底辺ウマ娘が異世界転移したら何気にチート臭かった件   作:うひひゃう!@

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7R 約束!

 カランコロン

 

 扉に付けられた木製のドアベルが、今日も心地よい音を奏でつつ俺様を迎える。いつもの間抜けな取り巻き共は、その間抜けぶりが祟って二人共治療院のお世話になっている。

 

 久方ぶりの一人の時間だ。とはいえ急に空いた時間の潰し方なんて洒落た物に俺様は覚えが無い。

 

 結局いつも通りのいつもの場所へと向かうしか、俺様には選択肢が残ってなかった訳だが。

 

 ギルドに入っていつもの癖通りに中をぐるりと眺め、目の合った顔見知りのギルド員達をひと睨みすると、俺様はいつもの依頼掲示板ではなく、サボテンの植え込みに隠れてるバーカウンターの方へと足を向ける。

 

 実は表から来た奴等から完全に死角になっているこの場所は、このギルドでも使う者が限定される死に地なのだが、何故かフルタイムで働くバーテンダーが常勤している。

 

 そして今、その場所には俺様以外の唯一の常連、ギルドマスターのグレッコが完全に潰れていた。

 

「ったく、ギルドの最高責任者が何故朝っぱらからこんな所でクダ巻いてやがる!?」

 

 徹夜明けという訳でも無さそうだが、さりとて、どうやらマトモな精神状態でも無さそうだ。バーテンの心遣いだろう、トマトとオランジェの絞りたてジュースに手も付けず、強いスピリットのグラスが空のままいくつか放置されていた。

 

 そしてその空のグラスを無駄に積み上げた主は、

 

「あ!?」

 

 オカマが出してはいけない声音で俺様を威嚇した。

 

「あによぅ? アチシにだって飲まなきゃやってられない時もあるってのよゔ!」

 

 俺様はバーテンにいつものコールドペールエールを頼む。こんな砂漠のど真ん中で奴のように蒸留酒を頼む程、俺様は命知らずじゃない。

 

「ったく、飛ぶ鳥を落とす勢いの法衣男爵様ともあろうお方が、何をそんなに落ち込んでいやがる!?」

「うっさいわね! 女爵様とお呼び!」

 

 良く言いやがる! 王都の屋敷に帰れば女房子供が待ってるなんちゃってオカマの癖しやがって! もっとも、コイツのオカマ道は両親と姉妹に対する当て付けだったのが、今やアイコンと化して止めるに止められなくなったせいでもある。それでもコイツの爵位は、親からもらった物じゃなく、実力で手に入れたモノだ。だからこそ俺様もコイツに一目置いているのだ。ちなみにこの国に女爵という爵位は無い。

 

「お前が落ち込んでるのは、どうせあのクソアマの事だろうが!?」

「あら、あれだけ完膚なきまでにやられておいて、まだそんな悪態つけるの?」

「う、うるせぇ! 俺様がアイツの邪魔をしたのは」

「あの子が分不相応な依頼に手を出してあの子自身と依頼人が危険に晒されない様に、でしょ?」

「け! 分かってるならそれでいい! それよりもお前の事だ! 大方アイツが大怪我したのは自分のせいだとか考えて落ち込んでるんだろが!」

 

 グレッコはらしくもないしかめっ面でボトルをバーテンからひったくると、グラスに注ぐのももどかしくラッパ飲みで一口煽る。

 

「そうね。その通りだわ! あの子の最初の依頼をこんな形で汚してしまった。あれ程の才能の持ち主が、この仕事を嫌いになる様なら、それはとっても不幸な事じゃなくって?」

 

 俺様は冷えたエールを一口飲み、ちょっと考えてからこう言った。

 

「ソイツは考え過ぎじゃないか? 怪我したくらいでこの仕事を嫌いになる様な奴が、復活した直後にあんな恐ろしい真似が出来るとでも?」

 

