『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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椿静流の流儀

朝から違和感はあった。

なんて言うか、南無瀬邸全体に張りつめた空気があって、それなのに南無瀬組のみんなは顔に不自然なほど笑みを張り付けて……

 

それからも違和感は続いた。

 

やけに人通りの少ない百貨店前。

子を初めてのおつかいに出すような、少し離れた場所から見守る南無瀬組員さんの気配。

黒幕特有の策謀オーラが漏れる真矢さん。

いつもより気を遣ったセクハラをする音無さん。

 

それで「ああ、この人たちは一丸になって俺の休暇をプロデュースしているんだな」と察することが出来た。

南無瀬組らしい暴りょ……ぶ、不器用なやり方だけど。

 

そして、もう一つ想うことがあった。

 

「三池氏」

決意を固めた声で俺を呼ぶ椿さん。

 

ずっと後になって、当時を振り返ると見えてくるものがある――この時の俺は触れたのだ、本当の彼女の一端に。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

百貨店屋上のヘリポート。

俺たちは真矢さんの携帯を食い入るように見つめていた。

 

男性用品フロアの店員がライブ通信アプリを使い、真矢さんの携帯へリアルタイム映像を送ってくれている。

俺のファンの前に椿さん扮するタクマが姿を現す、その場面がクリアなビジョンで確認することが出来た。

 

あれが椿さん……だとっ!?

 

椿さんの変装。

自信あり気だった彼女には悪いが、俺は懐疑的だった。

 

俺とまったく異なる見た目の椿さんが、俺を真似る。しかもファンが押し寄せてくる僅かな時間にだ。

 

出来るわけない。そう思っていた。

 

だが、どうだ。携帯に映る椿さん(タクマ)は。

似ている。

体格は完璧ではない、色々な道具で誤魔化しているので取って付けた感がある。

顔についても鼻筋や顎の形などメイクで寄せているが、男性と女性でやはり違いが出ている。

 

だのに、似ている。

自分の録画映像を観た時に感じるタクマの雰囲気、それと同質のものをリアルタイム映像で観ることが出来るなんて……

本物と雰囲気を似せる、一体どれほどの技術があれば出来る芸当なのだろうか?

 

 

「凄いやん! めっちゃそっくりや」

「ええ……そうですね」

感心する真矢さんに同意しようと肯きかけたが。

 

「大勢の女性から熱烈に注目されて、『ヒエッ!?』とする拓馬はんを忠実に再現しとる」

「ええっ!? そ、そうですか……?」

「ふふ、これが静流ちゃんの真骨頂ですよ! 見てください、若干へっぴり腰になりながらも何とか奮い立とうする仕草なんて、三池さんらしさ爆発してます」

「せやな。微笑ましいわぁ」

「……よく見れば、あんまり似てなくないですか? 俺ってもっと勇敢と言いますか、なんかこう……ち、違いますよね?」

 

俺の震え声に――

「……」

「……」

音無さんと真矢さんが「そうそう、こうやって強がるところも可愛い」と言いたげな温かい視線を送ってきた。

 

俺は心で泣いた。

 

 

 

「あ、来ました、静流ちゃんからのメッセージです!」

 

「ヘリが来るまでもうちっとや。頼むで、拓馬はん!」

 

「あ……は、はいっ」

 

いかん、(むせ)び泣くのは後でも出来る。

ヘリを待つ時間を無為に過ごすわけにはいかない。

囮になってくれた椿さんのために、やれる事はやってみせる。

 

いくら雰囲気が同じだろうと男声と女声だ、椿さんが喋れば馬脚をあらわしてしまう。

そこで声だけは俺だけが担当することになっていた。

 

椿さんの手にはマイクが握られている。

ファンでごった返す男性用品フロアに声を轟かせるためマイクを使う――そんな光景だが内実は異なる、俺の声が別の場所から発せられていることをカモフラージュするためだ。

 

俺が自分の携帯に向かって喋る。その声は百貨店の放送室に届き、中継して男性用品フロアのスピーカーから流れる仕組みになっていた。

スピーカーからの声ならば音質が悪かったり、多少雑音が混ざっていてもスピーカーの調子が悪いからだと誤魔化しがきく。

それにマイクを使うことで、椿さんの口元が隠れる。もし、口パクが声とズレていても気付かれにくいだろう。

 

 

椿さんのもう一方の手はポケットに入っている。

ポケットの中では、彼女の指が高速で動き、音無さんの携帯へと喋る内容を送ることになっていた。

 

「そこまで椿はんに負担はかけられへん。うちが喋る中身を考えてもええんやで」

 

「申し出は有り難いが、他人が考えた言葉で即興演技すれば、どうしても齟齬(そご)が生じる。それにファンの動きを止めるトークとして、私に良い考えがある」

 

こんなやり取りがあって、椿さんは脚本と演者を同時に行うことになった。

もっと時間があれば、話す内容をあらかじめ書き起こすことも出来ただろうが……変装に費やして貴重な時間はなくなってしまった。

 

故に椿さんは、即興で脚本を考えつつ、何も見ずポケットの中で高速メールを打ちつつ、ファンの前で俺のフリをすることになった。

なんだこれ意味わかんねぇ。

彼女のスペックの高さには驚くばかりだ。

 

 

真矢さん・リアルタイム映像受信担当。

音無さん・椿さんからの脚本受信担当。

俺:ニセタクマの声担当。

 

何にせよ三人で椿さんをサポートし、このピンチを乗り切るぞ!

