『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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儚き子羊たちの願い

「ふざけんなっ!?」

真矢さんが激怒した。机をバンと叩いて吠える御様子には「ひっ!」と悲鳴を返しそうになる。

 

「なんやその話っ! 相手が男子でなかったらケツから手入れて奥歯ガタガタコースやで!」

「ま、真矢氏。気持ちは分かるが冷静になるべき。文明人の顔ではない」

「あの日かなって誤解されますよ」

「ムキッー!」

 

ダンゴたちが落ち着かせるような声色で火に油を注ぐ、余計なことすんな!

 

「お、お怒りはごもっともですけど、それだけ男子たちも必死なんですよ」

着火させた責任として鎮火作業に乗り出したものの、真矢さんの怒りの炎は止まらない。

 

「必死ならもっと頭を働かせんかいっ! 話がガバガバ過ぎや! 怒りを通り越して呆れも通り越してもういっぺん怒りに戻ってきてもうた!」

バン! また机が叩かれた。机は南無瀬組の私物でなく、ホテルの物だ。壊れないか心配である。

 

 

東山院一日目の夜。

今、俺たちは東山院市内に宿を取り滞在している。男性の宿泊を想定したバリアフリー完備の高級ホテルだ。

その一室 (当たり前のように俺の宿泊室。「ちっ、三池さんの匂いが薄い」と音無さんが呟いていたが、気にしていけない)で行われた『第四十二回、男性アイドル事業部ミーティング in 東山院』で、俺は少年少女交流センターでの話を報告したのだが……喋っているうちに真矢さんの表情がだんだん険悪になっていき、最終的にブチ切れたわけである。

 

ちなみに話の内容が内容だけに、東山院の学生である陽南子さんには事前にお帰り願った。彼女を信頼していないのではないが、少しでも男子たちの計画が外部に漏れないための配慮だ。

と、いうことでこの場にいるのはいつもの南無瀬組メンバーで、いつも以上に場は白熱している……主に真矢さんを主体として。

 

「しかし、真矢氏の怒りは至極当然。男子の提案には問題点があり過ぎる」

「ええと、結局よく理解出来ないんですけど、もし三池さんがコンテストに乱入して優勝したとして……それでどうなるんです? まさか優勝したから女子との同棲免除で結婚しなくても良いよ、ってことにはなりませんよね」

「それなんすけど」もちろん、俺もそこが疑問で、男子たちに尋ねた。

 

その結果、分かったのは――

 

「男子たちの目的は、交流の遅延なんですよ」

トム君やスネ川君たちの話を思い出す。

 

彼らとて、コンテストに優勝すれば交流の話が消える……などと甘い目算をしているのではない。

 

男子校の生徒は、卒業までに必ず結婚するよう義務付けられている。校則で(うた)われているだけでなく、国の法律にも記されている絶対遵守の決まり事だ。違反は許されない。

 

「遅延? まさか卒業ギリギリまで交流を引き延ばそうとしているんか?」

真矢さんが訝しげな目をする。

 

「いえ、そこまで……男子たちの願いは、『冬休み明け』までの遅延です」

 

「話が見えない。なぜ冬休み?」

 

「帰省したい、と言っていました。独身最後の帰省で()()()()()()()()があるんです、彼らには」

 

冬休みは十二月の終わりから一月の半ばまでの約半月だ。

この期間だけ男子たちは東山院の学校から出ることが許可されており、実家に帰省して羽を伸ばすことが出来る。

 

「年中籠の鳥のボクらにとって帰省は年に一回の、つかの間の自由なんですよ」

そう自嘲したトム君の姿が、俺の記憶に強く残っている。

 

「でもでも、女子と交流をしてもしなくても冬休みはありますよね。帰省は出来るもんじゃないんですか?」

 

音無さんの疑問に、

 

「……出来る子もいるやろうけど、満足に出来ん子も出てくるやろうな」

 

元お見合い指定校出身者として察するものがあったのか、真矢さんが侘びしさを引きずるように答えた。

 

「真矢氏、それはどういう……?」

 

「ええか、このままコンテストが順調に開催された場合、冬休み前から優勝チームと男子の交流が開始されるやろ。カレンダーから考えるにおそらく、冬休み一週間前くらいからやな……で、その一週間のうちに喰われる、もとい結婚する男子が二、三人は出てくると、うちは見るで」

 

「若い男女が一つ屋根の下……同意、一週間あればペロリされる男子が現れるのは確定的に明らか」

「二、三人よりもっと多いかもしれませんね。だって念願の交流ですよ、女なら早解き攻略せずにはいられませんって」

 