「それも、アチシには不安の種ではあるのよ。だってあの子、どう考えても行動パターンが幼な過ぎだと思わない? 正直、グレッコブートキャンプに来た幼女と感覚が被ってるのよね」

「……確かに。幼女と考えれば理解出来なくも無いな。ウンコとか、ち○ことか、結構スキだもんな、幼女」

 

「最近はリリッタちゃんとか、比較的大人びた子ばかり相手してきたから、余計ギャップを感じるのよね。それに比べるとあの子は完全に真逆」

「見た目以上に行動が幼く危ういか。だが、そんな奴、この世界には掃いて捨てる程居るだろうが」

 

 つまみに塩の効いたナッツを頼んで残りを飲み干し、お代わりも次いでに注いでもらう。

 

「あんた、アチシのステータス値覚えてる?」

「細かくは覚えてねぇが、確かトータル800ポンドだったか?」

 

 人間、というか、生き物には生命に価値がある。ポンドってのは位階第一の人間の持つ魔石の重さと同じ重さの金の価値に相当する単位である。

 例えばこの値が倍あると、ほぼ戦っても勝ち目が無くなると一般的には言われている。

 では、位階が上がるとどうなるか? ぶっちゃけ上がる前の十倍程になる。とはいえ重さが十倍になるって意味じゃない。純度と魔力の保持量が上がり価値が上がるって意味だ。無論個人差という物もあるから一概には言えないが。とどのつまり、第四位階のグレッコの800ってのは平均よりもやや少ないとなる。もっとも、一般人からしたらどちらにせよ化物で逆さにひっくり返しても勝ち目はないのであるが。

 

「あの子のステータス値、ね。12万だったのよ。それも、アチシが見た時点で第三位階」

 

「じゅ、12万!?」

 

 アスラ王陛下が一万なんぼで第五位階の平均よりも上である。第三位階の時点でその十倍以上かよ! あの時点でケンカを売った俺様にはどう考えても元々勝ち目が無い、無理である。

 

「想像してみて? 幼女そのもののメンタリティーの子がステータス上とはいえアスラきゅんの十倍以上強いのよ? こんな危うい女の子が碌に物を知らない状態で、例えば保険尚書に存在を捕捉されたら……」

「テレスコステレン卿か……」

 

 保険省はアスラ王が鳴り物入りで新設したばかりの新しい省である。現尚書のアジヤパー=ダフンダ=テレスコステレン侯爵は、初代尚書スットンスキーの兄で病弱な弟に代わって暫定的に就任したとされている。だが、実態は新ポストに金の匂いを感じた侯爵が弟のポストを牛耳る為に、弟を誅殺し乗っ取ったと言われている。奴らは血縁以前に元々国の福祉事業に携わって国庫からの助成金をパクっていた一族であり、むしろ清廉な所為で分前を期待出来ない弟よりも、金に汚い兄が元々のポストに戻った事を歓迎する門閥貴族も少なくは無い。しかし、問題は国王不在の間隙を突いてこの人事強奪が行われたという事である。

 

 そも、アスラ王の戴冠については未だに納得していない門閥貴族も多く、その為にこうして地方行脚を続けて理解を求めているという事情もある訳であるが、この件については王都にいるべき王の不在が全く裏目に出てしまった。

 

 よもや鳴り物入りの新ポスト欲しさに、身内が背中から襲いかかるとは流石のアスラ王も思わなかっただろうし、ましてやそれを希貨に門閥貴族の一致団結を図る等と言う暴挙に出るとは、神ならぬ身には想像すら出来ない事である。

 

「で、賢人エール卿としては、次の展開をどう持って行く?」

「イヤミかしら? イヤミなのね!?」

 

 結構本気でムカついてるグレッコだが、今正に俺様の前で晒してる醜態はどうやらノーカンらしい。

 

