簡潔にまとめようとしましたがだらだらと長くなってしまいました。
◇
「色々あんたに聞きたいことがあるんだけど、まず第一に俺達をここまで誘き寄せたのはあんたか?」
目の前には自分のことを神族と呼ぶ男が一人。敵意やこちらを害するような気配は無いが警戒するにこしたことはないだろう。
(ああ、その通りだ。我はお前に興味が湧いたゆえな。直に話してみたくここへ招いた)
こいつの言葉を鵜呑みにするなら魔族の心配はない。しかし、こいつが魔族よりも厄介な可能性もある。というかその可能性が高いだろう。
船を遥か遠方から操り、人の脳波を操り直接脳に語りかけ、極めつけはディジェニゲン大陸という荒廃した大地から緑豊かな地へと一瞬で転移させる力。
厄介所じゃない。
下手をすれば俺達は一瞬で全滅する。
(ふむ、魔族との戦闘に備え常に警戒をするその心構えは得策だ。しかし、この場では警戒をする必要はない)
「なに?」
(まず第一に、ここは魔族であっても出入り出来ない)
「その根拠はなんだ?」
(お前はここをあの惑星のどこかにある地だと思い込んでいるがそれは違う。ここはお前たちの住む惑星ではない)
「はい?」
こいつは今何と言った?
ここは俺達の住む惑星ではないだと。
こいつの発言にはミューリにニクスも呆れていた。
(己の理解の許容範囲を超えると途端に拒絶反応か。だがこれが現実だ、理解しろ。ここは次元の狭間。お前たちの住む次元から一段階下の次元だ)
「………」
(ふむ、獣共には難解すぎるか。分かりやすい例えをしてやる。この世界を樹木の年輪に見立てよう)
「ね、年輪?」
(……呆れて言葉も出ないとはこのことなのだな。お前はハーフエルフだろう?毎日を樹木で過ごしているにも関わらず年輪も知らないのか)
「レシスト、流石に私もドン引きだよ」
「う、うるせー!俺以外にも一人分かってない奴がいるじゃないか!」
俺がニクスを指差すとバカにされたことを理解したのか顔を真っ赤にして怒りだした。
「な、何や!ウチにだって知らへんことぐらいあるもん!」
「ニクスちゃんはしょうがないじゃない!木が生えてない所で育ったんだから!」
「うっ」
それを言われると弱い。
そうだよ、年輪なんて知らないよ!
(そして開き直りか。それで子を指導する者とはな。まあよい、年輪とは樹木の幹を横に輪切りし、その切断面に描かれている円状の模様のことだ。主に樹木の樹齢を知るときに見る)
こいつの説明でようやく理解できた。あの模様のことを年輪って言うのか。
(樹木が成長すればするほどその輪は増えていく。その幾重にもある輪の一つ一つがこの世界を形成する次元というわけだ。そして、お前たちが住んでいた次元というのは年輪で言うならば一番端にあるもの。そして、この場所はその一つ内側にある年輪という訳だ)
「何となく分かったような分からないような……」
(まあ、理解せずともよい。説明を続けよう。次元を一つ下に降りようとするならば、それは並大抵のことでは出来ない。これは時空間魔術であっても出来ない芸当だ。この技術を身に付けようとするならば、お前たち基準の時間感覚で瞑想だけを300年間続けて身に付くだろう)
「300年!?で、でもよ、俺達はその次元を一つ降りてこの場所にいるんだろ?300年間も瞑想なんてしてないんだが?」
(それはお前たちが資格を有しているということだ)
「資格?」
(これ以上は我の記憶領域に載っていない。諦めてくれ)
…何というか、肝心な部分が分からないってどういうことだよ。
こんな、全てを知っていますみたいな雰囲気出してるのに分からないってポンコツみたいだなこいつ。
(我はポンコツではない。それに我はお前たちよりも遥かに高性能だ)
「へ、どうだか?」
(レシスト、お前は自分の出生が気にならないか?)
