モルゲッソヨ   作:キルロイさん

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 エリカ座乗のティーガⅡ戦車の右隣に停止していたⅡ号戦車が加速し、モルゲッソヨとの距離を急速に詰める。

 

 ティーガーⅡに搭載されている八八ミリ砲と比較するのが悲しくなるくらい貧弱な二〇ミリ機銃が搭載されているこの戦車は、モルゲッソヨを撃破出来る距離まで一気に詰めて射撃する事を目論んでいた。

 

 距離を詰めればモルゲッソヨからの攻撃を受け易くなってしまうが、この戦車の乗員はそれを回避出来ると信じていた。モルゲッヨソは回避する素振りを見せず、銃弾や榴弾の断片を跳ね返しつつ前進し続けていたからだ。

 

 強固な装甲を持つ故の余裕なのか、俊敏な行動が出来ないのか定かではないが、モルゲッヨソの行進速度と比較して圧倒的優速である戦車ならば出来る筈である。

 

 Ⅱ号戦車は更に詰め寄り激しい射撃を継続する。そして、彼女たちの勇気と実力の結晶が生まれた。モルゲッソヨの脛を打ち砕いたのだ。

 

 脛を打ち砕かれ片足立ちになったモルゲッソヨはバランスを崩して前のめりに倒れる。そして、地面に衝突した瞬間に花壇に注がれた水のように液体化し、瞬時に大地に姿を消してしまった。

 

 実は行動不能になったモルゲッソヨは液体化してしまう特性があった。

 

 これがモルゲッソヨの正体が解明出来ない理由であり、各国の研究機関がモルゲッソヨを生かしたまま捕捉するのに躍起になっている段階から進展しない理由でもあったのだ。

 

 間も無く、モルゲッソヨを撃破した戦車から通信が届いた。

 

「バイロイト5からエリカちゃんへ、モルゲッソヨ一機撃破、徹甲弾を使用、二〇ミリ機銃で撃破出来たからこのまま攻撃続行するね、じゃあね」

 

 報告を聞いたエリカは思わず苦笑した。小学生の頃から共に学んできた楼レイラからの通信だったからだ。大隊長である西住まほ先輩が聞いたら苦虫をすり潰したような顔になるのは間違いないチャラけた報告であったが、エリカにとって許容出来るものであった。

 

 何しろ、彼女が統率している戦車隊の乗員の殆どが全国大会に選抜されなかった生徒たちなのだ。技量が劣ると判定されてしまい腐っていた生徒たちにとって、唐突に全国大会選抜隊レベルの緊張感を与えると精神的に打ち負かされるのは目に見えていた。

 

 だから、エリカは通信規則ごときで注意するつもりは無かった。

 

 とはいえ、レイラの事が気になった彼女はⅡ号戦車を見ようとしてペリスコープを覗き込んだ。その途端に彼女には似つかわしくないが女学生らしい悲鳴を挙げた。

 

 見てしまったのだ。モルゲッソヨがⅡ号戦車を撃破された瞬間を。

 

 レイラは正面から接近するモルゲッソヨしか見ておらず、側面に回り込んだモルゲッソヨを見逃していたのだ。

 

 それまで規則正しい行進をしていたモルゲッソヨは、対戦車兵器であるパンツァーファウスト60の射程距離と同じ距離まで近づくと助走を始め、頭部を戦車に向けて大地を蹴りあげた。

 

 そして、自ら砲弾の様に空中を飛翔してⅡ号戦車の車体側面に激突したのだ。

 

 命中した瞬間、エリカは彼女たちの悲鳴が聞こえたような気がした。実際には戦車後部で駆動しているエンジンの音によってかき消されてしまうので、恐らく空耳だったのであろう。

 

 間も無くⅡ号戦車は減速し遂に停止した。砲塔は旋回せず二〇ミリ機銃も微動だにしていない。乗員は戦闘継続不能になったのは明確だった。

 

「ちくしょう……」

 

 エリカは思わず声を漏らしてしまう。彼女にとって数少ない友人の一人であるレイラが、銀色の粘液に塗れる姿を想像してしまったからだ。

 

 

 

     ◆◇◆◇◆

 

 

 

 モルゲッヨソとエリカたちが繰り広げている激戦は、彼女達が早朝練習のために出発準備をしていた時から始まった。

 

 各戦車のエンジン駆動音が隅々まで広がっている戦車格納庫に、突如十五機のモルゲッソヨが現れたのだ。

 

 被害に遭った一人目の女子生徒は戦車の足回りを点検中であり、モルゲッソヨに背中から抱きしめられて胸を掴まれるまで気づかなかった。驚いた彼女は悲鳴を上げたが戦車のエンジン音にかき消されしまい、誰も異変に気づかない。

 