「そうね。現状アスラきゅんに必要な味方は量よりも質が問われる段階だし、ぶっちゃけ位階が高い味方はあんたでもいいから欲しい所ね」

 

 ったく、正直に言ってくれる。だが、奴の言う事もわからないではない。門閥貴族の門閥貴族たる所以は長年続く名家がその名家を維持するのに必要なノウハウを独占している事だ。その中には効率よく位階を上げる方法も含まれる。そも、一般庶民が何故何世代にも渡って成り上がる事が少ないのか? 早い話、位階が上がる程の冒険が出来ないから。マグレで第二位階に上がる事はあっても、そんな修羅場を潜り続ける事は事実上出来ない。ましてや、何代も続けて位階を上げ続けた貴族は庶民と比較して位階が上がり易い血脈を長年に渡り作り続けてきたという事情もある。

 

 アスラ王の力を増すには、既存の貴族を味方に付け続けるか、一から庶民をパワーレベリングし続ける、そんな無理なゲームを一からやり直すという事なのだ。

 

 他人事ながら前途多難だ!

 

「決めたわ!」

「何を?」

「ベレーちゃんを促成栽培して、アスラきゅんのお嫁さんにするのっ!!」

 

 あ〜あ。

 俺様はあのクソアマが泣きながら礼儀作法を教わる姿を一瞬幻視した。それはそれで溜飲の下がるざまぁな光景だが、一方で奴が大人しく後宮に収まる姿も想像出来ん。

 

「そう、上手くいくかねぇ?」

 

 俺様は結構本気で分の悪い賭けだと思ってしまった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 早いもので、あれから一週間が経ちました。

 

 あたし、クイーンベレーは毎日充実した日々を送っています。

 

 今日も午前中はトットーリの町中をメッセンジャーガールとして行き来して、ほぼ町中の地理に関しては完璧に覚えました。

 

「こんちわー! カーレさん」

「お! 今日も早くからご苦労さまだね!」

 

 今、挨拶したのは、雑貨屋さんのカーレさん。ここに来て最初の夜、同室で寝ていた人だと言う事だ。何でも王都に仕入れに行った帰りに遅くなり閉め出されたのだとか。

 

「ま、あの後門番の連中には、ぽぎゃん! と一発入れておいたからね。これに懲りたらせめて定時までは我慢する事を覚えて欲しいものさ」

 

 そう嘯くカーレさんはおっきな胸をぷるんと震わせてガハハと笑った。ちくそー! うらやま!

 

 大体午前の仕事は、彼女の店から小物の配達がてら行った先での御用聞きをして、その注文をまたカーレさんに伝えるという感じである。

 

 そして午後はというと、

 

「さあ、それじゃ次はおダンスの特訓よ〜」

 

 今、あたしは何故かグレッコさんに宮中儀礼の特訓というのを受けている。

 

 そして何故かエリーゼとシルビアもあたしに付きあって毎日一緒に居る事が多くなった。更に更に、

 

「お姉様、軸がズレています。あと1.5度修正してください」

 

「お姉さま! そこはもっと柔らかくステップを踏んでください」

 

 更に更に、何故かあたしは二人のお姉様と呼ばれる様になっていた。トレセン学園にもこういうノリの人達はいたが、お姉様と持ち上げられている割にあたしの身分は何故か低いようだ。

 

 そうそう、身分と言えば、アスラがこの国の王様だと判明したのにはびっくりした。ゴブ退治の後、論功行賞というのがあったのだが、そこでグレッコさんと共に壇上に上がり中央の偉そうな椅子に腰掛けたアスラから大量の金貨の入ったご褒美を貰った。無論、あたしだけでなく、全ての冒険者が袋を貰ったのだが、最後に冒険者を代表して、トンチキとかいうあのおっさんが御礼の口上を話したのだが、アスラの事を国王陛下と呼んだ時は、マジで「ふえっ!?」と変な声が出た。

 

 そして論功行賞の後で居残りになったあたしはグレッコさんにこってりと絞られた。曰く

 

「あんなばっちい物触っちゃ駄目でしょう? ましてやむしり取るとか、乙女に在るまじき暴挙よっ!」

 

 とか、大怪我した件も含めて小一時間のお説教を正座で受けるハメになった挙げ句、毎日夕刻から、冒険者としての心得と何故かグレッコさんに女子力養成講座を受けさせて貰う事になった。解せぬ?