「何だと?」
(我はあの惑星の全てを見てきた。文字通り全てだ。そこのミューリ、ニクスが何時にどこにいて何をしていたのかを全て把握している。お前たちだけではない、あの惑星に住む全ての生命体を監視し把握している)
それと同時に俺達は一斉にマキナという男から距離を取った。マキナが言うことは余りにも出鱈目すぎる。
しかし、その荒唐無稽な言葉が余りにも現実味を帯びているのだ。
(まだ疑いが深いか。ならば、まずはレシスト。お前が今までそこのミューリに叱られた回数は247回。内158回は拳骨を食らった回数だ。最初に叱られた理由は友達と喧嘩したため。その理由はミューリをバカにされたためだ。次に初めて魔術を覚えたのはお前が生まれて7年8カ月14日5時間24分51秒後、使用魔術は電撃初級魔術の【パギ】)
(ミューリは生まれてから5年3カ月22日14時間36分22秒後、初めて両親の病院へと行き怪我をしたエルフの子供を手当てした。それ以降医学を学び9年10カ月26日13時間6分33秒後、出血性脳卒中の患者を一人で手術した。手術にかかった時間は3時間46分18秒。手術は成功し、克つあの惑星で出血性脳卒中の手術に成功した最年少となった)
(ニクスは4年2カ月11日6時間58分41秒後に母親を亡くした。それ以降母親の侍女がお前の世話をしていた。それと同時に氷結魔術を学びその2年11カ月19日14時間31分28秒後、氷結系上級魔術である【コキダイン】を取得した。以降は母親の女王を継承し、氷雪族の女王となる。その性別を隠してな)
(どうだ理解したろう?我はあの惑星の全てを把握している)
「ああ、あんたが相当ヤベー奴だってことがな!」
俺は掌に魔力を集中させ電撃系中級魔術の発動を行う。そして俺と同時にニクスはコキダインを発動させた。
「【パギリラ】!」
「【コキダイン】!」
俺のパギリラはマキナへ向けて一直線に電気が走る。常人ならば対応できない速さだ。
それにニクスのコキダインの援護もあり当たることは間違いないだろう。
(【ウェラダイン】)
マキナから尋常じゃない魔力が溢れ出す。俺やニクス、ミューリの魔力を合わせたとしても届くかどうかの量だ。
そしてマキナから衝撃系上級魔術である【ウェラダイン】が発動する。その余りにも強力な風にニクスのコキダインは彼方へと吹き飛ばされる。
しかし、俺のパギリラはその嵐のような突風には関係ない。いくら風が強かろうが電撃の軌道は変えられない。
電撃は確実にマキナへと当たった。
(仕方ない、あまりこれは使いたくなかったのだがな。お前たちが抵抗するならばしようがない)
その瞬間、俺の体全身に悪寒が走った。そして脂汗が噴き出してくる。
マキナからは尋常じゃない何かを発している。俺の生き物としての本能が警報を鳴らしていた。
それはミューリやニクスも俺と同じ感覚だったのだろう。一斉にマキナへと攻撃を行おうとしていた。
俺は未だ癒えていない肉体のことを忘れ【紫電】を発動させようとした。
だがもう遅かった。
『跪け』
瞬間、何が起こったのか分からなかった。
初めてマキナが口で言葉を発した?そんなことではない。
体の制御が全く効かない。見えない力で無理矢理体を押さえつけられているかのように、俺達は膝をついていた。
指一本も動かすことが出来ない。
一体何なのだ。
(これは我が【マントラ】。我が直接口に発した言葉を聞いた瞬間にその言葉通りの動きをするという、我ら神族の共通能力だ)
何だと?魔術なんかよりもよっぽど危険な力じゃないか。
(ああそうだ。この力はあまりにも危険だ。故に我らはこの【マントラ】を極力使わないようにしている)
……使わないように?お前は俺達をどうするつもりだ。
(だから最初に言っただろう。話がしたいと)
…はい?本当にそれだけなのか?
(そうだ、お前たちが勝手に勘違いしたのだろう)
や、ややこしいんだよお前は!!いきなり他人が知りもしない自分の過去のことをベラベラ喋りやがって!
そんなことされたら普通は警戒するだろう!
(だからといっていきなり攻撃するとはな。お前たちはこれから獣と名乗ってもよいぞ)
ウガァー!この野郎!!さっさとこの【マントラ】を解きやがれ!
◇
ようやく落ち着いた俺達はマキナがこちらを攻撃するという意思がないことを認識した。
「それでさっきマキナが言ってたがよ、俺達が住む惑星を監視していたんだろ?」
(いかにも)
「疑問が二つある。まず一つ、何で俺達の惑星を監視していたんだ?それと魔族に征服されたインフォース大陸は今どうなっている?」
そう、マキナが何故監視していたのかという至極当然な疑問。とはいってもこれはオマケみたいなもんだ。
真に聞きたいことは後者。もしインフォース大陸の現状を知ればあの結界を解く鍵があるかもしれない。
そうなればわざわざテンブリス大陸なんていう地獄に行く理由もなくなる。
(……)
「マキナ?」
今まで饒舌だったこいつが黙るなんて、どういうことだ。
(ついて来い)
それだけを言ってマキナは歩いていく。俺達は顔を見合せ仕方なくマキナについていった。
そこは小高い丘だった。空がよく見え、静かな場所だった。
そしてそこにマキナと同じような神族たちが肩を並ばせて眠っていた。数が結構多く、数えてみると計26人もの神族がそこに眠っていた。
そして違和感も感じる。
(そこに眠っているのは我の同胞だ)
ポツリとマキナは語りかけてきた。
(お前たちにはどう見える?)