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

『やあ、みんな。息を切らしてどうしたんだい?』

 

椿さんからのメッセージ。俺は不知火群島国の文字が読めないため、音無さんが朗読する。

もちろん、声が男性用品フロアに流れないよう注意して小声で。

それを聞き、俺が感情を込めて、自分の携帯に向かって喋るのだ。

 

以前音声ドラマを作っていて良かった。不自然ではない演技が出来ている……と思う。

 

ちなみに正確な椿さんからのメッセージは、

『やあ、みんな。息を切らしてどうしたんだい? (やや困惑気味に)』と演技指導付きらしい。

余裕あるな、椿さん。

 

「きゃああ! タクマさんよ!」

「本物! キタ、モノホンキタ!」

「サインして、筆圧強めのサイン!」

「握手して、お触り放題の握手!」

「ハグして、下半身擦り合わせるハグ!」

「つかもうドッキングして!」

 

こ、こえええ……

映像で見るだけでもマイサンことジョニーが実家に帰りそうになる。

 

今のところファンたちは椿さんを俺と誤認している。椿さんが男性用品フロアの奥に陣取って距離があることも、プラスに働いているようだ。

しかし、距離はジリジリと詰められている。あまり近づかれるのは避けたいところだな。

 

『ははは、みんな情熱的だね。そこのピンクファッションの君は少し落ち着いた方がいいよ。可愛い顔が涎で台無しだ』

 

おお、即興脚本ならではの観客の反応を取り入れた喋り。今にも犯されそうなのに、とんでもない度胸だ。

 

「うっひぃぃ。タクマさんが私を可愛いって……か、かはぁ」

ピンクファッションの子が幸せを抱いて撃沈した。

このまま一人一人を褒めれば全滅出来そうだが、その前にだるまさんが転んだの如く、ファンの誰かが接触してしまうだろう。

どうする、椿さん?

 

『今日はプライベートだったんだけど、仕方ない。せっかく俺に会いに来てくれたみんなのために一つイベントをしよう』

 

い、イベント……っ?

 

『この場所ならではのイベントさ。ほら、周りを見てごらん、たくさんの服があるよね。スポーティーな軽装や彩色豊かな派手な服、大人っぽい礼装なんかもある。どれが俺に似合うかな? これから着てみるから、みんなで決めてくれないかい?』

 

「そ、それってタクマさんのファッションショーをやるってこと!?」

「い、今、この場で?」

「ご、ごくりっ!」

 

巧い!

脚本の内容に俺は舌を巻いた。

 

イベントを開催することで、今にも襲い掛かりそうだったファンに秩序を植え付けた。

降って湧いたタクマのファッションショー、ファンならタクマへの直接的接触を我慢してでも見たいだろう。

 

しかもだ。

ファッションショーということは着替えなければならない――と、いうことは。

 

『じゃあ、俺は試着室に入るから、みんなちょっと待っててね』

 

そう、試着室に逃げ込むことが出来るのだ。

 

椿さんが店員から服をもらい、試着室に入る。

これで数分は稼げるし、試着室のドアは頑丈だ。早々に破れはしないだろう。

 

「きゃあああ、楽しみで気絶しそう!」

「私も! 今のうちに気絶しておこうかな?」

「ねえねえ、どれが似合うと思う? 私はタキシード一択ね!」

「ランニング仕様も捨てがたいよ、やっぱり肌色率って重要でしょ!」

 

ファンたちが試着室の前であれやこれや話題に華を咲かせる。

その声の大きいこと、大きいこと。

これなら屋上にヘリが近づいても、察知出来ないだろう。

 

真矢さんが俺の携帯の通話状態を切って、「状況終了や。そろそろやで」と言った。

確かに、これ以上通話にしておくのは危ない。ヘリコプターの音が聞こえてきた……それが男性用品フロアのスピーカーから流れたら今までの苦労が水の泡だ。

 

「静流ちゃんからの連絡が来ました! 『私はここまで。三池氏の安全を願う』だそうです」

「椿さん……」

フロアの映像を覗く、試着室の中は見えない。

あの中に、我が身を顧みず俺を守ったダンゴがいる。本当に感謝の念しか浮かばない。

ありがとう、椿さん。

 

 


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