 

 

 

 それはともかく、世の男達と同様、アスラが王様だとはいえ、彼もシルビアとエリーゼには頭が上がらない立場であるらしく、その二人共があたしを持ち上げるので、現状ヒエラルキー的にはあたしが上位らしい。

 

 そして、現在この町における最上位者とは、すなわち

 

「お姉ちゃんの妹というなら、リリッタの妹でもあるのですよ!」

 

 と、言う訳でリリッタセンパイが君臨する事になった。

 

 これには流石のおっさんやパレッタさんも半笑いで眺めるしかなく、日々リリッタセンパイを先頭にあたしとエリーゼ、シルビア、アスラがその日の最後に夕食がてらバザールを探検するのが日課になってしまった。

 

 そうそう、バザールであたしは掘り出し物のイケてる軍服を買った! 濃紺の女性士官用で、白いミニとストッキングの絶対領域が眩しい逸品だ。六十年程前の隣国で採用されていた品だとか。丈も丁度良く、胸も動きを阻害しない(すなわちやや緩い)。更には繊維に魔法が掛けられており、防御力が極めて高い。どの位高いかと言うと、キングにやられた時着ていれば、無傷だったのにとエリーゼが何故か悔しがっていた程らしい。

 

「に、してもその軍服の国って、六十年前に滅んでるのよ? 縁起悪くない? なんか憑いてそうだし!?」

 

 うっさいシルビア! そういうのも含めて浪漫と言う物なのだ! だから憑いてるとか言うな!

 

 憑いて、ないよな!?

 

 ともあれ、あたしはこれを金貨60枚で買った。おかげでアスラから貰った金貨は一枚残してカラッ欠だが後悔はしてない。胸の部分はパレッタさんが、こっそりパッドをサービスしてくださいました。ちくそー! 

 

 残念ながらベレー帽は見つからなかったのが片手落ちだが、良さげな眼帯はあったので買おうとしたら、パレッタさんから「目が悪くなるから止めなさい!」と叱られた。ちぇっ!

 

 

 

 そんなこんなで一週間があっと言う間に過ぎたある日、アスラから

 

「ベレーさんと二人きりで大事な話があります! シルビア達にも席を外して貰うので今晩僕の部屋まで来てくれませんか?」

 

 と、誘いを受けた。

 

「んまっ! 来たのね? 遂にこの時が、来たのねっ!?」

 

 と、何故かグレッコさんが無性にエキサイトしていた。いくらオネェの人だからって、流石にセクハラじゃなかろうか?

 

 ってか、やっぱそういう意味なんだろうか? あたし、求められてるんだろうか? 

 

 確かにあたしと一緒に放校になった奴らの大半はあの後、母親になるんだろうし、あたしの歳ならそういう事があっても不思議じゃないんだよな。

 

 アスラはいい男だと思うけど、あたしのタイプから言うとちょっと線が細い。それに一人称は、自分、か俺、だよなぁ。どうしても、僕って一人称だと弟って印象しかない。まあ、弟、出来ないんださけど。

 

 ただ孕む、まで考えなければ初体験の相手としてはありなのか? 最初は痛いって言うし、ウマ娘の痛覚耐性を考えると、ああいう優しいタイプは、うん、ありだな。あ、この世界ってゴムあるのか? まさかいきなり生とか……

 

 ぷしゅ〜!

 

「あの? ベレーさん?」

「ふ、ふぃやいっ!?」

 

 変な声出たぁ〜っ! 

