『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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【三池氏、街へ行く②】

「誕生日プレゼント?」

 

「せや」「はい」「うん」

 

会議の後、私と真矢氏と凛子ちゃんは三池氏の部屋を訪ねた。

溜まりに溜まった三池氏のストレスを解消する方法――散々話し合った結果、ある程度のプランが形成された。後は、三池氏の意思を確認して計画を進めていくのである。

 

「もうすぐ陽之介兄さんの誕生日やねん。それでプレゼントを買いに行きたいんや」

 

「その買い物に俺も行くわけですか?」

 

「仲良しの三池さんからプレゼントをもらったら、陽之介さん大喜び間違いなしですよ!」

 

「同じ男性の三池氏の方が、陽之介氏の好みを把握しやすいのは確定的に明らか」

 

三池氏を外に連れ出す口実には、細心の注意が払われた。

 

『仕事』と称して外出させては、いつもと同じ。三池氏の心は休まらない。

バカ正直に『休暇』と言うのもいただけない。自分の休日のために南無瀬組員を護衛として働かせている、と三池氏が萎縮してしまう。

 

そういうことで、たまたま間近に迫っていた陽之介氏の誕生日をダシに使ったわけである。

無論、陽之介氏からの許可はもらっている。

 

「陽之介さんにはアイドル活動の要所要所でお世話になっているんで、行くのは賛成ですけど……だ、大丈夫ですか? 俺が街に出たりして」

 

これまで数々の暴走女性を目撃して来た三池氏。彼には、平穏な街が肉食獣溢れるサバンナに見えているのかもしれない。

 

「そない心配せんでええ。男性が街を歩くのはそれほど珍しくはないねん。ダンゴたちが守ってくれるさかい、危ない場所に行ったり、遅い時間帯にならない限り問題ない」

 

「そうです! あたしと静流ちゃんがバッチリお守りしますから無問題です! 大船に乗った気でいてください」

 

力強い言葉に、

「あ、ありがとうございます」三池氏は喜色を露わにする。

 

男性を襲う事件が社会問題になっているものの、街に出た男性が片っ端から襲われるわけがない。

大抵、男性かダンゴの不注意が招いて事件は起こる。

よほど警戒を怠らなければ、視漢(しかん)されるくらいの被害で済むのだ――普通の男性であれば。

 

だが、三池氏は世界唯一の男性アイドルである。

尋常でないビジュアルとオーラの持ち主が、果たして無事に街を歩けるのか……

 

いや、弱気になってはいけない。やるのだ。

私と、私たちの全力をもって、三池氏を軟禁生活から解き放ち……必ず、街デビューさせるのだ。

 

 

 

数日後。

 

 

「三池氏、そろそろ時間」

「準備おーけーですかぁ?」

 

三池氏の部屋に向かって声を掛けると、

「はーい」と障子が開いて、

 

「お待たせしました」

地味な色のジャケットとジーンズを纏った三池氏が現れた。

キャップを深く被って顔を隠し、さらに黒フレームの伊達メガネをかけて、いつもと違う知的でミステリアスな雰囲気をふんだんに醸し出している。

 

「おっふ」

いけない、思わず欲望が口から出てしまった。

 

「こんな格好で大丈夫ですかね?」

 

「じゅるじゅるり! そりゃもう! トレビアンにグッドですよ!」

凛子ちゃん、涎垂らしてその賞賛、全然大丈夫に聞こえない。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

アイドル・タクマが街を闊歩(かっぽ)していると知られれば、穏やかな昼下がりの街が一変して世紀末風の戦場になる恐れがある。一般人に正体が知られることは、絶対に避けたいところだ。

 

そのために変装は必須であった。

 

変装としてまず頭に浮かぶのが女装。

ウィッグを付けて女性物の服でカモフラージュするやり方は、普通の男性が出掛ける際に用いる常套手段である。

 

が、南無瀬組の誰もが三池氏の女装を良しとしなかった。

理由は三つある。

 

一つ目、今回の外出の目的は、あくまで三池氏のリフレッシュである。三池氏の出身国・日本では女装は一般的ではなく、アンダーグラウンドな趣向らしい。

女装を強要して三池氏に忌避反応でも起こされたらリフレッシュどころではない。本末転倒だ。

 

二つ目、三池氏は一般男性の遙か上を行く特級男汁分泌者(フェロモニスト)。どんな香水で誤魔化そうにも誤魔化せない甘美性の体臭を備えている。

そんな三池氏に高クオリティの女装を施そうが、焼け石に水。女性なら彼が男性だと本能的に察知出来るのだ。

 

そして、最後の三つ目。

おそらくこれが、女装反対の一番の理由であろう。

男神の化身と裏で囁かれる三池氏。

そんな彼に女物の服装をさせるのは、スイーツの上でタバスコの山を作るかの悪行。

食材に対する最大の冒涜である。

 

