに夢中なうちに終劇へと持っていこう。

 

そう意気込む俺だったが……なんだ、何かおかしい。

みりはの動きが練習の時よりどんどん鈍くなってくる。

 

どうしちまったんだ、その腰の入っていないパンチは。

俺の攻撃を受け流す所も、あわやクリーンヒットしそうになるし……

 

戸惑いながらみりはの顔を見ると、その表情は勝ち気なみりはではなく、怯えたような天道咲奈のものになっていた。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

『天道咲奈の日記』

 

 

本当は嫌だった。

 

朝、おけいこを始める時に。

「タッくん! 全力でお姉ちゃんに寄りかかっていいからね。全部受け止めるから!」

そう言って、タッくんを安心させようとしていたけど、わたし自身このきゃく本に不安を感じていたの。

 

タッくんがわるい怪人になって、たくさんの人たちにエッチなユウワクをする――この場面、好きじゃない。

みんなに言いたくなるの。だれの許可があってタッくんからおさそいを受けてるの、って。

タッくんもタッくんだよ。どうしてまずお姉ちゃんに一声かけてくれないの、どうしてさそってくれないの、順序っていうか筋がとおってないよね、もう!

 

……いけない、がまんがまん。

これ、寸田川先生のきゃく本だもんね、タッくんが自分からやりたがっていることじゃないし。お姉ちゃんらしくヨユウを持って、タッくんのすべてを包み込まないとダメだよね。

 

と思っていても、最後の場面がどうしても受け入れられない。

 

ぎょたく君とみりはの戦うところ。

もちろん(せん)とう(いん)さんたちみたいに本当になぐったりはしないよ。寸止めをするの。

祈里お姉さまたちのように上手くはないけど、わたしも寸止めには自信があった。でも、タッくんを前にすると体がちぢこまっちゃう。

 

もしかしたら、手元がくるってタッくんをなぐって、けって、張りたおしてしまうかも……そう考えると、こわかった。

タッくんはわたしを「お姉ちゃん」って言って寄りかかってくれる。そんな愛しい愛しい弟を傷つけでもしたら……

 

おけいこの時は、気をつよく持ってやりきったけど。

本番で、いじらしくがんばるタッくんを見ていたら、もうムリだった。

わたしは、みりはになれなくなっていた。

 

そんなわたしにタッくんは、

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

天道咲奈の不調はなぜだ? だなんて考えている暇はない。

急いで彼女を本調子にしないと盛り上がりの欠けたラストになる――ならまだ良い方で、バトルの段取りが遂行不能になってしまう恐れもある。

 

……仕方ない。

これは、またあの魔法に頼るしかなさそうだ。

彼女を奮起させる魔法の言葉を今一度使おう。

 

俺はみりはの拳を受け止め、自分の方へ引き寄せた。

稽古の時とは違う流れに「えっ?」という顔になる天道咲奈――の耳に唇を近づけて。

 

「がんばれ、お姉ちゃん」そう小声で(ささや)く。

 

攻防の中の一瞬、伝えられる言葉は多くはない。

だからこそ、俺は多くの感情を込めた。

小さい主役の中に巣くう不安の正体はハッキリしない。

でも、俺は信じている。

天道家の一員だとか天才子役と呼ばれているとか、そんなプロフィールとは関係なく、一生懸命芸に生きる君を、尊敬すべき一人の人間である君を信じている。

 

君が再び魔法少女みりはとなって舞台を鮮やかに彩るって、俺は信じているんだ。

 

タッくん――天道咲奈の口がそう動く。

 

一秒も満たない時間、俺たちは見つめ合った。

それで全ては解決した。

 

 

「はあああっ!!」

先ほどとは別人の動きでみりはが再起動する。

あまりのラッシュの鋭さと気迫に、俺の防御が間に合わない箇所も出てしまったが、こちらの身体に当たる瞬間にピタリと拳や蹴りが止まる。(すんで)の所でしっかり止まるので俺の身体にダメージはない。

なんて子だ、この職人技には感服せざるをえない。

 

 

「さようなら、ぎょたく君!」

 

