『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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国の事情はさまざまで

妙子さん曰く「あたいに似てたくましく、旦那のように繊細な心を持った良い子」という、推定ガラスハートのマッチョな娘さんが南無瀬家を出た。

 

理由は、高校進学のためらしい。

 

「あの子が選んだのが東山院(とうざんいん)の高校だからねぇ」

 

「あの、東山院って?」そっと椿さんに尋ねる。

 

「不知火群島国の東にある大島の名前。別名学園島と呼ばれている」

 

へえ、学園都市ってのは聞いたことあるけど、それが島規模とはね。なんともスケールのでかい話だ。

 

「東山院の高校って、まさかお見合い指定校ですか!?」

 

「ああ、その通りだ」

 

また知らない単語が出てきた。椿さんの方を見ると、若干ドヤ顔で解説してくれる。

 

「身分の高い所の子どもや心技体で特出した能力を持つ子が行く学校。数少ない男子校とお見合いをすることが出来る。普通高校の生徒たちにとっては不倶戴天の敵」

 

「お見合い、高校生でお見合いって……」いやはや恐ろしい世の中だ「けど、娘さんに会うくらいで家出って大げさじゃないっすか」

 

俺にとってそれは何気ない感想。だが、反応は苛烈だった。

 

「くらいとは何だね! 僕にとってあの子はすべてだったんだ。僕はずっとこの家に縛られている、勝手に出かけることも出来ない。常に誰かの監視下にいる息の詰まる生活の中で唯一の癒しがあの子なのだよ!」

 

虚ろな目だったおっさんが突如激昴した。

 

「あんた!」

「……すまない。熱くなってしまった。頭を冷やしてくる」

 

おっさんは乱暴に立ち上がると、大広間を出ていった。

 

「旦那が迷惑をかけたね」

 

「あっ、いや……」

気弱そうな人がキレた時ほど度肝を抜かれることはない。俺は唖然としてしまった。

 

「すんません。俺が失礼なことを言ったみたいで」

 

「いや、悪いのはあたいだよ。娘がいなくなって傷心している旦那を、何もせず放置してしまった」

 

おっさんと妙子さんの間に生まれた娘。

彼女を特に可愛がったのはおっさんだった。

妙子さんは領主であり、南無瀬組のドンでもある。対外的な仕事があり、子育てだけに専念出来ない。

対して、おっさんは基本暇だ。家事云々は組員がやってくれるので、我が子にだけ集中出来る環境にあった。

 

おっさんは見事なまでに子煩悩ぶりを発揮した。

おはようからおやすみまで常に子どもと共にあった。

おしめを交換して、ご飯をあーんして、絵本の読み聞かせて、お風呂では壊れ物を扱うように柔肌を洗う。

おっさんの生活は子ども中心に回り、妙子さんすらも近づきにくい世界を作っていた。

 

だが、子どもが成長して学校に通い出せば、その世界は崩壊を免れない。子どもには友達が出来、色々なコミュニティを築いていく。

それに比べて、おっさんのコミュニティは南無瀬家の中だけだ。男は勝手に外に出られないし、どこかの団体に所属したいのなら明確な理由と面倒な手続きが必要になる。

 

おっさんと子どもの溝はどんどん深まり、そして高校進学という決定的な一打が放たれた。

 

教育ママが子どもの自立と共に無気力になってしまう、そんな話を聞いたことがある。おっさんの場合はもっと深刻そうだ。

 

「子育て後に鬱病になる男性は多い」

 

「訓練校での座学で言われていたことだよね。普通の男性なら複数の女性との間にたくさんの子どもを作っているから、子への依存も分散されているけど」

 

「陽之介氏には一人娘しかいない。その欠落は非常に大きいと思われる」

 

「加えて南無瀬家の家事は他の人がやってくれるなら、気の紛らわせ方がなかったのかもしれないね」

 

ダンゴ二人の分析を眉をしかめながら呑み込んで、妙子さんは言う。

 

「昨日の件、旦那だって娘に会えると本気で思ってはいなかったはずさ。男が単独で島から島に移動できるはずがない。港で捕まるのがオチだっただろうよ。あれは鈍感なあたいに向けたメッセージだったんだ。このままの軟禁生活を()いるなら、家出のようなヤケッパチな行為に走るぞってな。はぁ、どうしたもんか」

 

要は娘さん一辺倒だったおっさんの生活を変えれば良いんだろ。なら――

「仕事でもさせたらどうっすか?」

 

「仕事? 男性に仕事をさせるのか。いや、在宅業務で妻を支える男性も少数だがいるとは言うが」

 

「俺の国では、男だって外で仕事をしますよ」

 

「三池君の国か。旦那から聞いたよ、日本って名前らしいな」

 

