島間を移動する方法として、南無瀬組が用意したのはプライベートジェットだった。
「これまで拓馬はんが稼いできた分で一括購入や。せやから恐縮せんと堂々と乗ってな」
そういえば、出演料はお手軽なタクマだが、『南無瀬の港』や『ぎょたく君』のグッズ販売で大きな利益を生み出していた。
自由が少ない俺が大金を持っても仕方ないので、使い道は南無瀬組におまかせしていたのだが……なるほど、プライベートジェットときたか。
良い手だ。
男性の護衛で最も難しいのが島間の移動と言われている。
移動方法が船や飛行機では、シーやハイなジャックをされた時に逃げ場がない。
その点、プライベートジェットなら慣れ親しんだ南無瀬組だけが同乗するわけだから安心だ。
乗っているのは、俺、音無さん、椿さん、真矢さん、陽南子さん、あと組員さんが少々である。
「ヒナたんがいる場所がパパの場所なのだよ!」
会い焦がれていた娘と接触したことで親バカが再発したおっさんも同行しようとしたのだが、男の島移動は手続きが面倒な上、護衛も必要になるので却下された。
「うおおおっっ!? 諦めないぞ、僕も行くぞぉぉ! 待っていてくれたまえぇぇ!! ヒナたああんっん!!」
「父上、お嘆きなさるな。拙者は南無瀬の名に恥じることなく、必ずや殿方たちから与えられた任務を果たすでござる。あと、殿方の好感度をゲットするでござるよ」
「ヒ、ヒナたんが男をゲット……想像したくない、そんな未来図、僕は見たくないぞおおお!!」
「あんた! いい加減にしなっ! いつまで子離れ出来ないのさ」
「ふぁ! や、やめたまえ妙子! 僕を拘束しつつ関節を極めるのは止めてくれたまえ!」
と、仲睦まじい南無瀬親子の寸劇を交えつつ、プライベートジェットは一路東山院へと飛翔した。
北東に飛ぶことしばらく。
豪華ホテル並の内装と流れゆく雲を堪能していた俺は「はっ!?」と気付いた。
出発時と比較し、周りの女性たちの顔が赤くなっている。
こ、これはヤバイんじゃないのか。
ジェット内は密閉空間故に俺のフェロモンが長時間滞留する。
それに当てられた女性陣がはぁはぁと息を荒くし、もぞもぞと身体をくねらせ出した。
――プライベートジェットは同乗するのが南無瀬組員だけだから安全だ、そう思った時期が俺にもありました。
音無さんが人語を忘れ「グルグルルル」とサバンナ系女子になったのを確認し、俺は緊急脱出用のパラシュートを探すことにした。
と、高級クッションの椅子から腰を上げたところで――「あっ」
プライベートジェットが降下を始めた。
搭乗して一時間。どうやら東山院に着いたようである。
ふぅ、貞操拾いしたぜ。
「三池氏、三池氏、窓の外を見る。東山院の街が小さく見える」
「久しぶりやなぁ。学生時代を思い出すわ」
「あそこの方角に拙者の学校があるでござるよ。それにしてもプライベートジェットは韋駄天の如く速いでござるな」
「グル、グリュルルル♪」
楽し気に外に目をやる面々だが、その視線がつい今まで俺を舐めるように見ていたことは忘れないから、そこんとこヨロシク。
東山院の空港に降り立った俺は、吹きすさぶ冬風に身震いをした。
「っくしゅっ!」
うう、寒い。
ただでさえ遮蔽物のない場所だ、風が遠慮なく身体を襲う。
早く屋内に入らないと。
「大変! 三池さんが風邪引いちゃう」
「ふむ、解決策として私の柔肌で早急に温める手法を提案する」
「静流ちゃんのスレンダー(笑)なボディよりあたしの凹凸バッチリのボディの方が絶対オススメだよ。ぬくもりてぃが違うからね!」
「そう……私と戦争がしたいんだね、凛子ちゃん」
ここにいたら風以外にも襲われそうだから、早く移動しよう。
空港の入島チェックは、男性用の別室で行われた。