真矢さんの予測に太鼓判を押すダンゴたち。トム君らの窮地がより強固になった気がして、『交流』の持つ重みを感じずにはいられない。

 

「結婚した男子の冬休みは、挨拶回りに忙殺されるはずや。お見合い指定校の女子たちはエエとこの出が多いねん、そういう子らは自分のステータスを誇示するために、親戚や社会人になって関係してくる企業に自分の旦那を紹介するもんや。本来なら結婚して落ち着いてから挨拶回りはするんやけど、今回の場合、女子にとっても男子にとっても卒業まで日がないねん。冬休みという絶好の長期連休は確実に挨拶回りに()かれる……そら、数日なら男子も実家に帰られるかもしれへんけど、疲れ果てていて、何かやろうとする気力は湧かへんのやないかな」

 

「ええ……だから、男子たちは何としても冬休み明けまで交流を引き延ばそうとして画策しているわけです」

 

「同じ男として心配かもしれへんけどな、拓馬はん。この話は少年少女の未来が懸かったごっつぅデリケートなもんや。第三者は首を突っ込まない方が賢明やで」

 

だろうな、分かっている。

この依頼を受けるメリットはほとんどない。せいぜい男子たちから感謝されるくらいか。

逆にデメリットはたくさんある……特にコンテストを妨害したとして、仲人組織やお見合い指定校の人々から恨みを買ってしまう恐れがありありだ。

アイドル・タクマの人気を脅かす事態へと発展するかもしれない。

 

依頼は断った方が無難だ……無難なのだが。

 

「三池さん、何か想うところがあるんですね」

「聞かせて欲しい、三池氏の中の引っかかりを」

 

毎度の如く、こちらの心中を鋭く読むダンゴたちに何とも言えない笑みを返し、

「分かりました……」

俺はまだ報告してない事柄を話し始めた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

トム君たちが、交流の遅延について説明していた時だ――部屋に備え付けられた電話が鳴った。

 

近くにいたスネ川君が受話器を取る。

「もしもし……はい、いますよ……分かりました、代わります――トム!」

 

どうやら相手は警備員のようで、トム君に取り次ぎを頼む電話らしい。

 

「ボク……誰か来たの? 今日はタクマさん以外のアポはないはずだけど」

 

「アポなしで来るなんて、あの人しかいないだろ。今回も頑張ってのらりくらり逃げるこった」

 

「……はぁ、気が重いよ。すみません、タクマさん。お話の途中なんですけど、ちょっと席を外しますね」

 

出荷される子豚のように、肩を落とすトム君。

よっぽどの相手が訪ねてきたようだな。

 

「構いませんけど、誰がいらっしゃったんですか?」

 

「――ボクの許嫁(いいなずけ)です」

 

なるほど、よっぽどの相手だ。

 

 

 

多目的ルームのモニターが、トム君と女子高校生らしき少女を映す。

映像を観るに小さな部屋で、対話するための椅子とテーブルしかない。

 

「警備室横の面会室っすよ。訪問者と話す時はだいたいあそこを使います」

 

「それはそうと、何で面会室の中を観ることが出来るんですか? これ、監視カメラの映像ですよね。ぷ、プライバシーは……」

 

「プライバシー? はは、タクマさんはおかしな事を気にするんっすね。そんなもんよりオレらの貞操が大事っす。面会と見せかけてこっちを襲おうとする強漢魔が出てきたらどうするんですか、監視は必要っすよ……まあ、音声は切られているんで、面会の内容は本人同士しか分からないようになってますけど」

 

スネ川君の解説を聞きながら、俺は面会室の若き婚約者二人に注目する。

 

「あの女の子が、トム君の許嫁……?」

 

制服を着ているので高校生なのは間違いないようだが、何というか『出来る女性』の空気を放つ人だ。

逆三角形のメガネに、おでこの真ん中できっちり分けた前髪、固く結んだへの字の口。

制服よりレディスーツが似合いそうな大人びた外見をしていて、社運を懸けたプロジェクトのリーダーを任されそうな有能オーラを(まと)っている。

 

「東山院 芽亞莉(メアリ)、オレらと同じ三年生で、トムの許嫁です……って言っても親同士が決めたことで、トムは結婚したくないみたいっすけどね」

 

「東山院、メアリ……東山院ってことは……」

 

「ここ東山院の領主の娘にして、次期領主ってやつです」


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