―とある魔術師の手記から一部抜粋―
第一柱
【闘争】
その神、最初の座の支配者。そして全ての始まり。
我は神なり、我は絶対者なり、我こそが世界の中心にして全ての起源である。
その神は歴代の支配者の中で誰よりも荘厳で崇高で厳威であった。誰もがその神に頭を垂れ跪き感極まって涙を流す。ああ、我が神よ、どうか我らをお導きください。地平線の彼方まで信者たちがその神に礼賛する様を見て深く嘆く。
我が子らはあまりにも脆弱である。自分の道を自分で決断することが出来ず、文字通りの神頼み。これでは駄目だ、心が無い、尊厳が無い、成長が無い、このままでは我が子らは何も無くなってしまう。
そして渇望する。我が子らよ、喰らうが良い。強者を喰らい、糧とし、更なる強者を喰らえ。そして、我の下へと辿り着き、我を喰らってみせよ。強者のみが生き残り、弱者は淘汰される。これこそが真理なり。
その渇望【闘争】。
ここに【闘争】の時代が始まる。
第二柱
【規律】
その神、最初に抱いた感情は激しい嫌悪。
何だこれは、何とも醜い、汚らわしい、気色悪い、こんな奴らが私と同じ生物のはずがない。
しかし皮肉なことに座の支配者たる力を有していた。その神、深い絶望に陥る。
私が最も嫌っていた闘争の頂点たる存在こそが私だったのだ。
そして渇望する。私は認めん、断じて認めん。野蛮な暴力の力ではなく、人の叡知たる法の力こそが絶対である。
その渇望【規律】。
ここに【規律】の時代が始まる。
第三柱
【二元論】
その神、生物をこよなく愛していた。
どうして頭ごなしに否定するのですか。どうして分かり合おうとしないのですか。人を傷つける規律は規律ではありません。
多種多様の規律が蔓延る時代で、その神だけが規律を否定し和平を唱える。
たが、己の信じる規律こそが至上にして至高、と考える者たちにその神の言葉は届かない。
そしてその神、遂には和平を信じる身でありながらも体に血を浴びる。
そして渇望する。私は正しい、私は正しいはずだ。和平という安泰を不要と否定する者は間違っている。そう、私は正義だ。私に斬り捨てられた者たちはどうしようもない悪のはずだ。罪悪感など必要ない、だって私は正義で彼らは悪なのだから。
その渇望【二元論】。
ここに【二元論】の時代が始まる。
第四柱
【悲劇】
その神、ただの人であった。
普通に生まれて、普通に育って、普通に死んでいく。人生なんてそんなものだけど、だからこそ素晴らしいと僕は思うんだ。
しかしその神、戦火に巻き込まれる。理不尽に両親を殺され、無意味に親友たちを殺され、あっけなく普通の日常が殺された。
奇跡的に生き残ったその神に更なる不条理が襲いかかる。その神は罪人となった。戦に負けた者は罪人、それがこの時代の当たり前だった。
そして渇望する。何故僕が罪人となる。僕は何も悪いことはしていない。だというのに、貴様らは僕を悪だと言うのか。だけど、これがこの世界の当たり前。この世界は悲劇を求めている。ならば際限なく作り出そう、誰もが納得のいく
その渇望【悲劇】。
ここに【悲劇】の時代が始まる。