 

「わわわわかった! とにかく夜だなっ!?」

「すいません。こんなお願いいきなりして。でも、とても大切な話なんです。ご足労おかけしますが宜しくお願いします」

 

 うわ、やっぱそういう事だよな。これであたしも王様の現地妻か。いや、ここは意地でも大人の余裕って物を見せつけなければ!

 

「お、おう! 任せとけ!」

 

 あ、あたしのバカ〜っ! せめてもう少し色気って物をだな〜!!

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 コンコン!

 

 あたしはギルド内にあるゲストルームに来ている。今は午後七時頃だろうか? 早い夕食を取った後、エリーゼとシルビアに捕まりギルドの風呂で磨き上げられた。それはもうペカペカになるまで。

 

「か、勘違いしないでよ? 相手がお姉様だから先を譲るけど、あくまでも正妻は私なのは間違いないんだからねっ!?」

「業腹ではあるけど、初めては譲る。だから後で感想をお姉さまの口から微に入り細に入り聞かせて欲しいの」 

 

 そうして、シルビアのドレスとやらを無理矢理着せられて送り出された。ちなみに一張羅の軍服は「変な性癖に目覚められても困る」との理由で全力で却下された。

 

 カチャリ、鍵が外され中からアスラが現れた。

 

「ありがとうございます、ベレーさん。わざわざお越し頂き感謝いたします」

 

 そう言いつつあたしの肩を抱き部屋へと誘うアスラ。ちくそー! 随分と小慣れてやがるじゃないか?

 完全にあたしの気分はドナドナである。寄る辺も味方もいないこの身ならば、いっそ王様の保護下にいるのも悪くない選択だとは、頭では理解しているのだが。

 

「防音結界を張りました。これでこの中で何を話しても外部に漏れる事はありません。では早速ですが」

 

 ひぃ〜っ! まだ心の準備がぁ〜!

 

「ベレーさん、貴女は日本人ですね?」

「……はい?」

 

 あれ? 話って、本当にお話の話? いやまて! これも行為前の寝物語って奴か?

 

 正式な話をすると、厳密にはウマ娘は日本の国籍を持っていない。ジェネラルスタッドブックを管理する大英帝国連邦のウェザビー国際ウマ娘健全育成委員会が各国ごとにその年に誕生したウマ娘を登録して管理している。ただ、普通の日本人でその点をしっかり理解している人というのも少数派であるから、普通は住んでる国の住民であると発言する事が多い。

 

「ああ、つい最近まで府中のトレセン学園に住んでいた」

「は? トレセン? って茨城県の美浦にあるんじゃ?」

 

 ? チバラギ?

 

 流石にそんな田舎に住んでウマ娘が務まる訳が無い。ライブやらレースもそうだが集客が見込める場所に会場とトレセンが来るのは常識である。

 

「やっぱり君は東京競馬場の関係者かなんかだったのか?」

「関係者っていうか、普通に走ってたけど?」

「は?」

 

 え? 何故驚く? あたしを何だと思ってるのだろうか? そう考えてると、アスラが遂に核心に踏み込んだ。

 

「あの〜 つかぬ事をお聞きしますが、貴女のその耳と尻尾、やはりこの世界に転移した時に何らかの権能を神様に頂いたのですか?」

 

 は? コイツは何を言ってるんだ?

 

「バカ言ってるんじゃねー! 自前に決まってんじゃねーか!?」

 

「あ、す、すいません。しかし、僕が住んでいた日本では貴女のような獣人は存在しなかったのですが?」

 

「へ? 住んでいたって、あんたも日本人?」

 

 だがアスラは金髪碧眼のイケメンだ。外国から来たウマ娘じゃあるまいし、この容姿で日本人と言われてもなぁ? いや、それは置いておこう。もっと聞き捨てならない事を言ってるし。

 

「つまり、あんたはウマ娘が居ない日本から来たって事か?」

「ウマ娘、って、馬の獣人の事ですか? やっぱりそういう意味なんですね? 僕の世界では競馬場では馬という動物に人が乗って競争する競技だったのですが」

 

 何? ウマって何?