「ようこそ、東山院へ。タクマさんのご来島を東山院の住人を代表して歓迎します。早速ですが、身体チェックをさせていただきます。はい、もちろん全裸になってください。恥ずかしがることはありませんよ、人間生まれた時は全裸なんですから……えっ、な、何を言っているんですか。これはマニュアルにも載っている通常審査です。ですから、ほら、邪魔な服は脱ぎさってしまいましょ……はっ? 審査マニュアルを見せろ、ですか? ……ええと、どこに行ったかなぁ。ちょっと見あたりませんねぇ。な、無くしちゃったかなぁ……あははっ」
審査官の人がお茶目して南無瀬組員さんにヤキ入れられるささやかなトラブルはあったものの……
大きな問題は起こらず、俺は正式に東山院に足を踏み入れることが出来た。
男性専用の出口を使い、一般人の目に晒されないうちに空港を脱出する。
今回の旅はあくまで男子たちを応援するためだ、俺自身は目立つつもりはない。
前の南無瀬百貨店襲撃事件のように大騒動へ発展したらたまらないので、タクマがこの島に来ていることは秘密である。
入島管理する空港職員にはどうしても存在を隠せないが、
「心配ない。口止めとして、タクマの非売品グッズで袖の下したら職員なんぞイチコロやったわ。まっ、それでも拓馬はんの情報を拡散するアホがおったら……よそ様の島やけどかまへん、南無瀬組の恐ろしさを子宮の奥まで叩き込んでやるわ」
頼もしさ八割、不穏二割の真矢さんの言葉で、どうやら取り越し苦労で終わりそうだと分かった。
「車はこれや。さっ、みんな乗ってな」
あらかじめ東山院入りしていた組員さんがワンボックスカーをレンタルしてくれていた。
もちろんマジックミラーで外からは中の様子は分からない。ダンゴに挟まれる形で乗り込む。
車が発進して三十分もすると、
東山院の中心である東山院市に入ったようだ。
同じ不知火群島国だから、街並みは南無瀬島と大差ないが、道行く人々の多くが二十歳前の学生。
この東山院が学園島、あるいはお見合い島と呼ばれていることを改めて認識する。
「タクマ殿、よろしいでござるか?」
助手席に座っていた陽南子さんが俺の方へ身体を回す。
「殿方たちとの約束の時間まで余裕があるでござる。そこで、少し寄り道したいのでござるが……」
「良いですけど、どこに行くんですか?」
俺が訊くと、陽南子さんは何でもないように言った。
「
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
これから男子を励ますのなら、男子を取り巻く環境をきちんと知っておいた方が良いだろう。
百聞は一見に如かず。
そういうわけで、俺はお見合い会場なるおどろおどろしい施設へ向かった。
「ほへ~」
思わず声が漏れる。
車のフロントガラスの向こうに見えるのは、コロシアムという言葉に
それだけではない。
以前サイン会を行った南無瀬市民体育館と同規模の体育館が二つ、校舎のような建物が一つ、他にもプールや陸上トラックなどがある。
視界に入り切れない広大な施設だ。これがお見合い会場……?
「VIP用の観覧ルームに案内するでござるよ」
お見合い会場だけあってか、人を犯す目をした少女たちがそこかしこにいる。
こんな所にのこのこ現れれば、出会って二秒で合体とかになりそうだ。VIPルームがあるのなら是非活用させてもらおう。
だが、VIPルームに行く間に誰かに目撃されるとも限らない。そこで変装だ。
実のところ入島チェックが終わってすぐ、俺はトイレに行き変装を自らに施していた。
シャープなフォルムのサングラスに、紳士と言えばコレの
見紛う事なきジェントルマンだ、十代のアイドルにはまず思われないだろう。
体臭対策のファブもバッチリで、これなら俺の正体は露見しないはず。
南無瀬組のみんなも特徴的な黒服を止め、今回の旅では紺色のレディスーツに着替えて俺をサポートしている。
そんなメンバーを従え、俺はVIPルームを目指した。