「どう見えるって、眠っているんじゃないか?」
(……152万7152年226日18時間26分11秒。この数字が何だか分かるか?)
「?」
(一番最後に眠った我の同胞の睡眠時間だ)
「そんな、ありえない!」
ミューリが叫ぶ。
「そんな時間を生きているのは不可能よ!」
(生きている…か。それは生命体に対しての言葉だ。我らに相応しい言葉は活動時間だ)
「活動時間って、そんな言葉は─」
(まるで機械みたい─か。その通りだ。我は機械だ)
そう言ってマキナは自らの顔に手をかけ、顔の皮を剥がす。
その余りにも無惨な光景にミューリとニクスは目を覆った。
だがそこには筋肉すらなく、鈍く光輝く銀色の機械があった。
そこでようやく理解できた。目の前の男は命の無い機械なのだと。
(我らは長い時間をかけて惑星の始まりから終わりを見届け、その観測対象の惑星が無くなればまた別の惑星を見つけまた観測する。生命体を監視しろ、それが我らの最初で最後の命令だ。誰に命令され、何故監視するのか、それすらも忘れた機械だ)
あまりにもスケールの違いすぎる話をするマキナ。今まで無表情で淡々と話している様子だったが、この瞬間だけだがどこか自分で自分を貶し笑っているかのようだった。
(故にお前の最初の質問に答えることはできない。そして最後の質問にも答えられない)
「え、だってお前は─」
(そう、あの惑星を全て監視していた。しかし、205年147日14時間28分41秒前からテンブリス大陸全域を監視できなくなった)
「は、はい?監視できなくなった?」
(正確に言うなれば我の第三の目に気づいた者がいた)
「……」
絶句した。俺達はマキナの監視を今の今まで気付かなかった。
それを見破った奴が魔族にいるというのか。
(そうだ、レシストの考えている通り、魔族に我の監視の目に気づいた者がいた。その者の名はテンブリス大陸第十三代目魔王【ディアボロ】。歴代最強の魔王だ)
「ディ、ディアボロ?」
(そうだ。我の目に気づいた時に奴は確かにこう言った。「覗きとは悪趣味な奴だ。余を覗きたいのであれば堂々とこちらに出向いてみよ。安全圏から覗きとは男の度量が知れるぞ」とな。我は目を疑った。我が起動してから今まで一度も我の監視に気づいた者はいなかった)
余りにも規格外過ぎる。
(そして濁流のような魔力を直接流し込まれた。我の記憶領域、中枢回路が破壊されそうで、シャットダウンを止む無く行った。再起動したのは約二十年前だ。そしてもう一度テンブリス大陸を監視しようとしたら高度な結界を張っていて監視すらできなかった。お前たちが知りたがっていたインフォース大陸にも同様な結界が張っていた)
くそ、これじゃあ手がかりなしか。
いや、そんな甘くはないということだろうな。
(そこでだ。我に下された命令は生命体の監視、それが現状できていない。どうだ、我をお前たちの旅に同行させるというのは)
「ま、マジでか?お前は本当にいいのか?」
(ああ、お前たちはテンブリス大陸、そしてインフォース大陸に行くのだろう?我もその二大陸を監視できていない現状は非常に不味い。故に同行させてほしいのだ)
「いや、俺達の方こそ助かる。宜しく頼むよ」
(では改めて、我は神族の【マキナ】である。以後宜しく頼む)
思わぬ場所で思わぬ人物が仲間になった。後はテンブリス大陸に行き、インフォース大陸にかかっている結界の解き方を知るだけだ。
特に読まなくても大丈夫なコーナー
【マキナ】
神族の男性。伸長2m20㎝、背中に三対六枚の純白な羽を生やし、両の目は常に閉じていてその代わりに額に第三の目を開眼させている。
作中でもあったようにマキナ自身機械の体で何時、どこで、誰に作られたのか、余りにも年月が経ちすぎていて忘れている。ただ一つ「生命体の監視」という命令を忠実に遂行している。
マキナ以外の神族は全員活動時間が切れており、マキナが最後の一体。
【マントラ】という魔術とはまた違った力を扱い、魔術なんかよりも相当危険。直接口で発した言葉の通りに相手を操るという力。実はマキナが言葉を発するというのが【マントラ】の発動条件であり、その際対象がその言葉を理解できない・聞かなくても発動する。
【マントラ】を防ぐ方法はあるのだがそれは作中でいずれやりますので想像してみてください。