「そうです」

話がおっさんからこちらにシフトしたことで、俺は背筋を伸ばした。

 

「しかし、日本という国はこの世界にはないのさ。大航海時代じゃないんだ。今時未発見の土地や国があるわけないだろ。ならばどこぞの地方でしか使われないあだ名のようなものかと思って調べてみてもやはり日本という名前はなかった。三池君に虚言癖があると疑っているわけじゃないさ。こう、物証もあるわけだからね」

 

妙子さんの手にあるのは俺のスマートフォンだった。昨晩、俺の身元確認をしたい、ということでギター以外の物は押収されていたのだ。

 

「この携帯の裏にある刻印は、メーカーの名前か? 見たことのない文字だ」

 

「それは俺の世界でもっとも使われる英語という言語です」

 

俺は印字された世界有数の企業名を口にしたが、妙子さんに聞き覚えはないらしい。

 

「ははは、こりゃあまいったね。外国どころか三池君は別の世界か惑星から来たみたいじゃないか」

 

「南無瀬氏、それは些か荒唐無稽」

 

「でもな、そう思ってしまうぜ。ほら、この画像ファイルを見てみなよ」

 

妙子さんがタッチパネルを数回押して表示させたのは、去年の夏、俺が男友だち十人くらいで山に遊びに行った時の写真だった。

 

夏の太陽、緑の中で、バーベキューをしている俺たち。

開放的な自然の中、半裸状態の者もいる。

 

「ふぉあああああっ!!」

「……ふごっ!!」

 

音無さんは一瞬で顔を真っ赤にして畳に倒れ、椿さんは本日二回目の鼻血を盛大にぶっ放した。

 

「と、としごろの男子が、あんな、あられもない様子で……なんですか、ヘブンなのも大概にしてくださいよ。げ、げへへ」

「データのコピーを希望。はよ」

 

「こんな感じで少年たちが遊んでいる写真がたくさん保存されていたんだよ。少年たちの日焼け具合からして、相当長い時間外にいる。しかも周りにダンゴの姿はまったくない」

 

「あ、ありえないです! ダンゴなしでこれだけの男子が外に出られるなんて」

 

「集団強漢事件で新聞沙汰は必至」

 

「三池君の国ではこれは普通なことなのか?」

 

「ええ。俺の国では男性も女性もほぼ同じ数いますから。この国みたいに女性に男が襲われるなんて聞かないっす。むしろ男が女性を襲う事件の方が問題になっているくらいです」

 

「男が女を襲うって意味分からないです! あたしの妄想が具現化した世界なんですかそこは!」

 

「落ち着きなよ。この画像を分析に掛けているが、加工した跡は今のところ見つかっていない。これが本物なら、三池君がこの世界の住人でないって話もヨタ話と片付けられないだろ。まっ、一番ありえそうなのはどこかの国が男子を一つの場所に集め男女比一対一の環境を作ったってとこか」

 

「なぜそんな事を?」椿さんから疑問の声が上がる。

 

「そりゃ男のストレス軽減のためだ。同性が多い方が男も気が楽だろ。んで、誘拐やら犯罪の手が伸びないよう、その日本と名付けた地域は他国に極秘とした。住んでいる男たちには、えーと英語だっけ、そういう色々な設定を教え、この世界では男女比一対一が普通だと教育した。そうした方が余計なプレッシャーなく生きられるだろ。どうよこの話」

 

どうよって見当違いっすよ。と、言おうか迷ったが今の話を否定すると俺は異世界人か宇宙人ってことになる。

自分のことながらそれって凄く胡散臭い。

下手して不信感を抱かせるくらいなら、妙子さんの妄想をあえて切り捨てず「そうかもしれないですね」みたいな顔をしていた方がこれ以上話が拗れなくていいかもしれない。

 

「もっともなぜ三池君が不知火群島国の言葉を喋れるのか疑問だがね。どこかで勉強したのかい?」

 

「それについては俺もさっぱりで」ほんとなんで言葉が通じるんだろう?

 

「ふぅん、なら日本というのは大陸のどこかにあるのかもしれないな」

 

「大陸っすか?」

 

「ああ、不知火群島国の国民は、大陸から移住した者たちの子孫だからね。訛りや言い回しの違いはあれど、大まかな所は大陸と一緒なのさ」

 

「へえ……」

 

「まあ、他の細かいことは追々聞いていこう。で、話は戻すけど、日本では男性が仕事をするのが当たり前ってことなんだね?」

 

「はい、俺だって仕事しています」

 

「ほう、ちなみに何をしているんだい?」

 

実はその質問を待っていた。

俺は胸を張った。

 

「仕事は、アイドルをやってます!」

 

そして、聞こえるか聞こえないかの小声で「まだ研修生ですけど」と付け加えた。

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