 そして、モルゲッソヨは生徒を完全に拘束すると冷たい床に押し倒し一気に液体化した。生徒は為すすべなく粘り気がある銀色のペンキのような液体を浴びてしまい気を失ってしまったのだ。

 

 一人の女子生徒を行動不能にする代償として一機を失ったモルゲッソヨは、戦車格納庫の出入口に近い生徒へ手当たり次第抱き付き、次々に銀色の粘液を完全に生徒たちに撒き散らす。

 

 二人目、三人目と次々に被害者が生まれ、ようやく大多数の生徒が異変に気づいた頃、十人以上の生徒が銀色の粘液に塗れて横たわっていた。

 

 それを見た生徒たちは次々に悲鳴を上げモルゲッソヨに背を向けて走り出すが、勝気な性格であるエリカは工具箱からテストハンマーを取り出すとモルゲッソヨに立ち向かったが、あまりにも無謀な行動であった。

 

 彼女の前に二機のモルゲッソヨが現れたからだ。庫内に残っていた最後のモルゲッソヨだったが、彼女より大きな体であり大型のヘルメットを被るモルゲッソヨが相手では一機を倒すだけでも至難の業である。

 

 そして、彼女はモルゲッソヨが醸し出す威圧感に負けてしまい、モルゲッソヨが一歩踏み出す度に彼女は一歩後退し始めた。

 

 だが、彼女の遅滞行動は長く続けらなかった。冷たくて硬い戦車の質感を背中で受けたからだ。

 

 退路を失った彼女に向けて距離を詰める二機のモルゲッソヨ。

 

 彼女は恐怖によるものなのか涙を流し始めたが、覚悟を決めるとテストハンマーを強く握りしめモルゲッソヨへ殴りつけようとした。

 

 その時であった。

 

「エリカ、しゃがめ!」

 

 いつも、エリカに厳しい指導をしてきた先輩がエリカに駆け寄ってきたのだ。

 

 混乱したエリカは先輩に言われるまましゃがみ込むと、先輩はエリカを車体と床との隙間に押し込み彼女を守るように覆いかぶさった。目標をエリカではなく先輩に変更した二機のモルゲッソヨは、次々に先輩に抱き付いて目的を果たしていった。

 

 襲来したモルゲッソヨが全て液体となり、未だに駆動し続けるエンジン音だけしか聞こえない庫内において被害を免れたのはエリカだけであった。背中が痛むのだろうか先輩はしかめっ面をしていたが、引きつった笑顔になるとエリカへ手を差し伸べた。

 

「泣くな、エリカらしくないぞ」

「えっ、あっ、はい。先輩は大丈夫ですか」

「なんだか、傷口に消毒液を掛けられた様な痛みが背中全体に広がっている。でも、普通に歩けるから大丈夫さ。それより、早く出てこい」

 

 逃げた生徒たちも恐る恐るといった様子で戻り救護活動が本格的になったが、その頃になると被害生徒に異変が現れた。

 

 ある生徒は立ち上がると戦車道準備室に駆け込み、昼食用に買っていた総菜パンを自分のロッカーから取り出すと食べ始めた。そして、食べ終わると彼女は財布を掴み学園生協に駆け込んだ。

 

 彼女の行動に不安を感じた生徒が彼女を追うと、その生徒は惣菜パンを買い込み店の外で次々とパンを頬張っていた。

 その生徒は噛み切れないまま飲み込もうとするので喉を詰まらしてしまう。

 

 心配した生徒が背中を叩いて詰め込み過ぎた食料を吐き出させたが、その生徒は地面に落ちて原型を留めていないパンを再び口に入れようとした。彼女が持つ鮮やかな花のような女性的な知性は、食欲という欲望によって塗り替えられていたのだ。

 

 そして、エリカを庇った先輩にも異変が現れた。それまで他の生徒を救護するために後輩生徒たちへ次々に指示していたのだが、突然下腹部に手を当てると……。

 

 エリカはそれ以上回想するのを止めた。先輩はエリカに背を向けると戦車の物陰に隠れてしまう。

 

 心配になったエリカが先輩を追ったが、そこで見た光景はエリカの頭脳の奥深くに記憶されるほど衝撃的な光景であった。確実に言えるのは、先輩も女性としての尊厳を捨てて欲望を求める獣に変化してしまったという事だ。

 

 

 

     ◆◇◆◇◆

 

 

 

 戦闘開始から一〇分も経過していないが、既に平原は鋼鉄のオブジェと化した戦車と銀色の水溜りが点在している。既にモルゲッソヨ、エリカ隊共に残存数が僅かなため、隊列を組んだ戦闘から遭遇戦に移行している。

 

