『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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三章開幕です。


第三章 黒一点偶像と少年少女のお見合い性愛闘争
黒歴史と男子たちからの依頼


陽南子(ひなこ)! ったく、家に着くなり駆け出しやがって、少しは落ち着くことを覚えろ」

「ヒナたん、まだパパとの抱擁が済んでないぞ。人目をはばからずにやろうではないか」

 

廊下で長話も何なので、広間に場所を移して陽南子さんとの話し合いは続けることとなった。

娘を南無瀬港から連れてきた妙子さんとおっさんも同席する。

 

「改めて紹介するが、あたいと旦那の娘、陽南子だ。急に会わせてしまってすまないねぇ。この子ときたら今日になって家に帰ると連絡してきたんだ。今までは頑なに帰って来なかったくせに」

「いいじゃないか! ヒナたんが我が家にいる。それだけでパパは大満足なのだよ」

最近のおっさんは料理を覚え、出来た大人の男性だったのに、娘を前にして株を下げまくっている。不純物一切なしの親バカだ。

 

「帰る連絡が直前で申し訳なかったでござる。何分(なにぶん)、この帰省は極秘故に誰にも知られるわけにはいかなかったのでござる」

 

「極秘……それは依頼者が男子ということに関係あるんか? ってかその前に聞きたいねんけど、さっきからゆーとる『ござる』って何や? 高校に行く前はそないけったいな喋り方やなかったやろ」

 

俺も気になっていた。真面目そうな子なのに、口調のせいで色々台無しだ。

 

「ござる、でござるか? これは、拙者なりに男子とお近づきになる方法を模索した結果なのでござるよ。男子と接触出来る機会は少ない故、短時間で拙者のことを印象付けなければなりませぬから」

 

そのための『ござる』か。確かにお見合いの席とかで「ござるござる」と言っている女子がいたら強烈な印象として残るだろう、良いか悪いかは二の次にして。

 

「しかし口調で個性を出すのは安直、いかがなものか? もっと内面で勝負すべき」

「そうだよね。安いキャラ付けみたいで、付け焼刃感がハンパないよ。もっとファンキーでツッパリな外見に変えてみたら良いんじゃないかな」

ダンゴたちが編集者みたいな辛口コメントをする傍らで、

「……うぐぅぅ」

なぜか真矢さんが頭を押さえてうめき出した。

 

「いやはや厳しいご意見でござるが、これは有効なものだと立証された策なのでござる。何しろ、真矢おば上が学生時代に実践して多大な成果を上げたのでござるから」

「ちょちょ! ひなっ! ちょ!?」

「うん? どうしたでござるか真矢おば上。幼き日の拙者によく語ってくれたではござらぬか。十代の真矢おば上はその特異的な喋り方で男子たちを虜にして、お見合いの席では一身では受け止められないほどの求愛を得たと。されど、男子たちとの絆を深めれば深めるほど彼らの自由のない人生に真矢おば上は心を痛め……それですべての結婚の話を断り、男性のために弱者生活安全協会に就職したと」

 

同じ高校生になって改めて真矢おば上の偉大さを痛感するでござる――などと遠き日に想いを寄せて語る陽南子さん。かなり深くまでトリップしているらしく、隣で「止めて! お願い止めてぇ!」と特異的な喋り方をかなぐり捨てている真矢おば上のことに気付いていない。

 

「ふぅん、変な言葉遣いになっていると思えば……真矢、お前の影響だったのか。おかしいねぇ、あたいが知っている過去と随分違う。お見合い指定校にいた頃のお前は色々小細工をした挙句、全部空回りしていたと思っていたんだが……あたいも歳かねぇ、記憶力が低下しているみたいだ……ふふふ」

大事な一人娘を傷モノ(痛い子になった意味で)にされた妙子さんが柔和な笑みを浮かべる。最近、分かってきたのだが妙子さんがああいう表情をする時は大抵ハラワタが煮えくりかえっているようだ。

 

「ち、違うんです。こ、これは言葉の綾と言いますか、思い出話を盛っちゃうのは人の悲しい(さが)と言いますか」

「なにビビってんのさ真矢。どうしたんだ、男子を虜にした喋り方でなくなっているぞ」

「か、堪忍してや。た、た、妙子姉さん」

「恐縮しなくていいぞ。せっかくお前の武勇伝が披露されているんだ。張れよ、胸を。堂々としろよ」

「ひぃぃぃ」

 

黒歴史を盛大に脚色してはいけない。俺、覚えた。

 

ちなみにおっさんは。

「ござる化したヒナたんはますます可愛いではないか、ニンニン」と親バカの度量の広さを見せていた。

 

 

 

 

真矢さんの過去と精神が良い感じにブレイクしたところで、

「真矢おば上の策もあり、お見合い先の殿方たちに拙者は声をかけられたでござる。タクマ殿に是非とも会いたい故、拙者に橋渡しの役目をお願いしたいと」トリップしていた陽南子さんの話が、本題路線になった。

男子に話しかけられたのは、真矢さん直伝の策とは関係なくね? 単純に陽南子さんが南無瀬組の関係者で、俺に接触できる立場にいたからじゃね?

