◇
あの旅立ちから約二週間が過ぎた。俺たちは今、命の危機に直面している。
-50℃、荒れ狂う猛吹雪、この星の大自然が今俺たちに牙を向けている。それだけで絶望的な状況であるが、それでもまだ足りないと神が申しているかのようだ。
目の前には全長3mはゆうにある巨大な白い虎が計四体。なんとか気力だけで立っている俺、そして気絶したミューリの四方を囲んでいる。俺は腰にかけている剣の柄に手をかけ、いつでも抜刀できる状態。
俺の異様な殺気に野生としての本能が働いているのだろうか、虎たちは唸り声を上げながら辺りをウロウロするだけだ。だが、そう長くは保たない。
視界は霞み、腕は寒さでガタガタと痙攣している。思考も定まらない。
何故こんなことになった。
走馬灯のようにあの旅立ちの日から記憶が甦る。
◇
「それで、どうやってテンブリス大陸に行こうとしてるの?」
ミューリは大きな鞄を揺らしながら能天気に聞いてきた。
「ここから西へ30km進めばこの大陸唯一の港町に着く。そこで船を出してもらってテンブリス大陸に行く予定だ」
「へー、港町なんてこの大陸にあったんだ。私本でしか読んだことないから凄く楽しみ!」
ミューリはウキウキで道なき道をスキップで進んでいく。そうだった、こいつはアッパラパーの能天気女だ。
俺や村のみんなが常識なことでもハテナマークが複数個頭の上に出てくるような奴だ。
料理以外の家事はテンでダメ。仕事場の病院以外に出かけると必ず迷子になる。更に当初の目的を忘れて子供たちと遊びふける。極めつけは遊びに夢中になりすぎて夜になったことすら気づかずに木の上で一夜を明かした。
コイツの伝説はまだあるが全てを語りだそうとしたらキリがない。確実に夜になってしまう。
「ほらー、早く行こうよー」
歩きが遅い俺に焦れたようでチョイチョイと手を招く。
にへらーという擬音が似合うほどの笑顔。この大陸の未来を考えている俺がバカらしくなるような笑顔だ。
「まあ、そんなに気負ってもしょうがないか」
「んー、なにー聞こえなかったよ」
「お前のアホっぽい顔がオカシイってだけだ。前から言ってるけどホントに俺の一個上なのか?」
「あーまたバカにしたね!もう風邪引いても知らないから!」
頬を若干膨らませながらプイッと顔を背ける。本当に子供っぽいよな。
医者として患者を診るときはあんなに大人びてるのにどうしてこう。
「おい、目瞑って歩いてると―」
「イダッ!」
言い終える前に木の枝にぶつかりやがった。
「イダイヨ-レシストー」
「はいはい」
涙目になったミューリの額を擦りながら俺たちは歩を歩めた。
◇
悪路とミューリの世話をしながらなので大分時間がかかった。というかコイツが一番のロスの原因だ。本来、俺一人でこの港町にたどり着く日数は多く見積もっても五日とみていた。その倍以上、十二日もかかった。
道も分かっていた。危険な悪路を回避し、安全で且つ最短なルートを通るはずだった。それをコイツの謎スキル迷子で全てが台無しになった。
そんなことは知らぬ顔でミューリは初めての港町に目をキラキラと輝かせていた。
あぁ、今からでも目に浮かぶ。絶対にここで何かしでかす。絶対だ。必ず何かを起こす。
今から遭遇するであろうトラブルに頭が痛くなってきた。
「ねぇねぇ、あれが船なの?あれ全部木で出来てるんでしょ?うわぁーおっきいなぁー」
俺の袖を掴みブンブン振り回す。
暴走一歩手前だ。長年付き合ってきたから分かる。ここで止めようとするともっと酷くなる。
だから―
「早く近くで見たいだろうが、少し待て。俺との約束を覚えてるか?」
「うん!あの船の中を見学してくる!!」
「そうだ、町や村についた時は必ず俺の手を繋いで一緒に行動する。お前の見たいものは全部回ってやるk……はい?」
うん、もう暴走してた。ミューリは俺が約束事を復唱している途中で走って行ってしまった。
もう帰りたい。父さん、母さん、俺挫折しそうです。
その後のことは語るに及ばず。