 エリカ座乗のティーガーⅡは、八八ミリ砲による射撃によって二機のモルゲッソヨを大地に還す戦果を挙げていたが、それでも戦況は劣勢であった。

 

 戦車一両につき二機以上のモルゲッソヨを撃破出来れば優勢になるが、戦車の損失数とモルゲッソヨの撃破数に差がつかないまま増加しているため、このままではモルゲッソヨの完全撃破は不可能になる。

 

 一機たりとも生き残らせてはいけない。

 

 完全撃破に失敗した場合、彼女たちの努力は水の泡になるだけではなく学園艦にいる全生徒を危険に晒してしまう。それだけは回避したいからだ。

 

 だが、増援は期待出来ない。

 

 西住まほ率いる戦車隊は通信途絶しているため全車撃破されたと考えるべきである。

 

 そうなると、残存戦力はエリカ率いる寄せ集めの戦車隊とへっぽこ副隊長(にしずみみほ)が指揮する小隊しか無い。

 

 へっぽこ副隊長や彼女と仲が良い小梅たちで編成した小隊はティーガーⅠ×一両、Ⅲ号×ニ両という戦力だ。

 

 だが、この小隊は被害を受けた生徒を車体に乗せて診療所に搬送し救護活動をしている最中であり、ここにはいない。では、どうすれば……。

 

 劣勢な戦況を打破すべく思案している彼女は、ふと戦車の車内を見渡す。

 

 車内で唯一身軽に動ける装填手は、重量ある砲弾を抱えつつ肩で息をついていた。

 

 短期間でこれ程までに連続して射撃した事が無く、普段から鍛えている彼女も身体の限界を迎えつつあったからだ。しかし、エリカが彼女と目を合わせた瞬間に彼女は微笑み、砲弾を抱えたまま手振りをした。

 

 私はまだ大丈夫。言葉にしなくても伝わる彼女の強い意思にエリカは頷く。

 

 次いで、照準器から顔を離さない砲手に声を掛ける。

 

「砲手、今、何射目?」

「第十七射目よ。てっ!」

 

 エリカの問いかけに砲手は発砲で答えた。

 

 第十七射は砲手の計算通りモルゲッソヨの下腹部に命中した。いや、正確に言えば掠め取ったというべきかも知れない。砲手はモルゲッソヨの下腹部で非常に目立つ臓器に狙いを定めていたのだ。

 

「砲手、良くやった」

「女の敵にはこうやって成敗するのよ。ばっちゃんが言ってた」

「まあ、それもアリかな。物凄く痛そうだし効き目十分のようね」

 

 件の臓器だけ失ったモルゲッソヨは前屈みになり両手で股間を隠した。

 

 大型のヘルメットに隠されているが、その表情は苦汁を味わった時のような表情をしているだろう。その姿勢のまま暫く立ち続けていたが、遂に力尽きたかのように崩れ大地にその姿を消していった。

 

 エリカたちは三機目を屠る事に成功したのだった。

 

 心に僅かながら余裕が生じたエリカは、戦況を確認するため車長用ペリスコープで周囲を捜索した。だが……。

 

「エリカ、指揮下の戦車は全車撃破されてしまったようね」

 

 通信手の報告を裏付けるとおり、残存戦車は見当たらない。その残存戦車を遮蔽物の代わりとしてモルゲッソヨが身を隠していた。彼女たちにとって幸いなのは、身長ニメートル以上の輝く銀色の身体が災いし潜伏位置を隠しきれていない事だ。

 

 だから、残りのモルゲッソを数えるのは容易かった。その数は一〇機以下、対して黒森峰臨時戦車隊の可動戦車はエリカ座乗のティーガーⅡのみ。

 

 この状況でモルゲッソヨの全数撃破は困難だ。だが、モルゲッソヨを跳躍跋扈(ちょうやくばっこ)させる訳にはいかない。

 

「ねえ、エリカ。楽しくなってきたじゃん」

 

 敢えて陽気に振る舞う操縦手に合わせてエリカも陽気に答える。

 

「私ね、一度は受けてみたかったのよ。絶対絶命を課題にした特別授業を」

「特別授業か。教科書に書いていない事をここで実践するなんて想像していなかった。私のクラスの担任は変に堅物だから、その話を聞いたら『学園の授業だけ学びなさい。それ以外は無駄よ』って言いそう」

「指導要領書の記述を黒板に書き写すのが先生の仕事よ。だから、チョークで書けない事は指導しようが無いのよ」

「先生が出来ないのなら、代わりにエリカが指導して。私たちの戦車はどこに向かえばいいの?」

「前進、中速まで速度を出して」

了解!(ヤヴォール)

 

 車体後部に装備されているエンジンの駆動音が高まり、七〇トン近い重量がある戦車は前進を再開する。戦闘の行方がどうなるか、彼女たちにも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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