故に私たちは、三池氏の女装をどうしても看過出来なかった。

 

 

と、いうことで三池氏は帽子とメガネの簡単な変装と、地味めな衣服で街へ繰り出すことになった。もっとも三池氏のオーラとフェロモンが、彼を地味ではいさせないのだが。

 

 

「そういえば、お二人もいつもと違う格好ですね」

三池氏が言うように今日の私たちは、普段の警官服をアレンジした服装をしていない。

多くのダンゴが好んで着るレディーススーツ姿だ。

 

「それにその髪……」

 

ポニーテールの凛子ちゃんは髪を結ばずロングに流し、私の方は逆に後ろで縛る髪型に変えている。

 

これも三池氏の正体がバレないための一手。

常にタクマを護衛する私たちも大衆から顔を覚えられている可能性がある。その私たちがキッカケで三池氏の存在が知られてはダンゴの名折れ。多少変装にするに越したことはないだろう。

 

こんな小細工をするくらいなら、別のダンゴに護衛をさせれば良いのでは……という話も会議で出たが、

 

「雰囲気が違って新鮮ですね、二人ともお似合いですよ」

 

ああ、三池氏。

私たちに微笑みを向ける三池氏。

身体が熱い、隣の凛子ちゃんなんてマグマに落ちた人のように真っ赤になっている。

 

三池氏のダンゴであることは、私たちにとって何より大事なアイデンティティ。

ダンゴ交代はどうしても受け入れられない。

 

だからその分、是が非でもあなたを守る。

『椿静流』を捨てることになっても……

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

いつもの南無瀬組の黒い車ではなく、白のセダンで南無瀬市の町中を走る。

南無瀬組の看板は相手に脅威を与える面では役に立つが、今回のようなお忍びには向いていない。

 

目的地は、南無瀬百貨店。

古くからある老舗で、南無瀬島の中では高層と言える建築物である。

その中の一つの階は、まるまる男性用品を扱っており、男性やその家族が買い物に来ることが多い。

陽之介氏の誕生日プレゼントはここで見繕う予定になっている。

 

百貨店の前に車を一時停車し、私は三池氏を残し先に車外に出た。安全確認のためだ。

周囲に怪しい人影なし……と、言うか人がまったくいない。

今日は平日で、十一時という昼食時には早い時間帯。人が少なくてもおかしくないが、皆無というのは不自然である。

 

まあ、それもそのはず……

 

「では、三池氏。私が先頭、後ろは凛子ちゃんが守る。私たちから離れるのは厳禁」

 

「わ、分かりました」

 

三池氏の護衛は基本的に私と凛子ちゃんのダンゴで行う。本当なら十人くらいで周りをガッチリ固めておきたいが、それでは三池氏の息が詰まってリフレッシュ出来ない。

そこで、他の組員は隠密として身を潜め、三池氏に気付かれることなく支援する役回りとなった。

 

百貨店の入口近辺に人がいなかったのも、先行した組員が『お掃除』した成果なのである。一応、平和的に。

 

 

『こちら妙子だ。返事はいらない、報告だけ聞いてくれ』

ワイヤレスの小型イヤホンから妙子氏の声が聞こえてくる。

 

『今、ツブッターにタクマが百貨店の前にいる、と呟かれた』

は、早い!? もう見つかったのか!

 

ツブッターとは、簡易ブログのようなもので気軽にコメント出来るサービスのことだ。

周囲に人影はないと思ったが迂闊。ここは南無瀬市の繁華街である、歩道に人がいなくても、乱立するビルや店舗の中に人は大勢いる。

彼女らの視線は簡単にお掃除出来ない。

このままでは肉食女子たちが血眼(ちまなこ)になって百貨店へ突撃してしまう。

 

『一度上がったコメントを削除すれば、その真実性を後押しすることになる。だから今、後方支援部隊が偽情報をネットに上げる。三池君を別の場所で見つけたってな、この事態を予期してあらかじめ作っておいた偽画像付きだ。それでしばらくはかく乱出来るだろう。ダンゴ両名は速やかに男性用品フロアを目指せ、ただし三池君に無理をさせないようにな』

 

ナイスフォロー。

私たちが防衛戦をするように、バックアップの妙子氏たちは情報戦をする。

三池氏の街デビュー、それは南無瀬組の総力戦でもある。

 

「ささっ! 行きましょ、三池さん。何があるか楽しみですね~」

妙子氏の報告が聞こえているだろうに、凛子ちゃんは冷や汗一つ流さず、いつものノリを維持する。さすが相棒。

私は気を引き締めて、百貨店へと進入した。

 


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