苛烈な戦いの最後に、みりはのアッパーが俺の顎を捉えた。

 

(ぎょ)ええぇぇえ!!」

断末魔を叫びながら、俺は大きく吹き飛ぶ。

やられる瞬間こそ悪役の華。

見てくれ、みんな。これが俺の花道だ――と、言わんばかりに俺はド派手に床を滑り、転がり、最終的に大の字になって止まった。

 

「ほぎゃあああ!! ぎょたくくうぅぅぅんん!!」

観客席から大きな悲鳴が聞こえてくるが、今の俺にはそれを気にするより「やった、やりきったぜ」と新ぎょたく君を演じきった達成感と安堵感で一杯だ。

 

俺が寝そべって満足している間に、

 

『おのれ、よくも新生ぎょたく君をぉぉ。この血も涙もない鬼め!』

 

「ぎょたく君を利用したあなたに言われる筋合いはない! ぎょたく君の無念も乗せて……サカリエッチィ! 喰らいなさい、サーチ&デストローイ!」

 

相手の魔力を感知して、追跡し、魔力の主を破壊する。魔法というか呪いのようなみりはの技によって『ぎゃああああ!!』と画像のサカリエッチィが粉々になった。

 

原作にはない展開だが、このままサカリエッチィを見逃して『戦いはこれからも続く』エンドだと、散々ぎょたく君を(もてあそ)んだ悪役がお(とが)めなしで、観客たちの不満が行き場をなくしてしまう。

そのため原作では何度も刃を交えた因縁のライバル・サカリエッチィは、呆気ないほど雑に処理された。

 

こうして、観客のサカリエッチィに対するヘイトは解消されたわけだが、ぎょたく君をボコったみりはに対するヘイトは健在だ。

これを取り除かなくては劇の幕を下ろせない。

 

「ぎょたく君……ごめん、ごめんね」

 

みりはが倒れ伏す俺に近寄り、回復魔法を唱える。

『キュアキュア』というSEが鳴り、少し時間を置いて。

 

「う、うう……ううん」

俺は意識を取り戻した演技を始める。

 

後は立ち上がって、教育上不適切なキャラから解放してくれたことをみりはに感謝し、お客さんの方を向いて「心配させてごめんなさい。みんな、本当にありがとう」ってなことを言うのだ。

 

寸田川先生にしては、ぬるい救済展開のように思える。

しかし、幼児対象番組のキャラをエロキャラにしておいて、その上ボコボコにしておしまいでは『みんなのナッセー』のスタッフの血管が十本は切れる。

そんな話、フロアディレクターのオツ姫さんが許すわけがない。なので、こういう落とし所になったわけだ。

 

――さて、締めだな。

最後に俺のスピーチで、一日の突貫作業で作られた急ごしらえの劇を大団円しよう。

 

俺はみりはにお礼を言って立ち上がり、観客席の方を向いた。あとは感動的な話をすれば――と。

 

 

 

パサッ。

 

腰から何かが落ちた。待て、腰に付けていたのは一つしかないぞ。も、もしや……

 

地面を見ると案の定、スリットスカートだった。

ド派手に吹き飛んだ際にホックが外れ、緩んでしまったのか!

普通ならこんなアクシデントは起こらなかっただろう。

ぎょたく君の新コスチューム制作の時間が十分に取れなかったことと、俺がスタッフの想定以上にコスチュームを酷使する動きをしてしまったから、こんな事に……

 

な、なんてこったぁぁぁぁ!!

 

が、まだだ。まだ慌てる時間じゃない。

考えてみればいつもぎょたく君はスカートなんて穿()いていなかった。これで普通状態に戻ったわけだ、何も問題はない。

 

 

と、ここで更なる追い打ちが俺を襲った。

 

 

くぱぁ。

 

なんかスースーする。俺はもう一度視線を落とした。

スカートで隠れがちになっていたが、新生ぎょたく君の下半身は通常ぎょたく君より薄い(うろこ)柄のタイツみたいな仕様になっている。セクシーさを出すための一環だ。

その股間に近い太股の一部に穴が空き、俺のパンツが「やあ」と顔を出していた。

どうやら床を滑った際に、摩擦でやっちゃったぜ(白目)。

 

 

ほ、ほ、ほげえええええええええええ!!!