暴走したミューリは勝手に船の中に入り、掃除中の船員の方に見つかりこっぴどく叱られた。
勿論俺も叱られた。
◇
「うひゃひゃひゃひゃ、いい飲みッぷりだな嬢ちゃん!」
「んぐ、んぐ、プハァー!!まだまだたんらいわよ!!樽ごともっれこーい!」
「うぉーマジかよ!!まだ飲むのかよ!!」
「あったりまえれしょ!あたしとーこのレシストがーこの大陸を救うんらょ?もう飲めらくなるかもしれらいのよ?飲むしかないれしょー!」
もう完全に出来上がってる。
逃げたい。ただただ、逃げたい。その一点だけだ。
「おう、兄ちゃん!あんたあのクソッタレの魔族を倒すんだって!?そんなヒョロヒョロの体にほっそい剣でどうしようってんだい!?」
「あの、僕一応魔術を扱えまして…」
「ナニー!まじゅちゅ…まじゅちぃ……言いにくいんだよ!!」
酔っぱらい特有の逆ギレである。対処法はない。
「そもそも俺はその何とかがダイッキレェなんだよ!男なら腕っぷしだろ!?男は己の拳で価値が決まるんだ!!そうだろう!?野郎共!!」
ウォォオオオ!!!!
酔っぱらい特有の謎の一体感である。対処法はない。
というかミューリも声あげてやがる。
「おうおうおう!兄ちゃん!アンタが本当に魔族を倒そうってんならまず俺を倒してみやがれ!!」
「えっ?いや、でも……」
「なんだよなんだよ、ビビってんのか?」
ブゥゥゥゥー
ブゥゥゥゥー
酔っぱらい特有のブーイングである。対処法はない。
というかミューリもブーイングしてやがる。あの野郎、明日覚えておけよ。
「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
「皆さん酔いすぎです!悪酔いしすぎですよ!!」
「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
「皆さん、ここは水でも飲んで―」
「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
「れいせi……」
「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
「………」
「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
こっしぬけ!!こっしぬけ!!
ダァァンッ!!!!
「こっし……」
その音はまるで爆発音のように酒場全体に響いた。その音を出したのはレシスト。ただ思い切り持っていたグラスをテーブルに叩き付けただけだ。
そしてその音で正気に戻った者が一人。ミューリである。
(あっ、レシストマジギレしてる)
「てめぇら、さっきから人が下手になってりゃ調子に乗りやがって。こちとら長旅でストレス溜まってんだ。いいストレス発散になってくれるんだろうなァッ!!」
そしてレシストは近くにいた船員を殴り飛ばした。
そこからはもうお祭りみたいだった。殴って殴られて、蹴って蹴り飛ばされて。ボコボコになりながらも立ちあがり、相手を倍以上にボコボコにする。
レシストはああ見えて短気ですぐに手が出る。殴り合いの喧嘩はそこまで強くないのだが諦めが悪いのだ。それも相当に。
だからボコボコにされても絶対に立ち上がって自分がされた以上にボコボコにするのだ。
ああなったらもう止められない。だから私は今から大量に怪我人が出るであろうから治療の準備をする。
◇
「ほんっとうに、申し訳ありませんでした!!」
次の日、俺は船長さんと船員の方たちに膝を地面に付け、手を地面に付け、頭を地面に付け謝罪した。
昨日の出来事はよく覚えている。鮮明に、鮮明すぎるほどに覚えている。
元はと言えばミューリが勝手に船に立ち入り怒られたのだ。船長さん並びに船員の方たちに非は全くない。
こちらが完全に悪いのだ。
「顔を上げてくれや、兄ちゃん」
「しかし!」
「いいから、顔を上げてくれ」
俺は恐る恐る顔を上げると船長さんはばつが悪そうに笑っていた。