 あたしは自分のアイデンティティーがガラガラと崩れる音を聴いた、気がした。

 

「僕は生粋の日本人でした。こちらの世界には28歳の時に転移して、何故か八歳の体になっていました」

 

 そう、自分語りを始めたアスラの話はなかなか強烈だった。

 

 曰く、彼が転移して来たのが正にこの辺りで、当時は国の食料生産を担う穀倉地帯や、国内各所へと国道で繋ぐ国の最重要地帯だったと言う。ある日突然広大な土地が暗闇に包まれた。暗闇に閉ざされた土地を調査する為、前国王が子飼いの冒険者を伴い暗闇の中に突入したのが異変発生から二日後であったと言う。暗闇の中に侵入して分かった事は、砂漠化した土地とかつて無い強さの魔物の存在であった。

 

「前国王は三日三晩の間調査を続けるも、生存者を見つける事ができませんでしたが、その中にほぼ一直線上だけ存在する安全地帯を見つけたそうです。何ら手掛かりの無い生存者救助を打ち切り、その目的を安全地帯の確保に変更した彼らは、ほんの小さな町程度の安全地帯と、その中央で眠っていた僕を見つけたそうです」

 

 その辺の記憶が無い為、アスラが知ってる知識は後で前国王から教えられた物だとか。その時一緒に行動していた冒険者の中にグレッコさんやあのトンチキとか言う奴らも居たらしい。

 

「そもそもこの程度の事件で国王が出てこざるを得ないのは、王都に近い王国直轄領内であることと、所謂貴族が必ずしも王家の味方とは限らない、むしろ我こそは王家に成り代わろうという野心を常に持って居る事を隠そうともしていない、室町時代みたいな情勢だからです。同じ理由で正規の兵士も迂闊に動かす事が出来ない。だから、冒険者を金で雇い、あわよくば優秀な人材を子飼いとしてスカウトする為に前国王は自ら乗り出したという事です」

 

「ちょ、ちょっと待って! あ、あたしに政治の話を振られても無理! 無理だからっ!」

 

 と、言うか現代のウマ娘に政治の話って、タブーなんだからっ!

 

 あたしらウマ娘が学園で唯一教われる政治関連の話、それは第二次世界大戦後にフランスで決められた国際条約、所謂「ブロワイエ国際条約」すなわち、ウマ娘をいかなる国も政治、軍事、宗教の目的で利用してはいけない、という全世界規模の条約である。当時は敗戦国に対して批准していた条約が、今では153ヶ国の国連加盟国全てが相互監視しつつ実現したある意味現在の世界平和の礎となった条約である。

 

 その一方で、ウマ娘には参政権と言う物が存在しない。無論、多くのウマ娘が参政権を得る歳まで生きられないという事情もあるのだが、一方、先にも話した通り国籍が無く、登録国の差はあれど基本国際機関の所属となっているウマ娘は言わば世界の「おみそ」と言っても過言ではない。人に非ざる存在。だからこそ、ウマ娘と言う存在はあらゆる国に置いて優遇されているとも言える。何も無くても国から補助金が貰えて、万一怪我でもすれば、その程度によっては一年で数百万円の見舞金が出る。そうして生活を保証されているからこそ、レースとライブと言う手段でアピールして社会に御礼を返すのである。

 

 何よりも、その手段しかウマ娘には残されて居ないのだから。

 

「あんたの居た日本がどうかは知らないけど、あたしらウマ娘は政治、軍事に関わるのはご法度なんだよ!」

「え?」

「特に、見目麗しいウマ娘が選挙なんかに関わるとそれだけで票の流れが代わるから、絶対に誰々を応援するとか言っちゃいけない程警戒されてたんだ! だから悪いけど、あたしに政治的な立ち位置を求められても応えられない!」