 

「タッ、タッくん!」

横の天道咲奈が真っ赤な顔で、だが視線は俺のパンツをロックオンして驚きの声を上げる。

 

 

ガタ、ガタガタ!

ガタ、ガタガタ!

ガタ、ガタガタ!

 

 

ヒエェェッ!! 

お客さん総立ちだ。

もちろんスタンディングオベーションするからではない。犯る気だ、全員が猛獣の目になっている。

この大群、南無瀬組を総動員しても止められないぞ。

 

ど、どうする! どうする俺!

スカートを拾い上げて穴を覆うか……ダメだ! 

いそいそと陰部を隠す動きは、萌えに溢れている。獣をタギらせるだけだ。

 

もっと、もっと、こう別ベクトルに……こ、こう……あっ!

 

一つ思いついた。

迷っている時間は皆無で、突発的な思いつきだろうとやるしかない。

 

 

「みなさん、ご心配おかけしました」

 

俺は悠然と、それでいて敬虔な教徒のように粛々とお礼を述べ始めた。胸の前で両手を握り合わせて、神に祈るポーズもやってみる。無論、パンツは見え見えの状態だ。

 

「お見苦しいところを見せてしまって申し訳ありません。ボクを想うみなさんの声援で、こうして元に戻ることが出来ました」なお、お見苦しいところは継続中の模様。

 

アレである。

美術の教科書とかに載っているヌードデッサン、あれがどうしてエロく感じないのかを追求していくと……被写体の女性が堂々しているからだと思う。

テレビで観るアフリカの部族の女性が裸なのにエロくないのも同じだ。彼女らが堂々としているからだと思う。

 

つまり、何ら恥ずかしがらない誠実な態度が、裸を芸術や文化へと昇華するのである。

俺のパンツもまた(しか)り、堂々とすれば芸術や文化として認知されるのではないか! つか認知してください、お願いします!

 

 

俺の必死な願いが届いたのか、言葉を続けているうちに観客たちが椅子に座りなおし始めた。

腰が砕けるように座っている気がするが、見なかったことにしよう。

 

 

「これからも魔法少女みりはの応援をお願いします。ボクのことも応援してくれると嬉しいです」

 

俺が一礼すると、終幕のBGMが流れ出した。

それに合わせて、役者全員が登場する。

あとは一列になって全員で「ありがとうございました」と頭を下げるのだが……俺を除く他の役者が内股でモジモジしていて、見栄えが悪い。

一列になった後も首を伸ばして横からガンガン俺のパンツを見ているし。

 

みんな、しっかりしようじゃないか。

一人だけ背筋を伸ばしている俺が変に見えちゃうだろ、どこも変じゃないのに。

終わり良ければ全て良し。最後まで気を抜いちゃダメだゾ。

 

劇団・コマンドの団長さんが簡単な挨拶を息を荒げて行い、その後全員で「ありがとうございました!」と感謝を伝え――

ゆっくりと舞台の幕が下りていく。

 

観客席から拍手が起こるが、お客さんたちは身体がビクンビクンしていて手を叩くのが辛そうだった……

 

 

幕が下りきった舞台上。

普通なら無事終了したことを喜び合うところなのかもしれないが、みんな無言で俺を見ている。

 

俺も無言で落ちているスカートを拾い、穿き直す――そして、そのまま走り出した。

「パンツ見えてるけど、恥ずかしくないもん!」を続けるのはもう限界だった。

 

顔を合わせたくない。

南無瀬組の人とも、応援に来てくれた人とも、劇団・コマンドの人とも――誰とも会いたくない。

 

そうやって逃げ込んだ休憩室で、

 

「やっ、お疲れさま」

 

寸田川先生(今回の元凶)は待っていた。

 

「イイ舞台だったよ、今日ほどオムツを穿いて良かったと思った日はないね」

 

うっせえ、知るかぁ!!

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