「こっちも悪酔いしすぎた。俺らこそ悪かった。それにあそこでぐっすり眠っている嬢ちゃんに全員夜通し手当てを受けちまった。あんなにしこたま殴りあったのに痛みも腫れも全然ない。すげぇ嬢ちゃんだな!」
自分が褒められた筈ではないのに自分のように嬉しかった。
「あいつは、少しアッパラパーですけど、凄い医者なんです。寝る暇も惜しんでずっと勉強して、誰よりも努力して、自分の姉であることが誇らしいんです」
「そうかい。なら、兄ちゃんは必ず守ってやんな。これからテンブリス大陸に行くんだろ?俺たちの船に乗りな」
「ほ、本当ですか!?」
「船乗りの男に二言はねぇ!野郎共、出航だぁー!!」
本当に気前のいい人たちだった。
航海は順調だった。しかしその二日後、突如として発生した嵐と渦潮により船は全壊。俺とミューリは海に投げ出され、この星の南極圏に存在するフリギディッジ大陸に漂流した。
通称【死の大陸】。年間平均気温-50℃、猛吹雪が大陸中に常に発生し、更には危険生物ホワイトサーペントの生息地。
しかし、それでも年間一万人の男たちがこの大陸に足を踏み入れる。何故ならこの大陸には絶世の美女しかいないとされる【氷雪族】が住んでいるからだ。
◇
「…スト!!レシスト!!」
ミューリの叫び声で起きると同時に肌に突き刺さるような寒さで眠気が吹き飛んだ。
このままでは間違いなく死ぬ。
今まで感じたこともない寒さだった。
「【ヒートフィールド】!」
【ヒートフィールド】、所謂生活魔術。冬の時期に使われる暖房魔術だ。
しかし、これでも寒さが消えない。多少はましになったが、それでもこのままでは死ぬ。
それもそうだろう。【ヒートフィールド】は部屋を暖かくするだけの魔術。屋外で使われることは想定されていない。この場では本来の十分の一程度の効果しか見込めない。更には精々15℃から20℃までの体感温度が上がるだけだ。
-50℃の極寒からまるで防げていない。
「ごめん、レシスト。私ダメ…かも」
その言葉を最後にミューリは意識を失った。
「おい、嘘だろミューリ!」
息はしている。だがこのままでは確実に死ぬ。
それでようやく俺は気づいた。俺はミューリの厚着を着ていた。そしてミューリは薄い服を二枚しか着ていなかった。
コイツはいつもそうだった。自分以外の誰かを助けるために自分を犠牲にするような奴だ。
「このッ!!」
大バカ野郎と叫びたかった。胸が張りさけびそうになる。だがそんな暇は一秒もない。
その一秒がミューリにとって命取りだ。俺はミューリと自分の厚着をミューリに着せ、ミューリを背負い走り出した。
噂に聞いた【氷雪族】。彼女らならばミューリを助けることが出来るかもしれない。
その一縷の望みに賭け、今は【肉体強化】の魔術で死の大地を駆け巡る。
「絶対に、絶対に助けてやるからな!!」
特に読まなくても良いコーナー
大陸一覧
インフォース大陸
この星の最大の大陸。主に人間、エルフが住んでいる。
現在、魔族に征服されている。
ヴァート大陸
インフォース大陸から地続きの大陸。世界樹【ミューリグノム】が生えている。
裏設定でミューリグノムから魔力が宿っている極小の花粉を妊娠中の母親が吸い込み、乳児がその花粉に触れることで魔力及び魔術を扱えるようになる。
また花粉すべてに微弱な電気によるネットワークが構築され、母体となるミューリグノムから一定の距離が空くと花粉は死滅する。その距離というのがヴァート大陸をグルッと一周する程度。そのためヴァート大陸にしか魔術を扱える人間・エルフが生まれてくる。
テンブリス大陸
魔族が住むとされている大陸。断崖絶壁なため侵入するのが凄く大変。
ディジェニゲン大陸
大陸全域が荒野となっている。生物は虫でさえ住んでいない。
フリギディッジ大陸
所謂南極大陸。別名死の大陸。
だがこの大陸のどこかに絶世の美女しかいない女だらけの氷雪族が住んでいるとされている。
年間一万人の桃源郷を夢見る男たちが後を絶たない。ちなみに誰一人として帰ってきたものはいない。