『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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中御門へのお誘い

周囲の目から逃れやってきた休憩室。

そこに先客としていた寸田川先生。

 

かくして、穴あきタイツ男とオムツ有効活用女は対峙することとなった。

 

「どうして休憩室にいるんですか、しかも一人で?」

ほとんどのスタッフは俺のパンツ見たさに舞台袖へ集まっていたようだけど。

 

「いやっはっは、それがね。最初はボクも舞台袖にいたんだよ……でも、タクマ君がぎょたく君を演じれば演じるほど、『みんなのナッセー』の人や君のマネージャーがボクにキツい視線を向けてくるんだ。君がみりはのアッパーでノックダウンした時なんか、殺意まで向けられちゃった。こりゃヤバいって身の危険を感じ、ここに避難していたってわけ。あっ、舞台の様子はモニターで最後まで観ていたよ」

 

「なるほど、自業自得ってやつですね」

 

俺もキツい視線を寸田川先生に向けると、

 

「ははは、悪かったよ」彼女は頬を掻いて苦笑いをした。「なにしろ男優だよ、男装した女優じゃないんだよ。男優の出る脚本を書けるなんて……絶頂するしかないよね。ふっふっ、ちょっと筆がノリ過ぎちゃうのは仕方ないさ」

 

「ちょっと?」

 

「そのせいで劇団メンバーや南無瀬島の人たちに少し迷惑をかけてしまったかな。反省反省っと」

 

「少し?」

 

「……………………」

俺が放つプレッシャーに気づいたのか、寸田川先生は言葉に(きゅう)し、最終的に「……てへぺろ」でこの場を乗り切ろうとした。

こやつめ、実際に口に出して「てへぺろ」だとっ!

 

そんなことをされると、怒る気が失せてしまう。

別に「てへぺろ」に魅惑されたわけではない。二十代後半に差し掛かる女性の「てへぺろ」に悲しくなったからだ。

 

「はぁ……あとで、迷惑をかけた人たちにお礼を言いに行きますよ」

ため息を吐きつつ提案する。

 

「まあ、その方が今後波風立たないかな」

 

「俺も付いていきますから、一緒に頭を下げましょ」

 

「おや? 同行してくれるのかい?」

 

「真矢さんが提示した無難な改変台本を蹴って、寸田川先生の脚本を推したのは俺なんです。みんなを右往左往させた責任は俺にもありますよ」

 

『君のアイドル活動は守りに入っている』という寸田川先生の挑発にまんまと乗ったばかりに、こんな厄介な舞台になってしまった。関係者には申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

「……ふぅん」

「何ですか?」

寸田川先生の目が俺を値踏みする。

 

「いやぁ、さすがだと思ってね。こんな世の中で、男性なのに、アイドル。いったいどんな人物なのか気になっていたけど、これはこれは……ねえ、一つ訊いていいかい?」

 

「はい?」

 

「ボクの台本を選んで後悔してる?」

 

寸田川先生が自分の髪を撫でながら、アンニュイな口調で尋ねてくる。でも、目に灯る光は強い。大事な質問のようだ。

 

俺は数秒考え、

「いえ、やって良かったと思います。当初の脚本よりお客さんが楽しめる内容でしたから」と答えた。

 

初期案では、ぎょたく君は物言わぬ洗脳怪人にされていた。それが寸田川先生の脚本では魔性の魚人になって、劇場中を魅了してみせた。

寸田川先生プランの方が、お客さん受けしただろう。俺の貞操をまったく考慮しなかっただけはある。

 

「やっぱり、君、想像以上にイイ。観客のためなら率先して危険を引き受ける心意気。アドリブで見せパンまでするサービス精神。面白い、実に面白い……是が非でもタクマ君を主役にした物語を書かないと!」

 

「俺が、主役……」

 

中御門(なかみかど)に、いずれは行くんだろ?」

 

中御門。不知火群島国の中央にある大島だ。人口は、ここ南無瀬を含む東西南北の四つの島を合わせたものと同数。

常に流行を生み続け、エンターテイメントのメッカとも言われている。

 

「今回はたまたま南無瀬で仕事をしたけど、ボクのホームは中御門だ。そこでタクマ君が来るのを待つとしよう。君ほどの逸材、まさか南無瀬だけのローカルアイドルで終わるつもりはないよね」

 

「……ええ」

 