と思ったが、それを口にすれば真矢さんの黒歴史にまた話が戻りそうで止めておいた。

 

「男子たちが、俺に何の用ですか?」

「後押しをして欲しい、そう言っていたでござる」

「後押し?」

「拙者に依頼してきた殿方たちは、未婚の三年生なのでござるよ」

 

「未婚、三年生」

みんなが呟き……そういうことか、という空気が充満していく。

ううむ、一人だけ話に置いて行かれて疎外感である。誰か説明を……と視線を彷徨わせていくと、スチャと伊達メガネを装着した椿さんと目が合った。

 

「解説する」きた、久しぶりのツヴァキペディアモードきた!

「男子高校生には、何よりも守らなければならない校則がある。それが『在学中に最低一人の妻を娶ること』。陽南子氏に依頼した男子たちは三年生で未婚という。通常は遅くても三年生の夏までには伴侶を持つもの。今は十二月、卒業まで三カ月程度。この時点で未婚というのは異常」

 

「色々あるのでござるよ。殿方にとって最初の妻選び、頭を悩ませてしまうのは致し方ないでござる」

 

結婚という一生の選択を高校生に突きつけるなんて酷い話だ。しかも結婚相手は不知火群島国の肉食女性のみなさんである。

今後の夫婦生活よりも今晩の夫婦性活に不安を覚えてしまう。

 

「それで、俺が迷える男子たちを応援するってわけですか?」

「タクマ殿は女性社会の中で果敢に戦う剛の者でござる。その言葉なら必ずや殿方たちの後押しや踏ん切りになるでござるよ」

 

う~む、俺は腕組みをして考えた。

日本出身で結婚もしていない俺が、結婚を義務付けられた不知火群島国の男子たちに何を言えるのだろうか?

適当に応援したばかりに、彼らを肉食地獄に落とすことにならないだろうか?

 

だが、男子高校生たちに会える、この話は魅力的である。

なぜなら俺は男に飢えているのだ。変な意味ではない。

不知火群島国に来て半年。喋った男と言えば、おっさんしかいない。

軽口で駄弁ったり、下ネタでバカ話をする男友達のいない世界はとても窮屈だ……女性に下ネタを振れば、じゃあ私の身体で実践してよ、と言われそうだし。

 

南無瀬でのアイドル活動はしばらく休止するし、ストレス解消するなら同性がいる場所の方が良いだろう。

 

「俺、東山院に行ってみようと思います」

 

決断に大きな反対は出なかった。

真矢さんや妙子さんたちも国の宝である男の依頼であることから、NOとは言いにくいようだった。

 

 

 

 

それから三日後。

急ピッチで島を渡る手続きと準備を済ませた俺は、南無瀬組男性アイドル事業部の面々を連れて、南無瀬島を後にした。

目指すは、お見合い島こと東山院。

そこで何が待ち受けているのか……俺の胸中は楽しみ七割、不安三割といったところだった。

 

まったく……

 

 

実に甘々な胸中だったのだ……

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

『終わり』が地鳴りとなって近づいてくる。

もうダメだ、本当にダメだ、あと数分もせずに全てがダメになってしまう。

 

全身から力が抜け、地に伏す。

絶望に絡め取られた身体は、二度と立ち上がれないほど重い。

 

周りの仲間たちも涙ぐみ、嗚咽を漏らし、嘆く。

失敗した、出来損なった、考えが甘かった。

 

どうして、どうしてこうなった……

どうすれば良かった、こんな結末にならないためにどう動けば良かった……

 

分からない、もう何も分からない。

 

「……う、うわぁぁ……」

頭を掻きむしって憤るーーその手を、力強く掴まれた。

 

「えっ?」

うなだれていた顔を上げると『その人』が眼前に立っていた。

自分を傷つけるのは止めろ、と言うように厳しくも優しい顔でこちらの手を掴んでいる。

 

「あ……あ、あ……」

言葉が上手く出ないこちらに向かって、

「まかせろ」と一言。

 

まかせろ、たった四文字の言葉なのに、胸の中の暗がりが一気に晴れる。なんて力強いんだ。

 

それから『その人』は肺に空気を吸い込み、大声を発した。

 

「全員、注目!」

 

仲間たちの虚ろな視線が集まる。が、プレッシャーを感じていないのか、それでもなお『その人』は笑ってみせる。

 

「諦めるな、まだ終わっちゃいない。手はある、この窮地をひっくり返す手はある! でも、それにはみんなの協力が必要不可欠だ。俺を信じてくれ、仲間を信じてくれ、自分を信じてくれ。そうして、今一度立ち上がってくれ……俺たちは、まだやれる!」

 

神々しさすら感じた。

この絶対絶命の危機に瀕してなお、希望を捨てず、皆を導こうとする姿――

 

『その人』は、まさに偶像(アイドル)だった。

 

 


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