 

 しばらく黙って考えていたアスラは、意を決して白状した。

 

「実は、グレッコさんに貴女を妃として迎える様に言われていたんです。貴女のたぐい稀な才覚は必ず王家の力になるからと。ですが、貴女に日本の事を確認したかったのも事実です。こちらに来て八年、思い出す事も減ってきた昨今ですが、やはり一人くらいは思い出を共有出来る相手が欲しかったのも事実です」

 

 ですが、と、アスラは続けるとこう言った。

 

「どうやら僕の来た日本と貴女の日本とは違う世界らしいですね。貴女の様な人の居た日本も見てみたかったですが、まあ、それは無理そうですね」

 

 そう言って寂しそうに笑うアスラは歳に似合わない哀愁を感じさせてちょっとキュンとしたが、改めて考えると、やはりあたしには彼の相手は無理であると結論付けられた。

 

「スマン! あんたが真摯にあたしなんかを口説いてくれたのは分かったが、あたしには政治的立ち位置を求められるあんたの伴侶にはなれない! これは、あたしの我儘かも知れんが、そこを無視してあんたの加護を受けるのは、ウマ娘としての挟持が許さないんだ!」

 

 アスラはそれを聞いてがっくりと肩を落としたが、表情自体はむしろ納得していたような気がする。

 

「なんとなく貴女はそう言われる気がしていました。女としての挟持。そしてウマ娘としての挟持。貴女は誇り高い女性なのですね。心から尊敬します」

「いや、そんな大したもんじゃないんだが」

 

 てれてれと頭を掻く辺りがあたしの女子力の無さであるが、そんなあたしに微笑むとアスラは

 

「ですが、せめて友人としては付き合って頂けませんか? 僕は基本、日本人であった事を公表する気は無いんです。多分、この世界ではあの国の知識は過ぎた毒になる事の方が多いでしょう。だから、この世界の人には話出来ません。でも、貴女になら偶に懐かしがって話をするくらいは許して貰えないでしょうか?」

 

 あたしは悟ってしまった。コイツも孤独なんだと。

 

「ああ、その位でいいなら喜んで! あんたの日本とあたしの日本、違いを語り合うのも面白いかもな」

「本当ですか? 約束ですよ!?」

 

 あたしとアスラは小指を繋いで指切りをした。結局、この日アスラとはこの指切り以外に何も触れる機会は無かったが、それでもあたしとアスラとは絆を繋いだのだ。

 

 友情と言う絆を……




法衣男爵︰領地を持たず王都で文官としての職に就いている男爵。基本、貴族の三男以下の者が叙爵する場合最初に就く地位。
 尚、グレッコは現在王都から出向中の身。現在の肩書はトットーリ災害復興担当長官兼トットーリ仮設街区総括ギルドマスター。冒険者、商業、工芸、農林と四つのギルドマスターを兼任し、事実上町長としての役も担っている。

半笑いで〜︰無論、大店の店主であるおっさん達は流石にアスラやシルビアの顔は知っています。ですが、この国はやたらと王家が庶民に寄り添う立場を取る事が多く、お高く止まっている門閥貴族に対し、前国王から続く庶民贔屓の王家という立ち位置を保持しています。ましてや、アスラにとってはリリッタは同じ師匠に習った後輩。可愛くない訳が無いのです。

憑いて、ないよな?︰憑いてません。新古品の横流し品なので。

ブロワイエ条約︰フランスはブロワイエ地方のモンジュー城で1945年九月に行われた終戦協定成立後最初の国際会議、その席で締結されたウマ娘やユダヤ人に対する人権侵害を糾弾し、保証を決めると共にその後の国際的な立ち位置を決した条約。この条約を期に世界はウマ娘に優しい世界を作り上げ、世界平和の礎となった条約。

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