今までぼんやりと意識していた中御門が、急に身近に感じる。

南無瀬島で旗揚げした男性アイドル・タクマだが、すでに地盤固めは十分な域に達したと思う。

そろそろ新天地を目指す時期かもしれない。

 

「想像するだけで濡れちゃいそう、あ、もう濡れているか。今回みたいな短時間で間に合わせた話ではなく、始めからタクマ君を主役として、しっかり作られた物語。それが中御門を瞬く間に席巻(せっけん)し、不知火群島国を支配下に置き、果ては世界中の婦女子を熱くする……ああぁ、どうしよう? どんな話にしよう? アイディアがちょろちょろ滴り落ちてくるよ」

 

――遠くない未来、まかり間違って再び寸田川先生とタッグを組んだとする。先生の情熱が全力投球デッドボールして製作された作品は、今回の舞台の反省がまったく()かされず、俺の貞操にも優しくなく、ヒデェとしか言いようのないモノになるだろう。

 

自身の股ぐらに手をやり微弱振動する寸田川先生の姿が、俺に確信めいた予感を抱かせた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

『みんなのナッセー』と『魔法少女トカレフ・みりは』のコラボ打ち上げは、徹夜で突貫作業をしたスタッフたちの疲労を鑑みて、数日を置いて行われることになった。

 

場所は南無瀬グランドホテルのパーティールーム。三百人は軽く入る広さだ。どうやら妙子さんが南無瀬領主としてのコネを使って借りてくれたらしい。

 

「領主の肩書きなんて普段は重いだけなんだが、こういう時は役立つもんだねぇ。なに、セッティングの件で三池君が恐縮することはない。君の舞台、あたいも旦那もハラハラしながら楽しませてもらった。良い夫婦の時間を提供してくれたお礼としては、安いもんさ」

 

ご満悦な妙子さん主導の下、豪勢な料理が所狭しと並ぶ打ち上げ会場が設けられた。

参加者は『みんなのナッセー』スタッフ、『劇団コマンド』の団員、突貫作業を手伝ってくれた俺のファンクラブ運営やモニター、それに南無瀬漁業組合の人々だ。

オツ姫さん、委員長姉妹、姉小路さん、サザ子さん、これまでお世話になった人たちが一堂に会する。

多忙につき、すでに中御門へ帰った寸田川先生を除けばほとんどの関係者が出席しているな。

 

立食形式のパーティーのため、みんな好き勝手に移動し、気の合う者同士で談笑しつつ肉や魚に箸を伸ばす――ように装いながらチラッ、チラッと何百の視線が俺を突き刺す。

俺が右へ動けば、会場中が右へ動く。

立食故にどこで食べようが自由、だから偶然俺の隣になって、偶然俺とお近づきになっちゃった――を狙う肉食女性の群れである。

料理は前菜、メインディッシュはお前だ、という魂胆がスケスケで、開放的な空間のはずが息苦しいことこの上ない。

 

とは言え、俺の周囲は音無さんや椿さん、それに黒服の人たちで固めているので、おいそれと話しかけるのは困難だ。

 

もっとも、

 

「ねえねえ、タッくん。今度は何を食べたい? お姉ちゃんが取ってあげるよ」

 

天道咲奈(お姉ちゃん)には関係ない話だが。

 

パーティー開始から一時も俺の傍を離れない天道咲奈。

このまま彼女のペースに乗せられたら、中御門行きの船に乗せられ、最終的に天道家のベッドの上に乗せられるかもしれない。

 

そうはさせないぞ!

思い出せ、元々コラボ劇が終わったら「天道家と結婚するつもりはない」と毅然と言う予定だったじゃないか。

ねだるな、勝ち取れ。さすれば(結婚拒否権が)与えられん!

 

意を決して、天道咲奈と向き合う。

 

「あの、咲奈さん!」

「……咲奈? ごめん、今なんて言ったの……お・ね・え・ちゃ・ん、だよね? タッくん」

 

ヒエッ!?

天道咲奈の目が一気に暗黒にぃ!

お手軽にレ○プ目してんじゃねえよ、いつだって今だってレイ○されそうなのは俺の方なんだぞ!

 

引けそうな腰に力を入れる。

「い、いや天道咲奈さんに話があるんだ」

 

「……」

無言圧力怖いっす。天真爛漫な咲奈たんカムバックプリーズ!

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